第87話 まるで一郎君の良さを分かっていませんね

「……恋とは何か……」


「はい?」


「……愛とは何か……」


「えぇっと?」


 4階に上がる僕らを出迎えてくれたのは一面紫色に染められた神秘的な部屋と、一面紫色の服を纏った神秘的な人だった。

 体型や声色からすると女性のようだけど、オカルト特融の胡散臭さが充満しており、僕らは早くも物怖じしてしまっていた。

 まともな従業員がいないのかこの施設は。キャラの濃さだけを取れば『ネメキ』以上だぞ。


「……恋とは試練……」


「「…………」」


「……愛とは信頼……」


 僕らはどうすればいいのだろう。

 とりあえずこの人の独唱をただ聞いていれば良いのだろうか。


「……恋と愛は似て非なるもの。非なるものながら似ているもの……」


 もしこれがアミューズメントの一環でなければ全力でここから逃げ去りたい。

 この後、どんな試練をやらされるのか不安で仕方ない。


「試練とは愛……信頼とは恋……恋とは愛……試練とは信頼……」


 長いなぁ。

 部屋のオカルトな雰囲気に騙されがちだが、実はこの人大したことは言っていない。

 ただ似たような言葉を繰り返し言っているだけだった。


「この試練の間では二人の信頼関係を試させてもらいます」


 急に普通に喋った。

 長い前置きは雰囲気を出す為だけの演出だったのか。


「えっと、具体的にはどのようなことをすれば良いのですか?」


「ウム。よくぞ聞いてくれた愛らしさを持つ少女よ」


「あ、愛らしさを持つ少女……」


 さすがの月羽も引き気味だ。

 この子、子供っぽさを指摘されることを嫌うからなぁ。


「一郎君どうしましょう。褒められちゃいました!」


「喜んでた!?」


 相変わらずこの子の感覚がわからない。


「友達以上、そして恋人以上になった貴方達の絆の力を試させていただきます」


 基本的に各階のスタッフに認められないといけないシステムなんだな。

 下の階のような茶番みたいな試練じゃなければいいのだけれど。


「そう固くならずに。お二人には簡単な3択クイズに答えてもらうだけです。気楽にしてください」


 気楽にして欲しいのならこの部屋のオカルト装飾を何とかしてほしい。

 正直言ってこの部屋に立っているだけで妙な緊張感が襲ってくる。


「クイズ……ですか。楽しそうですね。一郎君」


 どうやらオカルト装飾に怯えているのは僕だけのようだった。

 僕の彼女は全力で楽しんでいるなぁ。これは負けてられない。

 月羽だけが楽しむ、というのは僕の心情が許さないのだ。

 僕も月羽に負けないくらい楽しまないと僕の気が済まない。

 月羽と過ごす内に、そんなおかしな対抗感を覚えるようになってしまっていた。


「いつぞやのゲーセンでの経験値稼ぎを思い出すね」


「ですね。あの頃からクイズゲーム好きになったんですよ」


 本当に懐かしい。『高橋君』『星野さん』と呼び合っていた頃の話だっけ。あの頃は『親友』同士ですらなかったんだよな。

 ここは良い結果を出してあの頃よりも進歩した所を証明したい。


「残念ながら回答は二人別々で行って頂きます」


「えっ? そうなんですか?」


「はい。それにこれから出すクイズは心理クイズのようなもの。正解があるわけではありません」


「……えっと、それじゃあどうやって試練を乗り越えればいいのですか?」


「言ったでしょう。『信頼』を見せてもらうと。こちらからクイズを出題します。それを二人同じ選択肢を選んでいればクリアです。信頼関係が高ければ互いが何を考えているかなんてわかるでしょう?」


 なるほど。クイズの答えがシンクロしていれば試練はクリアなのか。

 難しい……とは言い難い試練な気がする。むしろ今までで一番楽?


「ちなみに問題は5問出題致します。内4問以上二人とも同じ回答でなければ試練は不合格とします」


「「厳しっ!」」


 楽かもしれないなんて思ったが撤回する。ここの試練は今までで一番鬼畜だ。

 3択クイズを5問中4問以上同じ正解を出し続けるって、確率的に何分の一だろうか。本当に互いを信頼し合っていないと試練を超えることなんて不可能に近い。

 ていうか今までにクリアできたカップルはいたのだろうか。それすら疑うレベルだ。

 これは気を引き締めて行かないと。


「それではそれぞれ席についてください」


 僕と月羽は離れた位置に設置された机に腰を掛ける。

 二人の間には窓ガラスのような仕切りがあり、月羽の姿はそこにぼんやりとしか映っていなかった。

 机には紙とペンが置かれている。


「準備はいいですね? それではさっそく第一問を出題します」


 緊張する。ペンを持つ手にも汗が滲む。

 まともな問題が出題されることをただ祈る。


「この中で貴方が一番好きな天気はどれですか? 1:晴れ。2:雨。3:雪」


 問題がまともで一安心するが、これは中々難しいぞ。

 僕個人が好きな天気を答えるのではなく、月羽と答えを合わせないといけないのだ。

 互いに好きな天気なんて聞いたことないからなぁ……

 聞いたことが……


 …………あっ。


 ふと思い出す。

 あった。

 好きな天気を答えた時が一度だけあった。

 問題は月羽がそれを憶えているか……だけど……ここは信じるしかない。

 月羽を信用しよう。


「お二人とも回答が出揃いましたね。それでは番号に丸を付けた紙を私に手渡してください」


 オカルトお姉さん(仮名)は僕と月羽から回答用紙を受け取り、中身を確認する。

 そして薄らと笑う。


「見事。第一問目はクリアしました。その調子です」


 ホッと胸を下ろす。

 良かった。いきなり賭けに近かったけど、月羽は覚えていてくれたんだ。

 僕が、初めて送ったメールのことを。

 たしかこんな内容だった。



  ――――――――――

   From 高橋一郎

   2012/04/24 21:09

  Sub 高橋さんです

  ――――――――――


 こんばんは。からだ巡茶というブレンド茶に挑戦していました。

 どくだみ茶の成分が強い茶でした。

 いい天気ですね。僕は雨が大好きです。


  -----END-----


  ――――――――――


 確か、いきなり月羽から天気の話題を振られてこう返したんだよな。

 回答寸前でこれを思い出したおかげで助かった。

 つまり、僕が書いた問題の答えは「2」の「雨」。

 しかし、憶えていたとしてもクリアできる確証はなかった。

 いつぞやのリアル迷いの森での遭難中にも雨が降ってきたことがあったからだ。

 あの時の月羽は震えるくらい怖がっていた。

 それがトラウマになって雨が嫌いになっている可能性もあったからだ。

 まー、僕にとってはいい思い出ではあるんだけど。頼られて嬉しかったし、相合傘もできたから。


    バチンっ!


「うお!?」


 不意に左方から何かを叩く音が鳴る。

 音のした方を見てみると、窓ガラスを思いきり叩き、手を痛めている様子の月羽のシルエットが見えた。


「い、痛いです……」


「な、何やってるの? 月羽」


 急に窓ガラスを叩く奇行っぷりに僕も驚きが隠せない。


「嬉しくてついハイタッチしたくなっただけです……そうしたら窓があったのを忘れてて……うぅ……」


「なるほど」


 なんていうか……可愛いなこの子。今すぐ頭を撫でまわしてあげたい。


「一問突破したくらいで喜ぶなんて微笑ましいですね。しかし、本当の地獄はここからですよ」


 初問というだけあってクリアしやすい設定だったのかもしれない。

 まだまだ気を抜けない。


「第二問.貴方の好きな季節はどれですか? 1:春、2:夏、3:秋」


 今度は好きな季節ときたか。これはやばい。月羽の好きな季節なんて聞いたことない。

 更に困ったことに僕に好きな季節なんて特にない。

 月羽の好きそうな季節を想像してそれを回答するのがベストなんだけど……うーん……わからない。

 こういう時は自分の誕生日がある月を人は好むと聞いたことがある。

 月羽の誕生日は7月25日。ということは夏……か?

 いや、でも……


 ………………

 …………

 ……







「見事。二問目もクリアです。おめでとうございます」


 まさかクリアできるとは思わなかった。

 僕は最後の最後まで迷ったが、結局『春』と書いて紙を提出した。

 月羽の誕生日は『夏』。僕の誕生日も『夏』。

 だから『夏』と答えるのがセオリーだと思った。

 だけど僕はそれ以上に、月羽との出会いがあった『春』の方が印象深かった。

 あの『春』があったおかげで今の僕らがある。

 そういう思いで『春』と回答した。

 ……もしかして月羽も同じ想いだったのかなぁ? だったらいいな。単純に月羽がもともと『春』が好きだったというオチもあり得るけど。

 なんとなく月羽の方をチラ見すると、またも月羽さんは窓ガラスにハイタッチを交わしていたけど、ツッコむ間もなく次の問題が出題される。


「第三問.彼氏さんに質問です。彼女さんの容姿で一番好きな所は次の内ではどれでしょう。また、彼女さんはどの部分が一番好かれていると思いますか? 1:髪。2:瞳。3:ファッション」


 んー、正直言って三つとも好きだ。

 特にどれが好きかって話か。

 どれかと言うと髪か目のどちらかかなぁ。月羽のファッションセンスは嫌いじゃないけども、洋服に惚れたわけじゃないしね。

 それに未だにこの子、デートの時は無難な服装でやってくる伏があるんだよな。シンプルなデザインの服装が多いのだ。ちなみに今日の服装も真っ白な七分丈ブラウスに明るい青色のスカート。中学生の制服みたいな私服である。ちなみに僕がプレゼントした月模様のブローチも付けてくれていた。

 ちなみに僕だって月羽からもらったブロンズバングルをしっかり装備しているぞ。


 おっと話しが逸れ掛けた。今は問題に集中しよう。

 そう……だなぁ。

 やっぱり遇えて言うなら髪……かな。月羽の髪を褒めたこともあったし、回答としてはこれが無難だろう。

 勿論、月羽の大きくて綺麗な瞳も好きだけどね。







「第三問目もクリアです。思ったよりもやりますね」


 何だかんだ言って順調である。

 後二問。内一問は間違ってもいい。

 試練クリアの兆しが見えてきた。


「次の問題からは選択肢を無くします。お二人とも良く考えて問題にお答えください」


 しまった。調子に乗ったから難易度が上がった。

 選択肢無しで回答一致しなければいけないとか、鬼畜にもほどがある。


「第四問。彼女さんに質問です。彼氏さんのどこに惚れましたか。また彼氏さんはどこに惚れられたと思いますか?」


 第三問の逆バージョンか。どうして選択制を辞めたし。

 しかしこの質問結構恥ずかしいな。どこに惚れられたって……これ正解しても恥ずかしいし、不正解でも自惚れっぽくてもっと恥ずかしい。

 月羽の方をちら見してみる。

 物凄い勢いで紙に書き込んでいるのが見えた。

 よくそんな何個も書くことあるな。自分でも自分の長所が分からないというのに。


 ……ちょっと待てよ。

 何個も?

 それってアリ……なの?

 今までの問題が3択だったから今回も問題も一つだけ回答を書いて提出するつもりだった。

 しかし、それが一種のミスリード。

 何個も書いてはいけないとは言っていない。

 オカルトお姉さんもそれについては注意もしてこない。

 試練の趣旨は互いの答えが一致すること。

 つまり、互いに答えを何個も書き合い、一つでも回答が被れば良い……ということになるんじゃないか?

 これは……問題の穴を見つけてしまったかもしれない。

 思わずニヤケてしまいそうになる表情を必死に我慢しながら、僕も月羽と同じように複数個回答を記入した。







「……四問目は残念ながらクリアならず……です」


 あ、あれ?

 やっぱり複数回答が不味かったみたいだ。

 堂々と不正していた僕らに何も言わなかったのは、罠だったのか呆れていたのかのどちらかだったのだろう。


「正直、四問目の攻略法を二人とも見破ったのは見事だと思いました」


「まさかの正攻法だったんですか!?」


 不正ではなかったみたいだ。

 しかし、それだとなぜクリアできなかったのか。


「あのぉ……攻略法って何のことですか?」


「「この子、気付いていなかった!?」」


 僕とオカルトお姉さんのツッコミが被る。

 月羽、知らずに正攻法を見出していたのか。天然ってすごい。


「しかし、それでも残念ながらお二人の回答が被ることは一つもありませんでした」


「まさかの不一致!?」


 せっかく恥ずかしさに耐えながら自分の長所っぽい所を4つか5つくらい書いたのに。

 僕が思っている自分の長所と月羽が思っている僕の長所は違うってことか。

 しかし、これで後が無くなったな。次の問題の結果がそのまま試練の結果の合否に繋がるってわけか。


「ちょっと一郎君の回答を見させてください」


「どうぞ」


「ちょ!?」


 僕の恥ずかしさの塊をそんな簡単に手渡さないでください。

 なんというか、月羽にだけは僕の回答を見られたくなかった。気恥ずかしくて仕方ない。


「『空気が読める所』『気遣いができる所』『ちょっぴりシャイな所』『ゲームが上手い所』『イケメンな所』……ですか……はぁ……」


「ため息吐かれた!」


 音読されることすら赤面モノなのに、更にため息を吐かれるとこっちはどんな顔をすればいいのか分からなくなる。


「一郎君はまるで一郎君の良さを分かっていませんね」


 一郎マスターか、この子は。

 しかし、こう言われると月羽の回答の方が気になる。


「じゃあ月羽の回答も見させてください」


「どうぞ」


「ああっ!」


 先ほどの僕と同じようなリアクションをする月羽だったが、僕は構わずオカルトお姉さんから受け取った回答用紙を開封する。

 どれどれ……


 『優しい所』、『可愛い所』、『勇敢な所』、『面白い所』、『肌が綺麗な所』、『趣味が合う所』、『私の我儘に付き合ってくれる所』、『たまに頭を撫でてくれる所』、『女物の服を着せてあげたくなる気持ちになる所』……


 これは照れを通り越して若干恐怖を憶えてしまう。

 あの短時間でこれだけ書ききった所も凄いし、書いてある内容がまるで自分に当てはまる気がしない所も凄い。

 月羽は僕のことをこんな風に見ていたんだなぁ。相変わらずの過剰評価っぷりに震えてしまう。


「では最終問題を出題します。最後の問題も選択肢はありません」


 攻略法をバラした後でも選択肢制に戻さないのはどういう企みがあるんだろう。

 それともよほど次の問題に自信があるのだろうか。


「最終問題、今の二人を三文字で表しなさい」


「「…………」」


 問題の趣旨が読めず、二人で硬直する。

 やがて、何となく把握する。

 そしてこの問題の難しさも理解した。

 今の二人を三文字で示す……この『三文字』というのがやっかいなのだ。

 二人の関係を表す言葉として思いつくのは『恋人』、『パートナー』、『彼氏彼女』など色々思いつくが、どれも文字数制限に引っかかってしまう。

 やばい全然思い浮かばない。

 何も浮かんでこないのではせっかくの攻略法も意味を成さない。


「(今までの経験値稼ぎから何かヒントは…………って、経験値稼ぎ?)」


 あっ――

 すっかり忘れていたけど、あるじゃないか。今の二人を示す三文字が。

 正確には文字というよりは数字だけど……でもこれ以上の三文字は見つからないだろう。

 故に回答用紙にはこの一つしか記入しない。

 月羽も同じ答えに辿りつくことを信じて、僕は早々に回答用紙を提出した。







「おめでとうございます。見事試練を乗り越えた貴方達にはこのホワイトバッヂを授けましょう。そして最上階の試練に臨むのです」


「はい。ありがとうございます」


「最上階の試練はどんなのでしょう……楽しみですね、一郎君」


 最後の問題も無事突破し、何とか四階の試練も突破した。

 しかし、なりたてカップルの僕らが最上階までいけるとは思わなかった。

 僕らの恋人力もそこそこ良い線いっているってことかな。

 というより、今日一日でまた少し月羽と仲良くなれた気がした。

 そう思えただけでもここに来た甲斐はあったな。


「あの……最後の試練に臨む前に一つ聞かせてください」


「はい?」


「なんでしょう?」


「最後の問題……お二人が回答した「510」という数字。これにはどんな意味が?」


「ああ……」


「それはですね……」


 僕と月羽は互いに見合い、にやりと微笑みあう。

 そして僕らは同時に振り返り、オカルトお姉さんの質問に返答した。


「「秘密です」」

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