第112話 無意味なボケも久しぶりですね

    【main view 星野月羽】



『無機質高橋。僕は中学時代そんな風に呼ばれていました』


 一郎君の突然な参戦により流れは完全に変わっていました。


『無抵抗の僕も悪かったですが、その隙を付け込んで悪い噂を流した人が居ました』


 いえ、それ以前にあった青士さんの乱入がとても大きかったみたいです。

 加害者とされていた青士さんの猛省。

 それに加えてこの一郎君の独白。

 アレほど人に知られるのを恐れていた中学時代の出来事を一郎君は恐れずに語っている。


 中学時代に深井さんと付き合っていたこと。

 すぐに別れたこと。

 それがきっかけで学校中に敵を作ってしまったこと。

 それが災いし、様々な悪事が全て一郎君のせいにされたこと。

 そして――


『その全ての噂の真犯人が……今回被害者とされている相田君と鷲頭君です』


 私すらも知らなかった事実もサラッと語ってくれました。


『まー、その辺は別にどうでもいいですけど』


「いいのですかっ!?」


『……月羽のキレのあるツッコミを久しぶりに聞いた気がするよ』


「一郎君の無意味なボケも久しぶりですね」


 緊張感が一気に失せた気がします。

 最終決戦にまで独特な空気を紛れさせる辺りが一郎君らしいです。


「こらー! そこー! ナチュラルにイチャつかない!」


「『いちゃついてないよ!(ません!)』」


 小野口さんに指摘され、言葉が重なる私と一郎君。


『えーっとそれでですね、あの二人、自分達が過去にやったことを棚に上げて中学時代に僕へ向けられた噂のこと暴言混じりで喋っていたみたいなんですよ』


 まるで他人事のように語る一郎君。

 一郎君も被害者の一人なのに……もう……


『青士さんはそのことに腹を立てて……その……ついやっちゃっただけなんです。だから元を辿れば僕の為に怒ってくれたんです』


 ここで一郎君の長い発言が終わる。

 スピーカーから小さく『ふぅ』と呼吸が漏れる音がした。

 やり遂げたことで安心した吐息なのでしょう。

 凄いです一郎君。頑張りましたね。私なんかの発言とは説得力が大違いでした。


「そ、それが本当なら、温情を含めた処分の再検討が必要なのでは?」


「た、確かに。先に手を出したのは青士という生徒だが、事件の根源は被害者の二人の方にありそうですし……」


「いや、スピーカーの声の主が嘘を申している可能性だってあるでしょう」


「でも、今までの証言から照らし合わせると辻褄が合いますぞ」


「だが、暴力を奮ったのはそちらだけだ。あくまでも二人は被害者で……」


「でも無意味に暴力を奮ったわけではないことは信憑性が持てそうではないか」


 西校と南校の先生方の話し合いがヒートアップしていく。

 沙織先生も必死に弁護の言葉を放っていた。

 青士さんも双方の間でずっと頭を下げ続けていた。


 私は完全に蚊帳の外に居る。小野口さんも時折強い意見を放ちますが、全く意見を聞き入れてはもらえていなかった。

 これでは埒が明かない。このまま平行線を辿っては処分がどうなってしまうのかわかったものではなかった。

 私はこっそり田山先生のPCマイクに向かって問いかける。


「……一郎君。どうしましょう」


『いや、どうしましょうって言われても……どうしましょう?』


 一郎君も手詰まりのようです。

 それに……


「…………」


 さっきから深井さんが一切発言していないことが不気味でした。

 それどころかずっとこっちを見ています。それも睨むように。

 こっちを――というより、田山先生のPCに視線を向けています。

 PCを通して一郎君を見ているのでしょう。

 でもどうして急に静かに――


「「「――ン。――ケメン……」」」


 突如、外の方から複数人の掛け声みたいなものが聞こえてきた。


「何の声ですかな?」


「どこかの部活――ではなさそうですね」


 窓際に居た南校の先生が首を傾げながら窓を開ける。


「「「「イケメン、イーケメン、イーーケーーメーーンっ!」」」」


 窓を開けた瞬間、大音量の合唱が会議室全域に木霊した。

 この凄く聞き覚えのあるフレーズは――


「「「「「「イケメン、イーケメン、イーーケーーメーーンっ! イケメン、イーケメン、イーーケーーメーーンっ! イケメン、イーケメン、イーーケーーメーーンっ!」」」」」」


「な、何事ですかな!?」


 ほ、本当に何事でしょう?

 どうしてこのフレーズが聞こえてくるのでしょう?


「おい、キミ達! 今大事な会議中だ、静かに――」


「「「「「「イケメン、イーケメン、イーーケーーメーーンっ! イケメン、イーケメン、イーーケーーメーーンっ! イケメン、イーケメン、イーーケーーメーーンっ!」」」」」」


 先生の注意もかき消されるくらい、この大合唱の勢いは凄まじい。

 もしかしてこれが朝に池さんが言っていた『準備』でしょうか。


「ごきげんよう。皆様。西高のミスターイケメンこと池です」


「「「おわぁっ!!」」」


 突如、窓の外からスッと顔だけを覗かせてきたのは池さんでした。

 その唐突さと何故か身体中傷だらけの姿に驚いて、この場に居たほぼ全員が驚きを示していた。


「よう。メンタルイケメン。その様子を見るとキチンと務めを果たしているみたいだな」


「アタシの土下座を見て冷静に状況分析すんな」


「それにセカンドイケメンもちゃんと『居る』みたいだな」


『えっと……池君? 校門前での騒ぎは大丈夫だったの?』


「ああ。問題ない。ちゃんと殴られた後にそれぞれ一発だけやり返してきた。証人も大勢居るし、正当防衛は認めてもらえるだろう」


『は、はぁ……』


「それに……ミスター田山。ご協力ありがとうございました」


「……べ、別に私は何もしておらん。通話を繋いだだけだ」


 お手本のツンデレのような反応を返す田山先生。

 こんなテレ顔、馴染めてみました。


「またお前か池! これは何の騒ぎだ!?」


 教頭先生が池君を叱りつける。

 『また』ということ言葉が出てくる辺り、池さんの常習性が覗えました。


「そ、それよりも池君! 怪我しているじゃないの! どうしたの!?」


「ああ。相田氏と鷲頭氏に計15発殴られたからな。軽傷だ」


「どうみても重傷じゃない!」


「それに相田君達が実行犯というのはどういう……!?」


「うむ。それを説明しに来たのだ。事の発端は放課後、俺は一人で今日の会議の準備をしていたのだが、突然背後から――」


「ストップストーップ! 説明よりも手当が先でしょ! 池君。保健室へ――」


「心遣い感謝する沙織さん。しかし、手当てよりも説明が先だ。会議を中断することは一番望ましくない結果だ」


「でも……」


「この証明が終われば会議も無事終焉する。だから……この場は残らせてくれ」


 頬から血を流しながら真剣な眼差しで沙織先生に訴える池さん。

 その視線の力に圧され、沙織先生は大きくため息を吐いた。


「せめてこれで血を拭きなさい。それと説明は簡潔にね」


「うむ。感謝する」


 沙織先生からハンカチを受け取ると、池さんはやや早口でこれまでの経緯を説明した。

 そのお陰で事態は一転攻勢したのでした。







「様々な証言を照らし合わせた結果、本人の反省も見られることもあり、青士有希子を停学6日間とします。賛成の方は起立を」


    ガタタっ


 西校メンバーは全員起立。

 南校の職員達も過半数が起立していた。

 深井さんは不貞腐れたように肩肘ついて座ったままでした。


「賛成過半数ということで、処分はこれにて決定いたしました。本日はご足労頂き誠にありがとうございました」


 教頭先生の閉幕の声と共に挨拶が飛び交った。


「ふぅ……」


 これでようやく一息つきました。


「青士さんよかったですね」


「……ああ」


 青士さんも安心したようで床にお尻を付いたまま天井に向けて大きく息を吐いていた。

 停学はある程度仕方ないですが、退学という最悪な事態を逃れることができて本当に良かった。


「南校の先生方。また近いうちに職員会議の場で会うことになりそうですな。今度は私達がそちらの学校へ出向きます」


「くっ……」


 元凶の一端でもある相田さんと鷲頭さんに関しての処分は今回見送ることにされていた。

 教頭先生が言う『また近いうちに会うと』いうのは二人の処分についてでしょう。

 ちなみに喧嘩の現行犯であるお二人は池さんと共に現在保健室で治療を受けています。


 南校の先生方を見送るウチの先生と私達。

 深井さんも無言のまま最後尾で会議室から出ていこうとする。


『あー、そうだ。玲於奈さん。まだいる?』


 不意にPCのスピーカーから一郎君の声が聞こえてきた。

 場に残っている全員がそちらに視線を移す。


「何よ?」


『話がしたいんだ。この後、時間あるかな?』


「ないわ」


『んじゃ、出入口前で待ってるから』


「ないって言ってるのに……」


 はぁ、と大きくため息を吐く深井さん。

 一郎君、まだ何か深井さんと話があるのでしょうか?

 ……気になります。とても気になります。とてもとても気になります。


「(月ちゃん、月ちゃん。これは盗み聞きするしかないね)」


「(……もちろんです)」


「(……あ……あれ? 止められると思ったのに案外乗り気……)」


「(深井さんの後を付けますよ小野口さん)」


「(お、おー……)」


 頬汗垂らしながら腕を天に上げて、控えめに私の後ろを着いてくる小野口さん。


「おめーら。暇だな」


「ほどほどにしておきなさいよね」


 青士さんと沙織先生に見送られ、深井さんをストーキングするミッションがスタートした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る