第86話 恋人っぽいこといっぱいするんです

「日曜日、デートしましょう」


 全てはこの唐突すぎる一言から始まった。


「おっ、いいね。今度はどこで経験値稼ぎする?」


「違います。経験値稼ぎではなくてデートです。経験値脳ですね、一郎君」


 月羽にだけは絶対に言われたくないセリフであった。


「私達が恋人っぽくない理由の一つとして、まだ一度もデートをしたことがないせいだと思うんです」


「いや、あるよね? 前にデートしたはずだよね?」


「それは親友時代の話です。恋人になってからまだやってないじゃないですか」


 言われてみれば親友の時にデートしたことあって、恋人になってからしてないって変な話だな。

 考えれば考えるほど親友時代の方が恋人っぽかったな。これはいけない。


「いいですね? 経験値稼ぎ抜きのお出かけです。正真正銘、恋人のデートです。恋人っぽいこと一杯するんです♪」


 まさか月羽からこんなセリフが聞けるとはなぁ。

 何はともあれ、月羽と二人きりでお出かけイベントか。経験値稼ぎ抜きにしても楽しみだ。


「明日の10時に駅前のいつもの場所に集合ですよ」


「了解!」


 明日は良い一日になりそうだなぁ。


「ちなみに前々から言って見たかった場所があるんです♪」


 何だか前にも一度聞いたことがあるようなセリフだった。

 嫌な予感が一気に膨れ上がったのは内緒である。







「貴方のカップル度を試す! 試させて頂きましてよ!? オーッほっほっほっ!」


 ほら見たことか。

 デートの約束をした翌々日の日曜日。

 待ち合わせ後、目的地も聞かずに月羽に黙ってついて行った結果がこれだよ。


『カップル専用アミューズメント施設、[カポカッポぉ]』


『貴方達のカップル度を更に上げたい人達におすすめ。カップル以外のお客様お断り』


 潰れてしまえ、こんな施設。

 リア充専用施設なんて誰得なんだ。実際リア充になった僕ですらこの施設の運営には引く。

 下手すれば差別うんぬんで訴えられるぞ。ミニテーマパーク『ネメキ』がまだ可愛く見える。


「今の私達にピッタリの施設ですね! ネットで見つけたんですよ♪」


 月羽が見つけてくる施設はいつもネジが狂っている。

 それを自信満々に見せつけてくるもんだから反応に困ってしまう。


「見事にワタクシを無視して下さったわね。お客様、中々いい度胸をしていらっしゃる」


「わわっ、す、すみません……っ!」


 施設の内容がインパクトありすぎて、受付のおば――お姉さんの存在感溢れるキャラクターすらもついスルーしてしまっていた。


「改めまして初めましてお客様。案内人の鈴木と申します。可愛らしいカップルですね。私のカップル眼から察するに付き合い始めて一週間と言ったところでしょうか」


 カップル眼なる能力で僕らの付き合った期間を一目で暴く案内人の鈴木さん。


「ふふっ、カップルの特徴を見抜くことに特化したワタクシは全てを察しています。ズバリっ! お二人はもっと恋人っぽくなるためにここに居らっしゃったのでしょう!?」


「そ、その通りです! 鈴木さん凄いです!」


 確かに凄いけど、それでいいのか? せっかくの特化型能力なのに、そんなものに特化してしまって後悔はないのだろうか?


「彼氏さん。ワタクシはこの能力に誇りを持っていましてよ? 例え、この世がファンタジー設定だとして、『炎を操る能力』とか『空を飛ぶ能力』を得られることが可能だとしても、ワタクシは『カップルの特徴を見抜く能力』を習得していたでしょう」


 とか言っておきながらさりげなく心を読まれてしまっていた。

 特化型能力のはずなのに『心を読む能力』まで備わっているなんてチートもいいところである。


「話が逸れましたわね。このカップル専用アミューズメント施設『カポカッポぉ』の説明を致します」


 その施設名が出てくる度に拭きそうになる。創設者はどんなネーミングセンスをしていたんだ。


「この施設は各階層ごとに難易度が上がっていきます。2階はランク『友達クラス』。3階はランク『恋人クラス』。4階はランク『上級恋人クラス』。5階はランク『神々の宴クラス』となっており、見事6階にまで辿りつければ素敵な商品をプレゼントいたします」


「あ、あの、ランクってどういうことですか? 僕らは何を試されるんですか?」


「もちろん二人の仲を試されていただきますのよ」


 ゲームとかで有りがちな試練の塔みたいな感じかな? クリアしたら上に進めるってゲームが昔たくさん出ていた気がする。

 どんな試練が待っているのか、やや不安な所はあるがちょっと楽しみだな。


「是非とも最上階を目指して頑張ってくださいね」


「「はい」」


 やるからには一番上を目指したい。

 恋人歴一週間の僕らがどこまで出来るか分からないが、僕らはやる気になっていた。


「ちなみに入場料はお一人様800円となっております。先払いでお願いしますわ」


「「…………」」


 急に現実的になった鈴木さんの対応に、僕らのやる気ポイントは一気に半減した。







「友達? ノーノー。恋人にナチャーエヨ」


「「…………」」


 一階の受付のお姉さんがアレだけキャラが濃かった故に、各階層に居る従業員さんもきっと濃いのだろうとは予想していたけど……二階からこの濃さか。

 ただの片言外国人被れならばまだ良いのだが、この肌の黒さはリアル外国人じゃないか? アフリカとかそっち寄りの。


「この階層でのミッションはとても簡単ネー。制限時間以内にお互いの好きな所を書く。ひたすら書く。恋人を自称するならば五分以内に三十個はパートナーの好きな所を書きだせるはずダヨ」


「「は、はぁ……」」


 試練の内容よりもこの人の名前と国籍を知りたくて仕方がない。

 でも何となく失礼な感じもするし、こちらからは聞きにくい。

 自分から名乗ってくれないかなぁ? 名乗ってくれたらいいなぁ。


「どちらか一方でも三十個に達せなければすぐに帰ってもらうヨー。所詮友達レベルだったということサー」


 くそぉ、名乗ってくれない。

 なぜ名乗らない。

 この人の名前が知りたくて仕方ない。チョモラベルスキーとかイブラヒモビッチとかそんな名前であって欲しい。南米チックな名前じゃなくちゃ嫌だ。


「ユー達が真の恋人か、それとも友達止まりなのか、この私が見定めてあげるよ。この私――」


 おっ、名乗りそう!


「この私――私がっ! この私がっ! 見定めるヨ!」


 名乗れよ!


「さっ、二人とも背中合わせで席に着くねー。もちろんお互いに相談するのはなしヨー」


 結局この外国人かぶれのスタッフさんは一度も名乗らずに試練とやらを開始させようとする。

 僕らは何とも言えないもやもや感を保ったまま、最初の試練に臨んだのであった。







「合格ネー。キミらは友達レベルを超え、見事恋人以上として認めてあげるヨー」


 第一の試練、僕らは無事に乗り越えることができたみたいだ。

 しかし、一度も名乗りもしない人に認められてもなぁ……


「私を倒した報酬として、このオレンジバッヂをあげるヨー」


 まさかのドロップアイテムゲットである。変な所でRPGっぽい施設である。

 ていうか、僕らはこの人を倒したことになっているのか。この施設の楽しみ方が少し見えてきた。


「えっと、とりあえず上の階に行けばいいのですか?」


「その通り! しかし、ワタシは四天王の中でも最弱っ! かならずや同胞が仇を討ってくれるはずネー」


 四天王だったのかこの人。池君のクラスの中二病四人組もそうだけど、なんか四人集まれば四天王と名乗るのが流行っているのだろうか。

しかし、自分で最弱宣言するのってどうなのだろう。


「それではありがとうございました……えーっと……」


 おぉ、月羽ナイス!

 お礼の後に上目づかいで語尾に『ええっと……』と付けられては名乗らずにはいられない。

 ついに四天王最初の一人の名前が明らかになる時がきた。


「私か? ふっ、名乗るほどの者じゃないさ。アディオス!」


 どうやら意地でも名乗らない気らしい。

 名無しさんはくるりと後ろを向いて、左手を上げてながら格好良く去っていく。

 と、思いきや、ただ単にカウンター席に戻っただけだった。


「それじゃあ、上に行きましょうか、一郎君」


「そうだね。いつまでもここに居続けても居たたまれないもんね」


 さてさて、次はどんな試練が待っているか。

 そしてどんな濃いキャラのスタッフが出てくるのか。それがただ楽しみだ。


「おぉぉっと! せっかく恋人になったのだから手でも繋ぎながら行くがヨロシっ!」


「「は、はぁ……」」


 まさかここにきて指示を出されるとは思わなかったが、素直に言われた通りに手を繋ぐ。

 やっぱりこの手を繋ぐって行為は客観的に見て恋人を象徴しているんだな。恋人になる前も結構手を繋ぎあっていたけど、僕らの方が異端なんだろうな。


「次も頑張りましょうね」


「うん。頑張ろう」


 やる気満々の月羽に相乗して、ようやく僕も頑張ろうという気になってきた。

 今回は名無しさんの名前に気を取られすぎていたけど、次はもっと本気で取り組もう。







 カップル専用アミューズメント施設『カポカッポぉ』三階。

 下の階と同じ間取りの大きな部屋が広がっているのだが……


「あれ? 誰も居ませんね」


「本当だ。てっきり出落ち的絡まれると思っていたのに」


 まさかの無人。

 スタッフさん休憩中かな? トイレとか。

 この場合どうすればいいのだろう。


「ちょっと待ってみる?」


「そうですね」


 部屋の中央に座り心地よさそうなソファーが敷かれているので、勝手に座らせてもらう。

 うーん、しかし、ここまで誰もいないと不安になるなぁ。他の客も全くいないのも気になって仕方がない。ここは本当にアミューズメント施設なのかなぁ?


「ヨーヨー、アンちゃん達ヨー。誰の許可を取ってソファーに座ってるん? アアン?」


「ヘイ、ブラザー。やっちまう? ボコボコにしちゃうん? ヘェーイ!」


「「…………」」


 不意に変な人達に絡まれた。

 どこに潜んでいたのか、ソファに座った瞬間、背後から二人の男が現れ、妙な言葉づかいで僕らの前に現れた。

 しかも内一人は見たことがある。


「あの……ついさっき会いましたよね?」


 そう、内一人は二階で受付をしていた名無しの外国人被れさんだった。

 この人、何やってるんだ? ついさっき『同胞が仇を~』とか言っていたのに自ら再登場しちゃってるよ。


「ノーノー、違うねー。今のワタシはお客様に難癖をつけるチンピラという設定ヨー」


 設定って言っちゃったよこの人。

 なんでキャラを変えて再登場したのか分からないけど、この人が出てきたってことは次に試練に関係しているってことだろう。

 ここは気を引きしめた方がいいかもしれないな。


「というわけで彼女は俺らが貰っていくぜ。へっへっへー」


 名無しさんと一緒に出てきたもう一人の男性が月羽の腕を掴んで引き寄せる。

 この人もスタッフなのだろう。どうせ名乗らないんだろうな。


「「…………」」


 しかし、未だに状況が良く飲み込めずただ無言で頭の上にクエスションマークを浮かべる。

 捕まえられた月羽も同じようにキョトンとしていた。


「サー、どうする? お客様の大切な彼女は私らが頂いちゃうぜ? イイのか? ヨイのですか?」


「ふっふっふっ、彼女にイケないことをやっちまうぜ? 良いのか? 良いわけないよな?」


 なるほど。

 この回の試練の内容が読めた。

 つまり『チンピラに絡まれて彼女が危機的状況になり、彼氏である僕がどのように助けるか』と言ったところか。

 僕の対応次第で上に進めるかが決まるというわけか。

 でも試されているの僕だけじゃないか? 月羽ずるい。僕もそっちの役が良かった。


「えっと……その子は僕の大切な人なので話してください」


 月並みかもしれないけど、無難な言葉選びで対応を図る。


「うぉぉぉぉぉっ、なんて男気溢れる言葉だ!」


「響く……ヒビクね……彼氏さんが彼女さんを想う気持ち……ビィシビィシとミーの心に届いたヨ!」



 無難な言葉選びがまさかの大正解っぽかった。


「一郎くぅん……」


 なぜか月羽まで熱っぽい視線で僕を見つめている。

 どうしてあの子は目を潤ませて感動しているんだろう。


「しかし! それくらいで彼女を引き渡すわけにはいかないヨー!」


「ふっふっふっ、さぁ、どうする!? 彼氏くん!」


 どうするって言われも……どうするか。

 恋人力を試すアミューズメント施設なのだから、僕が如何に格好良く月羽を助けられるかに掛かっているのだろうけど、どうすればいいのか全く分からない。

 一番の理想は派手なバトルの末、月羽を助け出すっていうシナリオ何だろうけど、僕の身体能力では不可能に等しいだろう。名無しさん達がワザと負けてくれる可能性もあるけど。

 でもここはぎこちないバトル展開に突入するよりは、話術を駆使して切り抜ける方が僕らしいと思う。

 自信はないけどやってみよう。


「お願いです。僕はどうなってもいいので、彼女だけは見逃してやってください」


 このセリフもベタと言えばベタだが、僕がこの言葉を選んだのには理由がある。

 リアルで似たような状況になった時、このセリフは自爆行為に等しいのだが、この場に置いては有効打になる。


 『僕はどうなってもいい』。


 所詮アミューズ麺施設のパフォーマンスの一環。

 つまり、お客様である僕らには手を加えることができないことを見越しての一言なのだ。

 お客様を怪我させたら下手したら訴訟モノだもんな。

 バイトしたから分かるけど、お客様にはデリケートに接しなければいけないのだ。


「くぅぅぅぅぅぅっ! 痺れた! 痺れたよ! 彼女に対する熱すぎる想いで心が溶けそうだよ!」


「ベストオブハート! ベリーホットハート! 感動の涙で前が見れないネー!」


「一郎くぅぅん……」


 まさかの会心の一撃が相手に届いた。なぜか月羽にも。

 もしかして臭い言葉を吐くだけでここの試練は突破できるのではないだろうか?

 ……ちょっと試してみよう。


「僕の愛する月羽を傷つけることは許さないぞ!」


 臭い言葉……というよりは子供っぽい言葉になってしまった。

 さすがに月並み過ぎた感はある。


「ウグハァァァァァァァっ! 愛っ! 愛が俺の心の象を鷲掴みにするっ! 愛のパワーで動悸がっ!く、苦しいっ!」


「こうかはばつぐんネ! 愛の言葉はいつだってドラマチック! 感動の涙が流れて止まらないヨ!」


 なんなんだ? この二人。

 もうこんな施設辞めてリアクションがウリの芸の道にいけばいいと思う。


「ぅぅ……一郎君……そんなに私のことを……感動です」


 だからどうして月羽まで泣いているんだろう。

 シュールすぎて僕の方が着いていけなくなっている。


「彼女は君に返すよ」


「これはもう認めざるを得ないネー。キミ達ことがベストカップル。恋人を超えた恋人。恋人2と言ったところネ」


 なんだ恋人2って。

 スーパー野菜人限界を超えたスーパー野菜人2みたいに言われてもなぁ。


「えへへ……一郎君……ありがとうございます……えへへへへ」


 開放された月羽が喉を鳴らす猫みたいにすり寄ってくる。

 火照ったような頬の赤さが少し可愛らしかった。


「よくぞ私らを撃破した。キミらにはこのシルバーバッジをプレゼントするよ」


勝ったらバッヂをくれるこのシステムなんなのだろうか? ポケットのモンスター如く、素早さがあがったりする特別な効力でもあってくれたら素直に喜べるんだけど。


「さぁ、先へ進むが良い。しかし、この先に居る三人目の四天王は簡単にはやぶれないぞ」


 このセリフもゲームとかで良く聞くセリフである。

 しかし、この人も結局名乗らなかったな。四天王は名乗ってはいけないルールでもあるのだろうか。


「そうネー。ミー達を倒したからといって調子に乗ってると痛い目に遇うよー」


 貴方は二回目でしょうが。

 普通に再々登場とかしそうで怖い。


「それじゃあ行こうか月羽」


「ふぁい……」


 なぜか一番ダメージを負っている月羽を引っ張る様に誘導し、僕らは上の階へ向かう。

 いつもは冷たいはずの月羽の手は今回ばかりはほんのり熱っぽかった。







 僕らが去った後、取り残された二人はこんな会話を繰り広げていた。


「いやー、久々に骨のあるカップルが訪れたな」


「全くネ。彼らならひょっとしたら最上階までたどり着くかもしれないヨ?」


「そう願いたいところだが……残念ながらそれは無理だろう。何せ、次の階には『奴』が居るからな」


「イヤ、彼等なら『奴』の試練も突破してくれる。ワタシはそう思うヨ」


「ほほぅ。やけに彼らに入れ込むな。何かわけがあるのか?」


「……これを見るネ」


「これは?」


「下の階であの二人が記した互いの良い所を書き合った結果ヨ」


「……随分とたくさん書かれているな」


「これだけじゃないヨ。紙一枚では収まらずに二人ともA4紙三枚も使ったヨ」


「凄いな。どれだけ互いのことが好きなのだ……」


「全くネ。しかも二人とも『カポカッポォ』始まって以来の新記録を叩きだしたヨ」


「今までの新記録が5分間で52個だったか? どれだけ記録を更新した?」


「まぁ、見るが良いヨ」


「……彼氏さんの方が55個……か。これだけでも脅威的な数字だが――」


「もっと脅威なのが彼女さんの方ネ」


「……71個……か。どんな手の早さを持てばこんなに書ききれるのか」


「もはやヤンデレレベルヨこれ。愛されているとはいえ……これは……」


「ちょっと彼氏さんを同情するな」


「…………」


「…………」


「……まっ、ミー達には関係ないけどね」


「だな。あー、彼女ほし」

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