第2話 しずく色のイラスト
そのお願いごとは正直言ってぶっ飛んでいた。
現役高校生且つ天才小説家
輝かしい受講歴のある天才作家からの願いごとだ。
よほどのことがない限り、もちろん引き受けることにする――予定だったのだが……
『私に――恋愛を教えてください』
彼女は確かにそう言っていた。
意味を探ろうとするが思考が停止して脳も全然働かない。
何も考えず、その言葉通りの意味で受け取ろうとすると、こういうことになるのだけど……
「つまりその、付き合ってほしいとか、そういう話で?」
「えっ? 何を言っているのですか?」
真顔で返される。声色に若干の軽蔑の色も見える。
うん。早まった。思考停止なんかしてないでもっと奥底の意味を考えないといけなかった。
えっと情報を整理しよう。
1.雨宮さんは別に僕と付き合いたいとかそんなことは微塵も思ってない。当然だ。数分前にあったばかりの人なのだから。
2.桜宮恋は今恋愛小説を書きたがっている。しかし執筆は上手くいっていない。
3.一応僕は過去に恋愛小説を書いていた。彼女は僕の作品のファンである。
「――というのはもちろん冗談で。恋愛小説のヒントが欲しいんだよね。恋愛小説家の僕雪野弓――いや『弓野ゆき』に」
「さすが弓野先生です。私の考えを瞬時に察するとは。それでこそ私の憧れる大先生です」
よかったぁぁぁぁ。合ってたぁぁぁぁ。
無理やりごまかしたけど、危うく恥ずかし勘違い野郎の称号をもらってしまう所だったぁぁ。
「でも僕に教えられる恋愛なんて何もないですよ?」
「またまたご謙遜を。あの『大恋愛は忘れた頃にやってくる』の作者さんなんですからさぞ恋愛経験豊富なのでしょう?」
「雨宮さん。僕のどこを見てそんな風に思えるの?」
なんとなく問いてみる。
はっきり言って僕なんて平凡で――いやむしろ平凡にも劣る容姿をしている。
見た目ぱっとしないし低身長だから人権も薄い。恋愛経験なんて微塵もないのだ。
「うーん。俗にいうイケメン系ではないかもですが、とても可愛いお顔しているから普通にモテそうな印象です。何よりお話しやすい空気を持っていらっしゃるので好きになる方は多いかと」
マジか。
モテそうな印象とか言われたの初めてだ。お世辞と分かっていてもなんか嬉しい。雨宮さんみたいな超絶美人から言われると余計に嬉しい。
「あ、あんまり褒めないで。調子に乗っちゃうから」
「そういう反応が可愛いって言っているんです。雪野さんあざといですよ」
「あざといとか言われた!? 生まれて初めて言われた!」
喜んで良いのか良くないのか微妙に分からない。
ていうかあざとさを持つ男とかそれはそれでどうなの?
「その反応を見るに、意外とご経験ない方だったりするのですか?」
「意外も何も女性との交際経験もなければ初恋もまだですよ、僕は」
って、僕は初対面の人になんてことを激白してるんだ。
童貞丸出しの発言に後悔が募る。
「う、嘘です! じゃあなんで『大恋愛は忘れた頃にやってくる』を書けたのですか!?」
雨宮さんは驚愕の表情を隠しきれずにいた。
『その年で初恋もまだなの!?』という驚きというよりかは『恋愛経験もないのになぜ恋愛小説が書けたのか』という驚きの方が勝っているようで少し安心する。
「『大恋愛は忘れた頃にやってくる』は100%僕の妄想でしたから。超自己投影させた主人公に理想の相手をこうくっつけたい、って赤裸々に綴ったのがあの作品ですよ」
「美麗ちゃん、めちゃくちゃ可愛かったですからね! あの挿絵も関心するレベルの上手さでした」
美麗ちゃんというのは『大恋愛は忘れた頃にやってくる』の中に登場する僕好みの理想の女の子を形にしたヒロインだ。
現実にこんないい子いるわけがないというレベルで男子の理想を詰め込みまくった相手。ある種完成された自慢できるキャラクターだと僕自身も思っている。
「ですがフィクションであんな大作を書けるなんて弓野先生はやっぱりすごいです」
「いや、恋愛小説なんてノンフィクションの方が珍しいんじゃないですか? むしろフィクションだからこそ面白いんだと思いますよ」
現実の恋愛にうんざりした人が行き着くのが恋愛小説だったり恋愛ドラマだったりするのだと思う。
作り物の恋愛の方が見ていて楽しいし、現実の恋愛には無い安心感がある。
「うーん、私は妄想とかは少し苦手で。できればノンフィクション寄りの恋愛小説が書きたいです」
「うーん……」
なんて難しい注文をする子なんだろう。
ノンフィクションの恋愛小説で面白いものなんて僕は知らない。いや僕の知見が浅すぎることが勿論要因なんだけど、18年間生きてきた若造の観点からすると今まで出会えなかった産物である。
「もちろん100%ノンフィクションの小説なんてありません。塗す程度に自分の創作を加えますが、事実に近い恋愛モノが好みです」
彼女は担当編集と揉めたと言っていたがその一端が見えたような気がした。
担当編集もおそらく僕に近い考えをしたのだろう。
彼女の領域は純文学。できたら次も純文学で勝負してほしい。
仮に大衆向け恋愛小説を書くとしてもフィクションにすべきである……と――
「でも私一人がいくら頑張っても面白いものが書けませんでした。だから雪野さん。改めてお願いします。私に恋愛を教えてください」
――だけど雨宮さんは決して自分の意見を曲げない。
どんなに難しくてもそれに挑戦する姿勢。何よりも書きたいものがはっきりとしている純粋さが眩しかった。
僕程度が彼女の助けになるかは疑問ではあるがその姿勢は応援したい。
それにこんな不安げで潤んだ瞳を向けられては断ることなんてできそうもなかった。
「わかった! 僕で良ければ協力させてください!」
「ほ、本当ですか!? やったっ」
胸元で小さくガッツポーズする雨宮さん。
仕草が小動物みたいで可愛い。
「でも僕が教えられる――いや大先生に『教える』なんて何様だよって感じだけど、僕が伝えらることはやっぱりフィクションになるけど……良いですか?」
「もちろんです! フィクションの良さを私に教えてください。ノンフィクション派の考えを弓野先生が曲げてくれるならそれはそれで面白そうです」
奇妙な合意がここに生まれる。
しかし、あの桜宮恋に僕が恋愛指導とは……
この数奇な状況こそフィクションに思えて仕方がない。
だけど――
おかげで灰色に染まりかけていた僕の高校生活に小さな彩りが宿りだしたのは確かであった。
「ふぅ」
もうすっかり暗くなった時間に帰宅する。
こんな時間まで外に出ていたこと自体久しぶりだった。
「さて――」
明日から早速雨宮さんに恋愛指導を行うことになる。
具体的にどんな風に教えれば良いのか全く見当はつかない。
まぁ、とりあえず自分の小説でも久しぶりに見返しておこう。
僕は机の片隅にある自身の小説『大恋愛は忘れた頃にやってくる』に手を伸ばした。
「あっ……」
その途中、自分のPC画面のメールアイコンの文字が目に留まった。
「そうだった。あの人のメールを昨日スルーしていたの忘れてた」
僕が小説家だろぉに新作投稿した直後に届いたメール。
ものすごく嫌な予感がしたのでスルーしていたんだっけ。
さすがに2日連続でスルーしてしまうわけにはいかないか。
意を決してメール画面を開く。
『すぐに電話するように!』
メールにはそんな一文だけが残されていた。
うわ。緊急招集系の内容だったか。スルーしていたことを悔やむ。
メール届いてから1日開いているけど今電話して良いものか? 遅い時間でもあるし。
まっ、あの人相手だからいっか。
僕は軽い考えで『あの人』へコールする。
メール本文には『電話』と書いてあるが実際は『ボイスチャット』だ。
PCのアプリを立ち上げて『あの人』へ連絡を入れる。
まるでPC前に張り付いていたかのように即時にレスが飛んでくる。
「も、もしもし! ちょっと弓さん!?」
少女のように甲高い声。
実際に少女なのかもしれないが僕が彼女の年をしらない。
たぶん同年代だとは思うのだけど、お互いにプロフィールを明かさないことが暗黙のルールになっていた。
「あ、すみません雫さん。メール今気づいて」
水河雫さん。水属性の化身のような名前。
僕の『弓野ゆき』みたいに著名だとは思う。
「そんなことはいいの! それより弓さん! 新作書き始めたのならなんで私に言わないの!?」
「あー。あれ見ちゃったんですね」
雫さんの言う『新作』というのは昨日『だろぉ』に投稿した駄作のことだろう。
雫さんには前々から『だろぉ』で投稿するかも、という相談は行っていた。
ただ投稿時期に関しては何も公言していなかったので結果として驚かせてしまうことになったのだろう。
「もーー! 私が一番最初の読者にならないと駄目なのに!」
「だ、だめなんですか?」
「駄目なの!」
雫さんは僕の作品をいつも肯定的に読んでくれていた。
ここがよかった、このキャラ好き、ここの文章表現すごい。
素直に嬉しさはあるのだけど逆に批判を全く言わないから怖さもあった。
だからこそ今回の作品を雫さんに見せるのは躊躇われた。あの雫さんにボロクソ言われてしまったら立ち直れなくなる可能性もあるからだ。
もちろん批判なくして作品の成長は見込めない。
だけどその役は雫さんじゃなくてもいい。
個人的には雫さんは無条件で僕の作品を誉めまくるbotになっていて欲しかった。
「ど、どうでした?」
読まれたからには感想を聞かないわけにはいられない。
雫さんも感想を言うために僕にメールしてきたのだと思うから。
「……泣いちゃった」
「はぁっ!?」
泣いたってどういう意味だろう。糞過ぎて泣けたってこと?
「感動して……涙が溢れちゃったよ」
「うそぉ!?」
個人的には駄作極まりないと思っていたのだけど、やはり書き手と読み手では感じ方が違うものということか。
これは素直に嬉しい。僕って異世界転生モノ創作に適正があったのかもしれない。
「弓さん。また小説を書き始めてくれたんだね。泣くほど嬉しかった」
「あ、そういうこと……」
事情があって僕はしばらく筆を取っていなかった。
雫さんは僕が再び書き始めたことに感動していたようだ。
泣くほど、というのはさすがに大げさな気もするけど。
「もう、立ち直れたんだね」
「うん……まぁ……そうですね」
「良かった……」
完全に鼻声になっている。おそらく画面越しで涙を拭いているのだろう。
ここまで心配してくれていたことは素直に嬉しいけど、同時に申し訳なさがこみ上げてくる。
「そうそう。言うまでもないけど新作も挿絵は私がやるからね」
「それはもちろん。僕なんかの小説で良ければこちらからお願いしたいくらいですよ雫さん」
水河雫さん。
僕の処女作『大恋愛は忘れた頃にやってくる』を出版時に表紙と挿絵を描いてくれたイラストレーターさんであった。
出版されたのは後にも先にもその1作のみではあったが、彼女は僕が趣味で書いていた出版見込みのない小説にも絵を付けてくれていた。
『大恋愛~』が出版されてから僕が『だろぉ』に出会うまでの間、僕と雫さんは小説とイラストを互いに送りあう遊びをやっていた。
僕が過去に書いた小説を送り、その数日後に雫さんから挿絵が届く。二人だけの作品の押し付け合い。
その微笑ましいやり取りは僕にとって何よりも救いになっていた。
どうして出版見込みのない作品にも絵を付けてくれるのか聞いたことがあったが、『作風に惚れているからだよ』と何とも照れくさくてうつむきたくなる答えを返してきた。
『大恋愛は忘れた頃にやってくる』が売れたのも彼女が絵を付けてくれた功績が一番大きかった。
僕の方こそ雫さんの絵に惚れているのだ。
「それで、肝心の新作の感想も教えてもらっても良いですか?」
「え? 内容は普通につまらなかったよ?」
「うわあああああああああっ! ざっくり言われたあああああああ! ついに雫さんにもつまらないって言われたあああああああ!」
「でも挿絵は私やるからね」
「あんた天使か!?」
「でもでも初めて弓さんの作品つまんねーなーって思ったなぁ」
「悪魔か!?」
「弓さん! 安心してね。どんなに内容が微妙でも私だけは見捨てないからね」
「魔王か!?」
「さーって、さっそく1話のイラストかこーっと。弓さん完成したら送るからね~」
それだけ言い残すと雫さんは鼻歌交じりに通話をぶつ切りしてきた。
「本当なんなの!? あの人!」
どうしていつも素敵なイラスト描いてくれるの!? なんで内容が糞と思いながら楽しそうにイラスト描こうとするの!? この何とも言えないもやもやどうしたらいいの!?
短期間でこんなにも僕の心を揺るがすとか、小悪魔の才能が在りすぎる。
あの人の場合、天然なんだろうけど。
「……真面目にプロットかこ」
明日の雨宮さんとの恋愛相談の予習がする気が一気に失せてしまった。
今は一刻でも早くだろぉ作品の修正を行いたい気分になった。
―――――――――――――――――――――――
キャラクター紹介
◆雪野弓(著名:弓野ゆき)
代表作『大恋愛は忘れた頃にやってくる』(文章)
◆水河雫
代表作『大恋愛は忘れた頃にやってくる』(イラスト)
◆雨宮花恋(著名:桜宮恋)
代表作『才の里』
本名と著名がごちゃごちゃになりそうなので文尾スペースで定期的にキャラクター紹介文乗せていこうと思います。
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