第78話 平泳ぎキックを喰らうといいですっ

『俺は星野クンに告白しようと思う』


 この言葉を耳にした時、視界が急に暗転した。

 それだけじゃない、何とも言えぬ不快感。吐き気に近い何かが僕の中に渦巻いている。

 なんだこれ……なんだこの不快な感じ……こんなの初めてだ……


 目の前に居る池君の顔を見るのがツライ。

 何も見たくない。何も聞かなかったことにしたい。

 元を辿れば全部僕がいけないのくらいしっている。

 僕が変な嘘を吐いたせいでおかしくなり始めていた。


 嫌だ。

 何か泣きそうだ。


 上手く嘘を吐き通せていて……

 僕と池君の関係も良好で……

 いつものように月羽と経験値稼ぎをする。

 そんな……そんな夢のような理想が叶ってほしいと心の中で叫んでいる。


 いや、今までが上手く行きすぎていたんだ。

 だからもう夢のような時間は終わり。



 現実に――


 視線を――

 

 向けなければならない――



 そうしなければ、僕は変わっていないことになるから。

 見て見ぬふりしてただ汚名を被り続けていた中学時代と同じってことだから……

 月羽とアレだけ経験値稼ぎをして……全然成長していないという自分だけは在ってはいけないのだから。

 だから――!


「セカンドイケメンはどのような女性が好みなのだ?」


 池君からの次なる質問。

 確信を迫っている疑問。

 この質問に対し、いつものように適当にはぐらかすのもアリだと一瞬でも思った自分を殺す。

 真剣な質問には真剣に答えなければならないのだと自分に悟り尽くす。


 自分でも分かっていたのだ。

 とっくに気付いていたんだ。

 だけど、何となく曖昧にしていた。


 しかし、今が良い機会。

 その期を池君が与えてくれた。

 この期を逃したら絶対に後悔すると思った。


 しかし、僕の本当の気持ちを伝えれば池君との友情が終わってしまうかもしれない。

 だけど、今はぐらかすと僕と池君の友情はそれこそ終わってしまうような気がした。

 だからこそ僕はハッキリと答えることにした。


「僕は……ね。優しくて、ちっちゃくて、可愛くて、髪が長くて、いつも一緒に居てくれて、黒髪を纏め上げると更に可愛くなって、たまに僕と同じくらいヘタレになって、だけど誰よりも頼りになって、そして一緒に成長してくれようとしてくれる女の子が好きなんだ」


 これが――僕の素直な気持ち。

 その言葉を聞きうけた池君が小さく微笑みを浮かべているのが分かった。


「具体的なようでまだ具体的ではないな。もっと簡潔に、そして俺の納得のいく言葉を聞かせてくれないか?」


 瞬間、僕はあることを悟った。

 池君は僕を試している……ように見せて、僕を後押ししてくれていることを。

 この人は――真の意味でイケメンであることを。


 僕は彼みたいにイケメンではない。

 だけど、この瞬間だけは、彼と同じくらいイケメンで在りたいと思った。

 その為に僕は包み隠さず、自分の中に潜めていた気持ちを初めて吐き出すことにした。


「僕は……月羽が……星野月羽が好きだ!」


 この気持ちはずっと前から在った。

 具体的にいつかは分からなかったけど、確実にこの気持ちは僕の中に芽生えていた。

 僕の好きな人が目の前のイケメンに取られるかも……と思ったから、先ほど僕は恐れていたのだろう。

 その恐れは今もある。

 だけどこの瞬間、その恐れは少しだけ霧散する。

 自分の中の誇らしさが恐れを消してくれている感覚。

 経験値を獲得した時の誇らしさとちょっと似ていた。


「それでこそ俺の認めたイケメンだ」


 池君は満足そうに笑みを浮かべていた。

 僕も負けじと微笑みを返す。

 ……ちょっと引きつった笑みかもしれないけど、今はそれでいいのだ。


「推測だが、セカンドイケメンの方が先に星野クンを好きになっていたのだろうな」


「それは……何とも言えないけど……」


 でもたぶんそうだ。

 確信はないけど、僕の方が先に月羽を好きになったと思う。

 池君と月羽が出会う前に僕が月羽のことを好きになっていた可能性が高いから。


「ならば、セカンドイケメンが先にチャンスを得るべきだろう」


「えっ?」


「俺は星野クンに告白をする。だけど、それは見送ることにした。そうだな……一年半……うむ、そうだな、一年半後、俺達の卒業式の日。星野クンがまだフリーであったならば俺は彼女に告白することにした」


「い、一年……半!?」


「そうだ。だからセカンドイケメンよ、タイムリミットは一年半だぞ? ちゃんとそれまでに自分の気持ちを彼女に伝え、真のイケメンになるが良い」


「ど、どうしてそんな……」


「どうしてだって?」


 自嘲気味に笑う。

 僕には彼の行動が理解できなかった。


 池君はどうしてここまで僕にチャンスをくれるんだ?

 どうして僕の気持ちを気付かせるような真似をしてくれたんだ?

 自分が不利な条件だと分かっているはずなのに、どうしてこんなことまでしてくれるんだ?

 僕にはただ不思議だった。


 だけど、彼はいつものように自信満々に――

 高らかに宣言するように聞きなれたフレーズを言葉に放った。


「それは俺がイケメンだからに決まっているだろう」







  【main view 青士有希子】



 やっべぇ。

 高橋と池を見つけたのは良いものの、とんでもねー光景を目の当たりにしちまった。

 これ、絶対アタシらみたいな部外者が聞いちゃいけねー場面だったよな?

 ついつい隠れちまったけど、こりゃ出て行けねーわな。

 小野口も目を点にしながら、ぽけーっと高橋達の方を見つめている。

 こいつもこいつでちゃんと空気読めんだな。いつもの鬱陶しいくらいの明るさが表情からも消えている。


 やがて、その場から高橋だけがゆっくりと旅館の方へ戻っていく。

 一応話は終わったようだ。

 しかし、こいつもちゃんと『男』なんだな。

 世渡りが上手く、いつもどこかおちゃらけているから心配ではあったんだが、決める時は決める奴なんだ。

 だけどやっぱりどこか不安定に見える面はあるけど、今回だけは素直に感心してやろう。

 アイツがこれからどんな行動を起こすのか、見物だな。


「それで隠れているつもりか? メンタルイケメン、小野口クン」


「げっ……」


 なんで気付いてんだよ。

 しかも『そこに隠れていたのは最初から気付いていたぜー』的な呼びかけしやがって、あのエセメン。

 まー、バレていたのであれば隠れているひつよーもねーから、素直に姿を現すことにした。


「いやまー、そのなんつーか……青春してたなー、おめーら」


「ふっ、まあな。やはり今年はこのメンバーで海に来て正解だった」


 茶化すように言ったんだが、難なく流されてしまった。


「っつーか、全然知らなかったわ、おめーが星野を想っていたなんてよ。高橋が星野を見ていたのは何となく知ってたけど、まさかおめーがとはなぁ……」


「恥ずかしながら、俺自身も想い人が星野クンであることを気付いたのは最近だ」


 なるほどな。

 だとしても、一つ引っかかることがある。


「ふーん。ならさっきのはなんなん? アンタも星野が好きなんだろ? なら高橋の気持ちなんて無視してさっさと自分が告白しちまえばよかったじゃねーか」


「それは俺のイケメン道に反する。同じ人を好きになった友がいるのなら、きちんと話し合う。それが出来なければイケメンではない」


「イケメンイケメンって、おめー、その言葉を言い訳にしてね? 見方を変えればおめーが告白すんのをヘタレて逃げたようにみえる。更に言い方を悪くしりゃー、本気で星野を好きだったのかすら怪しくも思えた」


「……さすがメンタルイケメン。キミも俺の認めたイケメンなだけはあるな。しっかり自分の意見を持っている。そしてそれを臆することなく俺本人に言ってくるとわな」


 なんかアタシがずーずーしいだけみたいに聞こえるんだが。実際そうかもしんねーけど。


 さっきの高橋は男らしいと思えた。

 だけど、さっきの池は男らしくないと思えた。

 いや、池らしくねーと言った方が正しいか?

 こいつなら好きになった奴にはもっと一直線に突き進んでいくやつだと思っていたからだ。


「キミの言いたいことは分かる。見方によっては俺は究極的ヘタレであり、チャンスを自ら捨てた大馬鹿野郎に見えることだろう」


 池自身がアタシの言いたかったことを代弁してくれる。

 だけど、こいつはそれを見越した上でこんなことを言ってきた。


「しかし、俺は先ほどの自分の行動はベストだと思っている。例え周りにどう見られようと、俺は俺の中の信念イケメンを見誤らなかったことをとても誇らしく思っている」


 その言葉にアタシは一瞬言葉を失った。

 さっき、こいつのことを男らしくねーって思ったことを今すぐに訂正する。

 こいつは誰よりも男らしいと思ってしまった。

 自分の想いよりも信念を選んだこいつを素直にすげーと思った。


「で、でも! でも! 池君はそれで良かったの!? 好きな人を……そんな簡単に譲っちゃって……本当に良かったの!?」


 今まで静かだった小野口が声を張り上げる。

 なんか必死な形相で池に訴えかけるように叫んでいた。


 その様子を見て、『まさか』と思ったことがある。

 もしかしてこいつは……

 小野口は――


「これで良かった。俺は今心底そう思っている」


「「…………」」


 その言葉に小野口も押し黙っていた。

 しかしこいつの表情は必死で何かを訴えていた。


「一つ、勘違いしてないか?」


「「えっ?」」


「俺は確かに星野クンの事が好きだ。一目惚れだ。だけど俺は彼女と同じくらい――無論、別の意味でだが、俺はセカンドイケメンのことも好きなのだ」


 恋心。

 友情。

 こいつはその二つを同じ天秤で測ることが出来る奴なのか。

 とんでもねー、メンタルだ。

 メンタルイケメンなんて呼ばれているアタシなんかより、よっぽどとんでもねー鋼のメンタルを持ってやがる。


「だ、だけど、池君にもチャンスはある……よね。もし高橋君が告白しないままだったら――」


「小野口クン。キミはセカンドイケメンのことをまるで分かっていないな」


 一つ間を置き、小野口を諭すように視線を向けてくる。

 そして池は自信満々に、まるで自慢のダチを語るようにこう言ってきた。


「セカンドイケメンは星野クンに告白するだろう。それも……近いうちに」


「「えっ?」」


「賭けても良い。セカンドイケメンは一ヶ月以内に星野クンに告白するだろうな」


「ど、どうしてそんなことが……?」


「どうしてだって?」


 何を愚問なと言わんばかりに笑う。


セカンドイケメン高橋一郎は……俺達が思っているよりもずっとイケメンだからさ」







 池とも別れ、アタシと小野口は旅館の自室に戻った。

 部屋はすでに真っ暗で星野とセンセが並んで寝息を立てている。

 小野口も、部屋につくと自分の布団に直行し、シーツを被る。


 帰り道、小野口は何もしゃべらなかった。

 池は気付いていたかしらねーけど、アタシの予想が正しければ今回の騒動で一番ダメージを負っていたのは――

 いや、考えるのはよそう。

 今回ばかりは本気で自分の予想が外れていて欲しいと心から思う。


「すぅすぅ……私の……平泳ぎキックを喰らうといいですっ……すぅ……すぅ……」


「…………」


 渦中の人物はとても幸せそうに寝言をたてていた。

 ったく、どんな夢を見ればそんな寝言を言えんだよ。

 ちょっとムカついたので、軽く鼻を抓んでみた。


「すぅ……すぅ……ムガッ……ぅ、ぅ~ん……」


「…………」


 何とも言えない罪悪感に襲われたので五秒で指を放す。


「……ったく」


 平和なはずの海旅行はどこ行った?

 なんでこんなに殺伐としてるん?


「やっぱり男女の間に友情なんて存在しないもんなのかね」


 どうもこうも男と女と言うのは面倒くさい縁が付き物みたいだな。

 ったく、中立な位置にいる人間が一番気を使うっつーの。

 はぁ……マジ勘弁。


「……寝よ」


 小野口と同じように布団を被り、目を閉じる。

 暗い部屋の中に波音だけが聞こえてくる。

 波音が聞こえる度に浜辺での高橋と池の会話を思いだしちまい、ますます眠れなくなるのだった。

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