第20話 今の――もう一度してもらっていいですか?
5月13日。土日が明けの月曜日。
珍しく経験値稼ぎのない土日だった。
正直言って物足りなかった。でもこっちから誘う勇気がなく、普通にゲームして過ごしていた。
親友にグレードアップしたとは思えないヘタレっぷりだ。
親友になったとはいえ、行動力が上がるわけではないのだ。でもいつか誘ってみたい。
授業風景は省いて放課後へと時が進む。
今日もいい天気だ。屋上の風が気持ちいい。でもなぜか人は居ない。
屋上には僕の親友しか居なかった。
「今日も頑張りましょうね」
そう、声を掛けてくれるのはもはやデフォルトだ。
遠いからよく見えないが、長い前髪の奥には可愛らしい笑顔が浮かんでいることだろう。
その笑顔を眺めることができるだけで今日の経験値稼ぎは頑張れそうだ。
「今日は何をするの?」
こう聞き返すのもデフォルト。
僕達二人だけの合言葉みたいだ。
「一郎君。来週のビッグイベントと言えばなんでしょう~か?」
さりげなく『一郎君』と言ってきた月羽がいじらしかった。
それにしても来週か。何かイベントあったっけ?
あっ、わかった。こういう時の正解例はきっとこうだ。
「ずばり! 月羽の誕生日だね?」
「全然違います。憶測で適当に答えないでください」
淡々と怒られてしまった。まるで迫力ないから怖くないけど。
しかし、誕生日ではないならなんだ?
「西谷先生の誕生日?」
「もっと適当に答えないでください!」
そう言われてもマジで何にも思いつかない。
来週――5月19日から5月25日。普通に平日だよなぁ。
「僕の誕生日?」
「そうなんですか?」
「全然違うけど」
「どうして言ったんですか!?」
んー、誰かの誕生日という線は薄そうだ。
「ち、ちなみに誕生日はいつなんです?」
話の路線が変わってしまった。
でも上目使いで照れながら聞いてくるものだから無視するわけにはいかない。
「8月1日だよ」
「ふむふむ。なるほどなるほど」
深々と頷いた後、ケータイを取り出して何やら操作を始めている。
たぶんメモっているのだろう。本人を目の前にメモされると妙に気恥ずかしい。
「ちなみに月羽の誕生日は?」
「私ですか? 7月25日です」
誕生日近いな。ここでもニアピンとは。
「えへへ。私の方がお姉さんです」
嬉しそうに微笑む月羽。
妹っぽい同級生は一週間だけお姉さんだった。
「って、また話が変わってます! 一郎君、話を逸らさないでください!」
「いや、話逸れていったのは月羽だよ」
「誕生日うんぬんの話をし出したのは一郎君だもん」
んー、そういうことなら僕が原因なのか。納得がいかないが納得しておこう。
「それでなんだっけ? 来週誰の誕生日か~、みたいな話だったよね?」
「だから違います! 来週のビッグイベントについての話です!」
そうだった。一体来週何があるんだろう?
「ほら、アレですよ。先生もよく言っていますよね?」
よく言っている?最近 先生が言っていたことといえば――
「YOYO。高橋君よぉ。学校は楽しいかYO?」
「なんですか、それは! そんな変な先生いるわけないです!」
いや、居るんだよ。割と近くに。そんな変な先生が。
「んー、降参。来週何があるの?」
「ズバリ! 正解は中間テストです」
衝撃過ぎる正解を見た。
しかし、確かにビッグイベントだ。負の意味で。
「そこで本日の経験値稼ぎの内容の発表です」
嫌な予感しかしない。
月羽が得意げな顔をしながら、指を立てて発表する。
「二人でテスト勉強をしましょう」
最近思ったことがある。
僕と月羽のやる『経験値稼ぎ』には内容に幅がありすぎると。
例えば普通の人なら絶対やらないであろう行為『リアル迷いの森探検』みたいなことをやったと思えば、今日みたいに誰でもやるような行為『テスト勉強をしよう』みたいなことを行うことがある。
どちらにしても『全力でやる』というのが僕らの暗黙なルールみたいなものだ。
例え、面倒くさそうなミッションでも経験値稼ぎであれば全力になるしかない。
「月羽、それは面倒くさいよ」
「本音が口に出てますよ!?」
「でも頑張ろう」
「どっちなんですか!?」
今日も月羽のツッコミが冴えわたる。基本月羽がボケなのにツッコミのお役が取られてしまっていた。これはいけない。
「でもそれってどうなれば経験値獲得できるの?」
お題が抽象的すぎて目的不明な経験値稼ぎである。
ただ単にテスト勉強するだけで経験値獲得できるのであれば美味しい内容であるのだが。
「んー、そうですね。それなら目標を決めましょう」
「どんな?」
「例えば……一郎君。前回のテストの学年順位はいくつでした?」
この学校はテスト毎に順位が出される。
テスト返却後、学年順位の書かれた小さい紙が渡されるのだ。
その小さい紙に皆一喜一憂する。中には中身を見ないで食べてしまう猛者もいる。
えと、前回のテストというと1年後期の期末だよね。
「140位だったよ」
ちなみに学年全体の人数は全部で280人いる。
「ド真ん中じゃないですか!」
「そういう月羽は何位だった?」
「ぅ……私もそんなに高くないですが……その……112位です」
徐々に声のトーンが下がっていく月羽。
意外にも勉強が得意というわけではないようだ。
「意外と成績良くないんだね」
「ド真ん中の人にだけは言われたくないです!」
まぁ、確かに112位と140位ではそこそこ点数に差があるのかもしれない。
140位の僕の点数が平均点と見れば、112位の月羽の成績は平均以上ってことだもんな。
「僕の唯一の自慢なんだけど、前回の期末では9教科中3教科が平均点と同じ点数を取れたんだ」
「ただの奇跡自慢じゃないですか! それほど誇れることじゃないですよね?」
ちなみに前回は期末だったから教科数も多かった。
今回の中間テストは基本5教科のみだからまだ楽なのだ。
「思いつきました! 今回の目標」
「おっ、嫌な予感するけど何かな?」
「ずばり! 平均点より10点高い点数を取れたら経験値獲得でどうです?」
「それってやっぱり二人とも平均より10点高い点数取らないとダメ、なんだよね?」
「当然です。二人で達成してこその経験値です!」
つまり片方が点数足らなかったら経験値獲得にはならないのか。
しかも平均点よりも10点プラスってかなりハードル高いぞ。
「5教科ありますので、1つの教科に付き、20EXPずつ獲得していくことにしましょう」
つまり上手くいけば100EXP入るのか。大きなミッションだ。
「そうだ! 思いつきました。今回はボーナスEXPも付けましょう!」
「ボーナスEXP?」
今までにない単語に首を傾げる。
「学年順位も経験値に関わらせましょう。そうですねー、二人とも学年順位が100以内に入れたら、んー、更に40EXP獲得なんてどうです!?」
さすが月羽だ。思いつきのクオリティが高い。気前良いな。
「んー、でも140位って順位結構気に入っているんだよね。なんていうかすっごく普通ぽいでしょ?」
「どうしてド真ん中にこだわりを持っているんですか!140位が気に入っている時点で普通じゃないです!」
そうかなぁ? この真ん中順位落ち着くんだよなぁ。
まっ、ボーナスEXPの方が魅力的だし、いっちょ頑張ってみるか。
「ところでテスト勉強ってどこでやるの?」
素朴な疑問。
二人で勉強するとなると、教室や図書室が無難かもしれないけど、屋上以外の場所で行動するのは今の僕らには難しい。
そんなことを考えていると、月羽はさも当然と言わんばかりにこう言った。
「ここでやるに決まっているじゃないですか」
「ここでって……ここで!?」
ベンチだけが備わっている屋上。たまに吹く風が少し冷たい。
勉強には適した環境とは思えなかった。
「さぁ、早速始めましょう!」
いいながら月羽はベンチから降り、コンクリートの地面に膝を着きながら、ベンチの上に教科書とノートを広げた。
「まさかのベンチが机代わり!?」
「さ、一郎君も早く」
急かす月羽。彼女は今の自分の姿を全く疑問に思っていないのだろうか? 思っていないのだろうな。
仕方ない。幸いにも屋上には僕ら以外誰も居ないし、この妙な光景を他人に見られることもないだろう。
僕は月羽と同じようにベンチから降り、ベンチの上に教科書を広げようとする。
――が、ここである事実に気が付いた。
「あっ、教科書類全部教室にあるんだった」
「なんでテストの1週間前なのに持ち帰っていないんですか!」
「えっ? テストの1週間前に勉強始める人なんていないでしょ?」
「意外そうな顔しないでください! 普通はもっと前から勉強始めるものですよ」
マジか。1週間前でも早いと思っていたのに、それよりも前にテストに備える猛者が存在するというのか。
毎回3日前くらいからテスト勉強始める僕には衝撃過ぎる事実だった。
「それにテスト前関係なくても普通は教科書やノートを持ち帰るものですよ」
「えぇっ!? 持ち帰ってどうするの!?」
「予習する為に決まっています! だから心底意外そうな顔をしないでください!」
月羽はこう言うが、ド真ん中の僕には毎日勉具を持ち変えることに意味が見出せない。
テストの3日前からしか家で勉強なんてするはずがないことを自分で知っているからだ。
だから無駄にカバンを重くする行為を慎んでいる。
「それじゃ、教室まで教科書取ってくるよ」
月羽の為に早足で取りに戻ろう。
「40秒で戻ってきてくださいね」
親友は全力疾走が所望のようだ。
たまに鬼のような要求してくるなこの子。最近ますます遠慮が無くなってきた。
「4分10秒掛かりましたね」
「これでも早い方だよ!?」
息を切らしながら現国の教科書を持って屋上に到着する。
「えへへ。でもちゃんと戻ってきてくれたから許してあげます♪」
「ハァハァ……あ、ありがとう?」
なんで僕お礼言ったんだろう? 運動音痴が全力疾走なんてしたもんだから、考えが回らなくなっている。
「だ、大丈夫ですか?」
月羽が近寄ってきて背中を優しく擦ってくれる。
そのおかげが徐々に落ち着いてきた。まだちょっとふらふらしているけど。
圧倒的な運動不足がここに覗えた。
「ふー、もう大丈夫。ありがとう。勉強に移ろう」
「無理しないでくださいね? また倒れたりなんかしないか心配です」
あー、いつぞやの頭痛の日か。あの時はこのベンチに倒れちゃったんだよな。
「大丈夫大丈夫。僕の特性は『やせ我慢』だから」
「全然大丈夫に聞こえません!」
万年ぼっちをやっているとなぜか我慢強くなる不思議。
ていうかその理屈ならたぶん月羽もある程度我慢強いと思う。
「あっ、月羽。現国の試験範囲教えてくれる?」
「なんでそこから分からないんですか!」
今日の月羽はツッコミに徹しているようだ。決して僕がボケまくっているわけではない、と思う。
月羽に範囲を教えてもらった僕はとりあえずノートの暗記から入ることにした。
全教科に共通して言えることは、ノートの暗記さえすれば平均点くらいは取れるということだ。
特に文系はそうだ。
現国や世界史は頭の良さ、というより単に記憶力の良さを計るだけなのが悲しい現状である。
「ねぇ、月羽。現国でよくあるさ、『この時、登場キャラクターの心情について書け』って問題、詐欺だと思わない? これ考え方って十人十色のはずなのに、先生が満足いく答え書かないと丸がもらえないんだよね」
「あー、分かります。『先生が筆者ですか!?』って突っ込みたくなりますよね。古人が筆者だったりすると解釈なんて正解無しが正解みたいなものだと私も思っています」
「そうそう。そういえばさ、現国の最も適した勉強法ってとにかく活字に触れることって聞いたことあるけど、アレ絶対嘘だよね」
「そうですね。そもそもどこからどこまでが『活字』なんでしょう? なぜかネットで見る文字列は『活字』って項目から除外されて見られがちですよね」
「ネット小説でいいならば僕もそこそこ活字に触れていることになるんだけど、でもやっぱり教科書の作品は難しすぎて訳分からないや」
「あはは。私もです。教科書の内容がライトノベルみたいに読みやすかったら勉強なんてしないでいいんですけどね」
「なんか、近い将来、それも実現しそうな気がして怖いよ、この国」
「はい」
「…………」
「…………」
しばし沈黙。
「テスト勉強にありがちな現実逃避は終わりですか?」
「はい……すみません……真面目に取り掛かります」
月羽にはお見通しだったようだ。僕が開始2分足らずで勉強に飽きていたことを。
しかし、僕にも言い分があった。
「ねぇ、月羽」
「なんですか? 一郎君」
「……風が強くない?」
「うっ……」
月羽が言葉を詰まらせた。
そう、屋外での勉強の欠点は風が吹く度に教科書のページがめくれてしまうこと。
青空教室は確かに気持ちいいが、テスト勉強には向いていないようである。
「屋上のベンチで勉強っていうのがそもそも間違っている気がするよ?」
「ぅう……はい」
ついに月羽が諦めの表情を見せ、教科書をパンッと畳む。
そしてそのままベンチに腰を掛けた。
僕も同じように月羽の隣に座る。
「やっぱり明日からは屋内でやりましょうか」
「そうだね。でもどこで?」
「う~ん」
候補ならいくつかある。A組かB組のどちらかの教室。それか図書室。
でもどこも僕達二人には入りづらい場所だ。
クラスにいつも一人で居る僕らが突然二人でテスト勉強していたら周りから奇異の視線で見られるだろうし、図書室は静かにしていないといけないから複数人でのテスト勉強には向かない。
一番気が楽でいられる屋上は突風が厄介だし、さて参ったぞ。
「じゃ、じゃあ……」
月羽が意を決するように言葉を放つ。
「明日からは、学食でテスト勉強しましょう」
「……いいの?」
学食といえば僕らには苦い思い出がある。
第二回の経験値稼ぎ、『学食で会話せよ』のミッション失敗だ。
別名『ツナマヨ事件』と勝手に命名している。
初めての経験値稼ぎ失敗の例があったので遇えて候補からも外していたのだが、まさか月羽の方からこの場所を指定してくるとは。
「い、今の私達ならできます! 絶対」
言葉が震えているが、以前にはない自信が垣間見える。
少し頼りないが勇気を分けてもらえた気分だ。
僕も今の二人ならできるような気がした。
「よし、じゃあ明日の経験値稼ぎが決まったね」
「はい! 『学食で会話せよ』のリベンジで、『学食でテスト勉強せよ』です!」
明日はきつい戦いになりそうだが、心の底では少しワクワクしていた。
僕も生粋の経験値脳になったもんだ。
「……で、今日はどうする?」
「うーん。思ったのですが、現国ならノート広げなくても勉強できるじゃないですか。先生が授業中に言っていた重要点を一緒に確認しましょう」
「なるほど。それはいい」
授業中は機械のように板書しているだけの僕にはすごく嬉しい提案だ。先生の話なんてまるで聞いてなかったし。
「と、いうわけで近づいてきてくださいよ~」
月羽が催促する。
実はいうと二人の位置は未だに距離があったりしていた。
以前のようなベンチの端と端に座るような遠さではないが、今も二人の間には不自然とも取れるスペースが存在している。
そうだよな。テスト勉強するのにこのスペースは余計だよね。
でもなぁ……
「な、なるべく肩とか触れないように気を付けるよ」
「今更何照れているんですか!」
月羽からスキンシップを取ってくることは結構多い。
でもその逆はほとんどないのだ。
なんというか、照れもあるけれど、僕なんかが触れることで相手に嫌悪されるのが怖いのである。
「私は結構平気で一郎君のこと触っているじゃないですか。さっきも背中に手を添えましたし。一郎君も同じようにしてきていいんですよ?」
月羽からスキンシップのお許しが出たが、それでも遇えて自分から触りにいくことはやはりどうも気が引ける。
「まぁ、それはおいおいとやるとして……」
「駄目です。今やってください」
妙に押してくるな今日の月羽は。
しかたない。これも経験値稼ぎと思ってやってみよう。EXPは入らないミッションだ。
しかし、問題はどこを触るか……だ。
肩とか背中に触る? でもシュールじゃないか? それ。
じゃあ無難に手か? そういえば西谷先生との騒動の時、どさくさまぎれに僕から手を握ったのを思い出した。よし、やるなら相手の手かな。
――いや、駄目だ。
月羽、姿勢が良すぎて両手をスカートの上に重ねている。
その手に触れようものなら、僕がスカートを捲ろうとしている変態紳士に見えてしまうかもしれない。
くそっ、無難な個所が見当たらない。
「絶対防御か。やるね、月羽」
「いきなり何のことですか!?」
大声でツッコミを上げるが姿勢は崩れない。
無防備な個所はないか? 彼女の防壁にも一点の隙くらいあるはずだ。
触っても不自然じゃない箇所……僕が変態にならずに触れる箇所……
「あ――」
見つけたっ!
頭部、先端にバリア無効箇所を発見した。
ポンッ
「へっ――?」
月羽が不意を突かれたような声を上げる。
何が起こったのかよく分かっていないようだ。
「…………」
「…………」
月羽の頭に手を置いて硬直する二人。
別に撫でまわすわけでもなく、月羽の頭を――髪を触っているに過ぎない行為。
それだけの行為なのに、二人の顔は徐々に紅潮していった。
「…………」
「…………」
この雰囲気はまずい。
とりあえず手を離そう。月羽の髪を乱さないようにそ~っと。よし、隔離成功。
「ぁう……」
手が離れた瞬間、月羽の呟きが漏れる。
なぜそんな名残惜しそうな顔をする!?
「あの……一郎君……」
「は、はい!?」
月羽の呼びかけに挙動不審になってしまう。これじゃあいつもの逆だ。
「あの……あの……」
「は、はい?!」
挙動不審が止まらない。
「今の――」
「そ、その、ごめ――」
「今の――もう一度してもらっていいですか?」
「ふぇい!?」
今まで上げたことのないような奇声が僕の口から出た。
今のって……今のだよな?
まじですか。
「じゃ、じゃあ……」
先ほどと同じように月羽の頭に手を近づける。
しかし、今度は触れる直前で停止してみせる。
「ぅうー」
月羽が不満そうな声を上げる。
これぞ高橋流秘奥義寸止めの術だ。
これならば相手に嫌悪感を与えることを和らげることができるだろう。
スッ
「!?」
月羽が寸止めした手の甲に自分の手を乗せ、自分の頭の上に僕の手を着地させた。
秘奥義が簡単にやぶられた!?
「えへへ~」
月羽の表情が緩む。
うお。なぜかいつも以上にリラックスした表情だ。こっちはいつもの3倍動揺しているというのに。
「一郎君。撫でまわしてみてもいいんですよ」
上目づかいで餌を欲しがるような視線を向けてくる月羽。
しかし、今の僕には経験値が足りなかった。
「それはまた……おいおい……ね」
言いながら手を離す。
やばいな、自分でやりだしたこととはいえ、動悸が激しい。
逆にリラックスしている月羽の顔が少し憎らしかった。
「それじゃあ現国の勉強を始めましょうかー」
「この流れで!?」
いつの間にか二人の間に不自然なスペースが無くなっており、かなり近い距離に月羽が居た。
「きょ、今日はこの辺で終わっておこう。うん。それがいい」
提案する。
「だめです。まだ全然勉強していないじゃないですか。こんなんじゃ平均点プラス10点なんて夢のまた夢ですよ」
「うぅ」
呆気なく提案が却下される。
鼻腔を擽る女の子の香りが動悸を更に激しくさせる。
はっきり言って今すぐにでもベンチの端っこに移動したいが、月羽がそれを許さないだろう。
仕方ないので、僕も勉学に勤しんで邪念を追い払うことにした。
今の僕には邪念を追い払うパワーがないことを知ったのは、解散した後のことだった。
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