第48話 ハンドルネームみたいな名前だと思っていました

 それは昼休みの出来事だった。

 僕はいつものように自分の机で黙々と昼食を食べる。

 といっても、登校途中にコンビニで買ったパンなんだけど。

 高校の昼休みは良い。

 小・中学校とは違って好きな者同士が机をくっ付けて食べるというぼっちの晒しがイベントがないから昼食が取りやすい。

 今日も僕は平和に一人で昼食を終えて、終わったら机に突っ伏して寝るという作業をする――

 ……はずだった。


「おら、高橋、もっと詰めろよ。アタシの飯が置けねえだろ」


「う、うん……」


 ――青士有希子。


 化粧を落としたバージョンのお姉さんタイプの青士さんが何故か対面に居た。

 なぜか前の席の田中君から椅子を奪い、僕の席で購買のパンを広げている。

 どうしてか、青士さんは突然この場にひょっこり現れ、何の説明もないまま昼食を広げ出したのだ。


「いや、高橋。おめーの言いてーことはわかんよ。うん。いくらアタシでもわかる」


 ほっ、青士さんが自らこの意味不明な状況の説明をしてくれるようだ。


「このミックスサンドマジぱねぇよな! ハムとチーズとピクルスとバニラとキムチが挟まってるってとんでもねえじゃん。もはやこれ一個で昼飯ジューブンじゃね? ってくらいボリュームあるよな」


 いや、違う。僕が言いたいのはミックスサンドの奇異っぷりではない。


「……自分のクラスで食べたら? 青士さん」


「てめっ! それ言う!? 女子が一緒にベントー食うために会いに来てやったのにそれ言うか!?」


 僕にはどうしてもこれがそんな萌えシチュエーションに見えないのだが。


「もしかしてクラスに居づらいの?」


「うっ!」


 図星だったようだ。

 そうだよな。昨日放課後の集まりに参加したとはいえ、学校復帰は今日が初日なのだ。

 クラスメートの冷ややかで好奇な視線に耐えられなかったのだろう。

 それでも……


「月羽や小野口さんがいるでしょ? 彼女達と食べたら?」


「いや、そっちの方がアタシにとって苦痛だわ。小野口は敵視してくるし、星野ともまだ気まずいしな。B組にアタシの居場所ねーわ。はっはっはっ」


 うわぁ。自虐的な笑いだ。『はっはっはっ』とか笑うキャラじゃないでしょーが、貴方。


「まっ、アタシは今の所、アンタと飯食うのが一番気楽なんだわ」


「『気楽なんだわ』じゃないよ。僕が全然気楽じゃないよ」


 特にクラスメートからの奇異な視線が集まりすぎて、さすがにお気楽には居られない。


「別にいーじゃん? ほら、ニンジンとカボチャとパセリとブロッコリーやるから許せ」


 緑黄色野菜さん達が僕の仲間になった。

 青士さん、ボリュームミックスサンド食べてるくせに、他にもミニ弁当買ってたのか。

 それだけ食べて、そのスタイルの良さはなんだ。

 背が高いから多少栄養過多でも大丈夫なのかな?


「よし、青士さん、場所を移そう」


 そう、最初からこの提案をしておくべきだった。

 屋上――は何となく月羽以外の人と行きたくないから……そうだ、学食に行こう。あそこなら他クラスの人と食べていても全然不自然じゃない。


「あー? めんどいからここでいいよ」


 よくないよ。青士さんがよくても僕がよくないよ。

 ほら、クラスメートの声が聞こえてくるよ。『あの人だれ?』とか『この前のガングロメイクのやつだよ』とか『高橋って他クラスにしか友達いないん?』とか色々と不穏なこと呟いてるよ。

 そんな中で黙々と昼食を取っている青士さんが正直すごい。

 この人、キレやすい人って印象があったけど、案外大人の対応が出来る人だと最近知った。

 仕方ない。僕も青士さんを見習って、席で黙々と食べるとしよう。


    ガラガラっ!


「……?」


 不意に教室のドアが勢いよく開く。

 そのドアを開けた人物は迷うことなく一目散にこちらにやってきた。

 ……って、うお! このタイミングでくるか!


「イケメンとして問おう」


 2年E組、池=MEN=優琉。

 最近は我がクラスに乗り込んでこなかったから完全に油断していた。


「はっ? 誰? てめ」


 突然のイケメンの出現に青士さんの視線が鋭くなる。

 アレは機嫌が悪い時の顔だ。


「ふっ、この俺を知らない女子がこの学校に居るとはな」


 池君はポケットから薔薇を取り出し、なぜか口に咥える。

 近くで見て初めて気付いたが、造花だアレ。しかも安い素材の紙だ。


「この俺は、池=ME――」


「うわっ、こいつ口に薔薇咥えてやがる! さぶっ! そしてきめぇ!」


 うわぁ。思っていても口にしなかったことを軽々と言ってのけたよこの人。

 さすが青士さんだ。


「き、キモイ……だと……!?」


 池君はよほどショックだったのか、口に薔薇を咥えたまま、ゆっくりと片膝をつく。

 なんていうか青士さんと池くん。もしかして出会わせてはいけない二人だったのではないだろうか?

 僕含め、クラスメート全員が二人の言動に注目している。

 なんで他所のクラスの二人がここで争っているんだよ。


「なるほど。キミの中『キモイ』という言葉は『キャーこの人イケメンすぎる』という意味と捉えてよろしいのかな?」


 恐ろしいほどのポジティブシンキングだった。


「もう帰れよお前。いちいち相手にすんのめんどいわ。大体アンタ部外者だろ。さっさと自分のクラスに帰れ」


 アンタが言うな。部外者。


「き、キミ! 無礼じゃないか! イケメンに対してイケメンと言わないのは罪だぞ!」


 なんの罪だ。


「あぁん!? てめ! 喧嘩売ってやがんのか!? ああん!?」


 うお! 青士さんがついに喧嘩に乗ってしまった!

 今までせっかく大人の対応で流していたのに、青士さんが元の青士さんに戻ってしまう。

 これはいけない。


「池君! 僕が代わりに言ってあげるよ! 池君はイケメンだなぁ。ほれぼれするなぁ」


「そうだろう! そうさ! 俺はイケメンなんだ。さすが分かってるなセカンドイケメン」


 よし、池君の機嫌はこれで治った。

 分かりやすすぎる性格でありがたい。


「おい! 高橋! 邪魔すんのかよ!」


 だが問題はこっちだ。

 こっちは実に面倒くさい性格をしている。さて、どうするか……


「青士さん、美人だね。ほれぼれするなぁ」


「はぁ!? なに棒読みで言ってるん? ていうか話に脈絡ねえし!」


 駄目か。ダメだよな。池君と同じ手段に鎮静するなんて甘い考えだった。

 青士さんの怒りを収めるのはどうしたらいいか。

 ……仕方ない。究極の手段を使おう。


「あっ、青士さん! 今廊下で月羽が誰かを殴りたそうな表情で歩いていたよ!」


「なに! どこだ!? おーい! 星野―! おめーの殴るべき相手はここにいるぞぉぉ!」


 ドM全開の発言を残しながら廊下へ全速力で走り出していった青士さん。

 ある意味池君並に扱いやすい人で助かった。

 

「……って、こらぁ! 高橋! 星野、普通にB組の隅っこで一人飯食ってたぞ! 話ちげーじゃねーか!」


「戻ってくるの早っ!」


 そしてぼっち飯かよ月羽。

 小野口さんは一緒に食べてくれないのかな?


「『唐揚げ美味しいです。青士さんも食べますか?』なんて言われてつい貰ってきちまったじゃねーか!」


 なんの報告だ。

 ていうか仲良いな。気まずい関係じゃなかったのか。


「ふっ、キミは中々面白いね。気に入ったよ」


「あっ? まだ居たのか、エセメン」


「エ、エセメン……っ!?」


 あっ、また片膝付くように沈んだ。

 あえて膝だけを付くことでなんか様になっている。一々動作が格好良いな。今度僕もさりげなくやってみよう。


「くっ、俺をここまでコケにしたのはキミが初めてだ」


 池君にとって自分が『エセメン』扱いされたのはよほどショックな出来事だったようだ。

 そもそもなんだよエセメンって。


「いいだろう! こうなれば意地でもキミに俺がイケメンであることを証明したくなった!」


「高橋、このエセメンなんとかしてくれよ。おめーの知り合いだろ?」


 池君を完全無視して視線すら寄越そうとしない青士さん。

 そして知り合いってほど関わり深くないのですが。


「セカンドイケメン! そしてメンタルイケメンのキミも着いてくるがいい! 俺のイケメンっぷりを存分に見せてやる」


「おいまて! なんたらイケメンってアタシのことを言っているんじゃないだろうな!? つーかアタシ、メンズじゃねーし!」


 ここで青士さんが池君に噛みついた。

 彼曰く、僕がセカンドイケメンらしいから青士さんはメンタルイケメンというわけか。池君は青士さんの精神面にイケメンを見たんだな。


「ふっ、体育館に来るがいい。イケメンを証明するにはスポーツしている姿を見せるのが一番さ」


 やたらハンサムチックなセリフを言い残しながら、後ろ向きに教室のドアに向かって歩き出す。


「…………」


「…………」


 ゆっくりと椅子に腰を掛ける青士さん。

 黙々とコンビニパンをかじり出す僕。


「ついてきてくれよ!?」


 すごい勢いで戻ってきた池君。


「や、なんでよ。別にアタシ、アンタに微塵も興味ないんだけど」


 正直すぎる意見を繰り出す青士さん。

 僕は黙々とパンを齧りながら二人の様子を見届ける。


「俺に興味を持たないなんてありえない! 目の前にイケメンがいるんだぞ! ほらっ、セカンドイケメンも黙ってないで何とか言ってくれよ!」


 僕に話を振らないで欲しい。

 正直僕は無関係のフリをし続けていたいのだが。


「とにかくアタシと高橋は今忙しいんだ。後にしな」


「ただ弁当食べてるだけじゃないか!」


「弁当食う作業で忙しいんだよ」


「ていうか、キミに至ってはもう食べ終わってるじゃないか!」


 うお、本当だ。青士さん食べるの早っ。


「はんっ! 残念だったな。アタシはこれから高橋からパンを奪う計画を実行するつもりだったんだよ」


「やらないよ」


「……ちっ」


 話の流れの中でとんでもない計画の一端を聞いてしまったが、即座に否定することによって計画破綻させることに成功したようだ。

 危なかった。だけどどんなことをしてもツナマヨサンドだけは死守しなければならないのだ。


「パンなら食いながらでも良いだろうがっ! とにかく着いてくるが良い! 俺のイケメン力を見せつけないと気が済まなくなった!」


 この人も面倒くさい性格しているなぁ。

 面倒くささで言えば青士さんといい勝負だ。

 不等号で表すなら青士さん≧池君>西谷先生>>>月羽=小野口さんって感じかなぁ。


「あっ、高橋、コンポタ缶あんじゃん。もーらい!」


「あっー!」


 ツナマヨ死守に気を取られている隙に楽しみにしていたコンポタを取られてしまったっ!

 

「イケメンを無視するなっ! とにかく! 体育館に来るんだ! いいね!」


 と、池君は言っているが、当然僕は行く気はない。恐らく青士さんも。

 だけど、池君が口に咥えていた薔薇を後ろ向きにポーンと投げてきたことで事態は変わる。


    ポチャ。


「「あっ――」」


 飛んできた薔薇の茎部分が青士さんの(元は僕の)コンポタ缶に入る。

 小さい飲み口にホールインワンという奇跡。


「てっめええええええ! アタシのコンポタに何しやがる!」


 僕のだって。


「ふっ、俺ほどのイケメンともなれば薔薇の軌道のコントロールくらい楽勝なのさ。悔しかったらついてくるがいい」


 アレ、狙ってやったのかよ。

 イケメンスキルというのは謎すぎる。凄いけど謎スキルすぎる。


「いーさ! 着いて行ってやんよ! ただし、だ。てめーのイケメン力とやらをアタシが認めなかったらコンポタを弁償してもらう! いいな!?」


「ふっ、いいとも。昼休みが終わるころにはキミは『イケメン素敵。付き合ってほしいわん』と言っているはずさ」


 ……賭けてもいい。

 いくら池君がイケメンとはいえ、青士さんが絶対そんなことを言わないと。

 池君の挑発に触発され、青士さんも彼の後に続き、揃って2-Aの教室を出て行った。


「さて……と」


 楽しみにとっておいたツナマヨサンドを開けようかな。


「「お前(キミ)も来るんだよっ!」」


 すごい勢いで戻ってきた二人に同じツッコミをされてしまった。

 僕、無関係なのになぜ巻き込まれてしまったのだろうか。

 そもそも池君、何の用でここに来たんだ?

 様々な謎を残しつつ、僕はツナマヨサンドを袋に戻し、嫌々二人の後を付いていくことにした。







 昼休み。体育館。

 中学では昼休みに球技を楽しんでいる人がわんさか居たが、なぜか高校の体育館はこの時間ガランとしている。

 池君は用具室からバスケットボールと持ってくると、不意にこんなことを言いだしてきた。


「俺ほどのイケメンともなればこんなことも可能さ」


 歯を光らせながらそう言うと、不意にシュートの体制に入り、フリースローを放つ。

 そのボールは大きな弧を描き、リングを通過した。


「や、別にフツーじゃね? イケメンうんぬんいってーけど、誰でもできるわ、んなこと」


 青士さんはそのシュートを見ても冷めた表情を崩さない。

 だけど対する池君も焦った様子は見せなかった。


「そうだね。ここまでならイケメンでなくても出来る」


「はっ! じゃあ連続フリースローでも決めて『俺、イケメン』とかほざく気か? くそ寒ぃんだけど、そういうの」


 煽るなぁ、青士さん。

 この人敵に回すと本気で怖いな。なんか傍観してて改めて思った。

 しかし、そんな青士さんに全く怯まない池君も凄い。


「キミの言ったことを実行するのはたやすい。しかし、確かにそれだけではイケメンと言えない。イケメンである男は人とは違うことが出来ないといけないんだ」


「前書きなげーよ。さっさと何を見せてくれるのか話せや」


 もうやだ、この空間。早く自分の教室に帰ってツナマヨ食べたい。


「キミの言った通り、連続フリースローさ。ただしっ! 次はコイツで決めるとしよう」


 言いつつ、取り出したのはバレー用の白球だ。

 それを片手で宙に放ると、ボールは当然のようにリングを通過した。

 これは素直にすごいと思ってしまった。

 同時に以前球技大会でフリースローを外していた描写はなんだったんだとも思ったが。


「ふーん……で?」


 バレーボールでゴール決めた所でそれが何か? みたいな感じで青士さんは冷めた視線を池君に向ける。


「次は……そうだな。こいつでいくか」


 言いながら、次に取り出したのはラグビーボール。

 まさか一球ずつボールを変えて全てゴールするつもりか?

 それはイケメンすぐるぞ!

 でもラグビーボールって真っすぐ前に投げるだけで難しいって聞くけど……


「ふっ!」


 下手投げで放り、やや不格好な放物線を描きながらもボールはリングを通過した。


「や、やるじゃねーか。だ、だけど、その程度ではまだまだアタシは納得できねーな」


 頬汗掻きながら声がドモっている所を見ると、青士さんの余裕はもう底を着きそうな感じだ。

 あと一押しで青士さんも池君のイケメンっぷりを認めるだろう。


「じゃあ最後に……これなんてどうかな」


「「……っ!?」」


 池君が最後に取り出した物。

 それを見た瞬間、僕も驚いた。


「た、卓球の球……だと?」


「その通り。まぁ、いくら俺がイケメンとはいえ、素手で投げてコイツを入れるのは難しいので、コレを使わせてもらうよ」


 言いながら卓球ラケットを取り出した。

 両面ラバーが貼ってあるシェークハンドってヤツだ。

 個人的にだがこのラケットはイケメンが好みそうな感じがする。いや、ペンホルダー型が格好悪いという訳ではないのだが、シェークハンドはイケメンが持つと何故か絵になるのだ。


「ハァァァァァァァっ!」


 池君がラケットを構え、集中を施している。

 この『ハァァァァァァっ!』という掛け声はイケメン以外がやると痛い人扱いされるから注意が必要だ。


「でぇぇぃ!」


    カーーーーン!


 下手打ちの要領で球を打ち上げ、甲高い音を立てながらボールは空中へ飛翔する。

 素直な起動を描いた黄色い球体は真っ直ぐと目標へ向かい、ゴールボードに当たってリングを通過した。

 これ、相当難しいぞ? 池君はアッサリやったけど、絶妙な距離感、それに力加減が必要な挙句、空気抵抗の負荷もかなり掛かるだろうし……てかこれ奇跡レベルの技術じゃないか?

 僕は今、初めて池君のイケメン技術を見た気がした。


「マジ……?」


 さすがの青士さんもこの技を見せつけられては認めざるを得ないようだ。

 口が半開きになったまま戻らない様子だし。


「どうだい? メンタルイケメン。俺のイケメンっぷりが理解できたかな?」


 長い前髪を掻き揚げるというイケメン独特の動作を加えながら、青士さんに視線を送る。


「は、はんっ! そのくらいどうってことねーっつーの!」


 まだ強がるのか、青士さん。折れないな。さすがメンタルイケメンだ。


「今の技は俺にしかできない、言わば秘奥義だ。素直に認めたらどうだい? 俺がイケメンだと」


 少なくとも僕は認めています。言葉には出さないけど、池君は本物のイケメンだったようだ。

 しかし青士さんの意地っ張りっぷりもまた本物なわけで……


「そんなちゃっちぃ技、高橋だって出来るね」


 うぉぉぉい! 何を言っているの!? この人。

 出来る訳ないっつーの!


「ほーぉ。じゃあ見せてもらおうか、セカンドイケメン。俺と同じ技とやらをね」


 池君、なぜラケットを渡す!?


「ほらよ」


 青士さん、なぜ球を渡す!?


「いやいやいや、できないから。あんな芸術性の高い技、僕なんかにできないから」


 今までただ静観するだけだった僕もさすがに焦りの声を張り上げた。


「いやいや、おめーならできるって。アタシと戦った時に使ったラケット捌きを見せろっつーの」


 対青士さん戦でいつ僕がラケットを使った!?


「無理だって。無理無理。ていうか普通のバスケットボールですらゴールできるか微妙な感じだから!」


 自慢じゃないが僕は体育の成績で「3」以上を取ったことがない。辛うじて「1」も取ったことないが、僕の運動能力は限りなく「1」に近い位置にある「2」だろう。

 そんな僕があんなイケメンシュート打てるわけがない。


「いいからやれや。隣に星野がいねーと力でない系なん? お望みなら連れてきてやんよ。ついでにまた唐揚げ貰ってくるわ」


「いやいやいや、いいから。別に月羽連れてこなくていいから! わかったっ、やるよ。やるから関係ない月羽と唐揚げを巻き込まないで」


 危ないなー、こんな妙な展開で池君と月羽をバッタリ対面なんて冗談じゃない。

 仕方ないな。

 さっさとシュートを打って池君と青士さんを失望させてやろう。

 しかし、このシェークハンドとやらのラケットは持ちにくいな。妙に重いし。

 でも思いっきり打ち上げないとまず届かないだろうな。目一杯の力を籠めてサーブを放とう。


「見てなよ。エセメン。ウチの高橋がアンタの度肝を抜いてやんよ」


「ほぅ。それは楽しみだ」


 ハードルを上げるなぁぁぁぁっ!

 何? 何なのその過大評価。

 月羽も小野口さんも僕を過大評価していたけど、なんでみんなして僕をそんな凄い奴みたいに思ってるの? ヘタレだよ? ぼっちだよ? 体育「2」だよ?

 もういいや。周りの視線や言葉など気にせず、集中しよう。いや、集中した所で入らないことくらいは察しているけど、一応本気でチャレンジしてみよう。


「えやっ!」


 気合い一閃。

 池君と同じようにボールを軽く宙に投げてから下手サーブで打ってみる。


    スカッ


 うお! 空ぶった。


    スポーン


 うおお!? ラケットすっぽ抜けた!?

 とりあえず球はそのままキャッチし……ラケットは――


    ガンッ。スポッ。


「「「…………」」」


 すっぽ抜けたラケットがゴールボードに跳ね返り、リングを通過した。

 あれ? なんだろうこれ。なんだろうこのシュールな間。どーすんの、これ。


「ど、どうよ! エセメン。度肝抜かれたようだな!」


 青士さんがこの流れをぶった切ってきた!


「ま、まぁ。確かにある意味驚いたが……」


「これさ! 誰もが高橋が球の方をゴールすると思っただろ? だけど、コイツはあえてラケットをゴールさせた!」


 いや、『あえて』も何も、僕本人が予想外の結果なんなのですが。


「どうよ。わかるか? これが――この意外性こそが高橋に在って、アンタにねーもんなんだよ!」


 意外性あふれた人間みたいに評価されたが、ただの偶然ですよ? 分かっているよね、青士さん。さらに過大評価を上げないでよね。


「そ、そうだったのか! 確かに俺には意外性がない。そして意外性を持つ男は格好良い! つまり意外性を持つことはまた俺のイケメン度をあげるということなのか!」


 池君が何かを悟っていた。

 そして僕と青士さんの手を同時に握ってきた。


「ありがとうセカンドイケメン。俺はキミから重大なヒントを得たよ! そしてありがとうメンタルイケメン。今日、キミと会えたことは俺にとって大きな日となったよ」


「い、いやぁ……そ、そうですか」


「さわんなや」


 恐縮する僕と威嚇する青士さん。

 両極端の反応を受けた池君はスマイルを崩さず、爽やかにこんな言葉を残す。


「じゃあな、二人のイケメン達よ。たぶんまた会えることだろう」


 ウインク一つ残し、速やかに去っていく池君。

 イケメンは去り際もイケメンだった。


「ふっ、勝った」


 青士さんは去りゆく池君を見ながら小さくニヤケていた。


「……いや、勝ったの? これ? そもそも勝負だったの?」


「しょーぶっしょ。バリバリしょーぶだったっしょ。そして完勝じゃね? 少なくとも負けじゃねーよ」


 そうなのかなぁ?

 やっていたことは池君の方が何十倍も凄かった気がするのは絶対に気のせいなんかじゃないと思う。


    キーンコーンカーンコーン


「やばっ! 昼休み終わった! じゃあな、高橋。またほーかごな」


「う、うん」


 走って自分の教室へ急ぐ青士さん。

 いやぁ、あの青士さんが授業の為に懸命に走るなんて……変わったなぁ。 

 って、のんびり眺めている場合じゃない! 僕も急がなきゃ!


 ……あーあ。結局ツナマヨサンド食べる時間無くなっちゃったよ。







 放課後。

 昼休みに変な出来事があったが、気を取り直してテスト勉強&西谷先生の授業特訓だ。

 なんだかんだでこの集まりは楽しみだったりするのだ。

 あの濃いメンバーの中に混ざるのは案外居心地良かったりするのだ。

 さて、今日は世界史の勉強予定の日だ。テンション上がるなぁ。


「こんにちはー」


 旧多目的室のドアを開けながら挨拶をする。


「遅いですよ、一郎君」


「重役出勤くんめー。早く社長席につきたまえー」


 月羽と小野口さんに急かされ、僕はいつもの席に腰を下ろした。


「それじゃ、出席を取るわよー」


 西谷先生が特訓の定位置である教卓に付くと、突然出席を取るなんて言い出した


「どうしたんですか、先生。突然出席を取るなんて……」


「今までやってなかったじゃないですか」


「気分よ、き・ぶ・ん。ここでも先生っぽいことやらせてよ」


 まぁ、確かにこの場所に置いて西谷先生は先生っぽいことをまるでやっていない。

 変なイラスト描いたり、チョーク投げたり、たまに超ゆっくりしゃべったりとただの面白い人でしかなかった。


「じゃ、出席取るわねー。2年A組、高橋一郎君」


「はい」


 なんかこそばゆいな。

 出席確認なんて高校に入ってからしばらくやってない行事だし、懐かしい反面ちょっと恥ずかしい。


「2年B組、青士有希子さん」


「うーい」


 まるでグレた子みたいな挨拶を返す。青士さんぽいといえばぽかった。


「2年B組、小野口のぞみさん」


「はーい」


 僕とは正反対に元気よく挨拶する小野口さん。

 ……って、ちょっと待て。


「小野口さん、名前あったの!?」


「あるに決まってるでしょ! 本当にキミは私を何だと思っているのよ!?」


 小野口さんというすごい種族値を持った人外の何かだと思っていたなんて口を避けても言えない。


「小野口さんの名前、私も初めて知りました」


「クラスメートだよね!? なんで月ちゃんまで知らないの!?」


「妙に可愛らしい名前じゃん。小野口っぽくねー」


「悪かったね!」


 小野口さんの初名前披露だけでこの盛り上がりだった。


「意外と普通な感じの名前なんだね」


「キミに言われたくないよ! 高橋君!」


「私ももっとハンドルネームみたいな名前だと思っていました」


「それもキミに言われたくないよ! 月ちゃん!」


 色々とぼろくそに言われ、小野口さんのツッコミが冴えわたる。


「みんな、私のことをのぞみちゃんって呼んでもいいんだよ」


「遠慮しておくね、小野口さん」


「私も遠慮しておきます、小野口さん」


「アタシも遠慮するわ、小野口」


「なんでよー!!」


 悔しそうに悶える小野口さん。

 同性どうしならともかく、僕が希ちゃんなんて彼女を呼ぶのは恥ずかしすぎる。

 そもそも……なんか……その……彼女を名前で呼ぶなんて何だか恐れ多かった。


「もー、みんな出席の続きを取るわよ。2年B組星野月羽さん」


「はい」


 小野口さんのターンが長かったが、出席簿を取り終える。

 ――と、誰もが思っていた。


「えと……二年E組……池=MEN=優琉くん?」


「はいっ!!!!」


 はっ?


 ……えっ?


「「「ええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」


 いつの間にこの場に来ていたのか、気が付くと一番後ろの席にイケメンが座っていた。

 五指を揃えて、綺麗な姿勢で手を上げている。


「やぁ、またあったね。セカンドイケメン。メンタルイケメン」


「またあったね……じゃねーよ! なんで居んだよ! てめぇ!」


「放課後廊下を歩いていたらたまたまセカンドイケメンを見かけたから、意外性伝授をさせてもらうためにコッソリ着いてきたに決まっているじゃないか」


 着けられてたのかよ。全く気付かなかった。ていうか気配なかったし。

 この場にいるメンバー、『気配を消すオーラ』を使える人多すぎじゃない?


「てなわけで今日から俺もこの会合に参加させてもらう。異論は……ふっ、あるはずないよね」


「あるに決まってるわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 教室内に青士さんの絶叫が轟く。

 月羽と小野口さんもポカーンと成り行きを見守っている。

 西谷先生は……特にブレた様子は見えなかった。


「何をやっているグループなのかは知らないが……とにかく今日から俺も仲間入りさ。俺のことは気軽に『イケメン』と呼んでくれ」


 何をやっているか分からないグループに飛び入り参加するか? 普通。

 いや、この行動力こそ、彼がイケメンたる所以なのかもしれない。

 ともあれ、青士さんに続き、突然新たなメンバー、池=MEN=優琉君が参加することになった。


 ……って、ちょっと待て。

 この場には池君に会わせたくない人が居るんだった!

 その人物の方にチラリと視線を流してみる。

 視線の先には、池君の言動にドン引きしている表情の月羽がそこに居たのであった。



―――――――――


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