最終話 やりましょう! 経験値稼ぎっ!
【main view 星野月羽】
会議中はあんなに余裕に溢れた表情をしていたのに、今や彼女の顔には余裕なんて文字は一切浮かんでいない。
未知の存在を見るような顔で一郎君を真っ直ぐに見つめていた。
「別に仕返ししたいなんて一切思っていない。だけど一つだけ許せないことがある」
「ホラ、恨んでいるじゃないの。当然よね」
「うん。恨んでる。僕を絶望させる手段として青士さんを退学に追い込もうとしたこと。それだけは絶対に許せない」
強い口調で自分の気持ちをキッパリと伝える一郎君。
「(高橋……)」
突然自分の名前を呼ばれて驚いたのか、青士さんが隣で目を見開いていた。
「……そう……ね……やり過ぎたとは思っているわ」
「そっか。玲於奈さんがキチンと反省しているならそれもいいんだ」
「(いや、よくねーよ!)」
鋭いツッコミが青士さんの口から放たれる。
「私を……許すというの?」
「んー、許す……代わりに、今度は僕から一つ条件を出そうと思うんだ」
「……なるほど。それが貴方なりの私に対する仕返しってわけね。良いわ。なんでもいいなさい。どんな条件でも甘んじて受けようじゃないの」
覚悟は出来ている。
そんな雰囲気が深井さんから感じられた。
「僕が出す条件。それは――」
「「「…………」」」
この場にいる全員が緊張に包まれる。
一郎君がどんな条件を出すのか、私にも検討がつかなかった。
そして一郎君の口からこんな言葉が吐き出される。
「もう二度と僕達には関わろうとしないでください」
「……了解よ」
それは完璧なる絶縁宣言。
深井さんはそれにアッサリ了承してくれた。
これで、深井さんに振り回されることは二度となくなった。
「…………」
「…………」
一郎君と深井さんは見つめ合ったまま動かない。
互いに次の言葉を待っている感じでした。
「……早く第二の条件を言いなさいよ」
「ぅえ!? い、いや、僕から出す条件はその一つだけだけど」
「はぁ!? それだけだっていうの!?」
「う、うん。それだけなんだけど……」
「私は貴方に五つも醜い条件を出したのよ!? 最低でも後四つは条件出しなさい!」
「だからどうして僕は怒られながら命令されてるの!?」
「だって……それじゃあまりにも不平等じゃないの。貴方達だけ苦しい思いをして、私だけはヌルい処分を受けろっていうの?」
「その通り。僕的にはそれだけで十分なんだ。もう僕に――僕達に関わらないでくれ。それだけ叶えばもうどうでもいいんだ」
「……私、貴方のこと誤解していたみたいね」
「ちなみにどんな風に?」
「頭悪いって思っていたのが、超頭悪い人って言う風に認識を変えたわ」
「嫌な方に増長してる!?」
深井さんはスタっと撥ねるようにベンチから立ち上がり、屋上の出口の方に顔を向けた。
そのまま真っ直ぐ歩みを勧めながら、一郎君との会話を惜しむように言葉を掛けていた。
「じゃあせめてその条件だけは何が何でも守らせてもらうわ。この屋上から出た瞬間、私と貴方は他人同士。街でばったり出会っても声を掛ける理由もない。それでいいわね?」
「うん。ありがとう玲於奈さん」
「……お礼を言われるようなことは何一つやっていないのだけどね」
「それでも……ありがとう。仕事、頑張ってね。応援しているよ」
「……ふん。せいぜい彼女と仲良くね」
その言葉を最後に深井さんは屋上から出て行こうとする。
って、出口には私達がまだ!
二人の会話に夢中になっていてつい逃げそびれてしまいました。
ガラガラ
「「「あっ……」」」
当然ながらバッチリ目が合ってしまう。
「…………」
しかし、深井さんは何も言わずに階段を下りていく。
『屋上から出た瞬間他人同士』。一郎君が出した条件を律儀に守ってくれている証拠でした。
だけど――
「深井さん。一つ教えてください」
だけど私は彼女にどうしても聞きたいことがありました。
「なに? 不自然なほど髪の長い女子Aさん」
妙な呼称をされてしまいました。
「貴方は……今の一郎君と昔の一郎君、どちらが好みですか?」
「月ちゃん!? 何聞いてるの!?」
小野口さんが隣で驚愕していますが、私は決してふざけて聞いているわけではない。
一郎君の現彼女として元彼女の気持ちを知っておきかった。
「どちらの高橋君も好きじゃないわ」
その答えを聞いてホッとしている私。
でもそれだけでは足りない。
「どちらかと言えばどちらが好きでしたか?」
「やけに拘るわね」
怪訝そうにしながら、言葉を返してくる深井さん。
「どちらかと言うと昔の彼の方が好きだったわ」
その答えを聞いて今度は心の底からホッとする。
良かった。深井さんへ最後にこの質問を掛けておいて。
「成長してしまった今の彼には何の魅力も感じないわ。一人では何もできずウジウジしていた頃の彼の方が何倍も使い勝手が良かったわね」
「つまり経験値610の一郎君より経験値0の一郎君の方が好きだったというわけですね」
「経験値? 610? 何を言っているのかよく分からないけど、そういうことね。あの人に貴方の言う『経験値』はいらなかったのよ」
私と違う思考。
でも私と同じ思考もあった。
「私も経験値0の一郎君大好きでした」
「あら。意見があったわね」
「私も経験値0でしたので、同士が居るんだって思えただけで安心しました」
「……前言撤回するわ。貴方、相当変な思考してるわね」
呆れたような目でこちらを見てくる深井さん。
小野口さん達は話に着いていけないらしく、終始不思議そうな表情を浮かべて続けていた。
「でも一郎君はあの通り、とても強い人です。だからこそ疑問だったのです。本当はあんなに強いのにどうして私と同じだったのかを」
「それで? 貴方は結局何が言いたいの?」
「一郎君が高校二年の春まで経験値がゼロだったのは、貴方の存在がストッパーになっていたのではないかと思ったのです」
一郎君はやるときはやる人です。それはこの半年間十分に思い知ることができました。
同時に疑問でした。本当は凄い人なのにどうしてこの人は私と同じだったのか。
どうして私と出会うまで経験値0だったのかを。
「いつも貴方に対する想いや過去の恐怖があったから、一郎君は強くなかったのではないでしょうか?」
「例えそうだとしたら何だと言うの? 高橋君の代わりに貴方が私に復讐でもするつもり?」
「……いえ、感謝したいのです」
私が妙な言い回しをしたせいで深井さんが勘違いをしてしまったみたいです。
「感謝?」
「一郎君を怖がらせたことは許せませんが、経験値0の一郎君と出会わせてくれて……ありがとうございました!」
かなり深い角度で頭を下げる。
だけど私の突然のお礼にも深井さんは動揺する様子はなく……
「たぶん、私の存在うんぬん関係なくあの人はあんな感じだったと思うわよ」
「えっ?」
「つまり、貴方も買いかぶっているということよ。彼のこと、それに私のこともね」
言葉を放ちながらスタスタと階段を下っていく深井さん。
踊り場まで降りた時点でクルッと顔だけこちらに向けてこんなことを言い残した。
「せいぜいあの人と仲良くね。彼女さん」
「はい! 言われなくても!」
深井さんは一郎君にも掛けていた言葉を私にも投げてくれた。
そしてすぐに深井さんの姿は見えなくなってしまう。
深井さんは最後まで凛としていて、自分の生きざまを貫く人でした。
私も経験値が4ケタくらいあれば、あんな風に夢に向けて一直線になれるのでしょうか。
人に迷惑をかけてまで貫くつもりはないですが、深井さんから学ぶところも色々あったと思えます。
今回の経験は本当に貴重でした。
「アタシも帰るか。停学の準備しなくちゃな」
「停学の準備って何さ!?」
「俺も帰るとしよう」
青士さんに続き、池さんまでも屋上入口とは反対側を向く。
「二人とも一郎君に会っていかないのですか?」
「ああ。俺は校門で再会を果たしたからな。また今度ゆっくりイケメン談義でもするさ」
「右に同じく」
「そうですか……」
つまり二人は一郎君と深井さんの会話を盗み聞きに来ただけと。
たぶん、私と同じで深井さんと一緒だった一郎君が心配だったのでしょう。
「んじゃ、月ちゃん、一緒に高橋君に会いにいこー!」
小野口さんに引っ張られ、屋上へ駆けだす。
しかし、扉の目の前で青士さんに止められた。
「まてや小野口。空気読め。お前も帰るんだよ」
「えー!?」
「小野口クン。俺達と帰ろうか。そして空気を読もうか」
「なんか空気読めないキャラみたいにされている!?」
「んじゃ、星野。また今度な。『コレ』はアタシらが持っていくから」
「じゃあな星野クン。ゆっくりセカンドイケメンと話していくといい」
「は、はぁ……」
なんか気を使われたみたいです。
青士さん、池さんの二人は小野口さんの両手を引っ張っていくように階段を下って行った。
「うわーん! 私も高橋君とお話ししたかったのにぃぃぃっ」
信じられないことですが、真ん中で引きずられている人がグループの中で一番の秀才なんですよね。
池さんや青士さんが大人っぽすぎるせいで、小野口さんが妙に子供っぽく見えてしまいます。
「――皆帰っちゃったね」
「そうですね。久しぶりに全員でお話ししたか――って、一郎君っ!?」
知らない間に一郎君が背後におり、その姿を確認した瞬間、髪の毛が逆立つ勢いで驚いた。
「うわっ、めっちゃ驚かれた!?」
「そりゃ驚きますよ! どうしてここに居るのですか!?」
「いや、どう考えてもこちらの台詞だよね。僕は普通に屋上での用事が終わったから戻ろうとしただけなんだけど」
あっ、考えてみればそうですよね。
深井さんと別れた以上、一郎君が屋上に留まる理由はない。
だからいつまでも屋上入口で屯していれば鉢合わせするのは当然なわけで。
「もしかして僕と玲於奈さんの会話聞いてたの?」
「うっ……そ、その……すみません……」
罪悪感に押し寄せられ立ち聞きしていたことを素直に謝った。
「んー、まぁいいんだけども……そうだ月羽」
「はい? なんですか?」
「せっかくここに来たんだから、久しぶりにさ――」
「あっ――」
一郎君が言葉を言い終えるよりも先に次の言葉を悟る。
それは私自身ずっと望んでいたことだから。
「やりましょう! 経験値稼ぎっ!」
弾けるようなステップで、私は一郎君の手を引きながら、屋上の扉を潜った。
一郎君と二人で来る屋上は本当に久しぶりで……
少し肌寒い秋の風もとても心地良く感じることができました。
きっとこんな風に私達は経験値稼ぎを続けていくのだと思う。
高校を卒業しても……どんな苦難が待ち受けていようと……こればかりは止められない。
世間からすればバカみたいなことをしている二人に映るのかもしれない。
でもそれで良かった。
大好きな人と同じ時間を生きて、同じ経験をして、同じ分だけ成長していく。
それは私にとって夢のような時間。
失敗しても笑いあえる。
成功すれば経験値として数値が積み重なる。
二人向き合って、手と手をぶつけ合うようにタッチをするのです。
そして今日も放課後の屋上で、バチンっと大きなハイタッチ音が響き渡るのでした。
―――――――――――――――
当作品をここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
Experience Pointの本編はこれで区切りとなります。
この先と致しまして番外編を数話分投稿致します。
番外編……といっても普通に最終話の続きのお話ではありますので
どうかこれからももう少しだけお付き合い頂けると幸いです。
もし当作品を気に入っていただけましたら、☆評価を頂けると光栄です。
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