第77話 もう噛み切れないですぅ

 本日宿泊の旅館は中々歴史を感じる外観となっていた。

 それでも毎年この時期は海水浴客で賑わうらしい。現にロビーは海水浴帰りの客で賑わっている。


「それじゃ! 夜にそっちの部屋に遊びに行くからね!」


「うん。鍵締めて待ってるよ」


「待つ気ないよね!? おもてなしする気まるでないよね!?」


「一郎君達が私達の部屋に来てくださいよぉ」


「うーん……」


 月羽達の前では渋る動作をしているが、僕から彼女達の部屋に行く気はさらさらなかったりする。

 女の子達の部屋に行くなんて軟派な真似、僕の中に湧き上がる硬派の血が許さないのだ。

 単に恥ずかしくてヘタレているだけとも言うけれど。


「残念ながらレディ達よ。セカンドイケメンと俺は二人きりで一夜を過ごすのだ。そこに介入するのは無粋であるぞ」


「「「…………」」」


 場の空気が……いや、ロビー全体の空気が固まった。

 月羽達は口を半開きにし、他の宿泊客も興味深そうにこちらを見つめている。

 このイケメン、なんか凄いこと言わなかった?


「つ、月羽、やっぱり僕、夜はそっちに行こうかな」


 逃避的な意味で。


「い、いえ。お二人の邪魔をしたくありませんので……」


「ごめんね、二人とも、気が利かなくて」


 逃避先が受付拒否し出した!


「残念だけど今日は女子だけで楽しむわよ」


「……じょし?」


「……何か?」


「「「…………」」」


 西谷沙織(24)。

 女子とイコールで結びつけるには若干無理があるよなぁ。

 沙織さんと他の女子達の間に微妙な壁を感じた一時だった。







 外観が古臭い割に内装は中々立派なものだった。

 部屋に運ばれてきた料理も海の幸尽くしで美味しかったし、綺麗に清掃なれた八畳一間の和室は二人で使うには広すぎるくらいであった。

 何より共同浴場が広くてビックリした。

 露店風呂が温泉になっていて、海が一望できる作りになっているし、最高である。


「いい湯であるな、セカンドイケメン」


「う、うん」


 周りに人が居るとはいえ、池君と二人きりの状況は何故か緊張する。

 この人、掴みどころが無さ過ぎてたまに会話で困ることがあるんだよなぁ。


「バイトでの頑張りが報われた感じがするな。そう思わないか? セカンドイケメン」


「そうだね……っていうかさ、今更だけどその『セカンドイケメン』って呼ぶのやめたら? 長くて呼びづらいでしょ?」


「ふっ、そんなことはない。俺が他人に『イケメン』の称号を与えることは希少なのだぞ? 良きイケメンライバルであろうというメッセージを籠めての『セカンドイケメン』なのだ」


 セカンドイケメンという呼び方にそんな意味があったとは。

 しかし、相変わらず僕に対する過大評価が酷いなぁ。メンタルイケメンの青士さんは良いとして、高橋一郎は絶対そこまで賛辞されるような人間じゃないぞ。

 特にこの池君は一番僕を過大評価している気がする。彼は僕の何を見て『イケメン』と思ったのだろう?

 ちょっと気になったけど、聞くのも怖かったので自重することにした。


「でもライバルって言われても、僕は池君と争うつもりは全くないんだけども」


「ふっ、そうだな……俺も……そうだ」


「……?」


 今、『俺も』って言う前に少し間があったのが気になった。

 一瞬悩んだ? でもどうして? それとも僕の気のせいか?


「セカンドイケメンとは一度じっくりとイケメン談義をしてみたかったのだ」


「そ、そう」


 僕は別にそんな談義したいとは思わないけど。

 適当に池君の言葉に相槌を打っていればいいのかなぁ?


「セカンドイケメンの好きな女性は誰なのだ?」


「ブフォッ!」


 予想外過ぎる話の切返しに思わず大げさに噴き出してしまった。


「な、なぜ、今そんなことを聞くの? すっごいビックリしたんだけど」


「言っただろう? イケメン談義をしてみたかった、と。イケメンが輝く時と言えば好きな女性に尽くしている時であろう?」


「そ、そういうものなんだ」


「うむ。で、誰なのだ?」


「…………」


 修学旅行の男子高生みたいなノリだなぁ。

 これ、本当にイケメン談義なのか?

 いや、それよりもこの質問どう答えればいいんだ?


「え、えっと……えっと……えと……」


「まぁ、答え辛いか。ではこの質問は一度置いておこう」


 助かった……のか?

 いや、面倒事が後回しにされただけか。


「セカンドイケメンはどのような女性が好みなのだ?」


「…………」


 質問の内容があまり変わりない。

 この人はなんでこう答え辛い質問ばかり思いつくんだ。


「い、池君はどうなの?」


 自分が答えに迷っているのを言い訳に同じ質問を池君に返してみた。


「そうだな。全ての女性が俺の好みなのは前提として――」


 なんて都合の良い前提だ。

 イケメンというよりチャラ男の答えじゃないだろうか?


「その中で更に好みを絞るとしたら……そうだな……控えめで優しい人がいい」


「普通に答えた!?」


 しかも『控えめ』という時点で、仲間内の間ではほとんどが恋愛対象から除外されている。

 そう考えるとやかましい人多すぎだよな、あのメンバー。


「セカンドイケメンよ。キミは俺の好みを知っていたはずだぞ?」


「えっ?」


「思い出してみろ。俺とセカンドイケメンが初めて会った日のことを」


 初めて会った日。

 球技大会でバスケの試合をした時のこと……かな?

 あの時、池君とはまだ面識なかったし、会話っぽい会話も無かったと思うんだけど。


「思い出せないか? 俺とセカンドイケメンの接点を」


 接点?

 もしかして池君が言っているのはバスケの日じゃない?

 バスケの時じゃないとすると……


『セカンドイケメンよ。キミは俺の好みを知っていたはずだぞ?』


 池君はそう言った。

 このセリフを聞いた時、僕の脳裏の奥に何か引っかかるものを感じたのは事実だ。

 思い出せ。

 思い出さなきゃいけない気がする。

 僕は――何か大切なことを忘れている気がする。


『池君。実は君が見たサイドポニーの色白可愛い系女子は実在しない人物なんだ』


 僕の口からそんな言葉が出た覚えがある。

 なぜ、僕はそんなこと言ったんだっけ?

 いや、それよりもサイドポニーの色白可愛い系女子は本当に実在しない人物だったんだっけ?


『D組に……真更さんは居たけど、光さんは居なかったぞ!』


 これは池君の口から出た言葉だったはずだ。

 ……そうだ、少しずつ思い出してきた。

 G組の真更光さん。僕が即興で作った架空の人物だ。

 そんな架空の人物を僕は池君に紹介した。

 それはなぜか……


『イケメンとして問おう』


 そうだ。

 池君はこの言葉と共に突然僕の前に現れたんだ。

 その後、何度も何度もこの言葉と共に池君は現れた。

 池君が僕に問いたこと……それは――


『あの子は一体誰なんだ!? 是非とも紹介してほしい!』


 あの子――


『長い髪をレフトに纏め上げ、白い肌と綺麗な瞳が極上の可憐さを演出していた』


 長い髪の……女の子――

 いつも僕と一緒に居る女の子――


『イケメンである俺が……まさか……まさか……一目ぼれをしてしまうなんて!』


 そうだ、池君はその子に惚れていたんだ。

 忘れていた。

 いつの間にかあやふやになっていたけど、僕は池君の好みの女性を知っていたのであった。

 髪をサイドに纏め上げた姿が可憐な……

そう、『あの子』が今日やっていた髪型と同じ。

 あの子のサイドポニー姿に、このイケメンは惚れていたのだ。


「あ……ぁ……」


 完全に思いだし、そして声を失う僕。

 なぜか血の気の引いているのが自分でも分かる。

 驚愕とそれに恐怖に近い感情が僕の中に渦巻いている。


「すっかり長風呂してしまったな。セカンドイケメン一度出よう。話の続きは……そうだな、夜の海岸でも散歩しながらしようではないか」


「…………」


 その言葉に僕は頷くことすらできなかった。







  【main view 青士有希子】



 ふぃー。中々豪勢な風呂だったな。

 あの露店を一度だけしか入らねーのはもったいなさすぎる。明日は早起きして朝風呂に行こう。


「さーさー! 消灯までまだまだ時間はあるよー! 女子だけの禁断トークやっちゃう!? やろうよ! 女子っぽい話しよーよ!」


 この無駄にテンションたけーのは誰かと言うと……言うまでもなく小野口だ。

 さすがにちょっとうぜーなこいつのテンション。

 風呂上がりのアンニュイな気分を一気に霧散させやがった。


「ねっ! 月ちゃん。何する? 何お話する? それともトランプとかやっちゃう?」


 星野も大変だな。いつもあのテンションに付き纏われて。

 ちょっとだけ同情するわ。


「……すやすや……すぅ……すぅ……」


「「もう寝てる!?」」


 こいつの就寝の早さに私と小野口のツッコミが重なった。

 いや、いくらなんでも寝んの早すぎだろ。まだ10時前だぞ?


「ぅー……もう噛み切れないですぅ……」


「「「…………」」」


 こいつは夢の中でスルメでも食ってんだろうか?

 ベタなようでベタとは程遠い寝言を直で聞いてしまった。


「うーー! 月ちゃんの裏切り者―。私を楽しませるよりも先に寝るなんてー! いいもんいいもん。こうなったら先生と大人の対談で盛り上がるんだもん」


「すやすや……もう投げられないわよぉ……すぅ……すぅ……」


「「こっちも寝てる!?」」


 星野はともかくセンセまで就寝早いってどういうことだよ。二人揃って10時前就寝って、いい子ちゃん達過ぎるだろ。

 しかもセンセの寝言は星野以上にベタとは遠かった。たぶん夢でもチョーク投げやってんだろうな。


「ぅううう! 青士さんんんん!」


「なんだよ。寄んなよ。鬱陶しい。こうなったらアタシ達も寝よーぜ」


「やだー! 遊ぶんだもん。青士さんは私の遊び相手なんだもん!」


「ガキか! おめーは!」


 これがクラス一の秀才。

 こんなのが……


「そうだ! こうなったら高橋君達の部屋に行こう! うん、それがいい! 行こう行こう!」


「って、こらっ! 引っ張んなっ!」


「手を離したら青士さんまで寝ちゃうでしょー。そんなの許さないんだからね」


「ガキ大将か!」


 しかたねーな。このジャイアン的同級生に付き合うしかなさそーだ。

 高橋辺りにこいつを押し付けて、アタシは後でこっそり部屋に戻って寝よう。それが良い。


「たっかはっしくーん! 池くーん! 美少女達の到着だよ~」


 うわぁ、こいつ自分で美少女とか言いやがった。さむっ。

 テンション上がりすぎてキャラ崩壊を起こしてんな。危険な状態だわ、これ。

 マジで部屋に戻りたくなってきた。さっさと押し付けて戻ろ。


「あれ? 居ない」


 居ねーのかよ!

 肝心な時につかえねー奴等!


「まだお風呂かなぁ?」


「……や、スリッパはここにあっし、アイツらの外履き用の靴が見当たんねー。外に散歩に出たんじゃね?」


「もー! なんで男子二人でデートしてるのよー! 私を仲間に入れるっていう選択肢はどこいったー、こらー!」


「いねーんじゃ、しょうがなくね? さっさと部屋に戻って寝よーぜ」


「いや! こうなったら追いかける! 地の果てまでも男子二人を追いかけてやるんだから!」


「…………」


 この間違った方向へ伸びていったやる気をどうすればいいんよ。

 小野口の暴走を止められそうなのは高橋か星野くれーだけど、一人は行方不明、一人は夢の中ときたもんだ。

 

「さっ、私達も外へ出るよー! 今すぐ出るよー!」


「……はぁ」


 思わずため息が漏れる。

 なんつーか、いつの間にかこいつの保護者みたいな立ち位置にいる自分にため息が漏れた。

 アタシは今後もこうやってコイツの我儘に付き合っていくことになるよーな気がすんな。

 面倒くせぇ……

 面倒くせぇ……けど……

 内心、しょーがねーなという気持ちになっている自分に少し驚いていた。







  【main view 池=MEN=優琉】



 夜の海岸は日中の青い姿に比べるととても物静かだった。

 浜辺に人が居なくなるとこうも静かになるというのか。

 風情溢れる光景に目を奪われそうになるが、今は別のことを直視しなければならない。

 俺は隣で歩くセカンドイケメンの目をじっと見ながら口を開いた。


「イケメンとして問おう」


 俺とセカンドイケメンを繋げることになったこの言葉。

 懐かしさすら覚えるそのフレーズを俺は再度セカンドイケメンに対して向けていた。


「俺が以前問いた、髪をサイドに纏め上げた姿が可憐で、白い肌、大きくて綺麗な瞳の少女のこと……キミは知っているな?」


「…………うん」


 長い沈黙はセカンドイケメンの迷いか後悔か。

 その間の後にセカンドイケメンは小さく頷いた。

 悲しそうな顔をしている。

 俺は友になんて顔をさせてしまっているんだ……

 でも、今更引き下がるわけにはいかない。

 これは必要なこと。俺とセカンドイケメンが乗り越えなければならないこと。

 悪いな、セカンドイケメンよ。

 きついだろうが、耐えてくれ。

 俺も……耐えてみせるから。


「俺の気持ちはあの頃と変わっていない。俺はその少女に一目惚れをしたのだ」


「…………うん…………ごめん」


 今度は長い沈黙の後に謝罪の言葉を付け加えていた。

 それは恐らく以前俺に嘘を吐いたことに対しての懺悔。

 真更光さんという架空の人物を紹介したことに対する謝罪だろう。

 だけど、今となってはそんなことどうでも良かった。

 重要なのは……大切なのは……


「セカンドイケメンの口から言ってくれないか? その少女の名を。俺が一目惚れした女の子の名を」


 今の俺はイケメンとは言い難いだろう。

 大事な共に残酷なことを言わせようとしているのだから。

 だけど……耐えるのだ。頑張ってくれ。


「星野……月羽……あの時、一緒に映画を観た……サイドポニーの女の子は……星野……月羽」


 ……すごいな、セカンドイケメンは。

 この場面で包み隠さず事実を伝えてくれた。

 辛さを乗り越えて伝えてくれた。

 ……だから凄いのだ。

 やっぱり俺の最大のライバルは目の前にいるイケメンこそ相応しい。


「そうか……ふむ……やはりそうだったか……いやはや、今までまるで気付かなかった俺もまだまだであるな」


 今思えば髪型が違うだけだったのに、見事に気付かなかった。

 イケメンとして有るまじき失態だ。


「セカンドイケメンよ。俺が彼女に告白したい……と言ったらどうする?」


「……!?」


 思った通り、ひどく驚いた顔を向けてくる。

 セカンドイケメンは冷静な能面のようで、実は一つ一つの感情は豊かな男だ。

 それがセカンドイケメンの魅力でもある。


「俺は……星野月羽クンに告白しようと思う」


「…………」


 セカンドイケメンの口数が少ない。

 追い詰められたような表情を終始俺に向けている。

 セカンドイケメンを追い詰めているのは……他らなぬ俺だ。


「だけど、その前にセカンドイケメンに聞いておきたいことが二つあるのだ」


「……え?」


「まず一つ。いつだったかメンタルイケメンと小野口クンが聞いていたことでもあるが、俺からも訪ねたい。セカンドイケメンと星野クンは……付き合っているのか?」


 セカンドイケメンと星野クンの仲の良さは俺から見ても異常に映っていた。

 ここまで内向的で似ている二人。そんな二人が出会い、互いを『親友』と呼べるレベルにまで仲が良いことに疑問を抱いていた。

 だけど、本当は二人が付き合っているのであればその疑問も解決する。

 しかし、俺はセカンドイケメンが今の質問には肯定しないであろうことは予想ついていた。


「いや……僕と月羽は本当に付き合っているわけじゃないんだ……仲の良い親友……これは本当なんだ」


「そうか」


 予想通りの回答である。

 予想通りであるからこそ次の質問を繰り出すことができるのだ。


「ではセカンドイケメン。二つ目の質問だ」


「う、うん」


「セカンドイケメンは今好きな人はいるのか?」


「えっ……?」


「……いや、ちょっと質問の形を変えよう」


 そうだな。

 風呂場で保留にしていたあの質問に変えるのが適切かもしれんな。


「セカンドイケメンの好きな女性は誰なのだ?」

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