転生未遂から始まる恋色開花
にぃ
第1章:高校生クリエイター編
第1話 転生未遂
――ねぇ、転生って信じる?
――実はね。転生って簡単にできるんだ。
――今からキミにそのやり方をおしえるね。
「我ながらなんてベタな書き出しをしてしまったんだ」
人気小説投稿サイト『小説家だろぉ』に作品投稿を行った直後だが、僕は早くも後悔の念に駆られていた。
「『だろぉ』への復帰作なんだから異世界転生モノを投稿するのは間違いではないよな、うん」
PCの前で自分に言い聞かせるように自答する僕。
投稿したばかりの自分の小説をもう一度じっくり観察する。
『転生って信じる?』ってなんだよ。誰のセリフだよ。特に決めてないよ。
誤字無し。脱字無し。
面白さ――なし。
「うぅ~ん。思ったよりも難しいぞこのジャンル」
書いては消して、また書いては消してを繰り返していくうちにわかったことがある。
このジャンルは他ジャンル以上にプロットを重視しなければいけない。
異世界の設定を一から作るってとんでもない大変さだったんだなぁ。
「投稿しちゃったものはしょうがないけど、今からでもプロットを再編成すべきだな」
だろぉには僕の満足感を満たす作品で溢れている。
ちょびさん作の『落ちこぼれの漫画家、異世界で4コマ漫画を描いたら人生が変わった件』は先の展開が読めないワクワクあふれる大好きな作品だし、金襴さんの『転生バトルオンライン』はライトノベル最高峰の面白さだと思っている。
数えきれないくらいの面白さがここにはある。僕はこのサイトが本当の本当に好きなのだ。
そんな偉大な作品が溢れる片隅に自分の作品を投稿し、それが少しでも誰かの目に触れてもらえたらなと思っている。
ここで小説を投稿するのは2作品目だ。
1作目は――まぁ、いいや、その話は。今は新作をどう面白くするかを考えなければ。
「でもだめだ。何も浮かばない。寝よ」
ブラウザを閉じ、PCをシャットダウンさせようとする。
ふとスタートメニューの隣の手紙アイコンに目が行った。
「メールか」
1件受信メールがあるようだ。
僕は宣伝やら広告やらは全てメールに入ってこないように設定している。
それなのにメールだけは頻繁に届く。
「あの人からだろうなぁ」
僕にメールを送ってくるとしたら『あの人』しかいない。
無いとは思うけど新作小説のダメ出しとかだったらどうしよう。
あの人には悪いけどメールは明日見よ。
僕はメールボックスを開かずPCを落とし、すぐにベッドへ飛び込んだ。
「はぁ。新作投稿なんて早まった真似だったかなぁぁぁ」
自分が起こした気の迷いに僕は早くも消沈気味にため息をつく。
明日自分の小説のPVを見るのが少し憂鬱だった。
――ねぇ、転生って信じる?
――実はね。転生って簡単にできるんだ。
――今からキミに……そのやり方をおしえるね。
――その方法はね。
――ここから飛び降りればいいんだよ
キーンコーンカーンコーン
ガバッ!
チャイムの音と共に飛び上がるように悪夢から目が覚める。
夢か。
自分の小説書き出しがフルボイスになって夢に登場ってどんだけ後悔してるだ僕は。
「うぉ! もうこんな時間か!」
夕方6時。
昨日夜更かしたせいか眠気が全然取れず、放課後になっても下校せずに僕は自分の机で仮眠していた。
ほんの10分くらい寝る予定だったのだけど、がっつり2時間寝ていたようだ。
「帰ろ」
僕は足早に教室から出て帰宅に着こうとする。
ふと窓の隙間から除くオレンジの光に目を奪われる。
もしかしたらこの時間なら……あの場所なら……夕暮れ時の幻想的な風景を一望できるかもしれない。
僕はクルリと踵を返し、学校内で唯一のお気に入りの場所へ向かうことにした。
旧校舎と新校舎を繋ぐ長い渡り橋。
1年生の時、僕はこの場所を見つけ、ほぼ毎日ここに足を踏み入れていた。
昼休みのぼっち飯はいつもここで喰らう
僕はこの学校に友達が居ない。
友達が少ないとかそういう次元じゃなく【いない】。
そんな、ぼっちの拠り所ともいえる神聖な場所がここだ。
ここはとても静かな場所だった。
「おぉぉ」
いつもお昼に来ていたから気づかなかった。
夕暮れ時のこの場所はなんて幻想的なのだろう。
夕日に照らされた校舎や中庭。空には一番星。いつも見ているお昼の校舎とは別次元の風景が広がっていた。
僕は鉄柵に腕をもたらせ、ぼーっと日が沈む光景をただ眺めていた。
「なんか僕の高校生活って……」
本当に実りのなかった日々だった。
友達がおらず、人の会話にも入っていかず、班別行動でも煙たがれ……
これが人生で一度きりしかない青春の高校生活だなんて他人が聞いたら憐れむんだろうな。
だけど不思議と青春をやり直したいだなんて思わなかった。
だろぉ系小説の人気ジャンルに【逆行系】というものがある。
僕みたいに実りのない高校生活を送っていた人間がふとした不思議パワーで入学初日に過去戻りするというものだ。
物語の主人公なら若干のチート能力を使って2度目の高校生活をバラ色に染めてくれるのだろう。
だけど僕は
雪野弓が逆行したところで全く同じルートしか辿れない雪野弓が出来上がって終わってしまうことはわかりきっていた。
だから僕が求めているのは逆行ではない。
「僕が求めていたのは――」
――ねぇ、転生って信じる?
鉄柵に身を乗り出し、下の方を覗き見る。
うへぇ、たっかい。3階とはいえこの高さは死ねるな。
地面についてない足がガクガク震える。
怖がっている――つまり本心では死にたくないと震えが言い表している。
良かった。まだ僕には生に執着があるようだ。
それだけ確認できればもうこんな危ない真似する必要はない。
僕はゆっくり体重を後ろに戻し、安全圏である鉄柵の内側に身を戻そうとする。
「「………………」」
不意に僕の側方から気配を感じた。
妙な体勢のままゆっくり右方を確認する。
人が居た。
僕と同じ3年生が着用する赤いネクタイの女生徒。身長は僕よりやや低く華奢な体付き。
ブラウンの長髪が鉄柵の外側に垂れかかっているところを見ると、彼女は鉄柵から身を乗り出して下方を見ていたことがわかる。
目が合っていた。
僕と全く同じ体勢の女生徒。パチクリ開いた瞳は更に大きく広がり、その表情は徐々に強張ってゆく。
「「は…………」」
僕と謎の女生徒が全く同時に声を上げる。
そして全く同じ言葉の絶叫がその空間に木霊した。
「「はやまらないでーーッっ!!」」
絶叫と共に僕たちは地面に着地し、それぞれがお互いのもとに駆け寄った。
ドンっ
互いの中間点でそれぞれが繰り出した両手に包まれ、抱き合う形になってしまう。
その抱擁はガッチリとホールドされ、互いに力強く引き寄せる。
「「………………あれ??」」
その体勢で僕らは見つめあったまましばらく頭の上にクエスチョンマークを浮かべるのであった。
日は完全に落ちていた。気温も下がっている。
僕と謎の女生徒は寒空の下、他に誰もいない渡り橋の中央で正座して向き合っていた。
「そ、それで、あの、つまり……自殺をお考えというわけではなかった……と?」
「う、うん。えと、はい。そちらも飛び降りを検討していたわけではない……と?」
「は、はい」
「…………」
「…………」
赤面が止まらない。
勘違いしてつい『はやまるな』なんて叫んでしまったことや、自分も同じような体勢していた故に妙な勘違いさせてしまったこと、その後の抱き合った時の感覚が未だに残っていることなど諸々な感情が混ざり合って、人生で最も顔を赤らめている自信があった。
だけどそれは彼女も同じだろう。目の前の女子も耳まで真っ赤になっている。
「あの、えっと、キミ……あなた……『そちら』はどうしてこんな人気のない場所にいらっしゃったのですか?」
初対面、更に異性と話すということあって緊張で使い慣れない敬語を用いてしまった。
更に呼称に迷っているのがバレバレで紅潮が増幅する。
「あ、申し遅れました。わたし
相手の子――雨宮さんも僕と同じように呼称に迷っているのがバレバレでなんだかおかしかった。
よかった。妙な緊張をしているのは僕だけじゃなかったようだ。
「こちらこそ申し遅れました。僕は雪野弓。僕は基本お昼にここで弁当食べてるかな。今日はたまたま夕日がきれいだったから……その……帰る前にここに寄ってみようかなーって」
「…………」
事情を話すと彼女は目をパチクリ見開いたまま僕のことをじっと見つめていた。
うっ、整った顔立ちの子に見つめられるってとても耐えられない。ぼっちは目を合わすこと苦手なのだ。
「あ、あの、何か?」
外方へ視線を動かしながら聞き返す。
「あっ、ごめんなさい。ちょっと知っている名前に似ていたものですので驚いてました。気を悪くさせちゃったらごめんなさい」
「い、いえ、別に大丈夫ですが」
「雪野……弓さんですか。とても可愛らしい名前ですね」
「まぁ、女っぽい名前だとは思いますね」
「あっ、悪い意味で言ったわけではありません! むしろとても好ましいです。美しい響きの名前で羨ましいと思いました!」
なんか変な弁解されたな。僕が変な返しをしたから余計に気を使わせてしまったか。
ここは話を変えないと。
「ところで雨宮さんは、その、どうして自殺未遂を?」
「自殺未遂なんてしようとしてませんよー!」
「でも鉄柵から身を乗り出して下を見ていたじゃないですか。常人の考えを持っていたらそんなこと普通しませんって」
「雪野さんも全く同じことしてましたよね!?」
「僕のはただの転生未遂です」
「転生!?」
「知りません? 高い所から飛び降りたりトラックにひかれたりするとなぜか女神のもとに誘われて、女神の導きによりなぜか中世ヨーロッパ風の異世界に生まれ変わるという、よくある話です」
「よくあるのですか!?」
「最近はよくありますねぇ」
「あるんですね……」
「なぜかステータス閲覧できたり、なぜか現代知識で無双できたり、なぜか異性にモテモテになったり、なぜか最強魔法が使えるようになってたり、なぜか次々とチートスキルが付与されたりします」
「そこまで理不尽なご都合主義がよくあるのですか!?」
「転生したら9割の確率でそうなります」
「女神様が超大変じゃないですか……」
「最近はスローライフを満喫するバージョンもありますよ」
「あ、私そっちがいいなぁ」
「なぜかステータス閲覧できたり、なぜか現代知識で無双できたり、なぜか異性にモテモテになったり、なぜか最強魔法が使えるようになってたり、なぜか次々とチートスキルが付与されたりしながら、次々と魔族が襲撃してくる小さな村で英雄的存在になりながら暮らしていくのも流行りでして」
「どこがスローライフなのですか!?」
「ほんと、謎ジャンルですよね」
本当にただスローなだけな生活を綴るだけだと物語になんの変化も起きないからある程度のアクション性は仕方ないにしても、少しばかりは本当のスロー要素を入れてほしい。
まぁ、好きなジャンルなんですけど。
「あっ、話を戻しますが、雨宮さんはどうして鉄柵から身を乗り出して下の方を見ていたの?」
「えと……ちょっと恥ずかしい話になるのですが」
「うん」
「私、実は小説を書いているのです」
雨宮さんは興味深い語りを繰り出してきた。
なんか話が脱線したような気がするけども……
「
「――ちょっと待って! 桜宮恋!? あの『才の里』の桜宮恋!?」
「えっ!? し、知っているのですか!?」
才の里。
著者、桜宮恋の処女作。
純文学の栄誉でもある金樹賞を獲得した衝撃デビューの小説だ。
精度の高い芸術性が評価され、文学雑誌でも表紙を飾った知る人ぞ知る名作である。
いやしかし、あの桜宮恋が同じ学校の在学生で更に同級生であるだなんて知らなかった。
「嬉しいです。こんなに身近に読者の方が居てくれただなんて」
「いや、たぶん僕の他にもたくさんいると思うよ。あれだけの名作、読まない方が愚かだよ」
「ありがとうございます。雪野さんは本が好きなんですね」
――『まぁ、僕も小説書いているもんでね』と言いかけたが辞めた。
桜宮恋の作品と比べると僕のものなんて落書き同然だ。
とても比べられるものではないと思ったので開きかけた口を閉じる。
「実は担当編集と喧嘩しちゃって、私見限られちゃったんですよ」
悲しそうに笑みを作り、虚空を見つめる。
「見限られたって?」
「そのままの意味です。私はもうあの出版社では自分の作品を取り扱ってもらえない」
「そんな馬鹿な!? あの桜宮恋を見限った!? どんだけ愚かなことだよ!!」
あれだけの才能を出版社が捨てた!?
信じられない。
巨万の冨をドブに捨てる。
桜宮恋を見放すという行為はそういう意味を表している。
「私のために怒ってくれているのですか?」
「当然だよ! なんなら今から出版社にクレーム入れてやりたいくらいだよ!」
「ふふ、そんなことしないでください。悪いのは私なのですから」
「どういうこと?」
「デビュー作、才の里。雪野さんは読んでみてどう思いました? 率直な感想で良いです。私に気を使わないで良いから思ったことを教えてもらいたいです」
その言い方だと『自分の小説の悪いと思うところを教えてくれ』と言っているように聞こえた。
でも残念ながらあの作品に対し、僕は批判的意見をそれほど持ち合わせていない。
「才の里は精度の高い純文学作品だ。芸術を髣髴とさせる文面による美しい描写。一文一文に作者の心が見えたよ。本当に素晴らしいの作品だ」
「……そうですか」
「ただ……」
「ただ?」
「僕の感だけど桜宮恋が書きたかったのはたぶんこれじゃないんだろうなって思った」
「えっ!?」
「書きたくもない題材なのにあそこまでのものを完成させてしまう。本人の前で言っていいのかわからないけど、正直化け物級の才能だよ」
「ちょ、ちょっと待ってください! どうしてわかったのですか!? アレは私が書きたかったものではなかったということに!」
どうやら予想が当たったようだ。
そのことに雨宮さんが驚愕を隠し切れないでいた。
「才の里は主人公の独唱でストーリーが展開される純文学だ。それ故に窮屈な文面にどうしてもなっていく。それがまた良い味を出している作品ではあるんだけどさ。でも雨宮さんはあの主人公そんなに好きじゃないんだろうなって思った」
「せ、正解です」
「これまた僕の感なんだけど雨宮さんが書きたかったのはもっと大衆に向けた作品だと思う。キャラクターが生き生きするような、キャラクター同士の掛け合いに思わず笑ってしまうような、そんな作品」
そんな作品を――僕も――
いや、今は自分のことはどうでもいい。
「雪野さんすごい。私が編集さんに言ったことをまるで見てきたかのように……」
なるほど。見えてきた。
つまり編集さんと喧嘩したというのは作品の方向性について議論があったということだろう。
編集は当然桜宮恋に芸術特化の純文学をこれからも書いてほしい。だけど本人は俗に満ちた大衆向け作品を書きたい。
たぶんどちらも譲らなかった為に、最終的に桜宮恋は出版社から見放されたということか。
「雪野さんの言う通りです。私は別のジャンルを書きたかった。いえ、書いたのです」
「ちなみにどんなジャンルなのか聞いてもいいですか?」
「はい。私は『恋愛小説』が書きたかった。運命的な出会いを果たした男女が仲を深めていって、ただただ甘く、時に甘酸っぱく、でもやっぱり甘い。そんな男女の恋物語」
僕が想像していたよりはるかずっと大衆向けな内容だった。
情景が動く作風が桜宮恋だと思っていたのだけど、本当はキャラクターが動く作風が書きたかったんだ。
「でもダメでした。その新作は編集さんには認められず、私自身も全く面白いと感じませんでした」
書きたいジャンルイコール面白い作品というわけではもちろんない。
それが例え天才桜宮恋でも同じということか。
「私って結局何がしたかったのかなぁ」
遠くを見つける雨宮さんの顔から悲痛の表情が浮かび上がっている。
これはかなり思い詰めているなぁ。
「それで雨宮さんは自殺未遂を?」
書きたくないジャンルで成功して書きたいジャンルで失敗した。
それで自暴自棄になってしまったのだろう。
「――いえ中庭で男子が着替えていたので身を乗り出して覗いていただけです」
「どういうこと!?」
「恋愛小説の参考になるかなーって」
「男子の着替えが!?」
「刺激的じゃないですか。インスピレーション刺激されまくりです」
「男子の着替えで!?」
自殺未遂と思われていた身の乗り出しだったが、その真相がそれ!?
小説で失敗したから凹んでいたので自暴自棄になったとかいう話ではなく、単に小説ネタになりそうな光景を見つけたから見ていただけと?
「雪野さんうるさいです。私だって異性が裸になっていたら身を乗り出して覗きますよ。悪いですか」
「悪いよ!? 覗きは悪いことだよ!?」
「むぅ、正論言われました。雪野さんだって身を乗り出して覗きしてたくせに」
「僕のは転生未遂!」
「言っておきますけどそちらの方が意味わからないですからね!」
「雨宮さんなんかに正論言われた!」
「あー! 『なんか』とはなんですか『なんか』とは! まるで私が変人みたいじゃないですか!」
「少なくとも変態だよ!」
「なお悪いです! うわーん雪野さんがいじめましたぁ!」
これが、こんなのが孤高の天才桜宮恋。
なんというか……なんというかだなぁ。
「今、こんなのが桜宮恋なのかってがっかりしましたか?」
心を読むな孤高の天才。
「がっかりなんかしてないよ。でも――」
「でも……なんですかぁ?」
桜宮さんがジト目でこちらを睨んでいる。
上目遣いやめて可愛いから。
「でも――納得したよ。こんなに人間くさい女の子なんだから、そりゃあ純文学よりも恋愛小説書きたいよねぇ」
「あー! 馬鹿にしました! 馬鹿にしましたよねー!」
「馬鹿になんてしてないよ。ただおかしくって」
「何がおかしいっていうんですか」
「うん。だって……」
雨宮さんの飾らない態度に僕の緊張も鈍化し、同時に隠し事をする気も失せたので僕は正直に告白することにした。
「僕が書いていたジャンルと全く同じなんだもん」
「えっ? 書いていたって?」
「僕も小説書いてるんだ」
「あっ、そうだったのですね! 道理で作品に関する感想が適切だと思ってました」
「あはは。それは光栄だなぁ」
「ちなみに雪野さんの小説ってどんな内容なのですか? 著者名は?」
あー、そこまで突っ込んでくるよねぇ。
うーん、雨宮さんにならいいか。言っちゃっても。
「著者名
「どえええええええええええええええ!?」
僕が言葉を言い終えるよりも先に雨宮さんの怒鳴り声が渡り橋に木霊する。
「ゆ、雪野さんが、あの弓野ゆき先生!?」
「え? 知ってるの?」
「知っているも何も!!!!!!!」
ずずい、と距離を一気に詰めてくる。
鼻と鼻がちょこんとぶつかった。
「私、貴方の小説を読んで恋愛小説が書きたいって思ったんですから! 大ファンです!」
興奮状態の雨宮さんが鼻息を荒くして声も荒らげる。
「いやいや、僕なんて『大恋愛~』だけの一発屋だよ」
出版されたのはそれで最初で最後。
今はだろぉに駄作を投稿しているだけの落ちた物書きであることは黙っていよう。
「それを言うなら私だって『才の里』だけの一発屋ですもん」
うーん。僕と雨宮さんでは意味合いが違うと思うのだけど……
雨宮さんはこちらを見つめたまま真剣に何かを考えこんでいた。
若干小声でぶつぶつ何やらつぶやいている。
一瞬聞き取れた声として『これ、チャンスかも』という言葉だけ。
そのまましばらく待ってみるとようやく雨宮さんの瞳に焦点が入り、改めて僕の瞳へ視線を飛ばしてきた。
「あの、弓野先生。一つお願いしても良いですか?」
「なに? 桜宮先生」
お互い著者名で呼ぶことになんだかくすぐったさを感じる。
日が暮れた校舎と旧校舎を繋ぐ渡り橋。
北風が差し込む夕暮れの寒空の下で。
止まってしまった二人の小説家の運命が動き出す――
「私に――恋愛を教えてください!」
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