第2話 どうしてRPGをやらないんですかぁ!?

『高橋 一郎様へ


 

 突然のお手紙。申し訳ありません。

 まず先に書いておきますが、これは悪戯でも罰ゲームでもありません。


 以前からあなたの噂を伺っていました。

 私も高橋くんと同じく学校ではいつも一人です。

 でもそれって物凄く勿体無いことだと思うのです。

 ですので私と経験値を稼ぎませんか?

 今日の放課後、屋上で待っています。


 それでは良い返答をお待ちしています。


                      星野月羽』







「きょ、今日呼び出した理由は……そ、その……えと……手紙に書いた通りです!」


「いや、これよく分からなかったですが」


「ぇええ!?」


 星野さんは本気で驚愕していた。

 いや、この内容じゃわからないでしょう。唯一わかったのは彼女にも友達がいないことくらいだ。

 それと『悪戯でも罰ゲームでもありません』って僕の思考読まれ過ぎ!

 まぁ、でもこの一文が無かったら僕もこの場に現れなかったと思うけど。


「え、ええとですね……その……私! 友達がいないんです!」


「は、はい」


 星野さんの迫力に押され、思わず頬汗掻いてしまう僕。


「高橋くんもいませんよね!?」


 なんだろう、喧嘩を売られているのかなぁ?


「ま、まぁ、いないです」


「良かったぁ」


 僕が無難に返答すると、なぜかホッとした表情をされてしまった。

 うーん。やっぱり喧嘩を売られているのか?


「あ、いや……良かったです」


 いや、敬語付け忘れていたとかどうでもいいから。気にしないから。


「あっ、名乗り忘れていましたね。2年B組の星野月羽ほしのつきはです」


 あっ、読み方『つきは』で合っていたんだ。そして本名だったのね。

 それにしても同じ二年生だったのか。クラスは違うけど。


「えと、ご丁寧にどうもです。僕は2年A組の高橋一郎たかはしいちろうです」


「し、知ってます!!」


 ですよねっ!

 そちらが呼び出したのだから当然でしたよね。

 なんで自己紹介返したんだろう僕は。なんだかんだで僕もテンパっているってことか。


「経験値……一緒に稼ぎませんかぁ?」


 これだ。

 手紙の内容もそうだけど、一番訳が分からなかったのはこの言葉だった。

 半涙目でこんなこと言われるものだから思わずオッケーしそうになったけど、僕は変な勧誘には引っかかるまいと常日頃から心がけているのだ。


「その、経験値ってなんの経験値なんですか?」


「えええ!? そこ説明必要ぉぉ?」


 必要に決まっているでしょうが!

 むしろ必要ないと思ってた星野さんすげえ。


「あっ、いえ、説明必要ですか?」


 だから敬語の有無は気にしないって。

 いちいち訂正するのが可愛いと思ってしまったけれど。


「んと、高橋君、ゲームとかやりますか?」


「ゲーム……うん。やるかな?」


 『どちらかというとやる方です』みたいな返答したけど、ごめんなさい、ゲーム大好物です。

 むしろ家ではゲームしかしていません。

 ゲーマー乙ってくらいゲーム大好きです。

 でもさ、女子の前でゲーム好きを断言するのって、ほら、なんか抵抗あるじゃん? えっ? 僕だけかな?


「どんなゲームやりますか?」


 うお。この質問は困る。

 無難な回答が見つからないだけに困る。


「んと、シューティングとか……クイズゲームとか?」


 これが無難なのかわからないが、恐らく当たり触りがない回答だと思う。

 正直言うとこの二ジャンルは苦手な部類なのだが、全然やらないというわけでもないので嘘じゃない。


「どうしてRPGをやらないんですかぁ!?」


「変なキレ方された!」


 実はRPGが一番大好きなのだが、これを言うと子供っぽいかなと思い、あえて回答を避けていたのだ。

 ――いや、待て。みんなの言いたいことはわかる。RPGが子供っぽいと思うのは確実に僕の偏見だ。勝手な決めつけだ。だから全国のRPG好きのみんなには謝るから許してほしい。


「まぁ、RPGもするよ?」


 はい。大好きです。ぼっちの親友はRPGなんです。


「RPGって敵を倒すと経験値入りますよね?」


「入りますね」


「それをリアルでやるんです!」


「…………」


「黙らないでくださいよぉぉぉ!」


 いや、黙るでしょう、これは。

 一つ分かった。この星野さんという女子生徒は話が飛躍しがちなんだ。要点を省いちゃう子なんだ。


「つまり、リアル世界で敵を倒して回ろうっていうお誘い?」


 それは経験値が溜まりそうだ。一回の戦闘でかなりレベルアップしそうだ。


「そんなわけないじゃないですか! 敵って誰ですか!?」


 知らんがな。そっちが言ったんだがな。


「そうじゃなくて、私が――私たちが友達いないのって行動力の無さが原因じゃないですか」


 さりげなく『私たち』と言い直したのが、絶妙に可愛かった。


「その行動力が持てなかったのって、私たちの経験値不足が原因だと思うのですよ!」


 あっ、なるほど。見えてきた。

 彼女が言いたいことが何となくわかった。

 つまりこういうことか。


「つまり、友達ができる人っていうのは経験値が多くレベルが高い人。だから僕たちも経験値をためてリア充……とまで行かなくても人並みのレベルにまでなっちゃおうという計画だね?」


「いきなり理解しすぎです! でもその通りです!」


 興奮気味にツッコんでくる星野さん。

 どうやら最初の緊張は解れてきているみたいだ。あっ、僕もか。

 いつの間にか僕、敬語無くなっているや。初めて話す人に敬語無しとか人生初の経験な気がする。

 あっ、もしかしてこれが『経験値』か?


 例えば昨日の僕と今の僕、比べると明らかに違う。

 具体的に言うと、今の僕は星野さんと会話することによって『対話力』が上がっている。あっ、『行動力』もか。

 この場合、『星野さんと会話すること』によって得られた体験が経験値に当たるのだろう。


「ていうか、どうして経験値って言い方なの?」


「えっ? だって他に言いようがないじゃないですか?」


 そうかな?

 言われてみればそうである気はする。


「その、恥ずかしながら私は一人だと何もできないと思うんです。一緒に経験値稼ぎをしてくれる人が居てくれないと。私、内向的ですし……」


「なるほど。でもどうしてパートナーに僕? いや、友達がいないっていう共通点があるからってのは何となく分かるけど、でも普通同性の人に頼まない?」


「うぅぅ、できることならそうしたかったですよぉ~。でも、女の子って友達作るの早すぎなんですもん! どうしてあんなにグループ作るのが早いんですか!? 入学二日目にしてぼっちだったの私だけなんですよ!?」


 あー、なるほど。気が付いたらぼっちが自分しかいなかったパターンなんだね。僕と一緒だ。

 女子のグループ作りの速さは異常レベルだ。そしてグループの解散率も異常レベルだ。女子というのは気が付くとつるむ相手が変わっている。そんな生き物。僕には未知の生き物。

 もちろん全ての女子がそうではないが。目の前にその実例がいるし。


「クラスの男子は? いるでしょ? 僕みたいなの。一人は」


「いいえ! 高橋君クラスのぼっち力を持った男子は二組にはいませんでした」


 なんだぼっち力って。

 僕、そんな妙な力が高いのか。全然嬉しくない。


「『ぼっち』という括りの中にも大小があると思うんですよ。ほら、いるじゃないですか。いつもは一人でいるけれど、なんだかんだ言ってグループに属している人って。そういう人はぼっち力低いと見ています」


「まぁ、その通りだね」


「でも私聞いたんです! 机に突っ伏して寝たふりしている時聞いたんです!」


 この子、いちいち行動が僕に似すぎだな。さっきは思考も読まれていたし。


「一組に――とんでもなくぼっちな人がいると!」


「…………」


「あっ、いえ、一組にとんでもなくぼっちな人がいると聞いたんです」


「さっきから内心思っていたけど、別に敬語じゃなくても気にしないからね?」


「えっ……あっ……うん……ハイ……」


 それにしても僕は噂になるくらいぼっちなのか。なんかヘコむ。

 きっと『あの人、いつも一人でいるんだよー』とか『友達いないんだね、可哀想』とか言われているんだろうな。

 くそー。放っておいてほしいのに。触れられるのが一番嫌なのに。むしろ僕のことなんて気に掛けないでほしいのに。


「できれば私と立場が近い人がいいと思ったんです。レベルが同じくらいの人となら励まし合いながら成長できると思ったんです」


 なるほど。たしかにそうだ。

 すでにレベルが高い人と協力しても切磋琢磨できない。むしろ自分の出来の悪さに落ち込みそうだ。

 『レベルが高い人と一緒に居れば成長できる』といえる人はすでに経験値が高い人だ。

 僕みたいな底辺ぼっちは繊細なのだ。悪く言えば精神面が弱すぎなのだ。


「だから、私と一緒に経験値稼ぎをしてくだしゃい!」


 ここで最初のお願いに戻る。噛んでいたが。

 さて、概要が理解できたところで、後の問題は僕がどうするかだ。


 正直いえばこの提案はとても興味ある。

 ていうかすごく魅力的なのだ。

 僕だって高校デビューをしようとした男だ。変われるチャンスがあるならそれに乗っかりたい。


 だけど不安はある。

 この経験値稼ぎ、具体性が全く見えないのだ。故に何をするのかが全然わからない。

 下手すると大火傷する可能性もある。

 経験値稼ぎというのは時に死も付き物なのだ。


 それにこの星野月羽さん自体がどうも掴み切れない。

 実はいうと手紙をもらった段階では本気で悪戯だと思っていた。

 更にいうと現段階でも悪戯の延長線上じゃないかという懸念がある。


 でもその懸念は話を聞いている内に薄くなっていた。

 だってこの人は真のぼっちの気持ちをしっかり理解しているからだ。

 こんなにも自分と近い立場の人間がいることに嬉しさを憶えたことも事実だ。

 それに――


「あの……ダメ……でしょうか?」


 それに、こんなにも懸命にお願いしてくれているのに断るなんて外道のすることだと思った。

 だから――


「うん。いいよ。やろう――やってみようか! 経験値稼ぎ!」


 仮に悪戯の延長線上でも構うもんか。

 その時はその時だ。

 家に帰って大泣きすればいいだけの話だ。憂鬱だった学校生活が更に憂鬱になるだけだ。大した問題じゃない。


「あ、ありが……ありがとうございます!!」


 それは彼女の今日一番の大声だった。

 そして彼女が初めて見せた笑顔だった。

 断っていたらこの笑顔も見られなかったんだろうな。

 なんかもう、これだけで引き受けてよかったと素直に思えた。


 この日から僕と星野さんの経験値稼ぎというレベル上げが始まる。

 先行き不安だけど関係ない。やるからには変わりたい。

 頑張ろう! 超がんばろう!

 これが第二の高校デビューだ!

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