第49話 青士さんは何番目だったのですか?


「なるほどな。西谷女史の授業特訓と、期末試験による対策本部という訳だな」


 池君にこのグループの目的を一通り説明した。

 本来ならばメンバー加入する前にしておくべきだと思うが、順序が逆なような気がしてならない。


「ふっ、ならばなおさら俺の出番じゃないか。この俺、学年22位の実力を見せる時がきたようだな」


「「学年22位!?」」


 このイケメン、顔が良いだけじゃなくて頭も良いという訳か。

 相変わらず弱点が見当たらないイケメンである。


「わーい。勝ったー! 私前回20位だったよ」


「なんだと!?」


 弱点が見当たらないという点に至っては小野口さんも同じだったようだ。

 しかも池君以上の成績をさりげなく主張する辺り、すごく小野口さんっぽかった。

 しかし、学年20位かよこの人。全く勉強せずにその順位取れるってどういうマジックなの?


「化けもんかおめーら」


「そういう青士さんは何番目だったのですか?」


 うわ、月羽。それ絶対地雷だよ。聞いちゃいけない部類の質問だよ。


「あん? 266位」


「…………」


 ほら、言葉無くした。

 今月羽は自らの質問に後悔している所だろう。


「ふっ、下から数えたら15番目の女がこのアタシさ!」


 なぜか本人は自慢げだった!


「と、とにかく、池さんの加入は心強いですね! 私達みんなの成績があがりそうです!」


「うむ。任せておいてくれたまえ。ところで、キミとキミ、初対面だよね。名前は?」


 池君が月羽と小野口さんの方を見て、自己紹介を促す。

 あ、あれ?

 初対……面?

 今初対面って言った?

 

 もしかして池君、自分が一目惚れしたという相手のことを憶えていない?

 そんな馬鹿な。あんなにも必死に僕のクラスに押しかけてきていたというのに……

 どういうことなんだろう?


「私は小野口希。気軽に希ちゃんって呼んでね」


「了解したよ。小野口クン」


「何を了解したのさ!?」


「わ、私は……ほ、星野……月羽……です」


 初対面の男子相手に明らかに緊張した面持ちの月羽。

 なんか懐かしいなこの反応。僕と初めて会った時もこの子はこんな感じだった。


「ふむ。麗しい長い髪だね。せっかく綺麗な髪をしているのだから、もっと飾った方が美しくなると思うよ。イケメンアドバイスというやつだ」


「は、はぁ……」


 ここで僕は気付く。

 池君は一目惚れの相手を忘れてしまったわけではない。

 ただ、目の前に居るのに気付いていないのだ。

 あくまでも池君が一目惚れしたのは『変装』した月羽で在って、目の前の月羽ではないのだ。

 まぁ、どっちも月羽なんだけど。とにかく気付いていないのであれば気付いていないままで居てもらうに越したことはない。

 しかし、月羽の変装は本当にすごいな。マジで変装の役割を果たすとは……

 しばらく月羽に変装をさせないようにそれとなく言っておかなければ。


「さて、自己紹介も済んだところで授業始めるわよ」


 しかし本当ぶれないなこの先生は。

 突然加入したイケメンにも全く動じず、ただ自分の授業のことだけしか頭にないみたいだ。

 色々あったがいつも通り西谷先生の特別授業が始まった。

 ……不意にチョークを投げてきた西谷先生に池君がちょっとビビっていたことだけ追記しておこう。







「ブラボー! 西谷女史! いやはや素晴らしい授業だった!」


「本当!? 池君」


「ええ。新感覚でした」


 でしょうね。

 こんな訳の分からない授業をされたらそりゃあ新感覚だろうね。


「ふふふ。私の授業はもはや完璧に近いものとなっているのが確かな手ごたえとしてあるわ」


 手ごたえを感じているのか、その授業に。

 なんていうか、もはや引き返せない所にまで到達しているのではないだろうか。たまに心配になる。まぁ、変なアドバイスをした僕達のせいだけど。


「――いや、残念ながら西谷女史。貴方の授業には一つだけ足りないものがある」


「な、なんですって!?」


 盛り上がってるなぁ、あそこ。

 僕達はすでに試験勉強モードに移行しているというのに。


「それはズバリ……眼力だ!」


「眼力?」


「そうさ。イケメンに必要なのは眼の力。そしてその力は授業にも使えるということさ」


「……ええと?」


 西谷先生がしきりに首を傾げている。池君が何を言っているのか分からないのだろう。

 当然だ。たぶんここに居るメンバーの誰一人、池君の言っていることの意味が理解できていないのだから。


「つまり、眼で会話し、眼だけで物事を伝えることができるということさ」


「な、なるほど! 分かったわ! つまり! 授業で重要なワードが出たら『ここを憶えなさい』と眼で伝えるわけね」


 なぜ眼で伝えるのだろう。普通に『ここ重要だよ』って言葉で伝えればいいと思うのに。


「ちょっと練習してみるわ」


 西谷先生がコホンっと一つ咳払いを入れて、授業モードに移行する。


「ここの一文は筆者の作品への心情が強く表されているわ!(キリッ)」


 うお、西谷先生が不意にいい顔を向けてきた。


「まだです! まだ力が弱い!」


 十分衝撃を受けたけど、池君は満足いかなかったようだ。

 その言葉を受けて西谷先生はもう一度仕切り直す。


「ここの一文は筆者の作品への心情が強く表されているわ!(キッ!)」


 こわ! 眼力強すぎてただの睨みになってる!

 西谷先生にこんな力があったとは。あの青士さんですら薄ら驚いていたし。


「まだまだ! 西谷女史! 貴方の本気はこんなもんじゃないはずだ!」


 なんでスポコン始まってるんだよ。

 これ傍目からみたら偉くシュールなんじゃないか?


「ここの一文は作者の作品への心情を強く表しているわ!(ドヤァ)」


 力が入りすぎてドヤ顔になってますよ、西谷先生。


「ブラボーです! 貴方の本気、このイケメンは感動しました!」


 池君が感動で涙を流してる!?

 なんで『キリッ』や『キッ』が駄目で『ドヤァ』で感動できるんだよ。

 この人、独特な感性の持ち主だと言うことは知っていたが、まさかこれほどとは……


「ありがとう池君! これからは眼力の特訓を取り入れていくわ!(どやぁ)」


「その表情……グレートです! 貴方は今やただの先生じゃない。そう、イケメン。ティーチャーイケメン西谷です!」


 また新たな造語が生まれてしまった。

 そしてまたもメンズじゃないのにイケメンが増えてしまった。


「ほら、そこー。遊んでないで勉強するよー」


 もはや西谷先生の特訓は小野口さんにとって遊びの部類に分類されてしまったようだ。


「おーけー。イケメンの勉強姿を見せてやるよ」


 言いながら不意にポケットから薔薇を取り出し、口に咥えだす。

 その姿はもはや見慣れたものではあったが、このイケメンそれだけに収まらず、口に薔薇を咥えたまま勉強を始め出した。


「な、なぁ、池。おめー、そのままべんきょーする気か?」


「ふが?」


 イケメンに有るまじき声を今聞いたような気がする。

 まぁ、そうだよね。口に何かを加えたまま喋ろうとするとフガフガするのは当然だよね。


「おっと、失礼、メンタルイケメン達よ。そうだね。俺はイケメンだから口に薔薇を咥えたまま勉強するのは当然だよ」


 イケメンの世界では口に薔薇を咥えたまま試験勉強するのが常識だったのか。

 もしかして一人で勉強しているときもそうしているのだろうか? している気がするなぁ、池君は。


「ふっ、セカンドイケメンよ。キミの考えていることは分かるぞ。薔薇の持ち合わせはまだある。さぁ、一緒にイケメンしようじゃないか」


 誰が薔薇を咥えたいって言ったぁぁ!?

 別に羨ましかったから池君を見ていたわけじゃない。

 って、既に薔薇を手渡されてしまっている!? いつの間に!?


「さぁ! さぁ!!」


 うっ、ここまで期待を込めた視線を向けられては断りづらい。


「…………」


「…………」


「…………」


 うお! 女の子達の視線もいつの間にか集中していた!


 月羽は『まさか咥えたりしませんよね?』と言いたげな視線を――

 小野口さんは『早く咥えてよ!』と言いたげな視線を――

 青士さんは『こいつら、アホだな』と言いたげな視線を――


 三者三様の視線がいつの間にか向けられていた。


「え、えっと……池君? せっかくの誘いだけど、僕はこれを咥えるに値するような人間じゃないから――」


「――いいや! キミがイケメンであることを俺は知っている! セカンドイケメンは十分薔薇の似合う男さ。イケメンである俺が保障しよう」


 丁重にお断りしようとするが、瞬時に池君に遮られた。

 なんかどうあがいても断れない空気になってきた。

 仕方ない。

 ちょ、ちょっとだけ……


    ハムっ


「ぶははははははははははっ!」


 僕が薔薇を口に咥えた瞬間、青士さんの爆笑が室内に木霊した。

 小野口さんもぷるぷる震えながら小さく笑っている。

 月羽だけは表情を崩さずに軽蔑的な視線を向けてきている。


「そこ、笑うなぁ!」


「いや……ぶはははははっ! だって……ぷぷぷ……こ、ここまで似合わねーとは思わなくてさ……ぶははははははっ!」


 相当ツボに入ってしまったようだ。

 ド畜生。分かってはいたけど僕がただ恥をかいただけで終わってしまった。


 だけどこのままじゃ悔しいので、他の誰かにもこの恥ずかしさを体験してもらおう。

 やはりここは我が親友に同じ目に遇ってもらおうか。


「でも青士さんの言う通り、僕には薔薇が似合わなかったようだ。うん。そこで! 僕は薔薇が似合うのはキミだと思うんだ」


 言いながら月羽に手元の薔薇を押し付けようとする。


「……ふぇ?」


 月羽はキョトンとしながら目の前に突き出された薔薇の造花を見つめている。


「~~っ! ふぇぇ!?」


 なんだ? 何故か月羽は恥ずかしそうに赤面をし始めたけど。

 ……?? よく分からないけど、月羽に無理やり薔薇を手渡そう。


「ほい、月羽」


 月羽の手を開き、薔薇の造花を押し付けた。

 よし、後は咥えるように仕向けるだけだ。


「おお、高橋積極的じゃん? アタシらの面前で星野に花をプレゼントなんて」


 はぁ!?

 ちょ……このおねーちゃんは何を言っているんだ!?


「ラブロマンスだね。池君のお下がりの花とはいえ、それを月ちゃんにプレゼントするなんて男だね高橋君。ひゅーひゅー」


 小野口さんまで乗ってきた!?

 ちょっと待て。この流れでプレゼントの訳ないだろう。

 青士さんはともかく、小野口さんはそれくらい分かっているはずだ。

 だけど遇えて面白い方向へ導こうとしてやがるっ!


「ふっ、男からのプレゼントは古来から薔薇の花に決まっているのさ。さすが分かっているな、セカンドイケメン」


 此奴は絶対に分かっていない。僕が月羽にプレゼントを送っているイケメン的なシーンに見えているに違いない。


「そ、その……ありがとう……ございます……一郎君」


 顔を赤らめながら受け取るな、月羽ぁぁぁっ!

 これじゃあ完全にプレゼントの流れだぁぁっ!

 しかし、今更『いや、実はこれは月羽にも恥ずかしい目に遇ってもらおうと思って渡したんだ。はっはっは』なんて言っても照れ隠しの言い訳にしか聞こえないだろう。


「いや……その……うん……はい……」


 ただの恥の上乗せになってしまった。

 もういやだ。今日はもう帰りたい。


「「「…………(にやにや)」」」


 くそぉぉ! 外野のニヤニヤ笑いがすごく耐え難い。

 この辱めを打破する手はもはや僕には思い浮かばなかった。


    カツーーーン!


「……ストラーイク(ドヤァ)」


 不意に戦場カメラマンみたいなゆっくりとした喋り方でドヤ顔のまま投げられたチョークの音が大きく響き渡った。


「「「………………」」」


 空気が一気に白けたのが感じ取れた。


「……べんきょーすっか」


「……そだね」


 その空気を察知した青士さんと小野口さんが教科書とノートを再び広げ出す。

 池君も無言で薔薇の造花を咥えて教科書を捲っていた。


「えへへ……」


 ただ月羽だけは未だ嬉しそうに薔薇の造花を見つめていた。


「秘義! 可愛いネズミさんを一筆書きの術!(どやぁ)」


 そして西谷先生は相変わらず空気を読まず、ただひたすらに特訓を続けていた。

 だけど見事桃色っぽい空気をぶち壊してくれた先生に密かに感謝する。

 ありがとう西谷先生。空気を戻してくれて。

 そのまるで可愛げのないクリーチャーの絵も今は少し僕の心を癒してくれた。




――――――――――――――――


     〇現経験値状況●


・屋上での二人きりの会話……成功。30EXP獲得

・学食での二人きりの会話……失敗。経験値獲得無し

・色々な意味で見るのがツライ映画を完走……成功。10EXP獲得

・弱点の考察。克服へのシミュレーション……成功。30EXP獲得

・ロックンミュージック高難度曲のペア達成……成功。10EXP獲得

・クレーンゲーム。ユニコーンのポチ取出……失敗。経験値獲得無し

・クイズマジマジ学園。コンビでの高成績達成……成功。20EXP獲得

・プリント倶楽部。『じゃがいもスター来襲』ワンプレイ……成功。30EXP獲得。

・リアル迷いの森探検……失敗? 獲得経験値無し。

・中ボス『西谷沙織』の説得……成功。50EXP獲得

・屋上での二人きりの会話ver2……成功。20EXP獲得

・学食での二人きりの会話ver2……失敗。経験値獲得なし

・中間試験。『平均点より10点高い点数を獲得せよ』(100位以内に入ればボーナスポイント付き)……現国と世界史だけ成功。40EXP獲得。ボーナスポイントは無し。

・納涼☆ホラーでホラッ涼しい……失敗。経験値獲得無し

・神秘なる女子力を身に着ける……成功。20EXP獲得

・色々な意味で見るのがツライ映画を完走・2……成功。10EXP獲得

・お手手を握り合いましょう……成功。50EXP獲得

・互いを褒めちぎってドキドキさせよう……失敗。経験値獲得無し。

・西谷先生の楽しい授業計画……進行中。

・期末試験。『平均点より10点高い点数を獲得せよ』(100位以内に入ればボーナスポイント付き)……進行中。



現経験値合計=320EXP

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