Bonus Point +1 いい加減女の子に慣れようよー

    【main view 小野口希】



「むむぅぅ~?」


 学年掲示板の前で首を傾けながら、じーっと一枚の紙を見つめる。


「むむむむぅ~?」


 じーっと見つめる。


「むむむむむむぅ~?」


「お、小野口さん身体が40度くらい傾いていますが……」


「むぅ」


 身体まで傾けていたみたいだ。

 月ちゃんに指摘され、姿勢を戻す。


「どうしたのですか?」


「いや~、ほら、これさ」


 ピッと目の前の紙を指さした。

 隣に居た月ちゃんも視線をそちらに移す。


「この間の期末テストの順位表ですね」


「そう……そうなんだよ!」


 この学校は時代錯誤なことに試験の順位を貼り出すのだ。

 といっても全校生徒の順位をトップからビリまで張り出すのではなく、トップ20だけがこのように晒される。


「うぅ、当然ながら私も一郎君も選外ですね。あっ、池さんの名前があります!」


 第20位。池=MEN=優琉。

 ギリギリではあるけれど、我らがイケメンの名前もそこに記されていた。

 しかし、まぁ、この人はテストにまでミドルネームを通したのかね?

 もはや誰も『MEN』の中間ネームにツッコまなくなっていた。

 って、そんなことは問題じゃなくて――


「私ね、最近のテストはいつも全力を尽くして取り組んでいるんだ。今回もテスト勉強いっぱいした」


「い、今までは全力じゃなかったみたいな言い方ですね」


「いやいや。まー、今までもそこそこに頑張っていたよ。あんまりやる気はなかったけどさ」


「は、はぁ……なんか別次元の経験値を感じます」


「だから! 今回こそは! と思ってこれを見ているわけだよ!」


「えっ? ひょっとして小野口さんがランキング選外なのですか!?」


「んーん。普通に名前乗ってるよ?」


 そう。私の名前もここに晒されている。

 つまり20位以内には入っている。

 前回も前々回もここに私の名前は晒されていた。

 だけど――


「わぁ、すごい! 小野口さん二位じゃないですか!」


「そう! 二位なんだよ!!」


「なんで怒っているのですか!?」


「この前も更にその前も二位だったんだよー!」


「なんで頭を撫でまわすんですか!」


 月ちゃんの髪サラサラだなぁ。長くてサラサラでいい匂いして羨ましすぎる。

 学園アイドルになれる器だと思うのに、高橋君と池君以外この子の魅力に気づいていないのが勿体無い。

 って、そのことは今はどうでもいい。


 前回、二学期中間テスト、総得点470点(500点満点)、二位。

 今回、二学期期末試験、総得点868点(900点満点)、二位。

 各教科の点数は全体的に上げている。それでも順位は上がらない。


「小野口さん。順位とかに拘る人だったのですか? 意外です」


「いやいや、二位なんて私なんかには十分すぎるくらい光栄だよ」


「……? ならどうして唸っていたのですか?」


 順位自体は全く問題ない。むしろ出来すぎなくらいだと思っている。

 一学期の時は確かギリギリランクインしていたくらいだったし。

 問題は別の所に存在するのだ。


「いよぅ。マイハニー小野口。今回も俺様の勝ちのようだな!」


「で、出たぁぁぁぁぁっ!」


 長い黒髪をフッサァーと掻き揚げながら登場したこの人物。

 私のことを『マイハニー』とかぬかす気持ち悪すぎる男。

 そして学年順位が二位であることで私の頭を悩ませる諸悪の根源でもあった。


「ど、どなたですか?」


「マイハニーのフレンドかね? 自己紹介をしよう。俺様は学年一位・・の秀才にして小野口希の婚約者、その名もシュガー=ライトだ」


「婚約者!? しゅ、シュガー?」


「シュガー=ライト。本名さ」


「サラッと嘘つくな! 佐藤光!」


「和名に興味はない」


 佐藤光さとうひかる。またの名もシュガー=ライト。二年E組所属。

 物凄くバカっぽい二つ名だけど、こう見えて本当は頭の良い人だから困っている。

 長身で顔も整っている。それだけならば池君とキャラ丸被りだけど、はっきり違うのはその人気の無さ。

 嫌われ者のお手本みたいな性格に誰も着いていけず、池君と違って女子が寄りついてくることは一切無かった。

 ちなみに私と同じ図書委員である。


「それよりもマイハニー。今回の試験で俺様の順位が上だったら結婚してくれる、という約束だったよな」


「捏造甚だしいよ!」


「いい加減俺様の愛を受け入れて欲しいものだな」


「一生受け入れる気はないよ!」


 この調子なのだ。

 中間テストの時にうっかり学年順位が二位に上がったことで、すぐ上の順位であるこの男に絡まれるようになってしまった。

 更に同じ図書委員ということもあって、接近せざるを得ない状況に置かれていた。


 最初は『良きライバル』と呼ばれていた。

 次に『最大のライバル』と呼ばれていた。

 その次は『心の拠り所』と呼ばれていた。

 その後は『魂のオアシス』と呼ばれていた。

 その次の次の次の次の次くらいに『前世からの婚約者』にまで出世した。

 いい加減にして。お願いだから。


「仕方ない。放課後の委員会議で再度プロポーズするよ」


「お願いだから会議の場でハジけるのだけは止めて!」


「アデュー! 『約束されたウエディング』よ!」


 またも異名を更新され、勝手にスタスタと立ち去ってしまう。

 通行人が勝手に道を開けるほど、存在感溢れまくりのキャラだった。


「やれやれ。シュガー=ライトは相変わらず小野口クンにお熱のようだな」


「あっ、池さん」


 池君もこの場に合流する。

 このイケメンも『アレ』の後だとキャラが薄れて見える。


「キミのクラスメートでしょうが! 『アレ』、何とかしてよ!」


「ふむ。彼のポテンシャルは俺なんか軽く超えているからな。俺ですらあのキャラクターについていくのがやっとだ」


「初期のキミも似たような感じだったよ!」


「ふむ。イケメンは常に進化する」


 長い髪をファサァーと掻き揚げる池君。


「キミら絶対息が合うと思う!」


「E組の方は本当に個性あふれる人が揃っていますね」


「もはや魔境だよ」


 池君一人だけでも十分濃いのに、球技大会の時の中二病四天王に加えて、挙句の果てにあの佐藤君だ。

 もしE組に所属していたら私も今頃あんな風に染まっていたのかなぁ? なんて恐ろしい。


「池さん。期末試験20位おめでとうございます」


「あっ、おめでとうー! 初ランクインだね」


「……できれば俺もキミと肩を並べる位置に名を載せたかったよ」


 あっ、ちょっと落ち込んじゃった。

 何気に繊細な心を持つイケメンでした。


 しかしなぁ……

 いい加減、佐藤君より上に名前を載せないと本当にプロポーズされかねないぞ。


「ほんっと。困ったなぁ」


 再度目の前の紙を覗き見る。



 1位:佐藤光 869点

 2位:小野口希 868点

 3位:長谷川佐助 844点

 4位:児玉絹 842点

 5位:ジョン=妖精王=フレサンジュ 839点


   :

   :

   

 20位:池=MEN=優琉 820点



 この1点が遠いんだよなぁ。







 放課後。

 これから図書準備室で委員会議が行われる。

 議題は主に冬季の図書当番について。

 佐藤君、本当にプロポーズしてこないだろうなぁ? 何か不安しかないんですけど。


「おっ、あの後ろ姿は!」


 図書室のドアの前で見知った委員を発見する。

 私と同じ二年生。クラスは隣のC組だったかな。


「やっ、長谷川君」


    ポンっ


 挨拶がてら、彼の肩に手を置いてみた。


「ぬおっひょぉ!?」


    バッ! ズササササーッ!


 まさに奇声と言うべき言葉を口に出すと、彼は素晴らしい反応速度で前へ飛び、その勢いのままお腹からスライディングをした。


「あちゃー」


 そういえばそうだった。

 彼には二つの特徴がある。

 その内の一つに極端な女性不慣れというのがあった。


「お、小野口か。ビックリした」


「いや、こっちがビックリしたよ。いい加減女の子に慣れようよー」


「ど、努力はしている。その努力の結果の甲斐もあり、今回はヘッドスライディング程度で済んだ」


 努力前はどんだけビッグリアクションだったんだろう。


「同じ委員で一年半近く一緒に居るんだから、私くらいには慣れて貰いたいぞ」


    ポンッ


 試しにもう一度彼の肩に触れてみる。


    ゴンっ! ズサァァァァァァァァ!


「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 頭から地面に堕ち、その場に蹲る長谷川君。


「わ、わわわぁっ! ご、ごめん長谷川君! やり過ぎた!」


 悪気はなかったのだけど、こんなに痛そうな反応されるとさすがに申し訳なくなる。

 痛そうにしている後頭部に手を添えて軽く撫でてあげた。


    ザザザザザザザザザザザザザッ!!


 凄い勢いで座ったまま後方に転がり回った。


「わ、わざとやってるだろ! 小野口ぃ!」


「失礼な。半分くらいは本気で心配してあげてるのに」


「半分はからかってるんだな!? そうなんだな!?」


 いやー、相変わらずこの人は反応が面白い。

 いつも新鮮な反応で楽しませてくれる。

 まぁ、本人からしたら迷惑極まりないのかもしれないけど。

 でもつい弄っちゃうんだよなー。その辺は高橋君と接している時と通じるものがある。


「しかし、会議憂鬱だよねー」


「さらっと話題変えたな……まぁ、いいけども」


 長谷川佐助君。

 男子の中では背丈はそれほど高くない。たぶん青士さんと同じくらいかな?

 銀縁の眼鏡を掛け、知的ながら近寄りがたいイメージが先入しがちだけど、私は面白くて話しやすい人だってことを知っている。


 しかしあからさまに女性に不慣れなのは玉に瑕だ。

 同性相手だと普通に話すのに、相手が女性となると先生にすら先ほどのような様子になる。

 そして彼にはもう一つ、特徴があった。


「でも確かに憂鬱だな。憂鬱。疲れた。帰りたい」


「卑屈三原則を愚痴る割にはしっかりと会議には参加するんだよね、長谷川君は」


「……会議では半寝しているけど」


 究極的に面倒くさがり屋さんなのである。

 これがヤレヤレ系性格というやつかなぁ?

 でも、半分寝てる、とは言っているけど、この人は毎回しっかりと会議の内容を把握している。

 面倒くさがりなのも口だけであって、本当はとてもしっかり屋さんだと思う。


    ぐ~~。


 長谷川君のお腹が盛大になる。


「あっ、食うの面倒で昼抜いてたんだった」


「…………」


 食欲よりも面倒くさがり欲が勝っていたみたいだ。

 面倒くさがりなのは本当なのかもしれない。


「よし。会議中に食おう」


「挑戦者だなぁ、キミは」


「ふっ。大丈夫。策はあるんだ。準備室の窓際奥の席って常に暗幕が掛かっているだろ? まずはその席を全力でキープするんだ。そして小野口は俺の隣に着いてくれ。暗幕の暗さと小野口の陰で俺は二重のステルスをゲットできる。もうお弁当は完食したのも同然だ」


「私には穴だらけの作戦としか思えないけど。委員長にバレても私を巻き込まないでよ?」


「あっ、委員長と言えば、今日はシュガーっちが委員長になってから初めての会議だったな」


「ぅぉえ!? そうなの!?」


「物凄く嫌そうな声出したな」


「……憂鬱。疲れた。帰りたいなぁ」


「シュガーっちの名前を聞いた途端、俺の面倒くさい病がお前に移ったな」


 割と本気で帰りたくなってきた。

 私も長谷川君と一緒に影のある席でステルスに徹しよう。


「――よう『約束されたウェディング』よ。前世ぶりだな」


「うわぁ! 出たぁ!」


 会議が行われる準備室の扉を開けた瞬間、一番会いたくない人に絡まれた。

 前世ぶりって……昼休みにあったばかりじゃんか。


「よっ。シュガーっち」


「むっ? 誰だ? 貴様は?」


「まさか未だに顔と名前を憶えられていないとは思わなかった。長谷川。長谷川佐助。相変わらずシュガーっちは自分の認めた人以外には無関心だな」


 つまり私は認められたというわけか。

 ……くそ~! 全く嬉しくない。むしろ長谷川君のように私も忘却の彼方に居たかった。


「ふん、貴様などどうでも良いのだ。それより嫁よ早く座るが良い。それとも俺様と結婚するか?」


「後者の選択肢はどうやって浮き上がってきた!? 座るよ! 座る! いこ。長谷川君」


 予定通り、私は長谷川君と共に暗幕シルエットで隠された目立たない席へと足を運ぶ。


「まて、『同じ墓に入る仲』よ。キミは今日の議題の主役でもある。だからこっちへ座るのだ」


 またも異名が更新されてしまった。

 それよりも、主役って……


「なにそれ? 今日の議題は冬季の図書室の解放についてでしょ? 私がどこに座ろうと貴方に関係ないじゃん」


「いいや、ある。その議題はあくまでも前座だ。本題は別にある」


「どういうこと?」


「ふっ、それは後のお楽しみだ」


「…………」


 不敵な笑みを浮かべる佐藤君。

 嫌な予感がする。

 その予感は別のベクトルで私の危機を知らしていることに私はまだ気付いていなかった。


「……むしゃむしゃ」


「「…………」」


 だけど、長谷川君がすでにこっそりとお弁当を食べ始めていたことにはきちんと気付いていた。

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