第75話 私の活躍もちゃんとみてください

「さて、海に来たのはいいけど、何をすればいいのやら……」


 泳げないのが6人中4人いるという非常事態。

 その時点で遠泳という選択肢は前提条件で削られた。

 更にここまで人が多いと浜辺でやれることも限られている。

 砂のお城を作るスペースすらあるかどうか怪しい所だった。


「スイカ割りをしている人が全然いません……」


 すごく残念そうにつぶやく月羽。

 やりたかったのかスイカ割り。だけど、周りにやっている人がいないとやりずらいよね。


「ふっふっふー、こういうときこそ役に立つのがコレ! ビーチボールだよ!」


 小野口さんが得意げに取り出したのはビーチボール……の空気抜けたバージョン。ご丁寧にスイカ柄している。


「はい。高橋君」


「……美味しそうだねぇ」


「食べるのか!? キミはこれを食べるのか!」


「……ぺちゃんこなのがプリティだねぇ」


「膨らませるのが嫌ならそう言いなさい! もー、やる気ないなぁキミは。いいもん。自分で膨らませるもん」


 なぜか僕にしか頼ろうとしない小野口さんは自分で空気を入れ始める。池君か先生に頼ればいいのに。


    ふー、ふぅぅ、ふぅぅぅぅぅ……ふ――


「つ、疲れた」


 女子の肺活量では案外キツイのか、半分も膨らませずにリタイアしていた。

 息をぜぇぜぇ吐いている小野口さんに対し、皆が思っているであろう気持ちを僕が代弁する。


「小野口さん。そんなに露骨な人間アピールしなくても大丈夫だよ。皆分かっているから」


「分かってるって何だ!? じゃあ、キミが膨らませて見なさいよぉ。これ本当にキツイんだから」


 言われ、再びスイカボールを渡される。

 小野口さんにできなかったことが僕にできるはずないとは思うけど、一応挑戦だけしてみようかね。

 息を大きく吸い込んで一気に噴き出すようにボールに空気を――


「だ、だだだ駄目ですっっ!!」


「ぅおぅ!?」


 月羽が今まで聞いたこともないくらい大きな声を張り上げると、これまた見たこともないくらい素早いスピードで僕からボールを取り上げた。


「ど、どうしたの? 月羽」


「どうしたのって……これは……その……と、とにかく駄目ですっ!」


「え、えっと……は、はい……」


 なぜ怒っているのか分からないけど、その威圧に押され素直に頷いておく。


「こ、これくらい、私が簡単に膨らませてあげるんですから!」


 意気揚々に空気穴に向けて自分の息を吹き入れる月羽。

 そのセリフが負けフラグにしか聞こえないのが悲しかった。


    ふぅぅぅぅぅ……ふ……


「……負けました」


 試合開始から敗北宣言まで5秒と掛からなかった。

 そりゃあそうだろう、あの小野口さんですら膨らませることが出来なかったボールなのだ。人には膨らませることはできないビーチボールなのだろう。つまりこの敗北は当然なのだ。月羽に非はない。


「見てらんねーな、おめーら。おら、貸してみろよ」


 おぉ! 青士さん!

 誰よりもパワーを持っていそうな彼女ならば……もしかしたらっ!


    ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!


「ほら、出来たぞ」


「「「一息で!?」」」


 この人の肺活量はなんなんだ?

 普通こういうのって何回かに分けて膨らませるもんじゃないの?

 青士さんパワーキャラ説というのはどうやら比喩じゃないみたいである。


「よーし、みんな! 波打ち際に行くわよー」


「なぜです?」


「海って言えば波打ち際できゃっきゃうふふするに限るでしょうが! 泳げなくても海に入ることには変わりないんだし、『海で楽しんでいる人達』風に見えるでしょう!」


 周りの目を気にした遊びなのか。

 海を満喫したい気持ちは十分に伝わってくるけど、満喫の仕方がちょっとズレているように見えて仕方ない。


「足元を海面にすることで動きに縛りを与えるんですね! 縛りプレーのバレーボール! 楽しそうです!」


 あぁ、月羽もおかしな楽しみ方を見出してしまったらしい。

 運動駄目な癖に張り切り癖だけは強い子である。


「ほら、高橋君も行こうよ!」


「う、うん」


 小野口さんに腕を引っ張られ、波打ち際に誘導させられる僕。

 なんか女の子と触れ合う機会が増えたよなぁ。

 最近は特に小野口さんからのスキンシップが多い気がした。







    ポーン……ポーン……ポーン……ポーン……


 真ん丸のスイカ柄ビーチボールが宙に舞う。

 1回……2回……5回……10回……


 ………………

 …………

 ……


「……地味っ!」


 何とも言えない空気が流れ出した頃、最初に痺れを切らしたのは沙織さんだった。


「何よ、これ! なんで私達、波打ち際で無言のままボールをレシーブし続けてるのよ!?」


「いや、貴方が始めようって言ったんですが……」


「私の求めていた青春の一ページとは程遠かったのよ!」


 まぁ、確かにこれは思った以上に地味なゲームだった。

 波打ち際とはいえ、それほど動きが制されるわけでもなかった。

 故に永遠とボールを落とさずにレシーブをし続けることが可能だった。

 それでも最初は楽しかった。

 だけど20回ほどボールが宙を舞った時点でおかしな空気が流れ始めた。

 30回を超えた時点で皆の表情から笑顔が消えていった。

 50回を超えた時点で沙織さんが声を上げた。

 ぶっちゃけいえばつまらなかった。

 そして無駄に疲れた。


「おかしいわね。私が以前海に来たときは、これをやっているグループは凄く楽しそうにしていたのに……何が違うというのかしら?」


 周りから見るのと実際やるのとでは違うということか。


「よしっ、もっと縛りを加えましょう!」


 沙織さんが新たな縛りを要求しだす。


「縛りってどんなよ? アタシ、ガチで泳げねーからもっと深い所へ行こうとか言いださないでくれよ?」


「んー、そうねー。池君、なんかいいアイデアない?」


 まさかの丸投げだった。


「ふむ……あるっ!」


 あるのか。

 なんというか、池君が喋る度に笑いそうになる。

 この人のブーメランパンツ姿、なんかジワジワくる。


「ズバリっ! 二人チームでの騎馬戦風バレーだ!」


「「「…………??」」」


 イケメンの造語は相変わらず分かりづらい。

 彼レベルのイケメンにさえなれば彼の言っていることも一発で理解できるようになれるのかなぁ?


「イケメン三人が女子を肩車し、視点を高くさせてボールを落とさないようにするゲームだ。無論、ボールに触れるのは肩車されている女子のみ。得点の低い組は罰ゲーム。どうだ?」


 どうだ……と言われても。

 僕は女の子を肩車する方? 僕が? 誰かを肩に乗っけるの?

 なんというか……僕は良くても女の子の方は嫌がるんじゃないか?


「何それ! 楽しそう! やろうやろう!」


「何だか新感覚の遊びですね」


「ふっふっふー、元バレー部を自称していた私は強いわよ?」


 女性陣は意外とやる気だった!


「おい、ちょっと待てエセメン。男子二人しかいねーっしょ。足が一個たんねーんだが」


「『イケメン三人』と言っただろう? 元祖イケメンである俺、それにセカンドイケメンとメンタルイケメン。ほら足はキチンと三つ居る」


「アタシも足かよ!」


 正直僕よりも安定感ある足だと思うけど、それを言うと青士さんがキレそうだから遇えて言わないでおく。


「チーム訳はどうする?」


「ランダムで良いだろう。足三人と上に乗るレディ三人で1から3の番号を決め、同じ番号で組むとしよう」


「罰ゲームは?」


「渾身の物まねを披露してもらうことにするか」


 うわぁ、この変則バレーをする勢いだ。僕と一緒のチームになった人、可哀想に。

 渾身の物まねか。どうしようかな。沙織さんラッパーバージョンの物まねでもやってみようかな。

 それにしても池君は凄いなぁ。さすがの仕切り能力だ。テンポよくルールが決まっていく。

 例え経験値を積んでもここまでのリーダーシップを披露するのは難しいような気がする。

 ある意味池君は僕の憧れなのかもしれない。







 チーム「1」

 池君、月羽ペア。


 チーム「2」

 青士さん、沙織さんペア。


 チーム「3」

 僕、小野口さんペア。


「さっ、高橋君。肩車っ、はやくっ、はやくっ♪」


 足手まといの僕はメンバー内最強のチートを手に入れてしまった。

 しかし、肩車か。

 当然だけど、女の子を肩車なんてしかこと今まで一度もない。

 なんか……いいの? って気持ちになる。

 だけどいつまでも黄昏ていても仕方ないので、身を低くして肩車の準備に入る。


「よっと……」


 小野口さんはためらいなく、僕の頭を跨いで、両足を肩に乗せる。

 太腿の感触が頭の所にあるのが妙に恥ずかしかった。


「よっ……!」


 足元に力を入れ、一気に立ち上がる。

 一瞬ぐら付いたが、すぐにバランス調整する。

 思ったよりも軽いな小野口さん。身長は僕くらいあるのに、この軽さはこれ如何に。


「わーい♪ 高い、高いよ! 高橋君♪」


 子供のような燥ぎっぷりだ。

 この人は同年齢の男子に肩車させられることに抵抗はないのだろうか?


「わ……わわわわわ……いいいいい……池さんんんん……た、たか……たかすぎぎぎぎぎ……です」


 チーム「1」も肩車完了していたようだ。

 メンバー内で最も背が高い池君。190cm近くあるって言ってたっけ。

 そんな高すぎる『足』を持った月羽は、怯えまくっていた。

 そりゃあ怖いよなぁ。僕だってあの高さで肩車されたら同じ反応になると思う。


「一度下ろそうか? 星野クン」


「そ、そそそそそそそうしてくださいいい!」


 これがイケメンの気遣いというやつか。

 池君はゆっくりと月羽を降ろした。


「小野口さんも一度下ろそうか?」


「なんでよ! 私が上で不服っていうのかー! そうなのかーこらー! 絶対下りないからね!」


 これがイケメンと非イケメンの違いなのだろうか。

 それとも小野口さん相手に気遣いをした僕が愚かだったのか?


「星野クン、悪いが髪をまとめてくれないか? 背中にキミの麗しい髪がぶつかって少しだけ気になってしまってね」


「あっ、は、はい。ごめんなさい」


 謝りながら月羽はヘアゴムを取り出した。

 そのまま長い髪をまとめ上げ、頭の左側にまとめ上げた。


「……!?」


 その姿を見て、池君はひどく驚いていた。

 どうしたんだ? 池君がここまで表情に出すのは珍しい。


「えへへー。久々の月羽さんサイドポニーバージョンです」


 月羽のサイドポニーはレアだ。

 結構前に映画を見に行ったとききりだったかな。


「……やはり……キミだったのか……」


「はい? 何か言いましたか? 池さん」


「…………いや、なんでもない。さぁ、持ち上げるぞ!」


「はい……って、わわわわ……や、ややややっぱりたた高いでですぅ」


「高身長、高成績、高校生、所謂『3高』を持つイケメンだからな。高いのは我慢してくれ」


 3高ってそんなのだったっけ?

 内一つは僕でも持ってるぞ。


「おら、おせーよ、おめーら。さっさと始めるぞ、おい」


「ふっふっふー。元騎馬戦部を妄想していた頃を思い出すわ」


 空気気味だったチーム「2」。

 女性同士で組んだ二人は何だかこの中で一番強そうなチームに見えた。

 ていうか普通に優勝候補なんじゃないか? ここ。

 足の青士さんは安定感あるし、上に乗る沙織さんもハイスペックな運動能力を持っているのは知っている。例の授業特訓でどんどん化け物に近づいていったからなぁ、この人。


「よし、準備は出来たようだな。それでは早速始めるとしよう。キックオフだ!」


 池君の掛け声で開戦の火ぶたは切られた。

 バレーボールでキックオフと言うおちゃめっぷりは全員がスルーしていた。







「高橋君、どんな作戦でいくの?」


 なぜか僕に作戦指揮を訪ねてくる小野口さん。

 絶対にこの人が自分で作戦を立てた方がいいと思うのだけど、一応は信頼してくれているってことかな?


「まず小野口さんが頑張って高速サーブを打つ」


「ふむふむ」


「次に小野口さんが頑張って相手のスパイクと防ぐ」


「ふむふ……む?」


「最後に小野口さんが相手の攻撃をダイレクトアタックで返せば勝利はゆるぎないと思うんだ」


「頑張るの私だけじゃない!?」


「当たり前だよ。下手に僕が頑張ったりしたら絶対に足を引っ張るもん。足役だけに」


「別にうまいこと言ってないから! キミもキビキビ動いて連携しないとダメなの! 私だけ頑張ってもつまんないよー」


 ふくれっ面をしながら僕の髪を引っ張って抗議される。

 しかし、僕の言い分の方が正しいと思うんだけどなぁ。


「あっ、ほらっ、沙織さんがサーブを撃つよっ」


「うん! 小野口さん頑張ってね!」


「だからキミも頑張るのっ!」


    ビチャッ!


「「あっ……」」


 僕と小野口さんが口論をしている間に沙織さんが放ったサーブは無情にも僕の足元に落ちていた。


「いえぃ! 私達のチームの1点ね!」


 そして僕らのチームのマイナス1点が加算される。

 サーブを放ったチームがプラス1点、拾えなかったチームがマイナス1点。最終的にチームの得点が高いチームが優勝。

 つまりはそういうルールだ。


「ほらぁ、小野口さんが手を伸ばさなかったから、減点されちゃったよ」


「キミが動かなかったからだよね!?」


「いやいや、小野口さんが本気になればボールを睨みつけるだけで敵陣へ跳ね返すことができるはずだよ?」


「前々から思っていたけれど、キミの中の私って何者なの!?」


 うーむ。どうもチームワークに問題があるようだ。僕と小野口さんのペアって未知数な所が多いからなぁ。

 このままだとボロ負けもあり得るぞ。罰ゲームは確実かもしれない。


「むむぅ……」


「どうした? 星野クン?」


「……むむむぅぅ……えぃぃぃい!!」


    バシンッ!


「げふぅっ!」


 僕と小野口さんが口論している間にゲームが再開されていたようだ。

 月羽が放ったサーブが僕の腹部に命中する。

 その反動でバランスを崩しかけたけど、何とか持ち直す。

 しかし、あの月羽からこれほどの重いサーブが放たれるなんて……予想外すぎる。


「どうしたんですか? 一郎君。いちゃいちゃに夢中で私のサーブを見てなかったんですか? そうなんですか? そうなんですね?」


 なんだこの饒舌月羽さん。

 表情が恐ろしすぎて、あの池君すら若干引いた表情でいる。

 ていうか、なんで僕が怒られているんだ? チーム別なのに……


「とにかく真面目にやってください。私の活躍もちゃんとみてください」


「う、うん……」


「わ、わかったよ、月ちゃん」


 月羽なりの励ましなのだろうか? なんか絶対違うような気もするけど、励ましということにしておこう。


「というわけで真面目に行こうか、小野口さん」


「そ、そうだね。真面目にやらないとなんか月ちゃんが怖いし、頑張ろう、高橋君」


 ボールを拾い、肩に乗っている小野口さんに渡す。


「よーしっ!」


 意気込む小野口さんだったが、なぜか目を閉じ何かを待っているように止まっていた。

 一同首を傾げる中、やがて彼女の眼光が鋭く光り、ボールを高く天へ放った。

 そして、ジャストミートなタイミングで腕を振りおろし、沙織さんのチームに目掛けてサーブを放つ。


    ブュゥゥゥン!


 その瞬間、突風が吹き荒れて、サーブボールが変化球のような軌道に変わる。

 それに速い。

 ビーチボールってあんなに速く飛んでいくものだったのか。


「わっ!」


 高速変化球は沙織さんの眼前を通り抜け、青士さんが一歩も動けないまま彼女らの背後にボールは落ちた。


「やったぁ。狙い通り♪」


 僕の上に居る人、自然に追い風を利用したよね?

 狙った? 風すらも狙った? もしかしてサーブ前に黙想していたのって風を読んでいたとか?

 まぁ、小野口さんならその辺のスキルも普通か。サーブで大滝を割りだしても僕は驚かない。


「やっべぇ……あいつ……ぱねぇ……」


「あ、あんなボールどうやってとればいいのよ……」


「ふっ、それでこそ俺の好敵手!」


 みんな小野口さんの本気に意気消沈気味だ。イケメン以外。


「じ~~~~~~~~~~~~~~~~~~」


 そんな中、月羽だけはなぜかジト目で僕を睨み続けていたが、とりあえず気付かないふりをしておこう。







「秘奥義っ! ネオチョークスロー。サーブバージョンっ!」


 沙織さんの剛速球がこちらに飛んでくる。

 当然、僕なんかが反応できるボールじゃない。


「ほいっと」


 しかし、僕のチームメートは必死に手を伸ばしてレシーブに成功する。

 小野口さんがレシーブしたボールはそのまま月羽の元へ飛んでいく。


「ここだっ!」


 そのボールの落下位置に合わせて池君が素早く移動する。

 絶妙な位置取りだ。

 上にいる月羽は手を振り下ろすだけで良かった。


「ええぃ!」


    ポコン。


 非常に柔らかい音を鳴らしながらボールは沙織さんの元へ飛んでいく。

 最初の高速サーブはなんだったのかとツッコミたくなるくらいへっぽこなアタックだった。


「まずいわ、青士さん! もう奥義がないわ!」


「別にふつーでいんじゃね!? わざわざ奥義使わなくてもいんじゃね!?」


「駄目よっ! 教師は常に模範にならないといけないのよ。このバレーボールを利用して私は皆に奥義の重要さを学んで欲しいの!」


「アウトローな模範だな、おい!」


    ぴちゃん。


「「あっ……」」


 沙織さんと青士さんが口論をしている間に月羽のへっぽこサーブは二人の目の前に落ちていた。

 この瞬間、月羽&池君ペアにプラス1点が、沙織さん&青士さんペアにマイナス1点がカウントされる。

 実はいうとこのパターンがすごく多い。


 池君&月羽ペアは、上に乗っている月羽がへっぽこでも下にいる池君の機動力がずば抜けており、失点が少ない。

 沙織さん&青士さんペアは、ポテンシャルの高さは垣間見えるけど、チームワークがちぐはぐ過ぎて、好プレーか珍プレーのどっちかしかやらない。ていうか珍プレーが多いチーム故に得点は多いが、失点もすごく多かった。

 そして僕&小野口さんペアはというと……


「てーい!」


 可愛らしい小野口さんの掛け声と共に高速サーブが放たれる。

 それも今回も風を利用しての変則サーブだ。


    バシャァァァァんっ!


 豪快な音を立て、沙織さんの背後にボールが落ちる。


「「「…………」」」


 小野口さんがサーブを撃つと、全員が沈黙してしまう。

 それもそのはずだ。今まで小野口さんのサーブを拾えたチームが居ないからだ。

 プロのバレーボール選手すらも拾えないんじゃないか? このサーブ……

 そんなこんなで小野口さんがサーブを撃つたびに点数が入るので、僕らのチームは加点率が高かった。


 そして――


「なぁ、そろそろ終わりにしよーぜ。沙織サンが重いからアタシ担ぎ疲れたんだけど……」


「誰が重いですって!? それに今やめちゃったら私達が最下位よ?」


「や、別に最下位でいーじゃん。つーか、今から挽回とか無理な話じゃね?」


「うぐっ……」


 スコアの詳細が頭を過ったのか、沙織さんが渋い顔をしながらゆっくりと青士さんの肩から降りた。

 それに習って月羽も降りる。


「えー、もう終わりなの?」


 小野口さんだけは降りない。や、降りてほしいんですけど。僕も担ぎ疲れた。


「小野口さん、降りてあげましょうよ。一郎君が苦しそうですよ?」


「ちぇー。高橋君の肩車、結構気に入っていたんだけどな」


 唇を尖らせながら小野口さんがゆっくりと降りる。


「高橋君、またいつか肩車してね♪」


「う、うん……?」


 日常で女の子を肩車する機会ってどんな時だろう。

 

「だ、駄目ですっ!」


 月羽が僕の代わりに答えてくれる。


「駄目なの?」


「だ、駄目なんです。次は私が肩車してもらう番ですもん」


 あ、あれ?

 なんか予想外なセリフを聞いたぞ。


「よしっ、じゃあこうしよう。私が高橋君の上に乗って、その上に月ちゃんが乗るの! 3人肩車だよ♪ 楽しそうー!」


「は、はい。それならいいですよ」


「良くないよ!」


 二人が同盟を組みかけた所でついに僕がツッコミの声を上げた。


「しかし、このイケメンチームが二位に落ちるとはな。さすがセカンドイケメン達だ」


 いや、『さすが』は小野口さんにだけ当てはまる。

 正直、僕は何もしていないに等しいのだから。

 ほぼ小野口さんのサーブだけで決まっちゃったからなぁ。

 ちなみに結果は以下の通りだった。


 星野&池チーム……加点11、減点8、総得点+3。

 青士&西谷チーム……加点12、減点20、総得点―8。

 高橋&小野口チーム……加点22、減点17、総得点+5。


 いや、ほんと小野口さん様様ですよ。







「いくわよっ! 伝説の芸! 三角巾杉山のパフォーマンス、やります!」


 罰ゲーム。

 最下位だった沙織さんと青士さんの渾身の物まねが披露される。

 まずは沙織さんの物まねだけど……これは……


「その微笑み……百万石……」


「「「「…………」」」」


 意味が分からない。

 笑いどころが分からない。

 そもそも誰の物まねなのかが分からない。

 『三角巾杉山』さんはその芸でどうやって伝説になったんだろう。


「あら? 面白くなかった? 流行語大賞の準候補に選ばれたネタだったんだけど」


 当時の人達はどうかしていたのだろう。

 しかも『準』候補って……候補にすらなっていないということじゃないか。


「んじゃ、次、アタシやるわ」


 沙織さんのせいでシュールな空気が漂いだしているが、青士さんは気にせずに芸を披露しようとしていた。


「よっしゃ。んじゃ星野の物まねやるわ」


「わ、私ですか!?」


 ほぉ、これは中々興味深い物まねだ。

 沙織さんの『三角巾杉山』の物まねの300倍くらい興味深い。


「さぁ! 蹴散らしてあげるわっ!」


「似てる!」


「似てません! 私、そんなこと言ったことありません!!」


「さ、錆びるぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」


「すごいや! 月羽そのものだ!」


「私、何者なんですか! 青士さんも適当に思いついたセリフを言っているだけですよね!?」


「私、きのこよりもたけのこ派なんです」


「あっ、今のは本当に月羽っぽかった」


「どこがですか!? 私はきのこ派だもん!」


 青士さんの物まね、僕からの賞賛、月羽のツッコミ、とテンポ良い流れが完成していた。

 しかし、この人も芸達者だよなぁ。最近青士さんの隠れハイスペックっぷりがやばい。

 ていうかこの中で一番スペックしょぼいのは間違いなく僕だろうなぁ。

 みんなに置いて行かれないように僕がすべきこと――それは――


「よし、僕も後で月羽の物まねを練習しよう」


「なんでそうなるんですか! 絶対やめてくださいね!」


 月羽の物まねをマスターした時、僕の中で何かが変わる。

 結構本気でそう思っていたりする僕であった。

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