第93話 友達であり親友であり恋人であるんです

    【main view 池=MEN=優琉】



 俺、セカンドイケメン、星野クン、小野口クン、メンタルイケメン、沙織さん。俺達はグループであり仲間だ。

 しかし、互いの全てを知っているわけではない。

 むしろ知らないことの方が多い。

 具体的には……それぞれの過去……とか。

 仲間なのに仲間のことを知らない。

 俺達は出会って半年も経っていないことに痛感する。


「あー、居た居た。卑怯な手段で玲於奈姫と付き合っていた最悪野郎が」


「無機物高橋だったか? ぐはは。南中では伝説だったな」


「鬱陶しいわね。貴方達には今用はないのよ。私の用があるのは高橋君だけなんだけど。それで池君。知ってるの? 知らないの?」


「あ、あぁ……も、もちろん知っている……が……その……」


 しまった。俺としたことが狼狽えてしまっている。冷静さを欠いてはイケメン度が下がる。


「知っているのならば早く出してくれるかしら?」


「高橋は今席を外しております。戻るには時間が掛かると思いますよ?」


「呼んでくれば良いだけでしょう。早くして」


 引かない……な。

 店員と客では店員である俺の方が部は悪い。

 しかし、今セカンドイケメンを呼びに戻るわけにはいくまい。

 少し話の路線を変えてみよう。


「分かった。だけどその前に聞きたい。セカンドイケ――高橋クンの親友として。キミと彼の関係についてもっと」


「し、親友は私です!!」


 なぜか星野クンが食いついてきた。


「いやいや、キミとセカンドイケメンは恋人同士であろう? いわば親友以上の関係だ。ならば親友の座はこのイケメンに譲ると良い」


「た、確かにそうですが! でも私と一郎君は友達であり親友であり恋人であるんです!」


 どうしても全ての関係を譲る気はないらしい。

 なぜ深井嬢よりも星野クンの方が反応良いのだろうか。


「……親友? ……恋人?」


 ぽつりぽつりとつぶやくように言葉を漏らす深井嬢。

 その表情は怪訝そうで、そして若干の怒気が含まれているのを俺は見逃さなかった。


「貴方、高橋君の親友なの?」


「ああ」


「はい!」


 俺だけでなくなぜか星野クンも返事をする。


「貴方は高橋君の恋人なの?」


「はい!」


「ああ」


 おっと、勢い余って俺まで肯定してしまった。まぁいいか。


「……解せないわね」


「え?」


「高橋君には恋人も親友も友達も……いいえ、彼に話しかける人すら居てはいけないのよ」


「な、何を言っているのですか?」


 俺も彼女の意図が読めない。

 長らく会っていないセカンドイケメンに恋人や親友がいることに嫉妬をしているのか?


「ふむ。セカンドイケメンの恋人は自分だけ……と言いたいのか?」


「何を気持ち悪いこと言ってるの?」


 サラッと怒られてしまう。どうやら俺の考えは見当違いだったようだ。

 ならばなぜ彼女は怒っているのだ?


「……そうね。貴方達は高橋君のことをどこまで知っているのかしら?」


「どこまでって……一郎君は優しくて頼りになって面白くて……」


「私は高橋君のことについて聞いているのだけれど?」


「で、ですから、一郎君のことを言っているのですけど」


「まるで彼がイケメンのように話すじゃない。いいわ。私が本当の高橋君を話してあげるわ」


 どうやら彼女の中でセカンドイケメンはイケメンではないと認識されているようだ。

 セカンドイケメンの魅力が全ての人に伝わるわけではないのが悔しいな。


「まず彼の噂で一番の有名どころは『すでに彼氏の居る女子生徒に片っ端からラブレターを出して別れる様子を見て面白がっていた』というやつね」


「「……はっ?」」


 俺と星野クンの困惑の声が重なる。


「ぎゃはははっ、あったあった! そんなこと!」


「俺も聞いたことあるわ。思い出した思い出した。無機物高橋のレジェンド! 自分のクラスの可愛い所だけの女子の体操着盗んだこともあったよな!」


「俺、その事件知ってる。盗まれた奴も盗まれてない奴も両方怒り狂ってたの覚えてるわ! ギャハ!」


 こ、この輩は何を言っているんだ?

 誰のことを話しているのだ?


「音楽室のトランペット盗み出して売ろうとしていたっていう噂も聞いたことあるぜ」


「まじか。俺はパソコン室のPC盗み出して売ったって聞いたぜ」


「ギャハハ。どれだけ金に困ってんだよ高橋の奴!」


「もしかして高校でも同じようなことやってんじゃね? ぜってーやってるよ。賭けてもいいべ」


「つーかあんな奴を入学してくれる高校なんてねーんじゃね? 絶対学校いってねーって。中卒止まりけってーだよ」


 この連中も調子に乗り出している。

 不味いな。元々はこいつらを追い出す為に俺が出向いたのに、どんどん状況が悪くなっていく。

 ここは無理矢理でも話に割り込み、この意味のわからない話題からそれなければ。


「おい、キミ達――」


「一郎君がそんなことするはずありません!」


 俺が止めるよりも先に星野クンが大声を張り上げて割り込んだ。


「どうして……どうして一郎君の中学の人はいつも一郎君を悪く言うのですかっ!?」


 『いつも?』

 過去にセカンドイケメンと星野クンは南中出身の人と何かあったのだろうか?


「どうしても何もそれが事実だからでしょ。元南中では有名よ? 彼の悪行は」


「信じません! あの優しい一郎君が悪行なんて……っ!」


「でも貴方は彼の中学時代を知らない。そうでしょ? そして私達は貴方の知らない彼を知っている。ただそれだけよ」


「た、確かに……確かに一郎君の過去は知りませんが……だけど……」


「過去も知らず恋人を気取っているの? それなのに付き合っているだなんて、貴方何企んでいるのかしらね?」


「た、企むって……」


「金とかじゃね? 学校の備品を売った金をたんまり持ってるはずだし!」


「ギャハハ。んじゃ彼女さんのケータイでのアイツの名前絶対『サイフ』とかだ。ウケるわ」


「お、お金なんて、そんな……!」


「だってあんな奴と付き合う理由なんてねーじゃん。性格最悪だしな。ブハハハハっ」


「俺も自分がおちぶれてーの知ってっけど、男としてアイツより上である自信あるわ。なぁ、彼女さん。あんな最悪男なんかと付き合ってるとダメになるよ。俺様からのありがてー忠告」


「つーかさ、男なら誰でも良い系なら俺と付き合ってみね? 俺長髪女子好きなんよ」


 深井嬢が囃し立て、それに乗じるように付き人男二人組がマシンガンのように汚い言葉を発する。

 星野クンは男連中を怖がってしまい、いつもの強気ぶりが完全に無くなっていた。

 こういう時は下手に刺激せず、小野口クンが田中さんを呼びに行っているので到着を待って大人に対処してもらうのが一番良い。

 ――しかし。


「おい。それくらいにしておけ」


 しかし、ここまで友人を侮辱され、黙っていられる俺ではなかった。


「な、なんだよ」


「もしかして怒っちゃってる系? 今時そんなの流行らないよ? イケメンなら流行抑えとこうよ」


「悪いが俺は一昔前のイケメンらしくてな。怒りに身を任せて悪者をバッタバッタと倒していくヒーローが好きなのだ」


 拳を強く握りしめ、少し動きづらいマントを取り外す。

 久々に心から頭にきた。


「だ、駄目です! 池さん!」


 しかし、臨戦態勢を整えている最中、横から星野クンが俺の腕を引っ張ってきた。

 哀しげながらも必死な形相で俺を止めようとしてくれている。

 その表情を見た瞬間、俺の思考は一気に冷静になれることができた。

 お、俺は今怒りに任せて暴れまわろうとしていたのか?


「……ありがとう星野クン。おかげで落ち着いた」


 ここで俺が暴れてしまってはたくさんの人に迷惑をかけてしまう。

 ここのマスターである魔王様。何よりこのミニテーマパークを指揮している父にまで迷惑が掛かる。

 それに俺を止めてくれた星野クンにまで苦い記憶を植え付けるところだった。

 そんなの……全然イケメンじゃない。

 俺らしくない。


「んだよ。結局やんの? やんねーの?」


「やらん。さっさと帰ってくださいますか? いい加減迷惑です」


「あぁ!? んなのそっちの都合だろうが! 俺らが何をしたっつーの!」


 これだから鳥頭の下衆は困る。

 自分達が迷惑の根源であることくらい自覚してもらいたいものだ。


「待ちなさい。どう見てもあなた方が悪いわ。もう帰りなさい」


「な、なんだよ。玲於奈姫まで」


「ま、まぁ、深井のお願いなら別に帰ってもいいけど……なんか消化不良っつーか……」


「いいから帰りなさい」


「わ、分かったよ……」


 アレだけエキサイトしていたのに深井嬢の言うことは素直に聞く男連中。

 正直ほっとした。

 同時に深井嬢の迫力とカリスマに戦慄した。


「別に私は悪くないから謝らないわよ」


「ふむ。道理だな。謝るべきなのは彼らであってキミではない」


「察してくれているならありがたいわ」


 プライドが高いのだろう。

 他者のことで謝罪をするなど彼女にとっては許せないことらしい。


「キミはどうする? 帰るか? 待っていてもセカンドイケメンは戻ってこないぞ」


「……妙なあだ名で彼を呼ぶのね。まぁ、いいわ。高橋君を出す気がないなら待っていても仕方ないしね。私も出ていくとするわ」


「そうか」


「でもその前に……気にならないの? さっき相田君達が言っていたこと」


「ふん。あんな虚言もう忘れたよ」


「ふーん、貴方は彼らが嘘を言っていると思ってるんだ」


「当たり前だ」


「でも、彼らが言っていた通り、高橋君に関する噂は有名なのよ?」


 ばかばかしい。セカンドイケメンが奴等の言うような非道な行いをするわけがない。

 するわけがない……と信じているのだが。

 しかし、俺がセカンドイケメンの過去を知らないことも真実だった。


「丁度いいわ。彼に関する面白い噂の数々、私からも教えてあげる」


「別にいい」


「あっそ。それなら聞いて貰わなくてもいいけれど。私は独り言のように勝手に話すから」


「…………」


 この人の狙いが読めない。

 深井嬢は何を企んでいるのだ?


「それじゃあ、私と付き合うきっかけになった出来事から話そうかしらね――」


 こうして深井嬢は本当に独り言のように淡々と語りだした。

 それは俺にとって……そして星野クンにとってもショックが大きすぎる過去話だった。







「語ったら疲れたわね。コーヒーを入れてくださらない? 好きなのよ、ここのコーヒー」


「……それは嬉しいお言葉ですね。すぐに入れてまいります」


「……あっ、わ、私が入れてきます!」


 駆け足でレジ裏に消えていく星野クン。

 彼女もセカンドイケメンの過去やら何やらを聞かされて動揺しているはずなのにいつも通りを装っている。

 強い娘だ。

 やがて、コーヒーを入れた星野クンが戻ってくる。


「お、お待たせいたしました」


「遅いわよ」


「す、すみませんっ」


「ふん。いいけど。これ飲んだら帰らせてもらうとするわ」


 優雅な姿勢のままコーヒーを啜る深井嬢。

 コーヒーを届けた星野クンは逃げるように俺の元へ駆け寄ってきた。

 そして慌てた表情で俺に話しかけてくる、


「い、池さんっ、池さんっ」


 袖を控えめに引きながら呼んでくる星野クン。

 どうしたのかと首を傾げると彼女は焦った表情で衝撃的な発言を繰り出してきた。


「キッチンに青士さんの姿が見えませんっ」







    【main view 青士有希子】



「ちっ、なんか知らねー内に追い出されちまったよ」


「玲於奈姫もどうして高橋なんかと会いにきたんだか」


「だよなぁ。いつまであんな野郎のことを引きずっているんだか。俺らなんて滅多に相手してもらえねーっつーのに」


「そうそう。俺らあの屑野郎よりも下ってことよ? ありえねーっしょ」


「――いやいや。お前らなんか下っしょ。最底辺がお似合いじゃね?」


「「あっ!?」」


 おーおー、思った通りの反応だわ。

 こういう血の気の多い連中、アタシはそんなに嫌いじゃない。

 嫌いじゃないけど、こいつらに至っては大嫌いだ。

 ふっ、自分で言ってて訳ワカンネ―な。


「誰だよ。アンタ」


「アタシ? ここの店員。コックさんだ」


「んだよ。店員がなんの用だよ? イケメン野郎の言う通り店から出て行ったんだから何の文句もねーだろ?」


「んー。だな。店的にはなんの文句もねーわ」


「だったら失せろよ! 女だからって調子乗ってっと痛い目に遇わすぞ!」


 なんだか一学期までの自分を見ているようだ。

 アタシ、こんなんだったなぁ。

 変わってしまったことが果たしてよかったのか、悪かったのか。


「やー、ちょっと個人的にアンタ等に用事があってな」


「あっ!?」


「ウザ――」


    ゴッ!


「うがぁ!」


 おお。綺麗に入ったな。左ストレート。

 相手の鼻を狙いつつ、ややアッパー気味に突き上げてダメージを加算させる。

 狙い通りに決まると気持ち良いな、やっぱ。


「なにしやが――!」


    ガンッ!


 二発目はやや当たり損ないになってしまう。

 肘鉄を相手の脇腹に決めてやるつもりだったが、狙いが外れて腹部に命中した。

 そこそこ痛いとは思うけど、急所に命中しねーと効果半減なんだよな。


「て、てめ……」


「んだよ……俺達が何したってんだ……」


 自覚なしか。

 まぁ、こいつらにとっては他人を侮辱することなんてこと息を吸うような感覚でやってるんだろうな。


「いやまぁ、ダチ――っつーか仕事仲間? があんなに好き勝手言われちゃあ、こちらも腹が立つっつーか? ぶっちゃけ言えばむしゃくしゃしてやった。それだけなんだけど」


 こいつ等と池達の争いはレジ裏からコッソリ覗わせてもらっていた。

 高橋の知り合いだかなんだか知らねーが、アイツが色々言われまくっていて無性に腹が立った。

 だけどアタシが出て行った所で喧嘩にしかならない。しかも星野か池に止められることは目に見えていたのでその場は自重していた。

 だから邪魔が入らないこの場でこいつらを殴ってやろうと決めた。


「はぁ!?」


「そ、そんな理由で客を……殴ったわけ? も、問題だぞ、これは」


「だなー。問題だな。でもまぁ、やっちまったもんは仕方ねーっつーか?」


「何開き直っ――ぶはぁっ!」


 三発目は綺麗に顔面に拳がヒットする。


「……星野はアンタ等のことを5発は殴りたかったはずだ」


「なっ!?」


「……池はアンタ等のことを10発は殴りたかっただろうな」


「な、なんだよ!? それがなんだって――!」


    ゲシッ! ゴッ!


 力いっぱい握りしめた拳は屑二人の腹に命中する。

 当たり処が悪かったのか内一人はその場に蹲っていた。


「――だからアタシがあいつ等の代わりに50発殴る。それはもう決定事項なんだよ!」

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