第105話 一郎君は今日も欠席です

 もう、15時か。

 学校では5限が終わった頃かな。

 青士さんの処分を決める職員会議が始まるまで後1時間。

 結局今日も学校休む形になっちゃったな。


『明日……学校に行ってみようと……思う』


 月羽の期待にも応えられなかった。

 いや、確かあの時僕はこうも言ったっけ。


『……明日になったらヘタれて部屋から出れない可能性が高いけど、でも頑張ってみようと思う』


 結局こっちの言葉が真実になってしまった。

 つまり嘘は言っていない。


「って、何を安心しているんだ、僕は」


 結局僕は何も変わっていないじゃないか。

 心にほんの些細な傷を負っただけ。

 そもそも学校を休むほどじゃないはずなんだ。

 それなのに何故か部屋から出ることすらできなかった。


「こんなに……弱かったんだ」


 知っていたつもりだったけど、思っていた以上に僕という人間はどうしようもない奴だったみたいだ。

 いや、弱くなった、というべきか。

 たぶんだけど、中学時代の僕の方が今より打たれ強かったような気がする。

 どうしてこんなに弱くなったんだ。


「って、そんなの考えるまでもないか」


 友達が出来たからだ。

 一人じゃなくなったから。

 だから些細な事でも傷つき、傷つけたくないと思うようになった。

 友達に自分を悪く思われなくないと知らないうちに願っていた。

 そんな最中に最悪のタイミングで深井さんの登場。


 深井さんが元彼女であることを月羽に知られたくなかった。

 中学時代の冤罪の数々を皆に知られたくなかった。

 冤罪なのだから堂々としていれば良いはずなのだけど、それすらもできなかった。


 くそっ! 僕には610の経験値が備わっているんじゃなかったのか?

 月羽は今も青士さんの為に動いている。その傍らで僕なんかの復活の為に毎日家へ通っている。

 一方僕はいじけて部屋から出れない始末。

 どうしてこんなに差が付いてしまったのだろう。

 610の経験値を手に入れたのは月羽だけで、僕はその半分の経験値も得ていないのではないか?


 ……と、いけないいけない。

 イジケモードがピークに達するとついこんな風にネガティブに考えてしまう。

 いつまでもこんな風にいじけているわけにはいかない。


「明日こそは……」


 明日こそは学校へ……いや、せめて外へ出てみよう。

 そうすれば案外簡単に学校へ行けてしまうかもしれない。

 青士さんには悪いけど、今日は月羽達に頑張ってもらって良い結果を願うしか――


    コンコン。


「……一郎? ちょっといいかしら?」


 明日から本気出す。そう誓った最中、外部から初老の声がする。

 って、母さんか。

 母さんにも随分心配をかけてしまったよな。

 最近はずっと無視していたけど、今日くらいは言葉に答えよう。


「何?」


「あんた今日も学校に行ってなかったのね。いい加減にしないと星野さんに愛想尽かされちゃうわよ」


「……」


 答えるんじゃなかった。

 今、一番考えたくない未来をサラッと言いのけたよこの親は。


「その星野さんから預かり物があるわよ。ちょっと開けなさい」


 月羽から預かり物?

 どうして母さんに……

 って、そっか。僕が部屋から出てこなかったから直接渡せなかったのか。

 僕はしぶしぶ立ち上がり、部屋のドアまでノロノロ歩く。

 鍵を開け、ゆっくりと扉を開く。

 母さんの顔、久しぶりに見た気がする。


「やっぱり初老が――」


    ゲシッ!


 口を開くよりも先に手を出してきたよこの人。


「……えっと、月羽からの預かり物って?」


「これよ。なんかの玩具みたいだけど」


 言いながらポケットから月羽から預かっていたというモノを見せる。

 親指くらいの小さな物体。

 それは見覚えのあるキャラクターの形をしていた。


「あっ!!」


 見覚えのあるどころか、これは僕が月羽に上げたモノじゃないか。

 確かあれは一学期の中間テストの後。

 そうだ。月羽が不登校から復学したその日、確か屋上で――


  ――『唐突だけどプレゼント』


  ――『……じゃがいもスター?』


  ――『うん。じゃがいもスター11号』


 対青士さん戦でも大いに役に立ったじゃがいもスターの録音機。

 戦いで余った録音機を在庫処分……じゃなくてプレゼントしたんだった。


「アンタが放課後の直前まで部屋から出て居なかった場合に渡すように言われていたのよ。はい。あんまり月羽ちゃんに世話ばかり焼かせるんじゃないのよ」


 じゃがいもスター11号が手渡され、母さんはさっさと一階へと降りて行った。

 僕も再びドアに鍵をかけ、ベッドに座り込む。

 懐かしいなこれ。ていうか未だに在庫が机の中にあるんだよなぁ。

 受け取ったじゃがいもスター11号をまじまじと見る。

 これを渡された意味。

 考えるまでもなかった。


「……やっぱり……」


 じゃがいもスターの腹部のランプ。

 それが青く輝いていた。


 この録音機は消耗品である。

 一度録音したら二度と上書き録音はできなくなり、再生も一度きりなのである。

 そして録音済み且未再生の場合はこのように腹部が青く輝く。

 つまり月羽は僕にメッセージを渡してくれたのだ。


 このタイミングで月羽が僕にメッセージを渡す意味。

 今まで毎日部屋の前まで話をしてくれていたのに、わざわざ録音機に言葉を託す理由。

 嫌な予感が過る。

 同時にさっきの母さんの台詞も蘇った。


『いい加減にしないと星野さんに愛想尽かされちゃうわよ』


 本当に愛想を尽かされてしまい、別れとか絶縁の言葉が入っていると考えると物凄く自然なのだ。

 これを再生するのが怖い。


「って、何を考えているんだ僕は」


 ここまでしてくれてメッセージを聞かないなんて選択肢こそありえないじゃないか。

 仮に別れ話だとしてもそれは僕の自業自得。だから受け止めなければいけない。

 ……受け入れられる自信ないけどね。


「……よしっ!」


 手が汗ばむ。

 じゃがいもスターを一度強く握り占める。


 こんなことで悩んでいても仕方がない。

 覚悟を決めた。

 右手を開くと、僕は震えた左手で再生ボタンをゆっくりと押したのだった。







    【main view 星野月羽】



 会議室に行く前にまず職員室に寄った。

 唯一の味方である沙織先生に会っておきたかったから。


「いよいよ今日ね」


「はい。絶対に青士さんを助けます!」


「そうね。頑張りましょう」


 先生も緊張した面持ちです。

 でも教師の味方が居るだけ心強いです。


「ねぇ、二人とも。先に言っておくけれど、私は教師という立場上中立で居なければいけないルールがあって、生徒贔屓にするわけにもいかないらしいの」


「そんな……」


「でも新米という立場を利用して遇えて皆を贔屓しまくってやるわ! たぶん私は会議の中ではルールの知らない空気の読めない教師になるでしょうけど構わないわ。なんたって『新米』ですもの。後で責められてもそんなルール知らなかったと言い通して見せるわ」


「沙織先生!」


「さすが沙織さん! 大好き!」


 小野口さんが先生に抱き着いて喜びを表す。

 本当に良い先生です。最初はちょっと苦手でしたが、今では私達にとってなくてはならない存在です。


「――それをここで堂々と宣言するのもどうかと思うがね」


「……げっ」


 隣の机から中年先生の声が掛かる。

 味方なのか敵なのかよく分からない人。

 私達の担任の田山先生です。


「まぁ、今回は黙認するとして、せいぜい青士が退学にならないよう尽くしてくれたまえ」


「……田山先生も協力してくれるのですか?」


「ああ」


 ……意外でした。

 田山先生は絶対私達の障害になると思っていたのですが、今回は味方になってくれそうです。


「青士の退学は私の学年主任として立場も左右するからな。頼んだぞお前たち」


 ……まぁ、知ってはいましたけど。

 敵にならなかっただけ良かったと考えるべきでしょう。


「そういえば池君は?」


「さぁ。朝にちょっとお話ししたのだけど、それ以来見ないんですよねぇ」


「準備があるって言い残して出て行ったのですが……先に会議室へ行ったのでしょうか?」


「そうなんだ。そういえばさっき青士さんから電話あったわよ」


 ここにきて新情報です。

 当日になってやっと青士さん自身も危機感を持ってくれたのでしょうか。


「ホント!? 学校来るって!?」


「いいえ。そういうことじゃなくて住所を教えて欲しいって」


「はい? 住所? どこの?」


「それが――」


「――皆さん。そろそろ会議が始まります。会議室へ移動をお願いします」


 沙織先生の言葉を遮って教頭先生の声が職員室に響く。

 もうそんな時間ですか。いよいよです。


「時間ね。行くわよ。二人とも」


「「はい!」」


 沙織先生を先頭に私達はその背中を追うように会議室へと向かった。

 この職員会議で全てが決まってしまう。

 発言は慎重に、だけど主導権を握るくらいの勢いで在らなければいけない。

 私に……私達にそれが出来るのでしょうか。


「――あら、奇遇ね。こんな所で会うなんて」


「!!」


 会議室のドアの前にてバッタリ遭遇してしまう。

 深井玲於奈さん……を先頭にして現れた南高校職員の方々。

 会っただけなのにその存在感に圧倒されそうになった。


「ま、負けないんだから!」


 小野口さんが若干震えた声で深井さんに宣戦布告する。


「別に私は証人として呼ばれただけだから、勝ち負けとかどうでもいいんだけど」


 深井さんは表情変えずに淡々と言葉を返していた。


「貴方達も会議に出席するのかしら?」


「そ、そうだよ! 敵なんだから!」


「だから敵とか勝負とかどうでも良いって言っているでしょう。それよりも……高橋君は……いないわよね?」


 この人はいつも一郎君のことを気にしている。

 その真意は未だによく分かりませんでした。


「一郎君は今日も欠席です」


「そ。ならいいのよ」


 そして一郎君が居ないことを安心する深井さん。

 あの言葉がフラッシュバックする。


  ――『もともと彼に『絶望』してもらうためにここに通っていたの』


 頑なに一郎君の絶望を望む深井さん。

 ……いけませんね。一郎君のことになるとついつい頭に血が上ってしまいます。

 今は冷静に、青士さんの退学を取り消すことだけに全力を注ぐときでした。


「南高校の皆様は向かって左側に着席ください。当校の職員は反対側にお願いします」


 教頭先生の指示で次々に着席していく。

 学校ごとに座る場所を分けたのに意図を感じます。

 ……って、アレ?


「全員席に着きましたね。では時間も良い頃合いなので、早速職員会議を始めさせて頂きたいと思います」


 えっ?


「(ちょ、ちょっと月ちゃんっ!)」


「(こ、これって……)」


 教頭先生の職員会議開始の合図と共に私と小野口さんは異変に気付く。

 沙織先生も同じように首を傾げていた。


「本日は遠い所よりご足労頂き、誠にありがとうございます」


 ほ、本当に会議が始まってしまいました。

 戸惑いが隠せず思わずソワソワしてしまう。

 だって……


「(居ない……)」


 居るはずの人が居ない。

 それも……一人だけではない。

 圧倒的にこの会議室には人数が足りていなかった。


 まず、反対側の席。

 深井さんの圧倒的な存在感で隠れているのかと思いましたが、いくら室内を見回してみても……相田さんと鷲頭さんの姿がありませんでした。


 そしてこちら側の席。

 本来ならば私達の隣に居るはずの人がいませんでした。


「池さんが……来ていない?」

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