第21話 ツ……ツナマヨ……です
学食――
人がいっぱいいる。
テスト前はこの場所混むみたいだなぁ。考えることはみんな一緒か。
「えと……どこに座ろうか?」
本日の経験値稼ぎ。
『学食でテスト勉強せよ』。
いつぞやの『学食で会話せよ』のリベンジでもある。
「ま、前と同じ場所がいいです」
前回と同じっていうと隅の隅に設置されている丸テーブルか。
しかし、やはり空間を移すだけで漂う緊張感が違う。
周りに人が多すぎる。二人きりという状況に慣れ過ぎたのかな。
「…………」
「…………」
対面席に座った僕らは早速黙りこくってしまっている。
これじゃまるで1ヶ月前の再現だ。まるで成長していない。
って、駄目だろ。何のための200EXPだ。
周りの生徒なんて気にするな。僕をぼっちにしたまま放置している奴等のことなんて気にするな。
「サンドイッチの中身って何が好き……かな?」
学食ということから連想して食べ物の話題を出す。
おにぎりの中身ではなく、サンドイッチの中身を聞く。これが総経験値200EXPの成果だ。
「あっ……うっ……えっと……」
普段の月羽だったらきっと『ハムチーズです』と即答するだろうが、なかなか言葉が出てこないようだ。
しかし、200EXPを獲得しているのは僕だけではない。二人で獲得した200EXPなのだ。
さぁ、成長した姿を見せてくれ、月羽。
「ツ……ツナマヨ……です」
まるで成長していないっ!
「さて茶番はこれくらいにしてそろそろ勉強始めようか」
「茶番だったんですか?!」
おっ、いつもの月羽っぽいツッコミだ。
場の緊張に飲まれない為に如何にリラックスするか、それが今日一番課題だ。
できるだけ今のテンションを保てるように、なるべく会話が途切れないようにしよう。
「…………」
「…………」
会話途切れたっ!
なんかもうすべてがダメダメだ。僕自身も冷静のようでかなりテンパっているというのか。
「と、とりあえず教科書を開こう」
「は、はい」
目的は会話じゃない、テスト勉強だ。
例え黙っていてもテスト勉強さえすれば経験値は入る。
でもそれじゃあ月羽は納得しないだろうから、ちょくちょく会話を入れ込もう。
「いっ――たかは……高橋、一郎君」
月羽がフルネームで僕を呼ぶ。逆に新鮮だ。
『一郎君』と言おうとしてやっぱり恥ずかしかったから名字呼びにし、でもやっぱり頑張ろうとして名前も付けた……ということだろう。
「何かな? 星野月羽さん?」
「なんでフルネーム呼びなんですか!」
キミが言うな、と声を大にして叫びたかったが自重しておいた。
「こ、ここを……お、教えてくださいっ」
元気のいいツッコミの後とは思えないほど弱弱しい口調だった。
しかし、時折会話を入れ込もうと思っていた矢先に月羽から話を振ってきてくれたなぁ。
相変わらず僕らの考えていることは一緒ってことか。
「なになに?」
学年順位140位の実力の見せ場が唐突にきた。
月羽が掲示してきた問題文にはこう書いてあった。
『ニビシティのジムリーダーは誰でしょう?』
「何の問題っ!?」
つい声を大にしてツッコんでしまった。
まさかボケを振ってくるとは思わなかったんだもん。
「あわわ……教科書と間違えて、ゲーム問題集を開いてましたっ!」
「天然なのか、故意なのか分かりづらいっ!」
「故意なわけないですかっ!」
「天然を主張したっ!?」
やばい、月羽がテンパりすぎていつもの1.5倍面白いことになっている。
これは僕が精神安定剤にならないといけないな。
「ちなみに正解はタケシだよ」
「あ、ありがとう……ございます」
お礼を言いながら、本をカバンにしまう月羽。
って、さっきの問題の回答をしてどうする!
「…………」
「…………」
黙って俯き合う僕ら。
本当にまるで成長していないなぁ。200EXP程度じゃこんなもんだろうか?
「――あっれー? 星野じゃん?」
「「!?」」
互いにテンパっている所に第三者の声が僕らに向けられる。
どこかで聞いたことある女子生徒の声。
って、この人、月羽のクラスのケバイ化粧の女子だ。
この人、以前の学食会話のミッションの時もここに居たよな。こんな所までデジャブか。
前回は話掛けては来なかったけど。
「あ、青士さんっ!」
月羽が話しかけてきた女子生徒の名前を口にする。
あおしさん? 珍しい名字だ。ていうか格好良い。格好良い名字で羨ましい。
「あん? なに星野。なに馴れ馴れしく口聞いてきてんの?」
「「…………」」
この人何を言っているんだろう? 自分から話しかけてきて『なに口聞いてきてんの?』ときた。訳が分からない。
でもこの訳の分からなさ僕にも覚えがある。
クラス内で孤立している人物のみが味わうことのできるやるせなさ。
無口野郎が勇気を出して話しかけた時によく起こる現象だ。大抵こんな反応が返ってくる。
『いつも黙っている奴がなに口を開いてんの?』みたいな心情なのだろう。みんながみんなそうではないと思うけど、こういう奴は確かに存在するのだ。
「気持ちわりぃ髪してるからすぐわかったよ。お前、こんなところでなにやってん?」
男らしいのは名字だけではないみたいだ。口調も俺俺系で男らしい。女子だけど。
しかし気持ち悪い髪というのは意義を申し立てたい、個人的に。そんな勇気ないけど。
「テ、テスト勉強、です」
「いやいや、そんなことを聞いているんじゃないんよ」
「「…………」」
意味不明にもほどがあった。
『なにやってん?』と聞いてきたから月羽は正直に『テスト勉強です』と答えた。だけど時点の言葉が『そんなことを聞いているんじゃない』ときたもんだ。
なんだろう、この人。僕達とは別方向でコミュ症なんじゃないか? 一々会話が成立してない気がする。
「一緒にいるコイツ誰?」
視線だけを僕に向けて、月羽に質問をする青士さん。
僕が自ら自己紹介しようと思ったが、一瞬早く月羽が回答を示していた。
「い――高橋くん……です」
この時ばかりは名前呼びは厳しかったようだ。
まぁ、人前で異性を名前呼びなんてできないのは普通の反応だろうし、ショックを受けることもないか。
「だから、んなこと聞いてないっつーの」
「「…………」」
一つ分かったことがある。
この人、面倒くさい人だ。
西谷先生とは別方向に関わりたくない人種の方だ。
それも、まだ西谷先生の方が可愛く思えるほどだ。
「お前何組?」
今度は僕に質問をしてきた。
男子に対しても『お前』呼びなところがまた男らしかった。
「A組」
担当直入に答えを示す。ちょっと端的すぎたかもしれない。
「ハッ。暗ぇ奴。星野と同じ匂いするわ。きめぇ」
挑発的な態度で蔑んでくるけれど、 僕は別にどうも思わなかった。
なんていうか、慣れっこなのだ。暗いとかきめぇとか言われるの。
むしろ陰口のように言ってこない点だけは好感を持てるほどだ。
「た、高橋君を悪く言わないで……く、ください」
「「…………」」
その月羽の一言に驚かされたのは僕だけでなく、青士さんも同じみたいだった。
まさか月羽が反論するとは思わなかった。適当にやり過ごせばどうにでもなる感じがしていたのに突っかかっていくとは……
「は? なに? なに調子に乗ってんの? お前」
出たっ! 常套句っ!
本当に調子に乗っている人しか言えない定型文『なに調子に乗ってんの?』頂きましたー。
この言葉の文法から分かるように青士という女子は確実に上から目線で物を言っている。俺様に生意気を言うなんて許せねーぜ的なジャイアニズムの一角。
本人は本当に調子に乗っているのは自分だと気づかずに言っているのだから面白い。
「ぁ……あぅぅ……」
だけど月羽には効果が抜群な言葉だったらしい。
完全に委縮してしまった月羽は俯いたまま黙るしかなくなっていた。
「高橋」
おぉ、呼び捨てにされた。月羽にも呼び捨てにされたことないのに。
「あんた、星野のなんなん?」
これは僕と月羽の関係のことを言っているのだろう。
んー、これは難しい。
個人的には即答で『親友だよ』と言ってやりたいところではあるが、これは僕個人の問題ではないのだ。
仮に僕がここで『親友』と答えたとしよう。
明日から月羽の干され方がヒートアップする未来が目に浮かぶようだった。
絶対にこの青士さんは僕と月羽の関係をクラス中に広める。それも茶化すように広める。会って5分も経ってないけど、性格的に青士さんはたぶんそんな人だと思う。
月羽の為に下手なことは言えない。
だから僕はこう言って見せた。
「何言っているのかわからない」
青士さんの真似だ。
挑発紛いで無意識に相手を威圧する攻撃的な言葉。
僕はそれを生まれて初めて使ってみせた。
「あ!?」
「僕達、テスト勉強に戻りたいからそろそろいいかな?」
怖い顔をしている青士さんを無視して僕はわざとらしく教科書に視線を移してみせた。
正直言えば、この人の顔を見るのが怖かっただけなのだけど。
「ムカつく!」
「…………」
「おい!」
「…………」
無視を決め込む僕。内心心臓バックバクだった。
だけど確実に効果はあった。
「……ちっ!」
苛立ちを舌打ちに変えて、青士さんはこの場から去って行った。
とりあえず一難は去ったようだ。
僕は俯きながら一つのメールを作成し、月羽に送信した。
――――――――――
From 高橋一郎
2012/05/14 16:23
Sub ツナマヨ最強
――――――――――
ごめん、僕の豆腐メンタルが潰れそう。
泣きたいくらい限界近いから一旦屋上へ行こう。
-----END-----
―――――――――――
月羽はそのメールを確認すると無言のままこっちを見ながらがコクコクと首を縦に動かしていた。
月羽も月羽でダメージが大きいと思うし、今日はもう頃合いだと思う。
そんなわけで僕らは屋上へ場所を移すことにした。
あの時と同じように僕が先に立ち上がり、場所を移す。その数秒後に月羽も席を立った。
もちろん本日の経験値はゼロだ。
リベンジ失敗。
それどころか前回以上の不甲斐なさで経験値稼ぎは失敗に終わっていた。
屋上。
「ぷっはぁああああああああああああっ!」
いつもの場所に到着し、月羽も遅れてやってくると、僕は大きく息を吐いた。
突然の僕の行動に月羽も少しだけ驚きを示していた。
「その、お疲れ様でした。一郎君」
「月羽もね。お疲れ様」
まさか食堂にボスが潜んでいるとは思えなかった。
西谷先生の時と言い、最近の経験値稼ぎには敵の出現が目立つ。
でもとりあえず危機を脱することが出来て、僕は脱力しきっていた。
「ごめんなさい。私のクラスの人が……一郎君にも迷惑をかけて」
月羽が遠慮がちに謝ってくる。
しかし、その謝罪はおかしいと思った。
「月羽が謝ることなんてどこにもないよ。むしろ被害者でしょ? キツイこと言われちゃったよね。大丈夫?」
たぶんだけど月羽のメンタルは僕以上に疲労しているはずだ。
注目されることが苦手な僕らがあんなに衆目にさらされたのだ。明日のことを考えると気が重い。
「えへへ」
だけど月羽は笑っていた。
自分を誤魔化すような笑いではなく、心から嬉しそうな笑みだった。
「一郎君。たくさん頑張ってくれました」
「え?」
「私の為にたくさん頑張ってくれていたの……気付いていました」
「……うっ」
突然図星に近いことを突き付けられ、赤面しながら俯く僕。
実はいうと僕があんなに挑発的だったのには理由があった。
青士さんを挑発して、彼女の標的を月羽から僕へ移行するように仕掛けていたのだ。
少しでも月羽の負担が減る様に。
結果的にそれが出来たのか、えらく微妙だったけど。
「ありがとう。一郎君」
月羽はそのまま僕に身体を預けるように寄りかかってきた。
彼女もまた僕と同じように安心感で脱力したのだろう。
しかし、この体制は照れ臭すぎる。
一つのベンチで身体を寄せ合う男女。何だこれ。
さっきとは別の意味で心臓バックバクだった。
だけど、そんな僕とは真逆に安心しきった表情の月羽がズルく思えた。
不意に月羽の長い髪の毛が僕の手の甲に掛かった。
「それにしても本当に髪長いね」
「むぅぅ、悪いですか?」
「いいや」
悪くない。
ショートヘアの月羽も見てみたい気もするが、髪が長いからこそ月羽っぽい気がするから。
そんな本音を言えるはずもなく、僕は照れ隠しにこんなことを言うしかなかった。
「月羽がジムリーダーだったらヤマブキシティ配属決定だね」
「誰が長髪エスパー少女ですか!」
なんだかんだ言って、しっかりゲームネタに付いて来られるところが実に月羽っぽかった。
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