第91話 私も……一緒にいきます
中黒龍人くん。
中学時代の知り合い……と言う程知り合いではないが、僕は昔の彼のことをそれなりに知っている。
ワイルドな風貌ながら、正義感が強く、自分が正しいと思ったことに一心不乱と突き進む。
たまにその正義が行き過ぎちゃって暴走しちゃうときもあるけれど。
中学時代、僕と玲於奈さんの関係を聞きつけて、有無も言わせずに僕を殴ってきた人だ。
何発殴られたっけ……4発……5発だったかもしれない。
そんなワンパクの性格が彼の特徴だ。
そして深井玲於奈さんの彼氏である
僕が知っているのはそんなところだ。もちろん高校に入ってからの彼は全く知らない。
しかし派手な高校デビューをしたもんだな中黒君。なんだそのピアス、なんだその金髪っぽい染め方、なんだその眼力。あっ、力強い眼力は以前のままか。
「あの青年はセカンドイケメンの知り合いか?」
お店も落ち着いてきて、いよいよ中黒君と対峙しようと思った時に、池君が僕に声を掛けてきた。
月羽と小野口さんも心配そうな面持ちでこちらに寄ってくる。
「中学の時にちょっと……」
うん。ちょっと。
ほんのちょっとしか彼と対面したことがないのだからこれ以上の言葉が見つからない。
「じゃあ少し彼と話してくるね」
正直中黒君と話をするのは怖い。
見た目完全にDQNだし、さっきも殴られかかったもんな。奇跡的に防げたとはいえ、喧嘩になったら間違いなく勝ち目はない。
でも放っておくわけにもいかない。待たされたせいで沸点振り切って店の中で暴れたりされたら店の信用問題に関わってしまう。
それに気になることも言っていた。
『また……てめぇが俺から玲於奈を奪うのかっ!』
高校に入ってから一生懸命忘れようと思っていた名前が彼の口から放たれた。
当然僕は中学卒業以来玲於奈さんとは会っていない。
それなのに、『また、玲於奈を奪うのか』というセリフが彼の口から出てきたことが少し気になった。
ぐぃ
不意に袖口を引っ張られる感覚を憶える。
それも両手の袖同時に。
首だけ動かして背後を見てみると、泣きそうなくらい心配顔でこちらを見つめる二人の女子が居た。
「大丈夫だよ月羽、小野口さん。別に喧嘩をしにいくわけじゃないから」
うん。僕は喧嘩をしにいくわけじゃない。
ただ、向こうがどう出るかなんだようなぁ。
喧嘩になったら100%勝てないことは最初から分かっているし、なるべく下手下手に出て中黒君を怒らせないように気を付けよう。
「じゃ、行ってくるね」
ぐぃぃぃぃ
再度引っ張られる。
小野口さんは手を離してくれたが、月羽は依然僕の袖を掴んだまま放さなかった。
「…………」
「月羽……」
「私も……一緒に行きます」
うーん。
正直それは遠慮願いたい。
だって中黒君との対話となると必ず中学時代の話になるだろうから。
月羽には……僕の中学時代を知られたくなかった。
「すぐに戻るから、ここで待ってて。妙なことされそうになったら大声上げるから」
痴漢されそうになった女性の対応みたいだけど、それが一番現実的な手段だろう。
「わかり……ました……」
納得のいった表情ではないが、一応諦めてくれたみたいで僕の腕を開放してくれる。
「無茶するなよ、セカンドイケメン」
「無茶しないでね、高橋君」
「一郎君。絶対に無茶しては駄目ですからね」
キミらの中ではそんなに僕は無謀キャラなのか?
まぁ、今までの自分の行動を振り返ると無茶を好むキャラと思われても仕方ないのかなぁ。
平和主義者なんだけどな僕。今やそう言っても誰も信じてくれなさそうだ。
さて……
「…………」
獣のような眼光でこちらを睨み続ける中黒君。
面倒くさそうな展開になること間違いなしの対談へ向かうとしようかな。
中黒君を連れて二人で店の外へ出る。
一応念には念を入れて店から離れた所まで案内する。
「おい。どこまで行く気だよ! 高橋ぃ!」
さてこの辺が限界か。
「そうだね。それじゃあ、あそこのベンチにでも座ろうか」
実はいうとこんなに離れる必要はないのだけれど、万が一にも僕の仲間に聞かれない為に只管離れた場所を指定した。
「ふん。誰がお前なんかと仲良くベンチに座るかよ。ここで良い。話をするぞ」
相変わらず僕を敵対視しているなぁ。
でも当然か。彼からすれば僕は玲於奈さんが中黒君との喧嘩で傷心している隙に付け込んで恋人気取りになっていた大悪党なんだから。
「いつからだ?」
「えっ?」
「お前はいつからまた玲於奈と会いだしていたのかって聞いてんだ!」
先ほども少し聞いたが、中黒君から再び玲於奈さんの名前が出てきた。
僕には彼の言葉の真意がどうしても理解できなかった。
「どういうこと?」
なるべく彼を刺激させないよう、低い声と早い口調を意識して問い掛ける。
「とぼけんな! あの変な店に玲於奈が通っていることはもう俺には分かってんだよ!」
激昂する中黒君。僕の気遣いもまるで無意味のようだった。
どういうことだ? としばらく思考を駆け巡らせると、昼間に魔王様が言っていたセリフに辿りつく。
――『そうそう。お客様の中に熱狂的なファンも居てのぉ。可愛らしいオナゴなのだが、夕方に毎日来てくれるのだ』。
――『ファースト、もしくはイケメンの方かもしれんが、どちらかの知り合いのようじゃぞ。『以前いた男性従業員』は居るか、と執拗に聞いてくるし』。
……これか。
魔王様が言っていた『熱狂的なファン』というのが玲於奈さんのことならば、中黒君が言っていることはつじつまがあう。
でもどうして玲於奈さんが?
魔王様の言葉によると玲於奈さんは僕と会いたがっているようだし……
そういえば以前魔王ショーを開催した際に玲於奈さんの姿があった。
その時に彼女は僕がここで働いていることを知ったのだろうけど、それでも彼女が僕に会いに来る理由が分からない。
「まただんまりか!? あぁ!?」
ぅを。考えに浸っていたらこっちが怒りだした。
そうだな。人と会話しているのに考え事はよくない。これは僕がいけなかった。
今はこの場を何とかすることだけを考えるようにしよう。
「さっきもそんなこと言っていたけど何のこと? 言っておくけどとぼけているわけじゃないよ。僕は卒業してから一度も玲於――深井さんに会ってないけど」
「嘘をつけ! 玲於奈が新学期前からお前に会いに店へ通っていたことくらいとっくに知っているんだからな!」
新学期前……やはり魔王ショーの在った日を指しているとみて間違いなさそうだ。
「確かに僕は夏休みの間、あの店で働いていたよ。でもそれも夏休み中旬までだし。深井さんらしき人物は一度も見たことがない。たぶん入れ違いになったんだろうね」
魔王ショーの時、ちらっと見かけたけどのは内緒だけど。
あの時は見かけただけで話しかけたわけじゃないし、ノーカウントだろう。
「お前の言うことなんて信じられるか。お前はいつも玲於奈の弱みに付け込もうとする。今回もそうなんだろうが!」
「な、何を言っているの?」
「ずばり当ててやろう。お前の狙いは玲於奈との復縁だ」
急にズバリ言いだした。
しかも的外れも良い所だ。それを彼はドヤ顔で言っていた。
僕が玲於奈さんとやり直したい?
あり得ないにも程があった。
「僕がまた傷心の玲於奈さんに付け込んでまた彼女と付き合おうとしていると?」
「そうとしか考えられねーんだよ!」
中黒君の中でその結論が唯一の真実に成りえているらしい。
「今度も俺がお前の野望を阻んでみせる」
つまり、また僕は殴られることになる……と? 中学時代のトラウマのように。
それだけはなんとしても回避したい。
でもこの人、僕の言うこと真っ向から否定するしなぁ。
話もまともに聞いてくれないとなると詰んでいるじゃないか?
いや、でもここで何とかしておくべきだよね。なるべく中学時代の遺恨は早めに片付けておきたいから。
月羽達に知られる前に、僕一人で何とかしておきたいから。
「――と、言いたいところなんだがな。残念ながら今の俺にはそんな資格もねえ」
「えっ?」
てっきりまた殴られるかと思って顔をガードしていると、なぜか中黒君の方があっさりと拳を引いてくれた。
「今、俺がお前を殴っても何も意味がないということだ」
「どういう……こと?」
今日の中黒君は続けざまに訳が分からない。
少しは僕にも分かる様に説明をして欲しい。
「……お前に言っても虚しくなるだけだ。またお前を殴っても腹いせにもならんしな」
さっきまであんなに怒っていたのに、急に冷めてしまっている。
僕的にはそれで構わないけど。むしろありがたいけど。
……って、駄目じゃん。これじゃ何も解決していない。
「俺は帰る。もうこんな辺鄙な所に来たりしない。お前はお前で好きにすればいいさ。ただし、中学の時と違って今の玲於奈はそう簡単に落ちたりしないだろうがな」
いや、別に玲於奈さんを落とすつもりなんてこれっぽっちもないのだけど。
「ま、待った。そ、その、深井さんがお店に来ているというのは本当なの?」
「疑うのか? 別に信じないのであればそれでいい。俺もお前を信用していないしな」
うーん。こういう反応されると妙に真実味が増す。
向こうが嘘をつく理由もないし、玲於奈さんが喫茶魔王に出入りしているのは本当なのだろう。
って、それってヤバいんじゃ!?
「玲於――深井さんが喫茶店にくるのっていつって言っていたっけ?」
「そんなのお前は分かりきってるだろう? いつも会っていたのならな」
「会っていないから聞いているんだよ!」
「何を大声あげているんだ? お前」
焦りのあまり柄にもなく僕は叫んでいた。
僕の中で最悪なシナリオなのは月羽達と玲於奈さんが会ってしまうこと。
それだけは何としても回避したい。
しかし、中黒君はそんな僕の考えを無情にも打ち砕く言葉を静かに言い放った。
「もう来ている頃だろう」
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