第47話 サボっているなら出て行ってもらえます?

 昨日在った出来事をなるべく細かく説明をした。

 もちろん伏せるべきところは伏せたが。青士さんの本心とか。

 話し終えると、その場に居るメンバーは納得した顔と納得いかない顔の見事に二分化した。


「なっとくいかない」


 というより納得のいっていない顔をしているのは小野口さんのみだったりするが。


「青士さん、私は貴方が月ちゃんにやったことを簡単に許す気ないから」


 うわぁ。うわぁ。

 小野口さんが怒ってる。

 ここまで感情的な姿は初めてみたかもしれない。


「わーってるよ。アタシも許されるとは思っちゃイネーし」


 青士さんは意外と大人の対応で返していた。

 喧嘩腰の小野口さんに対し、口げんかで返さない辺り、やっぱり青士さんは変わったと思う。


「ふ、二人とも……怖いですよぉ……」


 二人の間に割って入ったのは月羽。

 ここは教師である西谷先生が割って入るのかと思っていたが、先生はチョーク投げスキルアップの特訓に夢中のようだった。


「ごめんねぇ、月ちゃん。もう怖い顔しないからね。ナデナデしていい?」


「なんでですかっ!」


 まるで脈絡なく月羽にデレ出す小野口さん。

 いつも通りとはいえ、この豹変っぷりは見ていて凄い。


「おい、待て小野口! 星野はアタシを殴りつけた後に素足で踏みつける行為で忙しいんだ。後にしろ!」


「決定事項みたいに言わないでください! そんなことしませんからっ!」


 大人気だな月羽。

 なんか月羽と青士さんの間にも百合百合しい臭いを感じる。


「もー! みんな、落ち着きなさい! 喧嘩する為に集まったわけじゃないでしょう?」


「「「「…………」」」」


 言っていることは最もなのだけど、今まで只管チョークを投げてただけの人間に言われたくなかった。


「まぁ、その、勉強しようよ」


 収まりがつけばラッキー程度に思いながら、ダメ元で提案してみた。


「そうですね」


「うん。まぁ、そうだね」


「おう。ベンキョーベンキョー」


 アッサリ収拾がついた。

 先ほどまでのヒートアップは何だったのだろうか。


「今日は数学ですね」


「「げっ……」」


 『数学』という単語に僕と青士さんの言葉が詰まる。

 青士さんも数学苦手なのか。良い同士になりそうだ。


「一郎君の数学駄目っぷりは今更ですけど、青士さんも苦手なんですか?」


「ああ。アタシの夢はこの世界から数学を消すことなんだ。だから今まで数学はベンキョーしてこなかった」


 素晴らしい夢だけど、素晴らしい屁理屈っぷりだ。


「うーん。じゃあマンツーマンで勉強を見ましょう。私は一郎君に数学教えますから、小野口さんは青士さんに教えてあげてください」


「やだ。いくら月ちゃんの頼みでもヤダ」


 うわ。小野口さんが駄々捏ね始めた。


「はっ! アタシだってお断りだよ。秀才様のお教えは崇高すぎてアタシみたいな馬鹿には着いていけねーよ」


 なんでこの二人の間で確執が生まれているんだ。

 直接被害にあった月羽はケロっとしているから、代わりに小野口さんが怒りを爆発させている感じだ。


「じゃ、じゃあ私が青士さんに数学を教えますので、小野口さんは一郎君の方を頼みます」


「おう! よろしくな星野。アタシのことをぶん殴りながら数学を教えてくれ」


「そんな器用なことできません!」


 青士さんのドMがますます進む。どんだけ月羽に殴って欲しいんだよ。

 って、人のことを気にしている場合じゃない。僕も勉強を進めないと。

 僕が教科書を開いている間に、小野口さんがなぜか僕の横に移動してきた。

 そして耳打ちをしながら言葉を掛けてくる。


「(どうして青士さんをこの場に呼んだのよー!)」


 小野口さんが小声なので僕もそれに合わせて彼女の耳元で言葉を返す。


「(青士さん、まだ学校復帰は怖いみたいなんだ。だからさ、徐々に慣れさせるためにまずはこの放課後の集まりに参加させようと思ったんだ)」


「(むー、言いたいことはわかるけどさー。むむぅー、ちょっとくらいは私達にも相談して欲しかったぞー)」


 言いながら僕の脇腹を突いてくる。

 痛い……というよりくすぐったかった。


「(ごめんごめん……ってそれくすぐったいからやめてー!)」


「(おー? ここがキミの弱点かー? うりうり~)」


「(ぷっ! ちょ、ちょっと……本気でやめてっ……ぷぷふふっ……)」


「(相変わらず反応が可愛いなぁキミは。つい虐めたくなっちゃうタイプだよ)」


 言いながら脇腹弄りを止めようとしない小野口さん。

 ていうか楽しそうだ。先ほどまで青士さんに対してあんなに怒っていたのにもう笑ってるよ。月羽以上に喜怒哀楽が激しい人だ。


「おめーら。何いちゃついてるん?」


「「……はっ!」」


 青士さんにツッコまれ、動作が停止する僕と小野口さん。


「……サボっているなら出て行ってもらえます? 一郎君」


 月羽が怖い。

 今まで聞いたことのないくらい冷たい声で刺され、背中に汗を掻いた。

 なぜ僕だけに名指しなのかは分からないが、とりあえず謝っておかなければ。


「ご、ごめん月羽。ま、真面目にやります。あっ、小野口さん、ここ教えてくれる?」


「う、うん! ま、任せといて! あ、そ、そこはね――」


 じーっと月羽に睨まれながら、慌ただしく数学の教科書を開く僕。

 なかなか視線が逸れない。

 何だか監視されているようだ。


「おめえら。いつもこんなギスギスしながらベンキョーしてたん?」


 や、元はと言えば貴方が小野口さんと揉めるからこんなことになったのですよ。

 ……そんなこと、とても恐れ多くて言えなかった。

 とにかく勉強だ。集中すればこの微妙な空気も忘れるはず。


「…………」


「…………」


    ヒュッ、カンッ!


「…………」


「…………」


    ブンッ、カツンッ!


「…………」


「…………」


    ブォンッ! ガンッ!


「だぁぁぁぁぁぁぁぁっ! うるせぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 やはり青士さんがキレたか。

 まぁ、僕も月羽も小野口さんも最初はかなり鬱陶しく思っていた。

 今は結構慣れたけど。


「センセーはさっきから何やってんのさ!」


 あっ、そういえば青士さんにはこの集まりが西谷先生の授業更新特訓でもあることを説明してなかった。

 つまり青士さんから見れば、今の西谷先生は僕らの試験勉強中に只管チョークを投げ続ける変な人にしか見えないはずだ。


「ふっふっふっ。これは特訓なのよ青士さん。最近は八割程の命中率で後部黒板に当たるようになってきたわ」


「何を得意げに言ってんっすか、アンタは! チョークを後ろの黒板に投げ続ける意味がわかんねーんだけど!」


「甘いわね、青士さん。究極の授業を行うには後部黒板に100%チョークを当てられる投擲スキルが必須なのよ!」


 西谷先生が順調に壊れてきている気がした。

 これでラッパー西谷が復活すれば、更にいい感じの壊れ具合になるんだけどなぁ。

 おっと、青士さんがポカーンとしているから説明をしておかなければ。







「はー。それでセンセーは面白授業を身に着ける為にさっきからチョーク投げてたってわけか」


「そゆこと」


 数学の教科書とにらめっこしながら言葉だけを投げて説明をし終える。

 ふと顔を見上げてみると、青士さんが呆れた表情をこちらに向けていた。


「おめーら……その……なんていうか……アレだよなぁ……」


「アレって?」


「……いや、なんでもねぇ。途中参加のアタシがどうこう言えた義理はねぇからな」


 青士さんはどうも何かを言いたがっているみたいだ。


「いいえ、青士さん。私、是非とも青士さんの意見も聞いてみたいわ! どうすれば面白い授業ができると思う!? どういう授業が面白いと思う!?」


 青士さんへ迫る様に顔を近づける西谷先生。

 かなり切羽詰っているみたいだった。


「いや、チョーク投げしたり、モンスターのイラスト描いたりするだけでじゅーぶん面白いと思うが」


「もっともっと意見が欲しいの! それとこれはモンスターじゃなくて、ネズミさんです!」


 ネ、ネズミのイラストだったのか。

 この先生。チョーク投げのスキルばかり上がって、全く画力が上達しないなぁ。


「んー、そだなぁ。現国ってどうも内容が暗くて眠くなるから、そういうところを改善すればいんじゃね?」


「そうよねぇ。私も授業していて眠くなる時があるわ」


「「「あるんですか!」」」


 その場に居た全員のツッコミが被った。

 この先生、思っていたよりもずっと駄目な思考の持ち主だった。


「だって、仕方ないじゃない。教科書の内容がつまらないんだから」


「「「先生がそれを言っちゃ駄目!」」」


 この人、どうして現国の先生をやっているのだろうか。

 不思議で仕方なかった。


「あと、どうしてセンセーって言葉話すの早いん? ノート取っている最中に早口で説明されてもまるで頭に入らないんだけど」


 確かにそれはある。

 なんか、青士さんの意見が今までで一番まともな気がするぞ。


「青士さん、ノート取ってないでしょ」


「黙れ小野口」


 一番まともな意見を言う人が揚げ足を取られてしまっていた。


「とにかく! 確かに青士さんの言う通り、時間を気にするあまり早口になっていたかもしれないわね。うん。これからはもっとゆっくりしゃべるわ」


「わぁ、そうして頂ければもっともっと分かりやすい授業になりますね」


「どこぞの戦場カメラマンさん並にゆっくりしゃべるわ」


「そこまでしなくてもいいと思いますが……」


「……私は……これからも~……精進……したいと……思い……ま……す」


 なんだか死にそうな人みたいになっていた。


「いや、先生。そんなまったりとした喋り方ですと、授業が全然進まなくなるんじゃないですか?」


「……たしかに……それは……あるかも……しれま……せん……ね」


 もはや虫の息のようだった。


「だぁぁぁぁぁっ! 自分で提案しておいてなんだけど、その喋り方やめろぉぉぉっ! イライラする!」


 そしてまたも一番最初にキレる青士さんだった。


「そういえば戦場カメラマンさんに早口言葉をさせたらどうなるんでしょうね?」


 そして月羽はどうでもいい疑問を僕らに投げていた。


「……とーきょー……とっきょ……きょきゃきょく……」


「先生、ゆっくりでも噛んでますよ」


 とりあえず西谷先生は『ゆっくりとした喋り方』がとても気に入った様子だった。

 だけど小野口さんが先ほど言った通り、この喋り方では授業の進行に影響が出てしまうので、要所を喋る時だけこの喋りでいくという方向で収集がついた。


「……チョーク……スロー……」


    ヒュッ! ガンッ!


 西谷先生は『ゆっくりとした喋り方』をマスターする為に、日々ゆっくりしゃべるよう心掛けることにしたらしい。

 あと補足だが、西谷先生がゆっくりしゃべる度に青士さんがキレていたのは言うまでもなかった。


 そして今日も僕らが勉強をしている余所で、西谷先生が変なイラストを描きながら妙な喋り方でチョークをひたすら後部黒板に投げ続けていた。

 先生のレベルアップへの道は果てしなく険しいように見えた。

 そしてレベルアップする度に少しウザくなっているのは気のせいだと信じたい。




―――――――――


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