第84話 今日は経験値稼ぎをしません

「おめー、毎日パンなのな」


「そういう青士さんは毎日ここに来るんだね」


 一学期の途中から――具体的には復学してから毎日、青士さんは昼休みになると2-Aの教室に現れていた。

 未だにクラスメートからは奇異の視線を浴びている。

 まぁ、そうだよね。あれだけ目立つ喧嘩シーンを見せられていたにも関わらず、突然仲良さげにお昼を一緒に食べているんだもんなぁ。事情をまるで知らないクラスメートからみれば奇怪以外何者でもない。


「栄養偏ってるからチビなんじゃね?」


「うるさいよ。放っておいてよ。ついでに身長ちょっと分けてよ」


「あたしみてーに栄養バランスを考えた飯をくってりゃ背なんて自然と伸びるっつーの」


「栄養バランス?」


 青士さんの目の前に置かれた昼食。

 『カップヌードル(シーフード)』。

 以上。

 ……栄養バランスねぇ。


「青士さん、どうして自分でお弁当作ってこないの? あんなに料理上手なのに」


 喫茶魔王ではそれでエースになっていたのに、なぜか自分が食べるものに関しては無頓着なんだよなあ、この人。


「はぁ!? なんでそんな面倒くせぇことしなきゃいけねーんだよ。そんな暇あったら睡眠に時間を費やすっつーの」


 とても青士さんらしい回答だった。


「いいから食おうぜ。麺が伸びちまう」


「あっ、うん」


 僕がいただきますと言っている間にも、青士さんは豪快に麺を啜りはじめる。

 食べ方が非常に男らしい。

 初めてできた男友達のような感覚を覚える。本人を前には絶対に言えないけど。


「御馳走様っ」


「早っ!」


 調理時間よりも早く完食を遂げる青士さん。

 見ると、スープまで飲み干してある。


「食い終わったし、次の授業までどうすっかなー」


 大きく背伸びをしながら、首をコキコキ鳴らす。

 青士さんは未だにクラス内では浮いているらしい。故に昼休みの間には自分の教室に戻ろうとはしない。

 ぼっちはこういう時、図書室で時間を潰したりするものだが、青士さんはそれをしようとはしない。

 基本的に本が嫌いみたいだし、図書室には委員の小野口さんがいるから行きたくないとのこと。

 バイトや海では打ち解けたように見えたけど、未だに微妙な壁みたいなものがあるのだろうか?


「おっ、それうまそーだな高橋」


「うん。美味しいよ。あげないよ」


 なので青士さんは僕から食べ物を奪おうとすることで時間つぶしを計ってくる。

 僕にしてみれば迷惑この上ない時間つぶし方法だった。


「うりゃ!」


「うわっ!?」


 僕の頬に小さな風が当たる。

 青士さんが僕に手刀を仕掛けてきたのだ。

 突然の攻撃行動に目を丸くして驚いていると、右手に持っていたはずのパンの重さが変わっていることに気付く。

 菓子パンが半分になっていた。


「うめーっ!」


「手刀でパンを切られた!?」


 そんな馬鹿なっ。こんな芸当が人間に可能なのか!

 『パンを手刀で切る』。

 青士さんの隠しスキルがまた一つ明らかになった瞬間だった。

 経験値を積んだとしても僕には一生出来ない芸当だろうな。


「隙アリっ!」


    スポンッ


「ぅおう!?」


 青士さんの第二撃が不意に放たれた。

 下段から突き上げるような手刀が胸元を霞め、半分に千切られたパンの下底面にヒットする。

 手刀の衝撃によりパンはすっぽ抜けるように空中に舞いあがり、青士さんの左手に着地する。

 次の瞬間には、それは青士さんの口の中にイートインされていた。


「それ……僕の食べかけ……」


「間接キスってか? そんなの気にするの小学生くらいだっつーの」


 本当に思考が男らしいなぁ。

 それにしても、結局パン一個ほぼ全て奪われた。まぁ、この事態を想定してパンはもう一個あるからいいのだけれど。


「…………むむむむぅぅぅ」


 なんか、不意に怒気に満ちた唸り声が聞こえた。

 青士さんの後方、僕の正面に声の主は居た。

 窓から顔だけ出し、覗き見るようにこちらの様子を覗っている。

 ……なにやってるんだろう? 月羽。

 見るからに怒りに満ちた表情でこちらを――いや、僕の顔を捕らえている。

 長い前髪で隠れてはいるが、怒気に満ちた瞳が恐ろしくて仕方ない。

 あの子、あんな表情も出来たのか。新発見だった。

 とりあえずあそこでジッと見られていてもただ怖いだけなので、こっちに呼び寄せてみるか。


「月――」


    サッ。


 引っ込んだ。

 超高速モグラ叩きのギミックみたいな動きだった。


    ジッ。


 そして再び顔半分だけ窓の隙間から覗き見る。


「……一郎君が彼女を指し終えて間接キスしてますぅ」


 小学生並なことを気にしている様子の僕の彼女だった。


「あん? あそこ居んの星野じゃね? おめー、そんなとこいねーで入ってこいよ」


 別クラスの人がフレンドリーに招き入れる光景に疑問を憶えるが、このまま月羽にただ睨まれているよりはマシだと思えた。


「(ジィィィィィィィィィっ!)」


「うぉ! 怖ぇ!?」


 月羽の睨みつける攻撃が青士さんにもヒット。

 メンタルイケメンの称号を持つ青士さんすら怯むとは……

 浮気は許さないと言っていた時点でヤンデレの素質を秘めているとは思ったけども、まさかここまで攻撃的な思考に移り変わるとはなぁ。


「(ジィィィィィィィィィィっ)」


「「うっ……!」」


 その後、昼休みの間ずっと月羽に睨まれ続け、口数少なく肩身狭い思いをする羽目になった僕と青士さんだった。







「今日は経験値稼ぎをしません」


 放課後、いつものように屋上へ足を運ぶと、頬を膨らませた月羽が開口一番にこう言ってきた。

 やばい、怒っている時の月羽の声だ。


「え、えっと、それじゃ今日は……解散?」


「そんなわけないじゃないですか! 他にやらなければいけないことがあるので一時的に経験値稼ぎをやらないだけです!」


「そ、そう。まぁ、とりあえず座ろっか」


「はい!」


 いつものベンチに移動し、腰を下ろす僕。

 その真横にいい返事をした月羽も腰かける。


    グイッ


 いつもより距離が近い。

 というより、腕が絡まっている。

 親友時代の月羽は不意に腕を組んでくることなんてしなかった。

 ……あれ? しなかった……よなぁ?

 された覚えがあるのはなぜだろう?


「経験値稼ぎよりも優先してしなければならないことがあります!」


 どういう風の吹き回しだろうか。頭の中が90%以上経験値で埋まっているくらい経験値脳である月羽が経験値稼ぎを中断するだなんて。

 これは只事じゃないな。掴まれた腕が締めつけられているのも関係があるのだろうか。


「一郎君。私達は、その……こ、恋人ですよね? ……です!」


 疑問形にしてから若干の沈黙後、自分で肯定をする。

 月羽が僕の代わりに答えを申してくれたので僕は小さく頷いて肯定を示した。

 その頷きを見て月羽の頬が若干緩む。


「そのことを皆さんには伝えましたか?」


「え? いや? 昨日の出来事だったし、まだ」


 本音言うと何となく気恥ずかしいという理由で言っていないだけなのだが。

 でも言わないわけにはいかないよなぁ。特に池君には。


「それです!」


「え、ええっと?」


「な、仲間に隠し事とかよくありません! 今すぐに私達が恋人になったことを皆さんに知らせましょう」


 経験値稼ぎのこと何となくずっと隠しておきながらどの口がいうのかなんて思ったけど、僕も同犯なのでそんなことは言えない。

 しかし、やけに力説するなぁ。月羽が強気な時って決まって何か妙な考えがあるんだよな。


「恋人同士であることを知ってもらえれば一郎君を獲られることはないでしょうし……」


 これが月羽の特徴だ。考えていることをすぐに口に出してくれる。それが良いか悪いかは別として。

 しかし、これただの懸念だよなあ。月羽は僕を他人に獲られることを極端に恐れすぎている。僕なんかを奪いたがる人居やしないというのに。

 むしろ月羽の可愛さを気付いた人が変な風に寄ってこないかが心配だ。可能性としてはそっちが高い気がしてならない。池君の例もあるし、これは懸念とは断言できない。


「でも今から? もう皆帰ってるんじゃ?」


「うっ、た、確かにそうですね。じゃ、じゃあ明日にしましょう。放課後辺り、また皆さんを集めましょうか」


「うーん……」


 皆をまたどこか一ヶ所に集めて白状するのが一番効率的だ。

 でもなぁ……ちょっとそれは――


「それは……なんていうか……恥ずかしくない?」


「そうですか? ……そうですね」


「でしょ」


 いくら気の置けない仲間内とはいえ、全員の前で『実は僕達付き合うことになりました』と発表するのは恥ずかしい。

 できることなら避けて通りたい道だ。


「明日の放課後までに一人一人に言おう。ちょっと大変だけど僕的にはそっちの方がありがたいな」


「そうですね」


「じゃあ僕は池君と……あと担任の沙織先生に伝えておくよ」


「あっ、待ってください。沙織先生には私から伝えさせてください。色々と相談に乗ってもらいましたので、その感謝も伝えたいです。それと小野口さんにも」


 僕が告白前に池君と一悶着あったように、どうやら月羽も告白するに至って色々なドラマがあったようだ。

 それには小野口さんと沙織さんが関わっていたみたいである。

 じゃあ僕は池君と青士さんに伝えればいいんだな。 


「それじゃ明日、別行動になるけど頑張ろうか」


「はい。なんだか経験値稼ぎの時以上に緊張します」


 ある意味経験値稼ぎみたいなもんだよなこれ。別行動になるから経験値取得はないけれど。

 しかし単なる恋人報告なだけなのにこの緊張感はなんだろう。

 高校入試の時もこんなに緊張しなかったぞ。


 とにかく明日だ。

 僕の仕事は青士さんと池君に伝えることだ。

 大変な一日になりそうだなぁ。







 翌日。

 昨日の月羽との約束を果たす為には昼休みの時間を有効に活用しなければいけない。

 二人ともクラスは違うし、授業間の10分の休み時間では短い気がするし。

 それに昼休みになれば――


「ちーっす」


 ほらこの通り、向こうから勝手にやってきてくれる。

 今日のお昼もカップ麺のようだ。カレー味のめちゃくちゃ美味しいやつだ。いいなぁ。


「こんにちは、青士さん。僕月羽と付き合うことになったからよろしく」


    バシャっ!


 青士さんの手からカレー麺が零れ落ちる。


「あちっ!?」


 撥ねた汁が僕の右手に当たる。

 思わぬ攻撃を受けてしまい、後ろに椅子ごと跳ね除けてしまった。


「なに挨拶のついでにそんな重要なことをサラッと言うんだよてめーは!」


 量肩を掴まれガクンガクン揺らされる。

 あまり大声で叫ばないでほしい。クラスメートにこの会話を聞かれるのは勘弁だから。


「いや、引き伸ばすと言いづらくなる気がしたから早めに言っただけなんだけど」


「だからって不意打ちはねーだろ! こぼれた分のカップ麺の汁、どーしてくれんだよ!」


 いやいや、その撥ねた汁で僕の右手が火傷したらどうしてくれるのだろうか……なんてこと、青士さん相手にはとてもいえない。


「ったく。それで? いつから付き合い始めたん?」


「一昨日だよ」


「ふーん……そっか……アイツの言った通り……いやアイツの予言よりもはえーくらいか」


「えっ? アイツって?」


「いんや、なんでもねー。そうかー、ついに告ったかー。いやはやあのヘタレっぽかったおめーがねー」


 母親か、この人は。

 でも感慨に浸っている所悪いのだけど……


「告白されたのは僕の方だよ?」


「……はああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 一瞬の沈黙の後、青士さんの叫びが教室中に広がる。


「んだよ!? それ! わけわかんねーんだけど! なんで告ったのがおめーじゃねーの!? つーか星野もおめーのこと好きだったん!? あああ! いや! んなこと最初から分かってたけど……だぁぁぁ! なんだこれ!」


 やばい、狂ってしまった。

 青士さんに事実を話すに至って、一番大きなリアクションをしそうだったのは青士さんか沙織さんだと思っていたけど、こんなにも狂人化するなんて思わなかったぞ。

 とりあえず落ち着いて貰わないと。クラス中が騒ぎを聞いてざわめき始めている。


「とにかく落ち着こう青士さん」


「これが落ち着いてられるか! てめーから告ったんじゃねーって事実がアタシの中で合点がいかな過ぎて……うがぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 僕から告白しなかったことでこんなにも人を狂わせてしまっていたのか。

 確かに女の子が先に告白するって、男としては微妙な心境であることは確かだけど……どうして青士さんが一番複雑そうにしているのか……


「ツナマヨおにぎり上げるから落ち着いて」


「おお……なんか、落ち着いたわ」


 急激にボルテージが下がる青士さん。

 僕からおにぎりを受け取り、黙々と食べ始める。

 ツナマヨの鎮静効果すげぇ。


「……もぐもぐ……まー、その……あれだ……もぐもぐ……ツナマヨうめぇ」


「そうだよね、知ってる」


「もぐもぐ……って、そうじゃなくてだなぁ!」


 貴重な青士さんのノリツッコミシーンだった。


「女が一大決心して告ったんだ……てめーがもしアイツの想いを裏切るようなことをしたら……もぐもぐ……アイツの友――クラスメートとしてアタシが許さねーってこった」


 友達と言おうとしてクラスメートと言い直す所が少し悲しい。

 青士さん的に中間試験の出来事がまた尾を引いているのかもしれない。


「まっ、アタシ的にはおめーから告白して欲しかったがな」


 あくまでもそこは譲れないらしい。

 『実は僕も同じ日に告白しようとしていたんだよ』なんて言ってももはや言い訳にしか聞こえないだろうなぁ。

 それに青士さんの言っていることは支離滅却そうに見えて実は正論だと思う。

 月羽が積極的なおかげで僕は随分と楽をしている。男が受け身で在り続けていいはずがない。

 それだけは肝に銘じておこう。


「よいしょっと」


「あん? 急に立ち上がってどしたん? どっかいくん?」


「うん。他にも報告しなきゃいけない人がいるもんで」


「ふーん。小野口とかセンセ?」


「いや、そっちは月羽が。僕は別口の方」


「ああ。アイツね」


 納得したような面持ちで青士さんは再びオニギリを頬る。


「それじゃ、僕は行くけど……青士さん、一人でここで食べる気?」


「あん? それが何か悪いん?」


 いや、普通に考えておかしいと思うけど。他のクラスで一人で食べるってどんな鋼鉄メンタルの持ち主だよ。

 まぁ、いいや。この人への用事は済んだのだし、後は勝手にしてもらうとしよう。

 僕は僕で昼休み中にやらなければいけないことがあるのだ。


「さて……もう一人……か」


 正直、もう一人の方への報告が怖くて仕方なかった。







    【main view 星野月羽】



 昼休み。

 早めに昼食を食べ終えた私は昨日の一郎君との約束を果たす為に、まず職員室へ向かっていた。

 西谷沙織先生。一郎君のクラスの担任の先生。

 この人に相談していなければ今の私と一郎君の関係は無かったかもしれない。

 友達のような恩師。そんな言葉がピッタリの先生に私が告白したことの報告とお礼をどうしても自分の口から言いたかった。


「失礼しまぁす……沙織先生いらっしゃいますか?」


「むっ? 星野か? 何か用か?」


 職員室で出迎えてくれたのは私のクラスの担任である田山先生でした。

 実はいうとこの先生、未だに少し苦手だったりします。内緒ですけど。


「え、えっと……さお――に、西谷先生に……その……よ、用事が……」


「用事があるなら私に言いなさい」


「え、えと…………」


 困りました。この展開は想定外です。

 正直に『田山先生には全然用はなくて、沙織先生だけに用があるんです』なんて言えない。絶対に言えません。怒られる確率100%な回答、私の口からは言えません。


「はぁ。何の用かは知らんが、西谷先生は席を外しているぞ」


 私が黙っていると田山先生の方から沈黙を破ってくれました。正直助かりました。

 でも、沙織先生が居ないとなると問題解決になっていないです。


「どちらに行かれたのかご存知でしょうか?」


「いや、知らん」


「そ、そうですか」


 知ってはいましたけど、田山先生は若干淡泊な面をお持ちの方のようです。


「西谷先生はいつも昼休みになると弁当を持ってどこかに行っているようだ。どこに行っているのかは知らんがな」


 田山先生が補足を加えてくれる。私の心の声が聞こえたんじゃないかと一瞬ギクッとしました。

 だけどどうしましょう。沙織先生、どこに行っちゃったのでしょうか。

 恐らく他の先生方に聞いても分からないでしょうし、先生の行きそうな場所を自分で考えてみる。

 うーん。お弁当を持ってどこかに行くってことは自分だけの場所でお昼を食べているということでしょう。

 そういえば先生は新任さんと聞いたことがあります。

 その二つの事実によって私の中で一つの答えが導かれる。


「ま、まさか……沙織先生……」


 職員室で居場所がないのではないでしょうか?

 以前、沙織さんは『他の先生と居るより皆と一緒に居る方が居心地良い』みたいなことを言っていました。

 つまり、他の先生方と上手く行っておらず、お昼休みのご飯の時間が苦痛になっていたんじゃ?

 それで職員室が居づらくなり、一人お弁当を持ってフラリ……

 そして一人で黙々とご飯を食べられる場所と言ったら――


「あら、星野さんじゃない。どうしたの?」


 ふと後ろから探し人の声がした。

 慌てて振り返ると、そこには沙織先生が立っていた。

 その右手には、おそらく空になったと思われるお弁当が……


「せ、先生!」


「ぅわぉ!? ど、どうしたの?」


「先生! お友達なら私が居ます! だから……どうか……どうか……」


「な、なに?」


「どうか……トイレの個室でお弁当を食べるのだけは止めてください!」


    シンッ


 一瞬で職員室が静まり返る。

 先生方の視線が私達に向けられているのが分かる。


「ほ、ホシノサン? 貴方は一体何を言っているの……かしら?」


「ですからっ! いくら職員室が居づらいからといって……いくら他の先生方が沙織先生に冷たくても……トイレ昼食だけは絶対ダメです!」


「ちょおおおおおっと、お待ちなさい。なんで私がトイレの個室でご飯を食べていることになっているのかしら!?」


「だ、だって……そうとしか考えられません!」


「高橋君も大概だけど、星野さんも大いに偏った考え方をする子よね!?」


「せ、先生! 良かったら今度から私と一緒に食べましょう。それなら万事解決です!」


「だぁぁぁぁぁぁ! 星野さん! ちょっと黙ってこっちに来なさい! 来るの!」


 沙織先生に腕を引っ掴まれ、そのままずるずると相談室の方へ運ばれていく。

 他の先生方はその様子を見ながら、一人の教師がぽつりと声を漏らす。


「もうちょっと……西谷クンに優しく接してあげるべきだったかな……先輩として」


「たまには西谷先生とも飲みに行こう。うん。行こう」


 その後、なぜかしばらく職員室はお通夜モードとなっていたそうな。







「えっ? 昼休み中も授業特訓を続けていたのですか?」


「そうよ! みんなで集まっていた旧多目的室でお昼食べた後、軽く授業のシミュレーションを行なっていたの!」


「そうだったんですか。私はてっきり――」


「いい。言わなくていい。星野さんが私をどう思っていたのかはさっき全てわかったから」


 一人でお弁当を食べていたのは事実でしたが、その背景には授業特訓が在ったなんて。

 先生は努力家なんですね。きっと私達の経験値稼ぎよりもずっとずっと大変なんだろうなぁ。尊敬します。


「で? 星野さんは何の用なの? 私を探していたっぽいけれど」


「あっ、そうでした!」


 仕切り直すように姿勢を正して先生と向き合う。

 焦らしても仕方ないですので、私ははっきりと事実を告げることにした。


「その……一昨日なんですが……私、一郎君に告白しました」


「へぇ! 告白することにしたのね! これで高橋君と星野さんは晴れて恋人同士かぁ。いいわね。青春ね」


 思ったよりも驚いた様子はありません。

 たぶん、先生は私が相談を持ち掛けた時点でこういう結果になることを想定したのでしょう。


「そうなんですが……あ、あれ? でもどうして告白が成功したことを知っているんですか? 結果は誰にも伝えていないはずですが……」


「そんなのいつもの二人を見れば分かるわよ。星野さんが高橋君を意識していたことも、高橋君が星野さんを意識していたことも、ね」


「えぇぇぇ!? そ、それなら教えてくれても良かったじゃないですかぁ。一郎君の気持ちも知っていたら、私迷わず告白していましたのにぃ」


 私が告白を渋っていたのは、もし断られた時のリスクが怖かったからだ。

 だけど、一郎君も同じ気持ちで居てくれていたのであれば、私はそんなリスクを考えずに済んだはず。


「高橋君の気持ちを知っていた、と言っても結局それは私の推測にすぎないでしょ? 本気で悩んでいる星野さんを前に確証もないことを言ったり出来ないわよ」


「うっ、な、なるほどです」


「それにね。結局二人が恋人同士になるのは時間の問題だったと思うの」


「それはどうしてです?」


「だって、貴方と高橋君の関係は自称親友の時から恋人っぽかったもの」


 そうでしょうか?

 でも仮にそうだとしたら昨日の経験値稼ぎ失敗の理由も合点がいく。

 親友時代にすでに恋人っぽすぎたせいで、いざ恋人になった時、そんなに変わらないように思えたのももしかしてそういう背景が理由でしたり?


「貴方達は傍から見ても素敵な関係のように思えたわ。何も言わなくても通じ合う関係というか、一緒に居るだけで安らぐ関係というか、そんな感じに見えたのよ」


「は、はい」


 先生の言った通りです。

 一郎君と屋上でぼーっと景色を眺めているだけでも私は楽しかった。

 一緒に居るだけですごく心地よかった。


 最初はぼっち同士が共鳴しただけだとも思いましたけど、違う。

 本質的に……本能的に……私はこの人とこれ以上にないくらい相性が良いのだと思うようになっていきました。


「そんな二人が『親友』程度で終わるはずないわ。たぶん、星野さんがあのまま告白を渋っていても、いずれ高橋君の方から告白してきていたんじゃないかしらね」


「そう……なのでしょうか……」


 一郎君から私に?

 私に……告白……

 …………

 ……でへへ。


「顔がゆるんでいるわよ、星野さん」


「……はっ! す、すみません! そんな場面を想像したら、つい」


「ふふ、本当に高橋君のことが好きなのね。見ていて微笑ましいわ。抱きしめたくなるくらい可愛いわよ、貴方」


「か、からかわないでください」


「でも良かったわ。一番いい結果になったみたいで」


「は、はい! 全部、全部先生のおかげだと思っています。そのお礼をどうしても言いたくて……」


「いいわよいいわよ。でも感謝されるって嬉しいことよね。私の短い教師生活の中で初めてかもしれないわ」


「きっと、皆さんも口に出さないだけで先生には感謝しているはずです。私が保証します」


 少なくとも、一郎君、小野口さん、青士さん、池さんの四人は沙織先生に感謝しているはずです。

 先生にはまだ言っていなかったかもしれませんが、あの授業特訓のおかげで全員の現国の点数が凄いことになっていたのですから。

 それは先生の確かな実績なんですよ。


「それじゃあ先生、私はこれで。今度、本当に一緒にお昼ご飯食べましょうね」


「良いわよ。どうせなら皆でまた旧多目的室に来なさい。私、お昼は大抵あそこにいるから」


「はい!」


 また先生と仲良くなれた気がする。

 自然と頬が緩んだ。

 ……って、駄目です駄目です。まだ私にはこの昼休み中にやらなければいけないことがあるのですから。

 それもこんな緩んだ顔で行ってはいけない。


「さて……もう一人……ですね」


 もう一人の方とはたぶん真剣な話し合いになると思うから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る