第85話 一郎君は渡さないです

 二年E組。

 僕のクラスの一個上の階にある教室に僕は初めて足を踏み入れる。

 要件は勿論池君とお話しする為。

 池君の方から僕の教室に来ることは多々あったけど、逆に僕の方が池君の教室に行くのは初めてのことだ。

 というかこの階層に足を踏み入れること事態初めてだった。


「しかし、これは予想外だったなぁ……」


 E組教室前で思わず独り言が漏れる。

 その理由は――


「きぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 今日も! 今日も私の池きゅんはイケメン全開よぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


「誰が『アンタの』、よっ! あ・た・し・の! あたしだけの池きゅんに呼びかけてんじゃないわよ!」


「まさにあれこそ一人イケメンパラダイス! パネェっす! 池様ぱねぇっす!」


「هيا نعبمجنون! لع مرة? أرىأنا آسفةأر!! ىهيا نعبأنا آسف」


 そうだよな。

 すっかり忘れていたけど、池君は学園のアイドルだった。

 いつもの通りイケメンを振り撒いている彼の周りには常にファンが付きまとう。

 んー、困った。話し合いどころか、会うことすらできないんじゃないか?


「ふっ、レディ達よ。いつも声援ありがとう」


 あっ、池君だ。池君がファンに声を掛けている。

 ファン対応もしっかりやっているのか。やはり真のイケメンは違うなぁ。


「しかし、廊下で大声は駄目だ。他の教室にも迷惑だし、俺のクラスメート達も困惑してしまう」


「わかったわ! 池きゅんがそう言うならば私従う! 物音ひとつ立てずにあなたを見守るわ!」


「ちょっと! さりげなく一番前を取るんじゃないわよ! 最前列で池きゅんの食事を見守るのは私よ!」


「いやー、わぃも見守らせてもらうっすよ。一番後ろから見守るっす! 池様ラブっす!」


「هيا جنون! لع مرنعبمة? أرىأيا نعبأنا آنا آسفةأر!! ىهسف」


 池君、残念だけどあまり解決になってないよ。

 残念ながらモラルが備わっていないファン達のようだった。

 これはクラスの人達も溜まったもんじゃないだろうなぁ……


「ふんっ、五月蠅い蝿どもめ。私の銀翼の力で一蹴してやろうか……」


「待つのだ、『銀翼』。貴様の力はこんな所で使うべきではない」


「『冷厳』の言う通りだ。お前の力は危険すぎる……下手をすれば街が滅びるぞ」


「仕方ない。ここは制御が利く私の漆黒の力を開放してやろう」


 ……クラスの人達は結構この状況を楽しんでいるみたいだった。

 あの四人、球技大会の時にみたことあるな。E組四天王だっけ? 今日も濃い目の厨二病が炸裂している模様だった。

 んー、しかしこれは昼休み中に池君と会うのは諦めた方がいいかなぁ。

 でも今頃月羽も頑張っていると思うし、できるだけ今日中に何とかしたいんだよな。


「むっ、俺のイケメンセンサーが反応するっ……これは……セカンドイケメンの香りっ! こっちかっ!」


 うおっ! 池君が変な嗅覚を働かせ始めた。

 しかも人ごみに紛れた僕に向かって真っすぐ掛けてきている。


「見つけたぞ、セカンドイケメン。俺に何か用みたいだな」


 さすがイケメン。来てほしいタイミングで駆け付け、更に用があることを察してくれた。

 ……いや、その謎嗅覚の凄さとか相変わらずの察しの良さとか色々ツッコみたいことはあるけれど、それよりも池君が動いたことで周囲の目が全部こっちに向いてしまったことを何とかして欲しい。


「ふむ。とにかく場所を変えようか」


 この気遣いこそが彼がイケメンと呼ばれる所以なのだろう。

 何はともあれ助かった。色々と助かった。


「くっ! あの男……我らがマスター、優琉きゅんをさらっていきおった」


「許さぬ。やはり使うか? 銀翼の力であの男を滅して……」


「ふん。貴様の能力は品が無いな。この場はあたしに任せておけ。漆黒の暗殺力、今こそ試させてもらう」


「私も協力しよう。きっと我が疾風の力も必要となろうぞ」


 色々と助かったはずなのだが、なぜか今度は命の危険を感じる羽目になってしまっていた。

 四天王も池君のファンだったのかよ。







 食堂に移動する。


「きぃぃぃやぁぁぁぁ、池さまぁぁぁぁ!」


 中庭に移動する。


「イケメン イン 中庭だわぁぁぁぁぁ! ぴぎゃああああああ!」


 玄関に移動する。


「池様がご退出されるわよぉぉぉ! 者共! クツを! イケメンに似合うクツをもてぇぇぇ!」


 ………………

 …………

 ……


「や、やっと静かな場所を見つけた」


 結局どこに行っても池君の周りにはファンが付きまとい、最終的に体育館の更衣室に移動することで静かな空間を得られることができた。


「すまんな、俺がイケメンなせいで……」


 一度でいいからそんな謝罪の言葉を言ってみたいよ、ホント。


「それで用事とはなんだ? 顔色を覗うに重大な話なのだろう?」


「う、うん。そうなんだ」


 さて、大変な移動を終えて、今度は大変な話をしなければいけない。

 正直青士さんに伝えた時の3倍くらい緊張している。


「そ、その……だね。昨日、僕と月羽は……あっ、ごめん、昨日じゃなかった……えっと……」


「大丈夫だ。落ち着くが良いセカンドイケメン。時間はたっぷりある。ゆっくり話せ」


「う、うん。ありがとう」


 気を使われてどうする僕。

 池君のさりげないイケメン行為が身に染みる。

 何をしているんだ僕は。

 自分のチキンぶりが情けない。


「ええっと。一昨日……うん。新学期初日にさ。月羽と話をしたんだ」


「……ふむ」


 若干間を置いての『ふむ』。

 これは――


「…………」


 池君は自分から言葉を発さない。

 真っ直ぐな目で僕の次の言葉をじっと待っていた。


「それで……その……一昨日月羽と話したことっていうのが……あの……海の時に言っていたことと関係していて……」


「ふむ」


 今度は間を置かずに『ふむ』と声を漏らす。

 言葉がたどたどしい僕。

 対象的に落ち着いた様子の池君。

 僕はここで一つの事実を察した。


 ――たぶん池君は僕がこれから言おうとしていることをすでに察している。


 ――あの池君が察していないはずがない。


 ――それなのに何も言わない。文句も言わない。


 つまり、それは――


「(僕の口から報告して欲しいってことか)」


 池君はすでに察してくれている。

 ならば回りくどい言い方をしないでスッパリと言うべきだ。

 池君が思う『セカンドイケメン』という奴はそういう男だと思うから。


「変な言い訳はしない。月羽から告白されて付き合うことになった」


 はっきりとそう告げる。

 そして、これこそが僕が池君と話し合うに至ってずっと躊躇していたことでもあった。


 海旅行でのあの夜、池君はこういった。


『俺は星野クンに告白をする。だけど、それは見送ることにした。そうだな……一年半……うむ、そうだな、一年半後、俺達の卒業式の日。星野クンがまだフリーであったならば俺は彼女に告白することにした』


 次に彼はこういった。


『そうだ。だからセカンドイケメンよ、タイムリミットは一年半だぞ? ちゃんとそれまでに自分の気持ちを彼女に伝え、真のイケメンになるが良い』


 これは僕と池君の勝負みたいなものだと思った。

 そして僕は池君にチャンスを貰っていた。

 だけど、僕は結局自分から告白したわけでもなく月羽と恋人同士になれてしまった。

 つまり――だ。

 『卒業までの期間中に恋人同士になれた』という点では僕は勝負に勝っている。

 しかし、『自分の気持ちを彼女に伝え、真のイケメンになる』という点では僕は勝負に負けていた。

 僕は楽をした。

 結果論とはいえ、僕は月羽の気持ちを知ってから彼女に『好きだ』と伝えたからだ。

 そんなの池君が満足する結果でないはずだ。

 僕が池君の立場だったら、みっともなく目の前にいる奴を罵るかもしれない。

 『君は卑怯者だ』と心の汚い部分をさらけ出すかもしれない。


 だけど――

 だけど、池君は――


「そうか。やったな。セカンドイケメン!」


 だけど池君は笑ってくれた。

 僕に祝福の言葉を掛けてくれた。


「……ぁ……あ……」


 言葉がでない。

 そして僕も一つの事実を今更ながら悟ることになる。

 目の前にいる超格好良い男は、世界で一番イケメンな男なんだ、って。

 自分の気持ちを殺し、悔しさを微塵も見せず、心から友達を祝福することのできる、そんな凄すぎるイケメンなんだ。


「やはり俺の見込んだだけのことはある。あれからわずか半月足らずで星野クンと恋人同士になってしまうとはな。一ヶ月以内にそうなるとは思っていたが、俺の予想を上回ってきたか」


 違う。

 予想を上回っているのはそっちだ。

 池君は僕が思っていた以上にイケメンだった。

彼以上のイケメンを僕は知らない。

 いや、僕の人生の中で彼を超えるイケメンをお目に掛かることはないだろう、そう断言できるほどに池=MEN=優琉はイケメンだった。


「言うまでもないだろうが、今まで通り星野クンを大切にしてくれたまえ。そしてありえないことだとは思うが、彼女を悲しませたりなんてさせたら……その時こそ、俺が彼女を奪っていくからな」


「わ、分かったっ! 絶対に大切にする」


 力強く答えると、池君は更に微笑んだ。


「そうだ、セカンドイケメン。久しぶりにバスケで勝負しないか? 俺と一緒にイケメン交流しようじゃないか」


「え゛っ……」


「よし! 決まりだ! ふっ、やはりイケメンというのはスポーツが似合うな、そうは思わんか?」


「うん……まぁ……池君は似合うだろうねぇ……」


 突然のバスケ勝負。

 球技大会とあの妙なフリースロー対決以来か。

 ……うん。絶対勝てる気はしないけど、ここは池君の熱血っぷりに乗っかってみようかな。

 なんだかんだ言って池君と二人きりになれる時間は貴重だからな。


「よしっ、セカンドイケメンが先にボールを持つが良い。さぁ、来いっ!」


 ワンバウンドしたボールがこっちに放られる。

 それをぎこちなく受け取り、僕はディフェンスの池君に向かって弱弱しいドリブルで進む。

 その0.5秒後にボールを奪われ、あっけなくゴールを許してしまう。


「わはは。楽しいな。セカンドイケメン」


 まぁ、それだけ運動神経が良ければ楽しいだろうなぁ。


「……ははっ」


 その後、僕と池君は昼休み終了のチャイムがなるまで夢中でバスケにのめり込んだ。

 結局僕は一ゴールも奪うことは出来なかったが、この時の僕は生まれて初めてバスケが楽しいと心から思えたのだった。







    【main view 星野月羽】



 昼休みは残り20分。

 それだけあれば一通りお話することはできるはず。

 私は今、図書室の前に立ちながらそんなことを考えていた。

 ここで委員をしている小野口さん。

 私は昼休み中に小野口さんとお話ししなければならなかった。


『私は……ね。私の好きな人っていうのは――』


 初めてできたクラスの中でのお友達。

 同じ人を好きになってしまったお友達。

 そんな境遇に遇いながら彼女は私を応援してくれました。


 告白することを決めたのは沙織先生のおかげ。

 そして告白するキッカケをくれたのは小野口さんのおかげでした。


 私は今から小野口さんに一郎君との関係を告白しようとしている。

 だけど小野口さんの境遇を考えると、私はかなり酷いことを突き付けようとしているのではないでしょうか?

 好きな人を友達に獲られ、更にその事実を突き付けられて……そんなの……私だったら耐えられる自信はありません。

 辛い顔をさせてしまう。

 小野口さんにも幸せになって欲しいのに……

 いっそ、小野口さんには話さない方が――


「……あっ」


 気が付けば五分が経過していた。

 私は図書室のドアの前で長い間考え事していたようです。


「早く決めないと……」


 小野口さんに話すのか、話さないのか。


 ――話さない?


「――それこそあり得ませんよね」


 告白のキッカケをくれた人に――

 自分の気持ちを隠してまで私を応援してくれた人に――

 そこまでしてもらって、隠し事なんてありえません。


「よしっ!」


 行こう。

 小野口さんに包み隠さず話すんです。


「じゃ、月ちゃん。こっちこっち。こっちで話そうよ」


「うひゃあああああい!?」


 知らぬ間に後ろに立たれ、そのまま手を握られて、小野口さんに引っ張られている私。

 ほ、本当にいつから居たのでしょう。小野口さんなら5分前からずっと後ろにいても不思議ではありません。

 でも不意打ちは勘弁してほしいです。動悸が治まりません。


「お、小野口さん? ど、どこへ?」


「うん。実は図書室の裏側に準備室があるんだ。私、いつもそこでご飯食べているんだよ」


「そ、そうだったのですか。でもいいんですか? 図書委員でもない私が入っちゃって……」


「いいのいいの。今の時間は私しかいないし、黙っていれば問題ないない♪」


 一人でご飯食べていたんですね。私と同じです。

 でも小野口さんがぼっちだなんて以外です。

 クラスの中では目立っているのに……


「まー、とにかく座って座って! あっ、月ちゃんプリン食べる? アイスもあるよー」


「い、いえ……え、遠慮しておきます」


 なぜ図書準備室にプリンやアイスがあるのでしょう。

 そもそもなぜ当然のように冷蔵庫が備わっているのでしょうか。

 それを完全に私用可している小野口さんも流石でした。


「まーまー、食べちゃいなよ、月ちゃんには大正義のカスタードをあげちゃうよ」


「は、はぁ、ありがとうございます」


 遠慮したのに小野口さんは私の前にプリンを用意してくれました。

 うぅ、ここまでされてしまうと、これから話をするのが躊躇されます。

 なんだか真面目な話ができる状況からどんどん遠ざかってしまっています。どうしましょう。


「で、月ちゃん。話って言うのは高橋君と恋人同士になれたって報告かな? ひゅーひゅー、青春だね、月ちゃん!」


「ぶふぅぅぅぅっ!」


 まさかの小野口さんの完全察しに思わず吹き出してしまう私。プリンを口に含む前で良かった……って、そうじゃなくて!


「ど、どどどどど、どうして知って……そ、それに、どうして、言おうとしていることが、わか、わか、わかっててて……」


「動揺している月ちゃんも可愛いなぁ」


「茶化さないでください!」


「まー、とにかく落ち着きたまえー。ゼリー食べる?」


「食べません! それよりちゃんと質問に答えてください! どうして先に知っているんですかぁ!」


「んー、月ちゃんがこのタイミングで来るってことは報告かなーって思っただけ。でも、思ったよりも早かったなぁ。月ちゃんの行動力にはビックリだよ」


「ビックリなのはこっちですよぉ。もぅ」


 なんでしょうこれは。

 図書室のドアの前で散々悩んでいた私が馬鹿みたいじゃないですか。


「月ちゃん、もしかして私に気を使ってくれていた?」


「は、はい……まぁ……」


「もー、そんな必要ないのにー! こっちはちゃんと心の準備をしていたから大丈夫だよ」


「そ、そうだったんですか」


 いつもの明るい小野口さん。

 それも無理しているようにも見えません。

 だけど……


「本当に……平気……ですか?」


 だけど、無理しているように『見えないだけ』。

 内で本音で隠すのが上手い人なのも私は知っています。


「んー、本音言うと私も高橋君と付き合って見たかったなーとは思ったり?」


「そ、それは駄目です!」


「一日だけでも私に高橋君貸してくれない?」


「だから駄目です!」


「独占欲強い月ちゃん可愛い!」


    ムギュゥゥゥゥ!


 なぜか突然小野口さんに抱き着かれてしまう。


 この人の抱擁はいつも突然なのでビックリします。


「……月ちゃん、私ね――」


「はい?」


 抱き着かれたまま耳元で囁くように小野口さんは語りだした。


「具体的にはいつ高橋君を好きになったのかは分からないんだ」


「そう……なんですか」


「月ちゃんにカンニング疑惑を掛けられた時、高橋君の存在を初めて知った。青士さんに怯えて何もしようとしなかった私と違って勇敢な人だなって思った」


「…………」


「その事件以来高橋君とも知り合って友達になって、あの人を更に深く知る様になった。『勇敢な人』って第一印象から『面白い人』って印象に変わった」


「…………」


「それから一緒に期末試験の勉強したり、アルバイトしたり、海に行ったりして……今度は『面白い人』っていうよりは『一緒にいて楽しい人』だったり『一緒にいて心地良い人』だったり『素のままの自分を見せられる人』だったりと高橋君を知れば知るほど印象は変わっていった。というより強い印象が重なりながら増えていったって感じかな」


「…………」


「私の中で高橋君は『勇敢な人』で『面白い人』で『一緒にいて楽しい人』で『一緒にいて心地良い人』で『素のままの自分を見せられる人』になった。他に居ないよ。こんなに印象深すぎる人ってさ」


「…………」


「次に不思議な人って思った。考えれば考えるほど色々な面が見えてくるんだもん。だから私はもっともっと高橋君のことを知りたくなった。その時点ですでに私は高橋君に恋していたんだろうなぁ」


「私も……」


「ん?」


 今までずっと黙って聞いていた私が口を開く。

 口を開かずには居られなかった。


「私も、そんな感じでした。一郎君と一緒に過ごしている内にたくさんの一面が見えて、一郎君の優しさが心地良くて……ずっと一緒に居たいと思うようになりました」


「……一緒だね」


「でも私の場合は一目惚れ……だったと思います」


 そう――たぶんあの頃から。

 一郎君のぼっち噂を聞いて、こっそりA組の窓から彼の姿を――腕を組んで寝たふりをしている一郎君の姿を見た時から私は彼のことが気になって仕方なかった。

 そして彼の優しさを知ってから更に好きになりました。


「一郎君の良さを知ってくれている人が他にいてくれて嬉しいです」


「どういたしまして♪」


「でも、一郎くんは渡さないです」


「んー、そこは譲らないか。残念だ」


 茶化しているのか本気で言っているのか分かりません。

 だけど、一郎君は私だけの人で居て欲しい。

 それだけは何があっても譲れません。


「じゃあさ、こうしよう」


 小野口さんが不意に提案を申す。


「なんでしょう?」


「月ちゃんが高橋君を飽きたら私がもらうってことで♪」


「あ、飽きません!」


「いやいや、分からないよー? 月ちゃんが突然百合に目覚める可能性だってあるし、何らかの拍子に分かれる可能性だってあるし♪」


「ありませんし、一郎君と別れるなんて絶対絶対ありえません!」


「未来は分からないのだ。まっ、そんなわけでこの話は結論が出たね」


「出てません!」


「あっ、月ちゃんケーキ食べる?」


「どうしてケーキが図書準備室にあるんですかぁ!」


「いちごのショートケーキだよ」


「究極のケーキじゃないですか! 美味しそうです!」


「でしょでしょ。今切り分けるからちょっと待って――」


    キーンコーンカーンコーン


 小野口さんがケーキを持って立った瞬間、昼休み終了を告げる鐘が鳴り響く。


「昼休み終わっちゃいましたね」


「んー、じゃ、ケーキは明日にしよう。月ちゃん、明日の昼休みはここで一緒にご飯食べようね」


「は、はい! では明日もお邪魔しますね」


 いつの間にか報告も終え、ケーキの出現のせいで話題も逸れてしまいました。

 これ以上話を続けていれば一郎君の取り合いになっていたかもしれません。たぶんそれを察した小野口さんが話題を逸らしたのでしょう。

 でも小野口さんの本音が聞けてよかった。

 だからこそ私はこう思う。


 ――やっぱり小野口さんにも幸せになって欲しい……と。


 いつか小野口さんにも恋人が出来ることでしょう。

 その際に色々と悩んでしまうかもしれません。

 その時に相談に乗っているのが自分でありたい。

 本当に心の底からそんな風に思ったのでした。

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