第88話 早速着てみてくださいよ
5階、『神々の宴クラス』。
ここで僕らは恋人ランクを上げるために最後の試練を受ける……はずなのだけど。
「また誰も居ませんね……」
「油断はできないね。さっきみたいに不意打ち的な茶番が待っているかもしれない」
「でも、何をすればいいのかわかりませんし、また待っていましょうか」
「そうだね」
しかし、狭い部屋だなぁ。畳3畳くらいしかないんじゃないか?
下の階が無駄に広すぎたっていう説が濃厚だけど、最上階としてはまるで装飾気のない部屋だ。
その中にポンッとテーブルとソファーが置かれているものだから余計狭く感じた。
僕らは身を寄せ合うようにソファーに着席すると、テーブルの上に置かれているあるものに気付いた。
『ここまでたどり着くことが出来たカップルはこのブザーを押して担当者をお呼びください』
そんな注意書きポップのすぐ側に緑色のブザーがポツンと置かれていた。
「「…………」」
なんて曖昧な注意文。そしてなんて遣っ付け仕事な階だろう。
最上階でまさか担当者呼び出しシステムが待っているとは思わなかったので呆気に取られてしまった。
「ど、どうします? 押します?」
「う、うーん……お……押そう……か」
「そうですね……そうですよね……押さないと何も始まりませんよね」
ここまでは半ファンタジーみたいな試練であった故にある意味吹っ切れた状態で居続けることができたのだけど、ここにきて急に呼び出しブザーという現実感が妙な恐怖を生み出していた。
「で、では一郎君。どうぞ」
やっぱり僕が押すのか。
「月羽押したそうな顔してるね。遠慮しないで押したっていいんだよ?」
「そんな顔微塵もしてません。ささっ、私がブザーを支えますので、どうぞポチっと押してください」
「……うん」
その『ブザーを支える』という行為に何の意味もないが、こんな風に沿え手をされると僕が押すしかないという気持ちにさせられる。
仕方ない。
僕は覚悟を決めてボタンを押した。
バタンっ!
「「……っっ!!??」」
ブザーを押して間もなく、不意に背後のドアが勢い良く開いた。
「ぜぇ……ぜぇ……お、お待たせして……はぁ……はぁ……す、すみませんでしたわ……ぜぇ……」
「「鈴木さん!?」」
息を切らしながら不意に登場したのは、この施設の一階で受付をしていた『カップル
「わ、ワタクシが……はぁ……この階の……担当を……はぁ……ぜぇ……させて頂きます……」
「鈴木さんが!?」
この人受付ではなく四天王の一角だったのか。
まぁ、そうだよな。『カップル歴を見抜く能力』なんて大層なものを身に着けている人が受付で終わるわけないよね。
てことはこの人一階から慌てて走ってきたのか。そりゃあ息も切れるだろう。
「お水飲みますか?」
「ありがとうございます彼女さん。あー! 久しぶりに全力疾走しました」
この施設は人手不足のようである。早く受付専門の人が見つければいいな。一階の受付と最上階担当の併用なんて気の毒すぎる。
「こほんっ、改めましてご挨拶を。カップル専用施設『カポカッポォ』最上階の担当をさせて頂きます鈴木と申しますわ。ふふっ、つまりワタクシがラスボスだったわけよ。燃える展開でしょう?」
「……はぁ」
「……そ、そうですね」
ラスボスが息切れしながら登場さえしなければもっと締まった展開になったんだろうなぁ。
「しかし、まさか4階を突破できるカップルさんが居るなんて思いもしませんでしたわ。正直言って快挙です。ここまで来れたカップルは貴方達で21組目ですわ」
結構居るじゃないか。
全然快挙な気持ちになれない。
「貴方達に課せられた試練も後一つです」
「は、はい」
ついに最後の試練か。緊張する。
無茶な試練じゃないことばかりを祈る。
「大丈夫です。緊張しないで。最後の試練は今までで一番簡単なのですから。言わばボーナスステージです」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。よくあるでしょう? ラスボスよりもラスボス一つ前の敵の方が強いというパターン。この施設の試練がそれです」
「ま、まぁ、ありがちですけども……」
それをラスボス自ら言うパターンは新しいなぁ。
しかし、この分なら最後の試練はそれほど心配なさそうだ。
――みたいなことを考えてしまうと大抵フラグになってしまうから気を付けないとな。
むしろ至極難しい試練が待ち受けていると思って臨んだ方が良いと言うことを最近知った。
「それでは最後の試練の説明を行ないます」
さぁ、どんな無茶ぶり試練が待っているんだ?
僕の心の準備は出来ている。
ここまで下準備出来ていればフラグ回避も可能なはずだ。
これで至極難しい試練が待ち受けているという未来は消えたはず。
「最後にお二人には愛の印を見せて頂きます。それが出来れば商品を差し上げますわ」
「愛の……印?」
「具体的には何をすればいいのですか?」
どうも最終試練の形が見えない。
今までの試練の中で形がくっきり見えた試しはなかったけど。
「そんなの簡単です」
コホンと一区切りを置き、にやりと笑みを浮かべてこちらを見る。
その笑みを見た途端、僕の中で嫌な予感が膨れ上がる。
心の準備は出来ていたはずなのにこの寒気。
「愛の印と言えばキスに決まっているじゃないですか。最後の試練はただそれだけですわ」
どうやら僕はフラグ回避に失敗していた模様だった。
「簡単な口づけで結構です。お二人が本当の恋人である証をここで証明してください」
と申されましても……
「~~っっ」
ちらりと月羽の顔を覗き見ると、予想通り彼女は顔を真っ赤にしながら俯いていた。
たぶん、僕も同じくらい真っ赤になっているだろう。
「さぁ、早く。さぁさぁさぁ」
急かす鈴木さん。
しかし、急かされた所で僕らの硬直は解けるわけがない。
無茶ぶりが来るかもしれないとは思っていた。
だけどこれは無茶ぶり過ぎた。
知っての通り、僕らは口づけの経験など皆無。
当然中学時代の10日間の経験の中にもキスイベントなど皆無だった。
男がこんな表現を使うのは若干気持ち悪いが、僕はファーストキスがまだなのだ。
そしてその機会がこんな意外な形で訪れようとしている。
……って、マジで?
「い、一郎君……」
俯いたまま視線をチラチラ寄越す月羽。
そ、そうだよな。本気でするわけないよね。
「ん~~~~!」
「ちょっ!?」
不意に唇を尖らせながらこちらに顔を向けてくる月羽。
まさかの準備万端!?
色々悩んでいたの僕だけ!?
「ん~~~~~~~~!」
唇を尖らせながらゆっくりとゆっくりと超微速でこちらに近づいてくる。
ほ、本当に?
するの?
キス……するの?
…………して……いいの?
月羽の肩に両手を置く。
そして僕も月羽と同じように目を閉じ……
数秒の後――
人肌の暖かさが僕の唇に――
――触れたのだった――
…………暖かすぎない?
「ハイ。ストップですわ」
目を開けると月羽の顔のアップが……無かった。
代わりに細い腕が僕の眼前に存在していた。
「「あ、あれ?」」
僕と月羽が同時に声を漏らした。
ちょっと離れて様子を覗うと、鈴木さんが僕と月羽の間に腕を挟んでおり、僕と月羽は互いに鈴木さんの手の平と甲にキスをしていたようだ。
「僭越ながら、お二人の口づけを阻止させて頂きました」
「は、はぁ……」
「えっと……」
なぜキスを阻止させたのか。
どうしてラスボス自らが介入してきたのか。
様々な予想外の出来事が再度僕と月羽の頭の中を混乱状態にさせていた。
「私のカップル
「「は、はい……」」
カップル眼半端ないな。そんなことも分かるのか。
さすが特化型能力である。
「危ない所でしたわ。こんなにも希望に満ちたカップル様の初めての口づけをこんな一発ネタのような施設で済まさせてしまうところだったなんて!」
ラスボスが自らの住居をネタと認めてしまっていた。
「恋人同士の初めてのキスは神聖なもの。そして未来永劫記憶に残るものです。それは大切にしなければいけないものなのです」
「え、ええ……」
「もちろん場所選びも重要です。だから……ぜひともファーストキスの場は二人の大切な場所で行ってください。このような薄汚れた3畳一間の部屋なのでなく」
これは鈴木さんなりの気遣いなのか、カップル眼を持つ身として許せない所があったのか知らないが僕らはファーストキスのキッカケを失った。
でも少し助かったとも思う。
唐突にキスしろと言われても無理があったし、鈴木さんの言う通りキッカケは自分達で作りたいとも思った。
できることなら別の場所で……一生二人の思い出に残るような場所で。
「そっか。それじゃ試練失敗だね、月羽」
「えへへ、残念でしたね一郎君」
最後の最後で試練は達成できなかったけど、僕らの顔には笑みが浮かんでいた。
んー、やっぱり可愛いなぁ、僕の彼女は。
……キス、出来なくてちょっとだけ残念だなとも思った。
「いいえ。今回はワタクシが身勝手に介入させていただいた経緯もあります。ですので試練は達成、ということに致しましょう」
「えっ? 良いのですか?」
「もちろん。貴方達は上級恋人を超え、『神々』の称号を受け継ぐに相応しいカップルです」
キスすらしていない僕らが上級恋人を超えていいのかなぁ。
そもそも神々ってなんだ。恋人うんぬん関係ない称号を貰っても……
「そして! 見事試練を超えたお二人には商品を差し上げますわ!」
そういえばそんなシステムだったっけ。
商品うんぬんという話すっかり忘れていた。
「どうぞ」
鈴木さんの手より紙袋が渡される。
僕と月羽は中を覗き見る。
白い布地が見えた。
「Tシャツ?」
「なんか大きな顔がプリントされているTシャツです」
本当だ。不気味な顔がTシャツに浮かんでいる。
しかも見たことある顔だ。
この顔……どこかで……
「ワタクシの顔です」
「「…………」」
まさかのラスボスの顔のプリントだった。
「実は今まで手に入れたバッヂは伏線です」
「……というと?」
「あっ、分かりました! そのTシャツにバッヂを付けて着るんですね!」
「その通りです」
着るって……誰が? 月羽が? まぁ月羽が着るんだろうな。僕は着ないからな。バッヂがあろうがなかろうが着ないからね。
「一郎くん! 早速着てみてくださいよ!」
「それじゃあ鈴木さん。僕らはこれで失礼します。とても楽しかったです」
「無視しないでください!」
「そうですわ。彼氏さん。是非とも着てみてください。きっと似合うと思いますわ」
このTシャツが似合う男になりたくない。
「ちなみにバッヂは私の顔の目の所と口の所に着けてください」
「着てたまるか! そんなの!」
「うぅ……残念です」
僕らがこの施設に来て得たものは『神々』の称号と『不気味Tシャツ(バッヂ3個付き)』のみだった。
これが入場料800円。これで800円。Tシャツ代が800円。
なんて虚しい買い物をしてしまったのだろう。
「ではこちらのTシャツはどうです!? 四天王全員の顔がプリントされ――」
「もっと要りません!」
さらにゴミが増えそうになったが、その受け取りだけは断固拒否させてもらったのだった。
「……すごい施設だった」
外の空気がもはや懐かしい。
日の光でこんなに癒されるなんて。
しかし随分時間が経っていたみたいだなぁ。もうすっかり夕方の空になっている。
今日のデートはこれで終わりかな。名残惜しい。
「一郎君! 経験値稼ぎしましょう!」
「いきなり!?」
「しましょうったらしましょう!」
何かに触発されたかのように月羽の経験値脳が暴走を始めていた。
「今日は経験値稼ぎしないんじゃなかったの?」
「はい! ですから明日します!」
「……具体的にはどんな?」
「そ、それは秘密です」
「…………」
どうしよう月羽がおかしい。
急に経験値稼ぎをしようだなんて言い出したと思ったら、肝心な内容を教えてくれないと来たもんだ。
「げ、月曜日覚悟してくださいね!」
どうやら覚悟が必要な経験値稼ぎのようだ。
「さ、先に言っておきますけど、今回の経験値稼ぎは、せ、成功したら100EXP獲得ですから! き、気合いを入れましょうね!」
100EXPって今までの中でも断トツトップの経験値じゃないか。
かなり大それたことをするそうだ。
「うん。それじゃあ頑張らないわけにはいかないね」
「は、はい! 絶対成功させるんですから!」
実はいうと、月羽がやりたがっている経験値稼ぎの内容を僕は何となくだが察していた。
それは今日の試練に大いに関係していることだろう。
それもたぶん……最後に僕らがやり残した試練について。
「~~っ」
やめよう。
深く考えると赤面がバレてしまいそうだ。夕日のフィルターでも誤魔化せないくらい顔を真っ赤にしそうな気がする。
とにかく明日だ。
明日、僕らの集大成ともいえる経験値稼ぎが待っている。
僕達の関係を前進させるためにも明日の経験値稼ぎは重要なものとなるだろう。
頑張るしかない。
頑張ろう。
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