第74話 いつもいつも突然なんですからぁ
空は快晴。
気温31度の高気圧。
潮風がやや温いが、絶好の海水浴日和と言えるだろう。
他の客がめちゃくちゃ多いけど。
「ウミDAAAAAAAー!」
車から飛び出るように降りた先生が大海原に向かって不思議な単語を吐いていた。
「「「「…………」」」」
その姿を車内から冷めた目で見つめる僕ら。
「なんで続いて言ってくれないのよ!?」
続いて言わなければいけない決まりがこの人の中のルールとして存在していたようだ。
教師なのにどこか常識がズレているという、相変わらず面白おかしい人である。
「沙織さん、まず旅館に行きましょう」
「駐車場一杯ですよ。沙織さん、まず車を止められる場所を探しましょう」
「つーか、あっちぃなぁ。沙織サン、車のエンジン切らねーでくれよ。アタシ、夏はエアコンないと死ぬタイプだから」
「沙織さん、私お腹空いちゃったよー。まずお昼食べません?」
車に残っている組はまるっきりやる気のない表情でダラけまくっていた。
「いつの間にか全員に呼び方が浸透してる!?」
「ふっ、これがイケメンテレパシーだ」
「テレパシーで伝えたの!?」
先生の知らぬうちに僕達と沙織さんの間にフランクな信頼関係が結ばれていた。
「なんで皆、海に来たのにそんなテンション低いのよー! もっとはしゃぎなさいよ!」
「「「「…………」」」」
「お願いだから先生を冷めた目で見つめないで!」
なんというか……沙織さんがどれだけこの日を待ち望んでいたのかよくわかる風景だった。
一番年上のはずなのに、一番子供に見えるのはなぜだろう。
「ちぇー。これだから最近の若いもんは……」
独り言だけは妙にオッサン臭い沙織さん。
何やらぶつくさ文句を垂れながら車に乗り込み、駐車場を探し出す。
なんか癒されるなぁあの人。バイトで色々な事件があったけど、沙織さんを眺めているだけで疲れが飛んでいくようだった。
「秘奥義っ! 一発バック駐車っ!」
3度の切返しの末、駐車に成功する。
本当に癒されるなぁ。
事前に予約していた旅館へ赴き、先払いで旅費を払う。
一泊二日の海旅行。
それなりの費用出費ではあったが、この為にバイトを頑張ったのだ。旅費を出した瞬間、少し誇らしい気持ちになる。あの楽しくも辛かったバイトの日々が報われた気がした。
「部屋だけどさ。借りるのは一部屋で構わないよね」
西谷先生がサラッとおかしなことを言いだした。
「構いますって。普通に二部屋借りてください」
普通に男女一部屋ずつで良いだろうに。
池君と一緒、というのは何となく微妙な気がするけど、仕方ない。
「別に私は構いませんけど」
うぉおおい! 月羽まで西谷先生の意見に便乗した!?
「アタシも構わねーぞ」
「ていうか、皆で同じ部屋で泊まらないの? 二人がいないとつまらないよー」
女子が誰一人反対しないのはどういう了見だろう?
小野口さんに至っては進んで同じ部屋になりたがっているし。
「レディ達の気持ちは嬉しいが、さすがに体裁は保つべきだろう。俺も寂しいが、セカンドイケメンと一晩を共にできるならそれもいいだろう」
やばい。なんかこのイケメン怖い。僕何されちゃうの?
「別にいいのにー。池君は紳士だし、高橋君は女子みたいなもんだから問題ないと思うけどなー」
今何て言った? 小野口さん。
僕、男扱いすらされてなかったの?
「じゃあ、夜に一郎君達の部屋に遊びに行きましょう」
「えー、めんどくさ。おめーらがこっちに来い。アタシは無駄に動きたくねー」
この子達は女子だけで夜を過ごすという発想はまるでないのだろうか?
僕が無駄に緊張しているだけなのかなぁ?
「まぁ、夜のことはいいとして、一度昼食取ってから海にいかない?」
「むー、一郎君が話逸らし始めました。どうせ夜になったらうやむやにする気ですね」
さすが親友。僕の心理の隅々まで見破っている。
獲物を逃さない狩人の目になっているよ、この子。
「こらー。女の子が遊びにおいでって言っているのに、キミはそれを拒否するのかー」
僕の手を掴み、ぶんぶん振り回す小野口さん。
この人も目が狩人だよ。さっきから女の子達が怖い。
「そんなんどーでもいいじゃん。アタシも腹減ったー。飯いこうぜ」
おぉ! ここに救いの女神が居たっ!
「よし、行こう青士さん! すぐ行こう。食堂へ行こう」
小野口さんに手を掴まれたままだが、彼女ごと引きずるように食堂へと歩みだす僕。
「むぅぅ、一郎君が逃げました」
月羽は後ろの方で頬を膨らませ、小野口さんは僕の腕にぶら下がりながらこちらを睨んでいる。
「プチハーレムが出来上がっているわね。さすが私のクラスの男子だわ」
「ふっ、セカンドイケメンほどの男なら当然だろう」
「どーしておめーら二人は誇らしげなんだ?」
更に後方ではなぜか沙織さんと池君が微笑ましそうにこちらを見つめていたのであった。
海に来たのはすごく久しぶりだった。
小学生低学年の頃、家族で行ったきりだから……7年近く行っていないのか。
しかも、「泳げないから、海行かなくていい」と言い出したのは僕だった気がする。
無論、一緒に海に行くような友達なんているはずもなかった僕である。
数年ぶりの海の感想だけど、ただ「人が多い」という印象が強すぎた。
それに、小さい頃来たとき海は綺麗な青さをしていたような気がするけど、こんなに薄緑色してたっけ? 世界の海はここまで妙な変色していたのか? 僕の思い違い?
さらに……暑い。
お昼を食べた僕は池君と共に部屋でパパッと水着に着替え、先にパラソルを立てていた。
シートを敷いているとはいえ、足元からジリジリとした暑さが地味に僕らを襲う。
「女性達、遅いな。早く俺のイケメン水着姿を見てもらいたいと言うのに」
水着を見たいんじゃなくて見てもらいたいんだ……
ちなみに池君の水着は確かに目を引くものになっていた。
真っ黒な海パン。それも面積が異常に狭い。おかしいくらい狭い。だけどそれが池君の鍛え抜かれた筋肉を引き立てているような気がする。
そう――これは俗にいうブーメランパンツを言うものだ。
部屋で池君がこれに着替えた時、『正気か?』と正直思ったものだ。これ、池君以外が穿いたら犯罪ギリギリなのではないだろうか?
更に池君は少し尖ったサングラスを付けている。それがまたシックな怪しさを際立たせていた。
ちなみに僕の水着は普通の海パンを選んだつもりだ。
丈は長めだ。池君の水着の10倍くらい面積あると思う。
だから正直言ってこのイケメンと二人っきりでここにいるのが恥ずかしくて仕方ない。月羽達、早く来てくれ。
「お待たせしました。探しましたよ、一郎君、池さん」
僕の願いが天に届いたのか、親友の声が耳に入った。
安堵と共に振り返るが、その瞬間、絶句した。
「ねーねー、水着だよ。女子高校生の水着だよー。どう!? ねぇ、どう!」
どう……と言われても、絶句するくらい可愛いとしか言いようがない。
月羽、小野口さん、青士さん、沙織さん、当然ながら皆水着姿である。
それもそれぞれ特色のある水着選びだった。
まず、月羽。
シンプルな桜色のビギニの上に、ひらひらがたくさんついたトップスを重ね着している。下はスカート付きのようだ。頭には大きな麦わら帽子をかぶっていた。
いつも地味めの服装の月羽とは思えないほど水着姿はオシャレさんだった。てっきり無難に暗い色のワンピースだと思っていたのだけど、見事に予想が外れてしまった。
次に小野口さん。
最初に思ったのが、『この人誰だ?』という感想だった。
それもそのはずだ。小野口さんの最大の特徴ともいえる眼鏡がないのだ。
いつもは眼鏡のおかげで見た目だけは大人しいイメージだったけど、それがないと見た目も中身も元気な女の子といった印象だった。
水着はと言うと、柄少なめの無難なワンピースだった。
月羽がこんな水着を着てきそうだったけど、小野口さんが着てきたか。
青士さん。
小野口さんもいつぞや言っていたけど、このメンバーの中で一番色気がある。
その名字の色と同じく青色の大胆なビギニの上にグレーのパーカーを着ており、その姿がまた彼女からにじみ出る色気が隠せずにいた。
なんというか、これほどビギニが似合う人はこのビーチに居るのだろうか? 最近青士さんの隠れスペックの高さに驚いてばかりだ。
沙織さん。
この人に至っては色気と同時に美しさも存在するという鬼スペックっぷりを如何なく発揮していた。
水着自体は露出の少ない白色のワンピースではあるが、この中で一番水着を着こなしているような不思議さを感じる。
ていうかこの中に混じっていると、周りはこの人が『先生』であるなんて思わないだろう。普通に同級生に見られてもおかしくない気がする。
しっかし、改めて見ると、これってすごい状況なんじゃないか?
可愛い同級生の女の子三人に学校で一番人気のある女教師が水着で目の前に居るなんて……
本当に数ヶ月前の僕から見れば信じられない状況に居ることがわかる。
「こらー。なんかいえー」
小野口さんが肩をグラグラ揺らす。
ちょっぴり暖かい手が直接肩に当てられてドキっとする。
「あ、ああああ、うん。ちょっと硬直してた。硬直するくらい似合ってるよ皆」
「……ふぇ!?」
「そ、そそ、そう?」
月羽と小野口さんは意を突かれたように顔を紅潮させていた。
「まっ、当然っしょ」
「『皆』って私も含まれてるのかなぁ?」
青士さんと沙織さんはなんというか……いつも通りといった感じだった。
「ふ、不意打ちで褒めるなんて……希ちゃん、驚いたじゃないかぁ!」
「そ、そうですよ。一郎君はいつもいつも突然なんですからぁ!」
グラングラン。
なぜか月羽まで僕の肩を掴んで小野口さんと一緒に身体を揺らし始める。
どうして僕は頭を回されているんだろう? 変なこといったつもり全然ないのに、何だこの仕打ち。
「ふっ、よく似合っているぞ、皆。俺ほどではないがなっ!」
すっかりカヤの外だった池君がここぞとばかりに自分の水着姿を主張してくる。
ブーメランパンツがキラリと輝いた気がした。
「そ、そう……ですね」
「に、似合って……るよ?」
「いいわね、池君。やっぱり男はブーメランでしょう!」
戸惑いを隠せない月羽と小野口さんだったが、沙織さんには好評だったようだ。
「いや、ふつーにその水着はどうよ? エセメン、キメェからアタシの傍には寄るんじゃねーぞ」
只一人、青士さんだけは唇裂だった。
「メンタルイケメンは素直じゃないな。この海のように広い心を持ってみてはどうかな?」
だけど、そんな毒舌にもビクともしない池君はさすがだった。
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