Bonus Point +2 勝手に準備室を私物化していたのは悪かったけどさ
「では冬休み中は例年通り、図書室を開放する。その際の当番表は最初に渡したプリントに書いてある通りだ」
ふむふむ。私の当番の日は……正月明けに一回か。
まぁ、これくらいならやってもいいかな。月ちゃん達と遊ぶ時間も充分にありそうだ。
それよりも問題は――
「では、次の議題に移らせてもらう」
来た。
佐藤君が『本題』と称した別の議題。
他の皆も何も聞かされていないみたいで怪訝そうな顔でざわつき始めていた。
さー、何を言ってくるのやら。さっきから妙な緊張感に包まれて肩が凝っちゃったよ。後で高橋君辺りに肩揉んでもらおう。
「先代の委員長はなぜかずっと黙認してきたが……俺様はそんなに甘くない。無慈悲と思われようがこの委員の規律を正す必要があると感じ続けていた」
この見るとキチンとした委員長に見えるから不思議だ。
意外とリーダーシップがあるんだよなぁ。変人だけど。
「ズバリっ! この部屋のことだ!」
この部屋……と言うとこの部屋? 今私達が会議をしているこの部屋のこと?
図書準備室に何か問題があるとでもいうのだろうか?
「この部屋を完全に私物化している生徒が居るのだよ」
……問題……あった。
しかも私が大いに関係する問題だった。
うわぁぁぁぁっ! そういえばそうだった! この部屋を完全に私物化しちゃっている生徒がいるよ! 女生徒がいるよ! 知的可愛い子ちゃんが自分の部屋のように使っちゃっているよ!
月ちゃんとか高橋君とか図書委員とは関係ない生徒を招き入れちゃっている眼鏡美少女が居るよぉぉ!
こ、これはマズイ。超マズイ展開だ。
「まず! どうして図書準備室に冷蔵庫があるんだ!?」
以前月ちゃんにもツッコまれたことのあることを再度佐藤君が指摘する。
「まぁ、百歩譲ってそれは良いとしよう。でもこの中身は何だ!」
バンッ!
佐藤君が勢いよく冷蔵庫を開ける。
食べかけのホールケーキやゼリー等の冷蔵デザートが綺麗に並んでいた。
「おっ、美味そうじゃん。シュガーっち、俺チョコレートケーキな」
「誰が皆で仲良く食べようと言った!? 貴様は黙っていろ一宮!」
「……いや、俺、長谷川だけど……名字くらい覚えようよ……眼中ないにも程があるだろ……」
「ランキング選外の男など眼中にない! 俺様に名前を憶えて欲しければせめて20位以内にランクインするのだな!」
なぜそんなにも偉そうなのか、佐藤光。
キミの中の価値観は試験の順位にしかないのだろうか……
っていうか、長谷川君って普通にランクインしていたはずなんだけど。しかも三位。
佐藤君。三位にすら興味ないって、どういうことなの?
「いや……まぁ……その……まっ、いいか」
プライドないのか長谷川君。反論していい立場のはずなのにどうしてそんなに無関心なのか。
キミがそれでいいならいいのだけど。
「話がズレたな。つまり俺様が言いたいことは――」
「あっ、戸棚にはコーヒーあるじゃん。シュガーっち俺砂糖二個ね」
「誰が皆で仲良くティータイムしようと言った!? 黙っていろと言っただろうが諏訪部!」
「だから……俺長谷川……あっ、でもいいなその名字。なんかカッケー」
格好良い名字に憧れて居たようだ。
「ランクインしてから出直してこい! いいから話を先に進めるぞ!」
だからランクインしているんですってその人。
なんかこの二人の漫才、見ていて面白いなぁ。
こんな状況じゃなければ大笑いしているところなんだけど。
「この図書準備室の主な仕様目的は今日のような会議をするためだったり、古本を保管するためにあることは言うまでもないだろう」
「古本と一緒にケーキくらい保管していてもいいじゃん。その方が皆幸せになれると思うけど」
「だから口を挟むな! 風間! 貴様が居ると会議が進まん! 黙ってろ!」
「……うーい」
ついに大人しくなってしまう長谷川=一宮=諏訪部=風間君。
もしかして不穏な空気を察して和ましてくれていたのかな?
「こほん。邪魔が入ったな。この部屋の目的を話した所だったか。つまり先に言った目的に反した使い方をしている生徒がこの場に居るということを俺様は伝えたかったのだ」
元々この図書準備室は佐藤君が言った通り、古本の保管が目的に作られた空間だった。
しかし、いつまでも古本を置いていてもこんな狭い部屋すぐに段ボールで埋め尽くされてしまう。
だから定期的に業者が古本を引き取りにくるのだ。
だけど最近は図書室の本の入れ替わりが滅法減っていた。
新刊が入ってこなければ当然古本を回収する必要はないわけで。結果この部屋が段ボールで埋め尽くされることは無かったのである。
だからこそ私がスペースを有効活用していたんだけどなー。
「小野口希よ。何か弁明はあるか?」
久しぶりに異名以外の呼ばれ方をされて、ギクッとする。
この人、妙な威圧感があるんだよなー。長身だし、ガタイがいいし、正直怖いのだ。
「ぅ……そ……その……」
そして私は怖い人を前にしてしまうと縮こまってしまう臆病者だった。
「この部屋の主と化していた彼女も異論がないらしいな。では来年にも不必要な物は業者に引き取ってもらうとするか」
だけどこのままじゃ駄目だ。
このままでは私の城が……秘密基地が無くなってしまう。
大好きな月ちゃんや皆とお茶が出来なくなってしまう。それは嫌だ。
でも反論する勇気が出てこない。
高橋君や青士さんみたいにやる時はやる人になるって決めたのに。
このまま引き下がってしまっては何の進歩の無いまま変わっていないことになる。
こんどこそ……
深井さんの件の時は全然役に立てなかったけど、今度こそはっ!
「ま、待ったっ!」
喉の奥底から何とか声を張り上げる。
声を出せたのは良いけれど、具体的な打開策は何も浮かんでいなかった。
「そ、その、勝手に準備室を私物化していたのは悪かったけどさ。でも、その、いきなり全てを撤去というのはちょっとやりすぎだと……」
「何がやりすぎなのだ? 目的に反した物があるからそれを片付ける。どこにおかしなことがある」
で、ですよねー。
やばい。確実に佐藤君の方が正論であるが故に反論がやりづらい。
でも私はどうしてもこの場所を守りたかった。
「別にいいと思うけど。シュガーっちはここをどうしても物置にしたいみたいだけど、そんな殺風景な使い方されちゃ部屋の方が可哀想じゃん?」
長谷川君?
部屋を……私を庇ってくれている?
「何をいう! 瀬川! 一教室を自分勝手に使っていいはずがなかろう!」
「おしい。瀬川じゃなくて長谷川な。そもそもシュガーっちの言う『本来の目的』というのもシュガーっちの主観だろ? ここを建設した人は元々この部屋をティールームとして利用されるために建てたかもしれないじゃん?」
「そんなわけあるか! なんで高等学校の施設にティールームを立てる必要があるんだ!」
「遊び心に溢れた匠が居てもおかしくないわけさ」
「……バカバカしい」
呆れ果てたように佐藤君は大きなため息を吐く。
だけど長谷川君のおかげで少し落ち着いたのか、表情の怖さが少し薄れている気がした。
「まぁ、確かに俺様の決定は早急過ぎたな。それは自覚しよう」
をぉ!?
なんか改心までしちゃってる?
これってもしかして大逆転ある? サヨナラホームランあっちゃう?
「ではこうするとしよう」
佐藤君は不敵にニヤッと口元で笑みを浮かべる。
悪戯好きの子供が妙なことを思いついた時にする表情だった。
「『来世でも妻となる女神』よ。俺様と勝負するのだよ」
「勝負?」
なんか唐突に妙な話になってきたぞ?
なんだろうすごく嫌な予感がする。
「次の期末試験。一位だった者が二位の者に黙って何でも一つだけ言うことを聞かせる……ということにするとしようか」
「「「「…………」」」」
準備室全域におかしな空気が流れた。
無言の応酬。
皆、佐藤君の言っている意味が全く理解できていない顔だった。
長い沈黙の後、ようやくまともな思考に戻れた私はつい立ち上がりながらこんな風に叫んでいた。
「なんじゃそりゃああああああああああああああああああああああああっ!!!」
今年一番のツッコミの叫びが図書準備室全域に響き渡った。
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