第73話 怪しいけど信じましょう

 8月21日。

 夏休みももう終盤。

 夏休みの間はもうバイトはしないので、ようやく僕らにも本格的な休みがやってきた想いだ。

 でも最後の大イベントが待っていた。

 その初日が今日だった。


「みっんなー! ひっさしぶりー! 元気だった? 宿題はちゃんとした? 先生はちゃんと毎日チョーク投げの練習していたわよー」


 久々の登場で気分がハイになっているのか、いきなりテンションMAXでのお出迎えだった。っていうか、どんな休日の過ごし方だよ。

 しかし、西谷先生が車で迎えにきたことが意外過ぎる。

 この人免許持っていたんだな。24才なら普通なのかなぁ。

 

「せんせー! ひさしぶりー!」


「小野口さぁん!」


    ガシッ!


 会って早々何故か熱い抱擁を交わす先生と小野口さん。

 なんだろう。どうしてこの二人こんなに仲がいいんだ? 受け持ちは別クラスなのに。


「さー、ついに海の日よ。待ちに待ちまくった海に遊びに行く日よ。みんなー、水着は持ってきた?」


「もちのろんです」


「き、昨日皆で買いに行きました」


「別に三年前に買った水着でいいのに……無駄な出費だったな」


「一番色気ある人が何色気ないことを言ってるの!」


「色気ならセンセだろ。センセも新しい水着買ったん?」


「えっ? 私は三年前に買ったやつ持ってきたけど」


「ここにも勿体無い人が一人!」


 なぜか色気ある人ほど新しい水着に無頓着なようだ。

 しかし、先生の場合は確かにもったいない気がするのもわかる。

 水着次第ではビーチのアイドルになれそうな器だもんなぁ、この先生。


「ふっ、当然俺も水着を新調してきた。イケメン度と防御力が30%ずつアップする代物だぞ」


 ビーチのアイドルと言えばこっちもそうだった。

 しかし、イケメン度はともかく防御力が30%アップする水着ってなんだ。

 正直女の子達の水着より、池君の水着の方がどんなものなのか気になってきた。


「さっ、みんな乗った乗った」


 先生が車に乗る様に促す。

 ドライバーの容姿とは対極的に車は大きくてゴツイ。

 後部座席は二列あり、7,8人くらいは搭乗できそうだ。

 女性って軽とか小さい車を好む印象があったけど、人それぞれということか。

 特にこの先生は大きくて強そうな車とか好きそうだしなぁ。


「私ね、大きくて強そうな車が好きなの! これ、中古だけど格好良い車でしょー♪」


 流石のフラグ回収の早さだった。







 運転席には西谷先生、助手席は池君。

 後部座席前列には小野口さんと青士さんが座り、最後列に僕と月羽が座っていた。

 西谷先生は意外なほどに慎重な運転をしてくれる。ちょっとぶっ飛んだ所のあるこの人のことだから、『ひゃっはーーー!』とか言いながらぐんぐんスピードを上げるような運転をしてもおかしくないと思っていたけど、実際はそんなことなかった。


「一郎君一郎君」


 隣に座っている月羽が小声で僕を呼びながら袖を引っ張る。

 今日はバイトではないので、ポニテバージョンの月羽さんはお預けのようである。


「どうしたの?」


「一郎君、怪我は大丈夫ですか?」


 怪我……魔王ショーの途中で色々投げつけられたことを言っているのかな?

 中身の入ったペットボトルとか色々凶器になりうるものを投げられたからなぁ。そういえばアレだけ色々とやらかした玲於奈さんの側近たちはどうなったのだろうか? すぐに帰っちゃったからお咎めも無かったのかぁ?


「大丈夫。今は全然痛くないよ」


「…………」


 うお。疑われている目だ。信用ないなぁ僕。


「一郎君はたまに無理して嘘を吐きますからねぇ」


「ほ、本当に大丈夫だってば」


 今回ばかりは嘘でも強がりでもなく本当だ。

 物が命中した箇所は幸いにも腫れにならなかったし、今は全然痛くもない。

 最近頑丈さが増してきたような気がするな。ついでに筋肉もついてくれればいいのだけど。


「うーん。怪しいけど信じましょう」


 怪しいとか言われてしまった。色々無理しすぎたのが仇になっちゃったかな。


「一郎君。それよりも……ハイ」


「ん?」


 月羽が『ハイ』と言いながら手を伸ばしてくる。

 何かを手渡されるのかと思ったけど、月羽の手の中には何もなかった。


「えっと?」


 意図が掴めず首を傾げる。

 月羽の顔を突き出された手を交互に見つめるがやっぱり分からなかった。


「経験値獲得……ですよ♪」


「あっ」


 思い出した。

 夏休みに入るちょっと前、初めてのバイトをするに至って不安がっていた月羽に対し、僕はこう提案したんだ。


 ――『アルバイトを無事に終えることができたら……えと……50EXP! どう?』


 バイトは昨日で区切りは付いたし、経験値を得るタイミングとしては今がベストかもしれない。ていうか危うくスル―しかける所だった。

 魔王ショーではハプニングはあったけどしっかり演じきれたわけだし、通常業務でも奇跡的に大きなミスはしていない……と思う。

 それにこうして月羽がいつものように手を伸ばしてくれる。

 これは経験値獲得の合図だった。


「すごく久しぶりの獲得だね」


    パチンッ


 この瞬間、約一ヶ月ぶりに経験値が加算された。

 これで490EXPだっけ。なんだかんだいって積み重なってきているなぁ。


「(じーーーーーー)」


「(じーーーーーー)」


「「うわぁっ!?」」


 ふと前方から視線を感じ、飛び跳ねるように驚いた。

 いつから見ていたのか、小野口さんと青士さんが座席の上からこっそり顔を出し、こちらの様子を覗っていた。


「なんか、すげーナチュラルにいちゃついてんな、おめーら」


「ほんとだねー。希ちゃんも混ぜてくれたらいいのに」


「「ぅう……」」


 二人に冷やかされ、僕と月羽は委縮するように小さくなる。

 そのまま二人で黙りこくる。


「あん? 急に黙りやがったな」


「大人しくなっちゃってつまんないよー、ねーねー」


 小野口さんが僕と月羽の肩を揺らすが、何となく口を開くのが躊躇われるのでそのままだんまりを続けた。


「ちぇー。青士さん。私達もいちゃいちゃしよーよ」


「しねーよ、んなこと」


 青士さんにもアッサリ振られ、頬を膨らませたまま大人しく自分の座席に腰を落とす小野口さん。


「……はは」


「……えへへ」


 小野口さん達の視線が消えると、僕と月羽は視線だけをコッソリ合わし、小さく笑いあった。

 いやはや、ぼっち×2だった僕らが友達に冷やかされるレベルにまで上り詰めるとはなぁ。

 これも490の経験値のおかげなんだろうな。







    【main view 青士有希子】


 しっかし、この面子で海に行くとはなぁ。しかもその中にアタシが混ざるってマジ驚きだわ。

 二ヶ月くらい前のアタシに言ったら絶対に信じなかっただろーな。星野も小野口も嫌いだったし、高橋に至っては最大の敵だったもんな。池やセンセーなんて顔も知らなかったし。

 変わったもんだな。


「ねー、青士さん。私達も手繋ごーよ。高橋君達みたいにさー」


 変わったと言えばコイツもそうだ。

 こいつ、こんなに人懐っこい奴だったか?

 そしてこんなに百合百合しいやつだったか?

 まー、こいつにも色々と心境の変化があったのだろう。


「てゆーかさ。後ろの二人、たまーに二人でコソコソ何かやってるよな」


「うわぁ、自然に無視されちゃったよ」


「後ろの二人、たぶんアタシ達に隠していることあるぜ」


「むー? そーかなぁ?」


 こいつ、一瞬寂しそうな顔しやがったな。

 隠し事とか許せねータイプなのか?

 それとも隠れてイチャイチャしていたことが許せねーのだろうか?


「そういえばあの二人、いつ知り合いになったんだろー?」


「言われてみれば不思議だな」


 アタシの知る限り、星野はクラス内でも友達が全くいねー奴だった。

 高橋も恐らくそーいうタイプの奴だったことも想像が付く。

 そんな二人がここまで仲の良いことに疑問を抱く。

 共に自分から友達を作るタイプじゃねーのに、そんな二人がどうやって知り合ったというのか。


「たぶん、どっちかから話しかけたんだと思うけどな。おめーはどっちからだと思う?」


「んー、高橋君からじゃないかな?」


 こいつ、星野に対して熱烈アタックする割には高橋贔屓な気がすんだよな。まー、アタシもアイツのことは買っているけど。

 だけど、アタシの予想はコイツと反する。


「アタシは星野からだと思うわ」


「そう? どして?」


「なんとなく……な」


 そう、なんとなく。

 なんとなく……高橋から動いたりはしねーような気がしたからだ。

 最近のアイツを見ていて、本当になんとなくそんな予感がしただけだった。

 まっ、アタシのよそーなんて当たってねーだろうけどな。


「どうせ真相はたまたま廊下でぶつかったとか、落ちたハンカチを拾ってやったとか、そんなちゃっちぃことが始まりだったんじゃね?」


「あはは。なんか高橋くんと月ちゃんっぽいなぁ、それ」


 しっかし、そんなことくらいで親友レベルにまで仲良くなれるだろうか?

 相変わらず考えれば考えるほどわけわかんねー二人だった。







     【main view 西谷沙織】



「ふんっふっふっふーん♪」


 キタキタキタ。ついにこの日が来たわ!

 みんなと一緒に海~♪ 本当に楽しみだなぁ。何年ぶりの海だっけ? んー、たっのしみぃー!


「西谷ティーチャー。楽しそうだな」


 おっと、つい我を忘れて思いっきりご機嫌な様子を池君に見られてしまったわ。


「だって楽しみだったんだもの。皆がバイトしている間、私がどれだけ退屈だったかわかる!?」


「い、いや、すまなかった。イケメンとしてはキチンと気にかけておくべきだったな」


「全くよ! みんなはもっと私に構ってあげるべきなのよ!」


 未だに先生と生徒みたいな壁みたいなものを感じる時があって少し悲しい。

 私的には平等な立場で皆と接したいんだけどなぁ。

 授業特訓に付き合ってくれた仲なんだから、もっとフランクに。『西谷先生』じゃなくて『沙織ちゃん』って言われるくらい仲良しさんになりたいなぁ。


「……ふむ」


「どうしたの池君?」


「いや、なんでもないよ。沙織さん」


「……!?」


 この子はエスパーの家計か何か?

 見事に私の考えていること、望んでいることを汲み取ってくれた。

 でも、これよ! このフランクさよ! ほらっ、後ろの皆も池君を見習いなさい。


「池君! 後でその呼び方を皆に広めといて! 絶対よ!」


「ふっ、了解した。俺のイケメンに誓って、広めといてみせよう」


 しかし、この子、本当の意味でイケメンなのかもしれないわね。

 人の望んでいることを察する能力を持っているって女の子から見れば相当点数高いと思う。

 これは人気があるわけだなぁ。わざわざ他校の女子が池君を見に来る理由も何となく分かった気がするわ。

 まー、学校に勤める職員としてはその他校のファンが迷惑極まりなかったりするんですけどね。余所様の生徒って扱いが難しいのよ。

 その辺も察してくれれば真のイケメンなんだけどなぁ。


「そういえば池君はいいの? 海に行く相手が私達で。池君は人気あるから他のグループからも誘われているんじゃないの?」


「ふっ、今年はこのメンバーで行くからこそ意味のあるのだと思ったのだ。俺がイケメン分身の術を会得していれば他グループにも混ざれたかもしれないがな」


 イケメン分身の術って何かしら……

 最近、この子が人外の何かに化けていくような気がする。


「もう少しで術を会得できそうだったのだが……残念だ」


 会得寸前まで行ったのね。


「それに今年は何かが起こりそうな気がするのだ。今回の海旅行でおそらく大きな何かが……な」


 今の台詞、この子意外の人が言ったら痛い目で見られるんだろうなぁ。

 むしろ今の台詞が自然に見えるのが凄いと言うべきなのかしら。


「沙織さん。帰りの車の中で俺にこう聞いてくれないか?」


「ん? なになに?」


「『ちゃんとイケメンで居られましたか?』とな」


「……はぁ」


 どうして帰りにそれを私が訪ねる必要があるのか?

 やっぱりこの子、何を考えているのかよく分からない。

 わからないけど……


「…………」


 ただ、この子がいつにも増して真剣な表情をしているのが気になった。

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