第90話 まだハーレムを作ろうと企んでいたんですね

「今度の日曜日……ですか」


 高橋一郎、只今電話中。

 それも間違い電話でもなく、家電に掛かってくるセールス相手でもなく、知っている相手からの電話だ。それも自分の携帯で電話している。ケータイで電話するなんて半年前の僕には考えられなかった。

 一時期は家族と自宅以外の番号しかなかったのに僕のケータイは潤っているなぁ。


「僕は良いですが、皆の予定がどうか……あ、はい。一応聞いておきますが……」


 僕のケータイに登録されている名前の中で、会話中に敬語を使う人物の番号は2件しかない。

 1件は沙織先生。もう1件はバイト先。

 ちなみに今電話しているのは後者。魔王様からの電話だった。

 要件は『日曜日は本社会議があるのでミニテーマパークネメキでまた勤務に入ってほしい』とのことだ。

 あのテーマパークに本社があることに驚きを隠せないが、魔王様が不在となるとあの喫茶店は回らなくなる。

 そこで僕達にお呼びが掛かったわけだ。

 僕自身は別に用もないので問題ない。むしろ久しぶりにあそこで労働するのも悪くないと思っている。


『では皆の予定が分かったら知らせてくれ。特にスノコが居なければ始まらんしな』


 なんか『青士さん以外は別にどうでもいい感』が否めないが、まあ厨房のエースだもんな。彼女が居ないと始まらないのも確かだ。


「わかりました。では明日までに聞いておきます……ええ……それでは……」


 しかし、魔王様も出不精だな。自分で全員に電話かければ良いモノの。なんか良いように使われている気がしないこともない。

 まっ、いっか。皆に一斉メール送ればいいだけだ。

 いいだけ……なんだけど……


「まっ、せっかくだから」


 せっかくだからメールじゃなくて、明日全員に直接聞いてみようかな。


「RPGのお使いイベントみたいだ」


 こんな面倒くさそうなイベントを自ら行おうだなんて僕も変わったな。

 これは確実に経験値脳の恋人の影響受けてるな。







 さて、おつかいイベント第一弾。青士さんの予定聞き。

 これは簡単だ。こちらから出向くことなく向こうからやってきてくれるのだから。


「ういー」


 コンビニ袋をぶら下げた青士さんがいつものように2-Aにやってきた。

 馴染みの定食屋にでも乗り込んでくるようなノリの挨拶になっている。


「冷凍炒飯買ってきたわ。ちょっと調理室にいってレンジ借りてくっから。ついでに調味料も拝借してくっかな」


 この人ナチュラルに電気泥棒と調味料泥棒を働こうとしているな。前者はまぁともかく後者は普通にマズイと思う。


「あー、青士さん。ちょっと待って」


「あん? どしたん? おめーが調理室にいってくれるん?」


「それは死んでもごめんだけど、次の日曜日だけどさ、予定ある?」


「はっ!? アタシのよてー聞いてどうする気なん!? 堂々と浮気とか頭大丈夫かよ」


    ざわっ!


 青士さんの声の大きいその一言で教室内に一瞬戦慄が訪れる。

 うわぁ、クラスメートがこちらを注目している。最近ただでさえ変な風に注目されているのだから、これ以上僕の平穏を乱さないでほしい。


「いや、そうじゃなくてね。昨日魔王様から電話があったんだけど……」


    ざわっ! ざわっ!


 僕のこの一言でなぜか更に教室中がざわめき出す。


「(浮気?)」


「(高橋って彼女いたりすんの?)」


「(はっ? アイツリア充なのか? 倒すか?)」


「(それよりも魔王からの電話ってなんなんだよ?)」


「(あいつ魔族の手先なのか? 倒すか?)」


 なぜかクラスメート全員が僕らの会話を聞いていたようだ。


「ああ、緊急バイトか? 別にいいけど。つーか丁度金無くなったとこだしな」


 さすが青士さん。周りの視線なんて一切気にしていない模様である。

 僕も欲しいよ、鋼鉄のイケメンメンタル。


「青士さんはオッケーっと。って、お金無くなるの早いね! 給料出たのそんなに前じゃないのに」


「女は金かかんだよ」


「じゃあなんで青士さんはお金掛かったの?」


「いい度胸だな、オイ。アタシは女じゃねーってか? メンズじゃねーのにイケメンってか?」


 この人、未だに池君にイケメン呼ばわりされていることを気にしているのか。

 もう認めてしまえばいいのに……僕なんかよりもずっと男らしいということを。


「その通り! メンタルイケメンはイケメンの中のイケメン。イケメンランクで言えばSに近いAクラスさ」


「「ぅおおぅ!?」」


 突如現れたのは……セリフからも察することはできるあの人。

 この人の登場も海旅行以来だな。


「えっと、何か用? 池君」


「いや特に用はない。『イケメン』という単語が聞こえたからワープしてきただけさ」


「んだよ。理由なしにいきなり現れんな。驚いたじゃねーか」


 ツッコむところはそこでいいのだろうか?

 まぁ、今更池君がワープした所で誰も驚かないか。


「そうだ池君。次の日曜日――」


「ふむ、ネメキでのバイトだな。心得た」


 さすが池君。僕が言うまでもなくすでに察してくれていた。

 しかし、ワープに心眼か。池君がドンドン人間離れしていくなぁ。今さらだけど。

 ともあれ池君も日曜日は大丈夫みたいで良かった。

 後は……っと。


「それじゃ後は月羽と小野口さんだな」


「ふむ。二人なら図書準備室で昼食を取っているぞ」


「そっか。ありがとう。じゃあ行ってくるよ」


 なぜ池君がそんな情報まで知っているのかなどと、お約束のツッコミは入れないでおくことにした。







 図書準備室。

 ここに来たのも久しぶりだ。って、前に来た時も同じことを思った気がする。

 この間は来たときは青士さんが休学中の時だったなぁ。そして月羽とのデートに関して助言をしてもらって、デート攻略マニュアルその2【アザラシと共に】をもらったんだっけ。


「失礼しまーす。月羽、小野口さん居る――?」


「もぐもぐもぐ……ハッ!?」


「もぐもぐもぐ……ンンッ!?」


「…………」


 池君の言っていた通り、確かに月羽と小野口さんが昼食を取っていた。

 正確にはデザートを食べていたようだ。

 二人の中心に位置するホールケーキが異様な存在感を放っていた。


「ち、違うんですよ、一郎君。これはケーキに見えるけど、大きなオニギリなんです」


 無茶がありすぎる言い訳が飛んできた。


「そ、そうだよ、高橋君。図書準備室にチョコパインイチゴキウイホールケーキがあるわけないよ!」


 思った以上に豪華なケーキだった。


「わ、私達の秘密を知られたからには生きては逃せませんっ」


「悪いけど口封じさせてもらうしかないね!」


 混乱しているのか、二人とも目が正気ではない。

 昼休みにホールケーキを食べていたという事実がまるで重犯罪かのように認識しているようだ。


「二人とも落ち着いて。二人が何を食べていようが別にいいけども……」


 どこの学校を探しても昼休み中にホールケーキを食べるようなのはこの二人しか居ないだろうなぁ。


「とりあえず高橋君もこっちっ! こうなったら共犯になってもらうよ!」


「そうです! 一郎君も『昼休みスイーツイート同好会』に入って頂きます!」


 僕の彼女と友達が何やら楽しげな――もとい怪しげな同好会に入っていた。


「ちなみに会長は月ちゃんだよ」


「私が会長だったのですか!?」


「そして私が社長だよ!」


「どうして同好会に社長職が出てくるんですか!」


 本当に仲良いなぁ。親友時代の僕達よりも親友ぽい二人だ。


「ちなみに活動内容は?」


 会名で大体分かるけど、一応聞いてみる。


「昼休みにスイーツをイートするんだよ」


 大体分かっていた回答をくれる小野口さん。


「会員は今の所三人だよ! 会長月ちゃん、社長希ちゃん、大統領高橋君」


 僕の意志の確認もないままいつの間にか会員にされていたようである。

 しかも最上位役職を貰っている気がするけど、気にしないことにしよう。


「会員活動はまた今度するとして、二人とも今度の日曜日予定ある?」


「私はないですよ」


「私も特にないよ。なになに? 何かするの? 三人でデートするの? 私は高橋君のハーレムに加わればいいのかな?」


「サラッと何を言っているの!?」


「一郎君。まだハーレムを作ろうと企んでいたんですね……」


「『まだ』ってなに!? まるで過去にハーレムを作ろうと試みたみたいに言うのは何で!?」


「やーい、無自覚フラグ王~」


「小野口さんは一度黙ってもらえるかな!?」


 なんだろうこれ。

 二人の休日の予定を聞きに来ただけなのにどうしてこんなに責められてるの僕。


「一郎君のハーレム計画は置いておくとしまして……日曜日に何かあるんですか?」


「あー、うん。置いておくんだ……ま、まあいいや。よくはないけど、まあいいや。えっと、昨日魔王様から電話あって、どうしても日曜日にバイトに出て欲しいんだって」


「わぁ、またあそこで働けるんですか!」


「行く行く。絶対行く! また悪魔衣装のセクシー小野口さんを見せてあげるよ♪」


 二人も快く了承してくれたし、メンバー全員で行くことができそうで良かった。

 皆もあそこでの仕事好きなんだな。何だかんだいって夏休み中はバイト三昧でも充実感あったし。

 今から日曜日が楽しみになってきた。


「さて、話は一郎君のハーレム話に戻りますけど」


「回収早いよ!?」


「私は何番目の女なの? 高橋君」


「僕が知るわけないでしょ!」


「まさか私よりも池さんを取るつもりなんですか!?」


「どうして池君の名前がここで出てくるの!?」


「うわーん! やっぱり池さんが正妻だったんですねぇぇぇぇ!」


「この子、マジ泣きしてる!?」


 話が妙な方向へ回帰した途端、またも騒がしくなる図書準備室。

 隣の図書室で登板をしていた委員に注意されるまで、このカオスの空間が収まらないのであった。







ファースト高橋一郎!」


「はい」


フェザー星野月羽!」


「はい」


イケメン池=MEN=優琉!」


「おう」


スノコ青士有希子!」


「その名前で呼ぶな!」


オノグチサン!小野口希!」


「うわーん。やっぱり私だけ幹部ネームが名字だ!」


 やってきました。週末日曜日。

 久しぶりに喫茶魔王に集った僕達に魔王様直々に点呼が掛かった。


「我が精鋭達よ、よくぞ来てくれた。礼を言うぞ」


「いえいえ」


「いつでも呼んでくれていいんですよ。魔王様」


「うむうむ。私を慕ってくれる部下が居るのは嬉しいのぉ。それに引き替え旧メンバーときたら……レッドとモブ子なんて辞めてしまいどこかに行ってしまう始末」


「えっ!? モブ子さんとレッドさん辞めちゃったんですか!?」


「ああ。どうやらライバル会社に引き抜かれたらしい。確か……カポ……なんとかという施設だ」


 うわぁ。なんか微妙に聞き覚えのあるかもしれない施設名の片鱗が……

 あの一発ネタ施設も競合店であることには変わらないけど、よりにもよってあっちに行くなんてなぁ。絶対こっちの方が働きやすいと思うけど。まぁ、考え方は人それぞれか。


「それじゃあ、今日は喫茶魔王の他にレッドさんとモブ子さんの代わりをしなければいけないのですか?」


「いや、『モブ子さんの家』は現在閉鎖中じゃ。それにレッドの入場パフォーマンスも別になくてもいいしのぉ。全員喫茶魔王を手伝ってくれ。正直って『ネメキ』はこの喫茶店だけでやっていっているようなものだしのぉ」


 ついに最高責任者がぶっちゃけた。

 魔女様と田中さんが聞いたら怒るぞ。


「実は最近雑誌に喫茶魔王が取り上げられてのぉ。中々繁盛しているのだ」


 いつの間に雑誌なんかに取り上げられていたんだ。ていうか、繁盛しても魔王様一人でやりくりしていたのか。


「そうそう。お客様の中に熱狂的なファンも居てのぉ。可愛らしいオナゴなのだが、夕方に毎日来てくれるのだ」


 固定客もできたのか。それは喫茶店にとっては嬉しい強みだ。


「ファースト、もしくはイケメンの方かもしれんが、どちらかの知り合いのようじゃぞ。『以前いた男性従業員』は居るか、と執拗に聞いてくるし」


 それはきっと池君の方だろうな。

 池君のイケメンっぷりを眺めにくるお客様の多かったし。


「彼女も会いたがっていたようだし、会わせてやる約束も取り次いでおる。夕方に彼女が来てくれるはずだから会ってやるといい」


「はぁ……」


 夕方というとピーク時じゃないか?

 まぁ、池君一人抜けるくらいだったら何とか……なるといいなぁ。


「それでは私は本社へ行ってくる。後は任せたぞ、幹部達」


「「「はい!」」」


 部下に見送られ、本社へと向かう魔王様。

 ……魔王様、いつもの魔族衣装のままだったけど、あの格好で電車とかに乗るのだろうか?

 補導されなければいいけどなぁ。







「うわー。すごい」


 あの喫茶魔王が満席御礼だよ。雑誌の力ってすごい。


「ファーストくん! サボってないで働いてください」


「了解。フェザー」


 青士さん――もといスノコさんが一人で次々と料理を作ってくれるので、僕とフェザーはひたすらそれをお客様の元へ運ぶ。


「オノグチちゃーん。こっちにMIZUお願いなー」


「はーい。0.8秒お待ちください」


「あら、イケメン君。久しぶりね。最近全然見かけなくて寂しかったわぁぁぁぁぁん」


「お久しぶりですマダム。こちらこそお会いできなくて悲しかったです」


 来店されたお客様の案内と注文取りはエース二人が担当してくれていた。

 そういえば5人全員で喫茶魔王を受け持つのはレアなパターンだ。

 楽できるかなーと思ったけど、全然そんなことなかった。

 でもまぁ――


「ファースト君。魔王ランチと地獄のマグマ、5番さんへお願いします」


「分かった。フェザーは魔王パスタを3番さんにお願い」


「手が空いたら俺も運ぶのを手伝おう」


「スノコちゃーん。ブラッドアイスと魔人麺二つずつー」


「いちいち名前呼ぶなっ! アタシが嫌がんの分かってて言ってるだろ小野口!」


 まぁ――楽しいな。

 接客なんて絶対に向いてないと思っていたけど、やってみると案外何とかなる。

 最初は全然上手く行かなかったけど、上手く行くようになってくると今度はそれが楽しさに変わってくる。

 人間関係も不憫ないし、本当にここって理想の職場かもしれない。

 今日だけなんて言わず、いつまでもここで働いても――


    グィ!


「ぅを!?」


 考え事をしながら仕事をしていたら不意にお客様にマントを引っ張られた。


    じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!


 そのまま顔を覗きこまれるように睨みつけられる。

 これが可愛らしい女の子とかだったら赤面ものだったかもしれないけど、今睨みつけられているのだ男性客。

 年頃は僕と同じくらいだろうか。厳つい顔で迫力がある。正直言ってめちゃくちゃ怖い。

 な、なんだなんだ?


「あ、あの……お客様……な、何か?」


「……やっぱり……」


 僕の顔を見た男性客は何かを確信したように目を見開く。


「お前……高橋だな」


「えっ?」


 僕の……知り合い?

 いや、こんな厳ついおにーちゃんに知り合いはいない……と思う。

 とりあえず僕には見覚えのない顔だった。


「……玲於奈を追って張り込んでみたが……なるほど……そういうことか」


「!?」


 玲於奈――とこの人は言った。

 その名前には聞き覚えがある。

 忘れたくても中々忘れさせてくれない名前だ。

 玲於奈さんの知り合い?

 ってことは中学時代の……


「また……てめぇが俺から玲於奈を奪うのかっ!」


「!!」


 男性客は怒りの表情を浮かべながら勢いよく立ち上がる。

 その表情で僕はようやくこの男性客が誰なのかを察した。

 そして彼が次に何をしてくるのかも想像がついた。


「うらぁぁっ!」


    バチィィィィっ!


 思った通り、彼は僕の顔を目掛けてグーで殴りかかってきた。

 しかし、攻撃が来ると分かっていたおかげで彼の拳を僕の手の中に収めることができた。

 ……防御に成功したのはいいけど、それでも手がヒリヒリ痛いからあんまり意味のない気がするぞ。


「一郎君!?」


「高橋君! どうしたの!?」


 騒ぎに気付いて皆が駆け付けてきてくれた。

 そして池君が即座に僕と男性客の間に立ってくれた。


「何かご用でしょうか? お客様。何でしたら、このイケメンが聞いて差し上げますが?」


 どうしよう、惚れそうなくらい池君が格好良い。もう池君が主人公でいいんじゃないかな?

 でもこの一触即発の空気はいただけなかった。


「大丈夫大丈夫。僕の昔の知り合いだよ。何でもないからさ」


「むっ、そうか? ならいいのだが……」


「うん。大丈夫。ちょっと話をしていただけだよ」


 そう話をしていただけ。

 出来ることなら二度と話なんてしたくも無かった相手だけど。


「続きはお店が空いてきたら話すからさ。ちょっと待っていてよ……中黒君」


「……ふん。まぁ良いだろう。早くしろよ」


 意外と聞き分けの良い人で助かった。

 しかし、見た目変わったなぁ。中黒龍人くん。

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