第19話 一日限りの親友……
ううううううぅぅぅぅぅぅ。
ずるいです! いつも高橋君は不意打ち的でずるいです!
私は自室のベッドの上で頭のおかしな子みたいに転がり回っていた。
「い、いきなり名前呼びなんて……うぅぅ」
先に言っておくが嫌というわけではない。
むしろ嬉しい。
万年ぼっちであった為、『月羽』と呼んでくれる人なんて同性でもいなかった。
新鮮だった。新鮮すぎる体験だった故に顔の紅潮が収まりきれず、ベッドの上で転がり回る羽目になっていた。
「うふふ……うへへへ……」
たぶん私、第三者から見たらすごく気持ち悪いんだろうなぁ。
お母さんに今の変な笑い聞かれてないかな? 大丈夫ですよね?
とにかく顔のにやけが収まらない。
「『月羽』……かぁ」
キラキラネームの先駆けみたいで嫌いだったけど、今はこの変わった名前が愛おしくて仕方ない。
「親友……ぽいなぁ……」
下の名前で呼び合うなんて物凄く仲の良い友達みたいです。
「って、あれ?」
ここで私は一つの事実に気が付いた。
「下の名前で呼んでいたの高橋君だけでした!?」
なんということでしょう。
何が下の名前で呼び合うだ。
呼んでくれていたのは高橋君だけだった!
「ぅぅぅぅうううううううっ!」
不甲斐ない自分に対して唸りを上げる。
駄目です。これじゃあ親友失格です!
こうなったら明日、私も勇気出して高橋君を下の名前で……
名前で……
い、いちろ……く……
「ううううううっ! 本人を目の前に言える気がしません!」
もしかして私は親友失格なのでしょうか?
それだけは嫌です!
~~♪ ~~~♪
このタイミングで私のケータイが通知音を奏でる。
やはりというべきか、高橋君からメールが届いていた。
――――――――――
From 高橋一郎
2012/05/09 21:03
Sub 50EXPはどうなった!?
――――――――――
今日はありがとう。おかげで助かったよ。
これで西谷先生の無限ラップ地獄から脱することができそうだよ。
源氏パイうめぇ。
それと急に名前で呼んでごめんね
-----END-----
―――――――――――
前々から思っていましたが、この人のメールは面白い。
ついニヤニヤしてしまう。無限ラップ地獄ってなんですか!
それにしても『名前で呼んでごめんね』、かぁ。相談室のイベントの後、今日私がダッシュで帰っちゃったから私が怒っていると勘違いしちゃったのでしょうか。うーん。この一文だけでは何とも言えないです。
で、三行目。
この文章、絶対いらなかったですよね。
「と、とりあえず……ハイ」
あの一件から一夜明け、日中の授業を適当に受け、放課後。
星野さんがいつも通り待っていてくれたのだが、開口一番『ハイ』と言いながら手を前に突き出してきた。
「…………」
首を傾げる僕。
――あっ、ハイタッチの催促か。でも何で?
ハイタッチをするときはいつも経験値獲得後だ。
でも今日はまだ経験値稼ぎをやっていない。
「――あっ」
ようやく悟った。
これ、昨日の経験値稼ぎに対する成功のハイタッチだ。
内容は『自分たちの仲の良さを見せつけ、西谷先生を納得させよう』。例の50EXPの大ミッションだ。
てことは無事に経験値獲得してたんだ。
「ハイ」
バチィィィィン!
良い音が屋上に鳴り響く。50EXPを獲得し、トータルEXPが180になった。
この意味不明なハイタッチも慣れてきたな。星野さんのちょっと冷たい手の体温にも慣れてきた。
前はこのハイタッチの瞬間に手が触れ合うことでドギマギしていたものだが、今やあの頃が懐かしい。
「それで星野さん。今日の経験値稼ぎは何をする?」
さすがに今日は西谷先生の呼び出しもないはずだし、やっと経験値稼ぎに集中できる。
そういえば三日前か四日前に『今日の経験値稼ぎの内容を考えてきている』と言っていたはず。何をするのか楽しみだ。
楽しみ……なんだけど、なぜか星野さんの表情が暗い。どうしたんだ?
「――戻ってます」
「え?」
戻ってる? 何が?
「ぅぅぅううううううう!」
なぜ獣化した!?
えっ? 本当に何? 僕なにかした!? 今回ばかしは本気で検討がつかない。
「一日限りの親友……」
「はい?」
どうして今僕睨まれているんだろう。
まるで迫力ない睨みだが。
「今日の経験値稼ぎの内容を発表します!!!」
「うぉう! は、はい」
なぜか逆切れ気味な星野さんに驚き、つい敬語になってしまった。
本当に感情パターンが読みづらい子であった。
「お話をしましょうっ!」
それが今回の経験値稼ぎの内容だった。
あれ? なんかデジャブ?
「ねぇ、それって前にもやらなかった? たしか第一回目の経験値稼ぎと一緒だよね?」
「違います! あの時は五分間でしたが、今回は十分間に挑戦です」
条件が違うのか。
しかし十分間って随分余裕じゃないか? 以前窓会話で二時間話し込んだ僕らには楽勝な気がするんだけど。
「それと今回は予め話す内容にテーマを設けます」
「テーマ?」
ディベートみたいな感じか?
普通話す内容にテーマがあるもんだもんな。僕達くらいなものか、話がポンポン変わっちゃうのは。
「高橋君は会話に詰まるとポンポン話を変えちゃうことは熟知しています。だからこそ話題を一つに絞ってお話をするんです!」
まるで僕だけが戦犯みたいな言い方だなぁ。
「それでそのテーマって?」
その内容によっては今回の経験値稼ぎの難易度が変わる。
『じゃがいもスターの魅力について話せ』みたいなテーマ内容だったら今回の経験値獲得は諦めるべきかもしれない。会話が十秒持たない自信がある。
「はい。テーマは『親友』です」
今回の成功ポイントは20EXP。
ミッション内容『お話をしましょう ver 2』。
条件その1。十分以上会話を続けること。
条件その2。『親友』というキーワードを入れての会話をすること。
以上が今回の経験値稼ぎの概要だ。
そんじゃ、ミッションスタート! ということで。
「やっぱりさ、白飯の最大の親友ってフリカケだと思うんだ」
「あ、あれ? なんか思っていたのと違う出だし」
「フリカケってなんだかんだ言って色々種類あるよね。僕のおすすめはやっぱり大人のフリカ――」
「……高橋君。いきなり話が逸れかけているの気付いてます?」
マジでか。
僕はそんなつもりは全くないのだが、まさか開始五秒で駄目出しされるとは思えなかった。
「仕方ないですねー。私が――月羽さんが会話の主導権を握ってあげます♪」
妙に楽しそうな笑みを浮かべる星野さん。
でも会話系ミッションに関してはその方が安心かもしれない。僕未だに人との会話苦手だからなぁ。それが星野さん相手でもそうだ。
「し・ん・ゆ・う・である月羽さんにお任せください!」
おお。いつもの1.5倍くらいテンションが高い。
これは期待できるぞ。
「お願いします! 星野先生!」
軽く敬礼して返してみる。
あれ? なんか星野さんが微妙そうな顔をしているけど。
「て、てごわい、です。ごほんっ! た、高橋君は親友と友達の違いはなんだと思いますか? 月羽さんに思った通りに言ってみてください」
親友と友達の違いか。
これは深いな。
うーん、強いて言うなら。
「ごはんとフリカケが親友。ごはんとキムチが友達ってところかな」
「白飯の話を戻しました!?」
「僕としてはごはんの海苔という組み合わせも悪くないと思うんだ。でもやっぱり双方は親友という段階にまで至っていないと思うんだよね。やっぱり至高はフリカケだよ。フリカケってなんであんなにご飯に合うんだろうね? 逆になんで白飯以外には合わないのかなぁ。前にね、食堂でうどんにフリカケを振っていた人が居たんだけどあんなのは邪道の極みだよ。悪友もいい所だよね。でもごはんもごはんで何にでも合うから罪作りなんだよなー。フリカケ一筋ってわけじゃない所がまさに女豹。そう、白飯は女豹なんだ」
「なんでこの話題だと饒舌なんですか!」
ツッコミの後にコホンっと咳払いを入れ、一度間を撮った星野さん。
しかし、『饒舌』かぁ。初めて言われたぞそんなこと。『無口』とか『喋らないの極み』とかなら言われたことあるんだけども。
「むぅ~。もう遠まわしに言うのやめます」
どうやら星野さんには言いたいことがあったみたいだ。
だけど僕が話を逸らしてしまうので星野さん的にはフラストレーションが溜まっていたみたいだ。
「高橋君! 私達親友ですよね!?」
直球だ。
そして顔が本気だ。
表情が怖い。
「まぁ……その……えと……」
迫力に押され、言葉に詰まってしまう。
しかし、即答しなかったのが星野さん的によろしくなかったようだ。
「ぅうう! もしかして私って友達以下なんですか? ただの経験値稼ぎ仲間なんですか?」
怒りながら悲しそうな顔をしてくる。初めて見る表情だ。
可愛いけど、これはいけない。こんな表情はあまりさせちゃだめだ。
「いやー、僕的には親友になりたいなーって思っているんだけど」
だから気持ちを正直に言ってみた。
めっちゃ照れ臭い。絶対顔赤いよ僕。
しかし、星野さんは対象的に嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「えへへへ。その。ありがとうございます」
この表情も初めて見た。
分かりやすいハニカミだ。
「……って、私達はもう親友のはずです! 昨日私言ったじゃないですか!」
また表情が変わった。
喜怒哀楽が激しい子だった、
でもこの子はたぶんそこが美徳なんだと思う。
「でも親友ってどんな定義で成り立つんだろう?」
そもそも親友ってなんだ? 友達の上位互換でいいのか?
「んー、難しいですね。月羽さんでもすぐには答えられないです」
星野さんでも分からないか。深いテーマだ。
「とても仲が良い、ってだけじゃまだ弱い気がするよね。星野さんどう思う?」
「……これでもまだ気付かないです?」
「え?」
「なんでもないです!」
なぜか急に怒り出した。今日の星野さんはテンション高いなぁ。
「先ほどの回答ですけど、やっぱり二人で居て楽しいってのはもちろんですけど、共にいて疲れないとか気が休まるみたいなものも必要だと思うんですよ」
「ああ。それなら僕と星野さんは親友にふさわしいね」
「ふえぇえええ!?」
驚きと共に今度は星野さんの顔色が真っ赤になる。
あれ? もしかして一緒に居て気が休まるのって僕だけだったかなぁ?
「少なくとも僕は星野さんと一緒に居て楽しいし、一緒にいるの居心地はいいよ」
「ぁ……ぁうう……そ、その……私も高橋く――」
ん?
なぜかここで言葉切れる。
どうしたんだ?
「私も……一郎くんと一緒に居ると……とても楽しいです。一緒に居て……すごくすごく居心地がいいです」
……ぅぉぅ。
…………ぅぉおおぅ。
なんだこれ。
名前で呼ばれただけで、一緒に居て楽しいと言われただけで、居心地がいいと言ってもらえただけで……
跳ね回りたいほど嬉しかった。
「そ、その、ありがとう星野さん」
「ぅぅぅううううううううう!」
「なぜか獣化した!?」
「一郎君いい加減気付いてください!」
「な、何を!?」
「呼び方っ! 昨日は『月羽』って呼び捨てにしてたのにどうして今日になって戻っているんですか!?」
星野さんの心の叫びが今爆発した。
「いやー、僕風情が女の子を呼び捨てにするなんて恐れ多い」
「親友相手に恐縮しないでください!」
「でもほら気持ち悪くない? 僕なんかに名前呼びされたりなんかしたら。調子に乗んなーこいつーみたいな風に思わない?」
「全く思いません!」
間髪入れず否定してくれた。
嬉しかった。
そして僕のことを気持ち悪い奴扱いしない星野さんの対応がまた僕にとって新鮮だった。
「もー、さっきから『月羽』って呼びやすいように色々サインを投げていたのに全部スルーされるんですもん」
サイン?
もしかしてあれかなぁ? 時々一人称が『私』じゃなくて『月羽さん』になっていたことかなぁ。
気付きにくいってそれ。変化球にも程があると思うぞ。
「じゃあ親友ぽい呼び方にしようかな」
「はい♪」
今日一番の笑顔が見れた。
やっぱりこの子はこの表情が一番可愛い。
僕もこの笑顔に答えなければ。
「それじゃ、月羽さん」
「なんでちょっとヘタレるんですか!」
「ヘタレ!?」
「昨日みたいに『月羽』がいいです。親友なのに『さん』付けなんてありえません」
この子はどうしても自分を名前呼び捨てで呼んでもらいたいようだ。
親友に対しての憧れが強いんだろうなー。
「じゃあ……月羽」
「はい!」
「月羽の理論から言うと僕のことも呼び捨てにしないとねー」
ちょっと意地悪気に言ってみる。
そして僕の予想通り、星野さんは焦りに焦っていた。
「そ、そそそそそそそそれはちょっと……その……ハードル高いですよぉ……」
視線が彼方此方飛んでいる。
ちょっと面白い。
でも本気で焦っているみたいだから虐めるのはやめておこう。
「残念。でもいつか月羽も僕を呼び捨てにしてくれる日を楽しみに待っているよ」
「…………」
「ん?」
また黙る星野さ――月羽。
少しの沈黙の後、月羽は不意に言ってきた。
「い、一郎――」
「!?」
「――くん」
「…………」
精一杯の頑張りを見せてくれたようだ。
これはひょっとすると本気で呼び捨てにされる日がくるのかもしれない。
友達と親友の定義の違いは僕には分からない。
名前で呼び合っただけで『親友』だなんて他の人から見られたら鼻で笑われるかもしれない。
もしかしたら僕と星野さんは未だにごはんとキムチの関係なのかもしれない。
だけどそれでも僕達は互いを認め合った親友なのだ。
キムチがフリカケになる必要はない。無理して変わる必要なんてどこにもない。
ごはんとキムチのまま僕達は親友になればいい。
それが一番僕達らしい気がした。
「ねぇ、月羽」
「はい。なんですか? 一郎君」
「……やっぱりめっちゃ照れ臭いんですが」
「……言わないでください。私だって照れ臭いんですから」
「…………」
「…………」
この分だと二人きりの時以外はまた苗字呼びに戻りそうだな。
まぁ、基本月羽との時間は二人きり率が高いけど。
「ところで今何分?」
「まだ四分ですよ」
この経験値稼ぎ、結構難易度高いな。
まぁ、いいや。今日のメインイベントは終わっただろうし、あと六分はまったりと親友について語り合うとしますか。
「ところで僕と月羽のどっちがごはんでどっちがキムチなんだろうね?」
「やっぱりその話題に戻るんですか!」
その後、僕達は白飯やらキムチの話を織り交ぜながら二十分間も話し込んでいた。
月羽となら永遠に話し込める気がする。
これからも『お話をしましょう』系の経験値稼ぎならば確実に達成できるだろう。
そんなこんなで今日一日の締めくくりに本日二度目のハイタッチを交わした。
20EXPも無事獲得し、総EXPが200になった。
そして今日は僕と月羽が本当の意味で親友になれた記念日となった。
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