第79話 心臓がラジオ体操第二を始めています
【main view 星野月羽】
名残惜しいですが、海旅行は一泊だけ。
それに移動が大変なので、二日目は遊ぶ時間がありません。残念です。
でも昨日はとても楽しかったです。
皆でバレーボールをして、泳ぎを教えてもらって、夜は温泉に入って……
皆との思い出がたくさんできました。
たくさん……皆との……
って、あれ?
確かに皆さんとの思い出は増えましたけど、なんだか一郎君と遊んだ記憶があんまりないような?
うーん……
「海で経験値稼ぎ……したかったなぁ」
最後に一郎君と経験値稼ぎをしたのは、いつだったでしょう。
アルバイトは確かに経験値稼ぎの一環でしたが、アレはみんなで獲得した経験値って感じでした。
一郎君と二人きりで経験値稼ぎをしたのは夏休み前ですかぁ。何だか昔の話みたいに思えます。
「月ちゃん、今何か言った?」
「!? い、いいいいいいえ! な、なんでもありません!」
つい本音を口にしてしまっていたみたいです。
いけないいけない。気を付けないと。
「って、あれ? 小野口さん。なんだか元気ないです?」
「えっ? そ、そう見える? そんなことないけどなー。いつもの元気100倍希ちゃんだよ」
「そう……ですか?」
小野口さんはこう言っていますが、何だかそうは思えません。
表情に覇気がないように見えるというか、空元気のように思えてしかたないです。
具合でも悪いのでしょうか。心配です。
「これから朝食が運ばれてきますけど、食べられそうですか?」
「だ、だから大丈夫だってばー! 人を病人みたいに扱わないの♪」
「…………」
「もー! 心配そうに見つめる月ちゃんもかわいいなぁ!」
「はわわぁっ」
突然思いっきり抱きしめられて身動きが取れなくなる。
小野口さんの抱擁は拘束力がすごいです。掴まれたらどんなにもがいても抜け出せた試しが……って、アレ?
「抜け出せ……ました」
「…………」
小野口さんはどこか虚空を見つめるようにボーっと立っています。
やっぱり明らかに様子がおかしいです。
「……ね、月ちゃん」
「はい? 何でしょう?」
「朝ごはんの前に、さ。ちょっとお話いいかな。二人きりで」
「はい。勿論いいですが……」
何でしょう?
雰囲気から察するにとても大切なお話のようですが。
「じゃあ、一緒に浜辺歩こ」
小野口さんに手を掴まれ、旅館の外へと連れ出される。
色々と衝撃な告白がこの後に待っているとも知らずに。
【main view 西谷沙織】
私の生徒達の様子がおかしい。
それは帰りの駐車場での出来事だった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
昨日はあんなにはしゃいでいたというのにこの静まりようは何!?
たった一日でどうしてこんなにテンションが違うの!?
何があったのかは知らないけど、ここは大人の出番よね!
「よーし! みんな! 帰るまでが旅行よー! 最後までテンション上げて車を探すわよー!」
「……ぉー」
「……はい」
「……うん」
「……ぅーぃ」
「…………」
だめだ。これは駄目なパターンだ。私がどんなに頑張ってもテンション上げてくれないパターンだ。
皆本当にどうしたっていうの?
青春の悩み? にしては暗い。
進路や学業の悩み? いやいや、このタイミングでそれはないか。このメンバーの大半は成績優秀だし。一番そこで悩まなければいけない人は進路とか無頓着っぽいしなぁ。
いや、待てよ。
全員が同じ悩みを持っているとは限らないわ。
ここは一人一人、話を伺ってみるのがいいかもしれないわね。
そうね……まずは~……やっぱり私のクラスの受け持ちでもあるし、高橋君から話を伺ってみようかしら。
皆に話を聞かれないように高橋君の側に寄り、小声でこっそり話しかける。
「ねえねえ、高橋君。なんか元気ないみたいだけどどうしたの? 良かったら先生に話してみない?」
「あっ……沙織先生……」
私が側に寄ってきたことを今気づいたようだ。
本当に大丈夫かなぁ? なんかこの子が一番深刻そうな悩みを持っている気がする。
「いえ、僕は別に……ちょっと泳ぎ疲れただけですから」
あからさまな嘘をつかれる。
心配かけまいと気を使っているのが見え見えだ。
この子は空気を読もうとして空気を読まない子だからなぁ。
今みたいに話してほしい時に限って話してくれなかったりする。
なかなか難しい子なのよね。
「そう。でも何か悩みがあったら先生に相談しなさいね」
「……はい。ありがとうございます」
この子の場合は押し過ぎるのはよくない。
実は一番頑固な性格しているからなー。どんなに聞き出そうとしても答えてくれなさそうなのよね。
話したくないのなら無理に聞きださず、待った方が良い。
仕方ない。次の子の悩みを聞いてみよう。
んー、次は……青士さんがいいかしら。
私は先ほどと同様にこっそりと彼女の側に近づいて小声で話しかけた。
「青士さん、青士さん」
「ん? どした、センセ。なんか用?」
この子だけはいつも通りに見える。
これはみんなの事も聞きだせるかも。
「いや、なんか元気無さそうに見えたからどうしたのかなって思ってさ」
「ん? ああ。そだな。アタシは全然何ともねーけど、他の奴等は色々悩みがあるんよ」
「そうなの? 私じゃ力になれないかしら?」
「んー、正直アタシもどうすりゃいいのかわかんねー状態なんだわ。特に男達の悩みは深刻なわけで……今はあいつ等には話しかけねー方がいいかもな」
どうやら話す順番を間違えてしまったらしい。
デリケートな状態である高橋君に対して失礼なことを言っていなければいいんだけど……大丈夫よね?
「小野口の悩みも……まー大体理解できるな。一番複雑なのはアイツかもしんねーわ」
「そうなの? 意外ね」
小野口さんはいつも明るいから深刻な悩みなんて持って無さそうな人だと思っていたのに。
このくらいの年ごろの子は本当に多感ね。
「星野は……わかんね。なんでアイツまで暗ぇのかはアタシにはわかんねーわ」
「そう。話を聞いてみようかしら」
高橋君と池君は話しかけない方が言われたし、小野口さんも何だか大変そうみたい。
なら私にできそうなのはきっと星野さんの悩みを解決することなんだわ!
「星野さん、星野さん」
「うひゃああい!」
ぅをぉ!?
ちょっと耳元で話しかけただけなのに、やたら大きなリアクションを返され、ギョッとする。
別に驚かすつもりはなかったのだけど、どうやら考え事をしている最中に話しかけてしまったみたいね。
「だ、大丈夫? 星野さん。ビックリさせちゃった?」
「い、いえ、心臓がラジオ体操第二を始めていますが、心配はありません」
この子の例えが新しすぎて緊迫度が伝わりづらい。
「なんだか元気がないみたいだけど、どうしたの?」
ここで遇えて『大丈夫?』とは聞かない。
聞いたら『大丈夫です』と答えられて話が終わってしまうからだ。
「えっと……その……ちょっとお話聞いて貰ってもいいですか?」
待ってましたっ!
これよこれ。教師のやりがいはこのセリフから始まるのよ!
「いいわよ。何でも言ってみて」
「はい……実は――」
ぽつぽつと星野さんが話を始めてくれる。
私は一通り彼女の話を聞き、その後に私は素直に自分の考えを彼女に伝えることにした。
【main view 池=MEN=優琉】
帰りの車内。
来た時と同様、俺は助手席に座っていた。
耳を澄ましてみても後部座席から話し声が聞こえない。
皆、何かに憑りつかれたかのようにずっと黙っていた。
……皆の元気のない原因の発端は間違いなく俺だろうな。
俺も起きてからずっと昨日のことを思い返していた。
――『うむ、そうだな、一年半後、俺達の卒業式の日。星野クンがまだフリーであったならば俺は彼女に告白することにした』
その決断は即ち俺が星野クンに気持ちを伝えることを辞退したことと同意だった。
自分の気持ちを殺し、友の後押しをした時点で俺に告白の機会は回ってこないだろう。
だけどこの決断をしたことに後悔はしていない。
むしろ、セカンドイケメンの気持ちを無視して、彼女に気持ちを伝える自分こそありえないと思った。
仮に――
もし仮にだが――
一年半経ってもセカンドイケメンが星野クンへ告白してなかったら……
その時は容赦なく俺は彼女へ告白してみせよう。
「……ふっ」
自分で思って自分で笑ってしまう。
ありえないな。
その未来は確実にないことを俺は分かっているから笑えてしまう。
俺のライバルはイケメンなのだ。
度胸や行動力に関しては俺を超えるイケメン。それこそがセカンドイケメンの真髄。
ふっ、一体あと何日後にセカンドイケメンが星野クンに告白するのか、楽しみであるな。
「沙織さん。誇れる友が近くにいると刺激されるものだな」
「ど、どうしたのよ? 急に」
「いや、急に俺の周りのイケメンが誇らしくなったものでな」
「ふーん……」
本当に誇らしい。
眩しいくらいにイケメンなセカンドイケメンが眩しくて……羨ましい。
そしてそのイケメンの後押しが出来た自分も誇らしい。
これで……いいのだ。
後悔など……していない。
していない……はずなのだ。
俺は――
「池君」
「……む? どうした? 沙織さん」
不意に呼ばれ、運転席の沙織さんの方に視線を移す。
沙織さんはハンドルを握ったまま、ただ前を見つめ、言葉だけを俺に向けてくれた。
「ちゃんとイケメンで居られましたか?」
「あっ……」
それは俺自身も忘れていた、約束の一言だった。
そう訪ねるように沙織さんにお願いしていたのは俺だった。
海へ向かう際、何となく星野クンが想い人であることを悟っていた俺は、保険の為に沙織さんに『ちゃんとイケメンで居られたか』と帰りに尋ねるように約束していた。
その時点で俺はセカンドイケメンを後押しする気で居たからだ。
しかし、旅行の途中で心変わりをしてしまう可能性もあった。
――俺がセカンドイケメンの気持ちを無視して、星野クンへ想いを伝えてしまう可能性。
そんなもの、俺の信ずるイケメン道ではなかった。
俺は友を後押しできるイケメンでありたかった。
だからこそ、俺は心変わりしないように沙織さんに帰りにそう訪ねるようにお願いしていたのだ。
「ああ……俺はイケメンで居続けることができたっ」
イケメンで居続けられた。
俺は自分がイケメンであることに安心した。
だから胸を張ろう。
いつまでも昨日のことをうだうだ悩んでいるのはイケメンのすることではない。
もっともっとイケメンになる為に、俺は明るく振る舞おう。
「沙織さん。貴方も中々イケメンですね」
「いや、私、メンズじゃないんですけども……」
「はっはっはっ。細かいことは気にするな! 俺がイケメンと言えば、その人はもうイケメンなのだ!」
「なんか急に元気になってるっ!?」
「ふははははっ! 後ろの皆も何暗くなっている! 帰るまでが旅行だぞ? テンションを上げて行こうではないか!」
「それ、さっき、私が言っていたセリフっ!」
「おい、エセメン、急にうっせーぞ。寝れねーじゃねーか」
メンタルイケメンはさすがだな。
この重い空気の中、居眠りしようとするメンタル。
そのブレの無さはまさに鋼鉄の心を持つイケメンだった。
「池さん……急にどうしちゃったのでしょう?」
星野クンもポカーンとした表情で俺の奇行を不思議そうに眺めている。
見るとセカンドイケメンも同じような表情をしていた。
「むむぅ。元気っ子キャラは希ちゃんの専売特許だったはずなのに……ずるいぞぉ」
小野口クンはまだちょっと覇気はないが、少しだけ『らしさ』を取り戻しているように見えた。
ふっ、さすがイケメンである俺だ。一瞬で車内の活気を取り戻せてみせたぞ。
どうだ? セカンドイケメン。
キミのライバルはこんなこともできるイケメンであることをその目に焼き付けるが良い。
この先、俺はもっともっとイケメンを磨いていくのだからな!
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