第92話 どういう関係なんですか!?

    【main view 星野月羽】



 ピークは過ぎ、店の中はすでに落ち着いている。

 私はガランとした店内を落ち着きなくウロウロし続けていました。

 一郎君と例のお客様は外に出て行ったっきり中々戻ってきません。

 一郎君が気になって、一郎君が心配で、居ても経っても居られない時間がただ過ぎていく。


 前にもこんなことがありました。

 喫茶魔王で働いている中、暴れ出したお客様が居て、一郎君が怪我をしてまったこと。

 あの時私は非番でしたけど、一郎君の怪我を知った時、それこそ居ても経ってもいられない状態でした。

 今の私の心境はあの時と似ています。

 あの時と違うのは今すぐ一郎君の側に駆けつけてあげられないこと。

 ぅぅぅううう、一郎君早く無事に戻ってきてください。あまり……心配かけすぎないでください。


    カランカランッ。


 不意に入店ベルが鳴り響く。

 もしかして一郎君が戻ってきたのかと思い、期待を胸に入口を見るが……違いました。

 私よりも一回り高い身長の女性。年頃は私と同じくらい……と思えますが、雰囲気からか大人っぽく見える人です。

 茶髪のウェーブ羨ましいなぁ。私の髪ではあそこまでフワフワなウェーブは掛けられません。というか、この長すぎる髪は飾ってみると時間がかかりすぎてしまいますので、どうしても普段はストレートに統一されてしまいます。私が面倒臭がりなだけなんですけど。


「いらっしゃいませ」


「今日はいつもの店主はいないのね」


 いつもの……?

 魔王様のことでしょうか。


「店長でしたら席を外しております。えっと……何かご用でしたか?」


「別に。むしろ私が用あるのは|彼・の方なんだけど……今日も居ないわね」


 店内を見渡し、私達店員の顔を一人一人確認すると、あからさまにガッカリした様子でため息を吐かれました。

 彼……とは誰のことでしょう? 池さんのことでも無さそうでした。


「居ないのならばここに居続ける理由もないわ。帰――」


「うぃぃ。よう深井。今日もここに来てたん?」


 彼女の後ろに更にお客様が来店する。

 男性二名様。また私と同じくらいの年齢でしょうか。

 って、あの人達! 以前見たことがあります!

 たしかアレは一郎君の中学校を見に行った時――


「なんで相田くんと鷲頭くんが来るのよ? まさか着けてきたわけ?」


 そうでした。名前は相田さんと鷲頭さん。一郎君の中学時代のクラスメートで――


 ――うっわ。久しぶりに見たわ。相変わらずチビだな。

 ――ていうか何俺らの名前呼んでるわけ? お前のキモすぎる声で呼ばれるのってすっげー不快なんだけど。


 一郎君を悪く言っていた方達。


「それは誤解よ、玲於奈姫。俺らは姫の残り香を追い続けてきただけだって」


「……ド変態。最低にもほどがあるわね」


「うわぁぁぁっ! 玲於奈姫に嫌われてしまったぁぁぁぁぁっ!」


「ブハハハハ。変態ばれてフラれてやんの。相田っちダッセ」


「…………」


 前の時もそうでしたが、大声で会話をされる二人。

 でも店先でいつまでも長話されるのは、少し辞めて頂きたいです。


「あ、あの人達は……っ!」


「? 小野口クンの知り合いか?」


 レジ裏で小野口さんと池さんが小声で会話をしている。

 私もさりげなく二人の側に歩み寄り、二人の会話に耳を傾けた。


「……知り合いと言う程、親しくはないよ。前にちらっと見ただけ」


 小野口さんも知っているようです。

 見たこともないくらい怖い表情をしている小野口さん。


「なんとなく事情は察した。あまり好ましくないお客様のようだな。あの場は俺が引き受けよう」


 池さんが勇ましい言葉と共に私達の前に立つ。


「で、でも、危ないですよ!」


「だからこそだ。キミ達を危ない目に遇わせるわけにはいかない。ここはこのイケメンが何とかしてみせよう」


「わ、私、田中さんと魔女様呼んでくる!」


「うむ。頼んだぞ……さて……」


 首をコキコキ鳴らしながら池さんは例の女性客と男性客お二人に向かって歩みだす。

 怖がりっぱなしの私とは違い、全く臆していない様子です。凄い。

 わ、私も……負けていられません。

 私だって、ただ見ているだけなんて嫌なんですから!







    【main view 池=MEN=優琉】



 さて……と。


「お客様、申し訳ありません。店先でお話しされると他のお客様に迷惑です」


 まずは下手に、だけど眼光は鋭く、謙虚でありながら同時に威嚇も放っておく。

 ただ下手に出るだけではこの手の練習は調子に乗ってしまうからな。


「な、なんだよお前」


「他に客なんていねーじゃん。店員風情が調子に乗ってんじゃねーよ」


 ふむ。俺の方が調子に乗っていると思われたか。もう少し眼光を抑えておくべきだったか。

 まぁ、いいだろう。最初から喧嘩腰の輩の方が俺としてもやりやすい。


「これから来店されるお客様にご迷惑なのですよ。貴方達がそこにいるとお客様が来店できないのでね。早い所お帰り願えないだろうか?」


「な……っ!」


「てめっ! 『早く席に着け』なら分かるが、『帰れ』とはどういうことだ!? あぁっ!?」


 思った通りの反応が帰ってくる。

 煽った分だけ逆上してくれるタイプのようだな。


「どういうことも何も貴方達の存在は店に迷惑なんですよ。店内で騒がれたり暴れられたりすると困るのでね」


「ぐっ……!」


 引いた。

 一瞬でも引かせることができた時点でこちらが優位。

 このまま一気に押してやるとしよう。


「今、スタッフが社員を呼びにいっています。この場に残りたいのであれば残ってもいいですが、あなた方の処遇は社員対応ということになります」


「お、脅す気かよ……」


「こんのやろう……っ!」


 このまま退くか、それとも逆上するか。どっちにしても問題ない。この程度の相手ならば正当防衛と託けて実力で対応することくらい可能。

 平和主義をモットーとする俺としてはこのまま大人しく帰ってもらうにこしたことはないが……


「ここまでコケにされて、ただで帰るとでも思うか?」


「あんま……俺らを舐めんなよ!!」


 残念ながらバトル展開は避けられないようだ。

 後ろに麗しいレディが居ることだし、なるべく派手な戦闘は避けるよう控えめに対応しよう。


「ちょっと待ちなさい」


 むっ?

 今までずっと黙って様子を覗っていた女性客がここで口を開く。

 彼女の制止の声が男二人の動きをピタッと止めさせる。


「な、なんだよ。玲於奈姫ぇ」


 同時に戦意も失せているようだ。

 このウェーブ髪の女性はどうやら多大なカリスマ性を秘めているみたいだ。


「貴方、西高の池=MEN=優琉くんよね?」


「うむ。正しく俺が西高のイケメンこと、池=MEN=優琉だが」


 さすが俺だな。他校にまで名が知れ渡っているとは。

 イケメン過ぎるのも考え物だ。


「私は南校の深井玲於奈よ」


「何っ!?」


 深井……玲於奈。

 この名前には聞き覚えがある。

 彼女の名は俺と同じくらい……いや、俺以上に知れ渡っていることだろう。


「17歳の新星。雑誌『Magic Point』にて衝撃のモデルデビューを果たした少女、深井玲於奈」


 まさかこんなところでお目に掛かれるとはな。


「知っていてくれて話が早いわ。ちょっと聞きたいことがあるの」


「……ふむ。俺に分かることなら何でも」


 この少女から放たれる眼光。俺以上に鋭い視線で何かを観察するようにこちらを見つめ続けている。

 それにこのオーラ。カリスマ性を秘める者だけが繰り出す目に見えない大きな存在感。

 何者だ? このレディは。ただの雑誌モデルにしては貫録がありすぎる。

 こうして対峙しているだけで頬汗が浮かんでくる。


「私、ちょっと探している人がいるのよ。この店で働いていたことだけは知っているのだけどね」


「探し人?」


 そういうば魔王様が言っていた。

 最近この店に通っている麗しい女性がいること。その女性が誰かを探しているということ。

 ……なるほどな。何となく察しがついた。


「キミが探している人というのは俺以外の男性でイケメンではなかったかい?」


「? いいえ。全然イケメンではないわ」


 むっ、当てが外れたか?


「貴方と同じ学校に通っているとはずよ。そして同じ職場で働いている。貴方なら彼のことを知っているんじゃないかと思ってね」


「そうか。悪いが名前を言ってくれないか?」


「ええ。名前は高橋……くん…………下の名前なんていったかしら? まぁ、いいわ。高橋何とかという男を探しているの。知っているかしら?」


 やはりセカンドイケメンのことではないか。

 なぜ彼を見て『イケメンではない』なんて言えるのか。俺には理解できん。


「い、一郎くんに何かご用なんですか!?」


 いつの間にか近くに寄ってきていた星野クンが急に大声を張り上げた。

 突然すぎて俺も思わず一歩引いてしまった。


「一郎君? 誰のことかしら?」


 深井嬢は不思議そうに首を傾げる。

 一瞬とぼけているのかと思ったが、本気でセカンドイケメンの下の名前を知らないようだ。或いは忘れてしまっているのか。


「失礼だが、キミは彼とどういった関係なのだ?」


「そ、そうです! どういう関係なんですか!?」


 星野クンが一々怖い。こんな鬼気迫る彼女を初めてみた。

 そんな星野クンにも全く怖気づいていない深井嬢はしばし迷った後、俺らにとって意外過ぎる言葉を繰り出してきた。


「私の元彼よ。中学時代のね」


 その言葉を聞いた瞬間、俺と星野クンの表情は瞬時に硬直した。

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