第76話 ホシーノ・ツキーハ行きます
「海に来て泳がないなんてやっぱりありえないよ!」
ビーチバレーで盛り上がり、一休憩した後、小野口さんが不意にそんなことを言いだした。
「いやいや、海にきて泳ぐなんて人間のすることじゃないよ」
「そうですよ。海に来てまで恥を晒す必要性が分かりません」
「海水しょっぺーしな。鼻に入ったら悶絶すっし」
「小野口さん。常識にとらわれちゃ駄目よ。ここは大人の余裕を醸し出しながら砂でお城でも作りましょう」
「泳げない四人組が一斉に反論してきたっ!」
小野口さんの意見は泳げる人の理屈だ。
僕ら泳げない組は肩まで浸かる深さまで赴くのも恐怖というものなのだ。
「もー、泳ごうよー。泳ぎ方教えてあげるから一緒に海にはいろーよー」
小野口さんが青士さんの腕を揺らしながら海へと誘うが、対する青士さんは明らかに嫌そうな顔を小野口さんへ向けていた。
「アタシはいいっつーの。別に泳げるようになりてーとも思ってねーし。それより身体焼きてー」
「青士さんがまたガングロになったら私泣くからね!」
「なんでおめーが泣くんだよ! いいからっ、高橋辺りでも勝手に連れてけ。アタシは寝る」
言いながらほんとにゴロンとシートに転がり始める青士さん。
この人、焼きたかったのか。青士さんはむしろもっと白くなるべきだと思うんだけど……女の子の思考はわからないな。
「じゃあ高橋君! 指名があったから行くよっ! 行こうよ! ねっ、ねっ!?」
駄々を捏ねる子供みたいになっているなぁ、小野口さん。
この人、これで学年の秀才なんだぜ? 段々信じられなくなってきたけど。
「僕も別に泳げなくても……」
「駄目っ!」
「……だめ……っすか……」
「駄目なのっ! 私が泳ぎ教えるから一緒に来るの!」
「う……うい……」
ここまで圧されると頷くしか選択肢はなかった。
気乗りしないなぁ。
「確かに海に来て海水浴しないのはもったいない。星野クン、キミもどうかね? 俺が泳ぎを教えてやるぞ」
「で、でも……私も別に泳げなくても……」
「ふむ。いいのか? 高橋君だけ泳げるようになって、キミが泳げないままでも――」
「行きます! 絶対泳げるようになってみせます! してください!」
「お、おう……」
あっちは逆に池君の方が圧されてしまっているようだった。
うーん。月羽と別行動か。
一緒だったら経験値稼ぎの一環として楽しめたのに、残念だなぁ。
まっ、僕もせいぜい月羽に負けないように水泳の練習を頑張ってみようかな。
「それじゃ、コーチお願いします。小野口センセー」
「希コーチと呼びなさい♪」
「了解です。小野口コーチ」
「だからその意地でも名前で呼ばない姿勢はなんなの!?」
そんなわけでまたも僕&小野口さん、月羽&池君のコンビでそれぞれ水泳の練習をすることになった。
ちなみに青士さん&沙織さんチームは二人仲良くアイスを食べながら日光浴をしていた。
「ほい」
「…………」
小野口さんが手を伸ばす。
泳ぎを教えてもらうってことは……まぁ、そうだよね。
手を繋ぎながらバタ足をして、『放すなよ!? 絶対放すなよ!?』っていうフラグ抜群の前振りをするアレをやるってことだよね。
「なんか……恥ずかしい」
「今更何を恥ずかしがってるの!」
「いやいや、女の子と手を繋ぐとか……ねぇ?」
月羽とは結構手を繋いだことあったけど、小野口さんとは――あれ? 結構あるか?
「いいから。ほら。手を取る! お手!」
「は、はい」
「よくできました~♪」
「…………」
この人、よくこのテンション持続できるよなぁ。
いつも元気だ。この人は落ち込むこととかあるのだろうか?
「んじゃ、バタ足しよう。泳ぎの基本はバタ足。手を前に伸ばして足を動かすだけで『泳いでいる』って言えるんだよ」
「そ、そうかなぁ?」
僕の中では『泳ぎ』っていうとクロールやバタフライを連想するけど、『バタ足』というのも泳ぎとイコールであると言えるのだろうか。
「泳ぎのレベル1はバタ足。経験値を積めばクロールや平泳ぎも出来るようになるんだよ」
――経験値っ!
まさか小野口さんからその単語が聞けるとは……
「よーし! 俄然やる気が出てきた! バタ足をマスターするぞぉぉぉぉっ!」
「なんかいきなりやる気になったっ!? スイッチの入り時いつだったの!?」
「さぁ、小野口さん。経験値100くらいのバタ足を僕に伝授してもいいのだよ?」
「ちょっとだけ上から目線だ!」
周りのちょっと微笑ましげな視線が気になるが、やる気になった僕はバタ足に集中することにした。
小野口さんとのレッスンはこの日の夕方まで続いたのであった。
【main view 星野月羽】
「星野クン。泳ぎと言うのは格好良さが重要なのだ」
「そ、そうなんですか?」
それは池さんだけの基準じゃあ……
「そうだ。格好良く泳いでいる自分を常にイメージとして持つのだ。そうすれば自然と上達も早くなる」
「わ、わかりました」
格好良く泳いでいる自分の姿……
言われた通りに想像してみることにした。
『時は世紀末。
人類は滅亡の危機に瀕していた。
「ひゃっはー! この海岸は我々『赤眼の黒目』が占拠したぜ。ひゃっはああああああ!」
荒れる治安。
激しい領土争い。
この海岸も悪の手によって占拠されようとしていた。
「ちょっと待ちなさい!」
「その声……『ホシーノ・ツキーハ』か! ど、どこだ!?」
「ここです!」
声は荒れる大海原から聞こえてくる。
視線を移すと、そこには大波の影響もまるで受けて居ないかの如く力強いバタフライで悪者に迫る私が居たっ!』
「イメージ……できました!」
「そうか! ではそのイメージ通り、身体を動かしてみるのだ!」
「は、はい! ホシーノ・ツキーハ行きます!」
ここは荒れ果てた海原……実際は穏やかな海岸ですが。
時代は世紀末……十年とちょっと前にそれは過ぎましたけど。
そして私は浜辺の戦士、ホシーノ・ツキーハです!
「でぇぇぇぇぇぃぃぃ……ぃぃぃ……ぃ……ぶくぶくぶく……」
「ぅおおおっと!」
ザバッ!
「ぜぇぜぇぜぇぜぇぜぇ……」
呆気なく沈みだした私の身体を池さんが救い上げてくれる。
ぅぅう……どうしてイメージ通りいかないのでしょう……情けないです。
「だ、大丈夫か? 星野クン!」
「ぜぇぜぇ……は、はぃ……助けてくれてありがとうございます、池さん」
「~~っ! あ、ああ……そ、その……イ、イケメンとして当然のことをしたまでなのだ」
「なのだ?」
「ご、ごほんっ! な、なんでもない」
「……?」
なぜか慌てだす様子の池さん。
いつも表情を崩さない人だけに非常に珍しい光景な気がします。
語尾まで変わるほど驚いたのでしょうか? まぁ、目の前でいきなり溺れかけたりなんてしたら驚くのは当然ですが……
「や、やはり、ここは基本を大事にしてバタ足から練習するとしようか」
「そうですね」
海の戦士、ホシーノ・ツキーハになる第一歩として、バタ足が出来なければ話になりません。
一郎君も今頃は頑張っている頃だと思いますし、私だけ置いて行かれないようにがんばらなきゃです!
「ぶくぶくぶく……」
「なぜ沈むのだ!? 手を繋いでいるというのに!」
「ぷはぁ! はぁはぁ……地球の重力……侮れないです!」
「キミに対する浮力の働かなさも侮れないな」
海の戦士、ホシーノ・ツキーハへの海はまだまだ長そうでした。
いつの間にか夕方になっていた。
そろそろいい頃合いと察した僕らは青士さん達の元へ戻っていく。
別の場所で水泳特訓をしていた月羽と池君もすでにその場に集合していた。
「一郎君、どうでした? 泳げるようになりましたか?」
「ばっちりだよ月羽。約二メートルくらいなら自力で泳げるようになったよ」
「むむぅ……やりますね。でも私はもっとすごいですよ! 私なんて自力で五メートルは泳げるようになりましたもん♪」
「な、なんだって!? さすが月羽だね。溢れだす水泳の才能をついに開花させたのか」
「えへへへー。見直しましたか?」
「……おめーら。五十歩百歩って言葉を知っているか?」
青士さんにツッコまれ、自分らの不甲斐なさに思わず項垂れてしまう二人。
うーん、おかしいなぁ。こんなに水泳の練習したのに、全然上達した気がしない。
つくづく水泳に向いていないんだなぁ。
「んじゃ、皆集まった所で旅館へ向かうわよ。男子二人はパラソルとシートの片付け! ゴー!」
「「ラジャー」」
沙織先生から命令が下され、僕と池君は片付けモードに移行する。
まぁ、シート丸めて、パラソル畳むだけなんだけどね。
片づけをしている最中、月羽が僕の近くに寄ってきて、小声で話しかけてきた。
「(一郎君。来年は一緒に水泳の特訓をしましょうね。経験値稼ぎを兼ねて)」
「(うん。いいね。15メートルくらい泳げるようになったらEXP獲得ってところかな)」
「(はい♪ ……来年の楽しみが出来ちゃいました)」
嬉しそうな笑みを向けてくる月羽。
髪を結んでいるバージョンなので、彼女の大きくて澄んだ瞳がハッキリと見え、ドキっとした。
濡れた長い髪が少し色っぽかった。
「おらー、そこの二人。また内緒話かよ?」
「むー。二人だけずるいよー。小野口さんを混ぜてもいいんだよー?」
「あ、ごめんごめん。何でもないよ。ねっ、月羽?」
「は、はい。何でもないです。ねっ、一郎君?」
あたふたと誤魔化すように視線をキョロキョロさせる僕と月羽。
その様子が返って怪しさ全開だったようだ。
「あやし~」
「あやしいよな」
「あやしいわね」
「「……うっ」」
いいかげん経験値稼ぎのこととか隠し通すの難しいのかな?
でもなぁ、何となくみんなにバラしたくないんだよな。
経験値稼ぎは僕と月羽だけの繋がりにしたいというか……独占欲に近いそんな気持ち。
「…………」
皆がちゃかすように僕らを見つめる中、唯一違った意味で僕らを見てくる一つの視線にこの時の僕は気付いていなかった。
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