第42話 私のドキドキを返してください!

「イケメンとして問おう」


 月羽以上に突拍子のない人初めて見た。

 突然、学校の有名人である池くんが僕のクラスに乗り込んできたかと思えば、僕の席の前に立ち止まり、そして今の言葉だ。

 クラス中が急に登場したイケメンに戸惑っている。

 中でも声を掛けられてしまった僕が一番戸惑っていた。


 なんだんだ? 一体。

 僕と池君の接点なんて今まで微塵もなかったというのに。


「キミ、昨日、映画館に居たね」


「え? あ、うん」


 どうして知っている。

 池君クラスのイケメンともなると、凡人の休日なんてテレパシ―でお見通しってわけか? 馬鹿な。小野口さんならともかく常人である池君にそんなことできるはずがない。


「なぜ僕がイケメンなのか、聞きたそうな顔しているね」


 ある意味気になるが、まるで見当違いなことを言いだした池君。

 やべぇ、この人面倒くさい人だ。青士さんとはまた別のベクトルに面倒くさい人だ。


「えっと、確かに昨日映画館には行ったけどそれがどうかしたのかな?」


「ふっ、実は俺も映画好きでね。同じ映画館で映画鑑賞に洒落込んでいたのさ」


 池君も見たのか。あの『学園殺人事件 ~ラブと10回言わせて~』を。

 イケメンもB級映画見るんだな。


「どうだった?」


 純粋な興味。

 池君はあの映画をどう思ったのかなんとなく聞いてみただけだった。


「……麗しかった」


「はっ?」


 う、麗しい?

 あの映画に麗しい要素あったか?


「長い髪をレフトに纏め上げ、白い肌と綺麗な瞳が極上の可憐さを演出していた」


 そ、そんなキャラ出てきたか?


「あっ、もしかして4番目に扇風機に巻き込まれて自殺したキャラのこと?」


「……キミは何を言っているんだ?」


 いや、僕にしてはキミこそ何を言っているんだ状態なんだけど。

 どうしよう。会話が噛みあわない。


「あの子は一体誰なんだ!? 是非とも紹介してほしい!」


 あの子?

 紹介してほしい?


 もしかして、もしかしなくても、それって月羽のことを指している?


「イケメンである僕が……まさか……まさか……一目ぼれなんてしてしまうなんて!!」


 ひ、一目ぼれとな?

 ていうかこのイケメン彼女とか居なかったんか。あんなにファン居るのに。


「たのむ! 紹介してくれ! 紹介してくれたらキミにセカンドイケメンの称号を与えてもいい!」


 意味不明な称号は別にいらないとして。

 うーん。紹介かぁ。

 イケメンに月羽を紹介かぁ。


 ……気が乗らない。


「頼む! クラスと名前だけでいい! それだけ教えてくれたら俺のイケメン力で何とかするから!」


 イケメン力で何とかされてしまう月羽。

 なんか想像できないが。

 それでもなんだかなぁ。

 とりあえずダンマリはよくない。

 仕方ない。答えるか。


「あの子はG組の真更光まさらひかりさんだよ」


「G組の真更光さんだね! ありがとうキミ! 感謝する! キミは僕の次くらいにイケメンだ!」


 イケメンにイケメンと言われてしまった。

 悪い気はしなかった。

 そしてついつい嘘を教えてしまったこともそんなに悪い気はしなかった。







「月羽。その、実は、一目ぼれなんだ」


「ふぇわぇぁ!?」


 見たこともないくらい月羽が慌てている。

 後ろに飛び退いた勢いでベンチから落ちていた。


「大丈夫?」


 手を差し伸べてみる。


「ひ、一目――え? そ、その……ふぇえ!?」


 しかし、月羽は手を握り返さず、目を泳がせまくっている。

 落ち着きのない一面がある所は知ってはいたが、ここまで慌てている姿を見れるのは珍しい。


「白い肌と綺麗な瞳が極上の可憐さを秘めている」


「え……あ……ぅえ……」


 なぜか顔を真っ赤にしながら目を泳がせまくっている。


「――って、E組の池君が言ってたよ」


「………………は?」


「だから池君が月羽に一目ぼれしちゃったんだって。昨日映画館で目撃されちゃってたみたいでさ」


「………………」


「月羽? どうしたの?」


「…………わ――」


「わ?」


「私のドキドキを返してください!」


「急に何!?」


「もぉぉ! なんでもないです! なんでもないんです!!」


 なぜかヤケクソ気味に乱暴にベンチに再び腰を掛ける月羽。


「ああ! もう! 今日の経験値稼ぎ始めますよ!」


「ぇ? その、池君の件は?」


    キッ!


 うお! なぜか睨まれた。超怖い。初めて月羽のことを怖いって思ったかも。

 とにかく池君の件はスルーする方向みたいね。了解です。月羽さん。


「よし! 決めました! 今日の経験値稼ぎは『一郎君をドキドキさせる』に決定しました」


「なんか偉く一方的な経験値稼ぎだ!」


「だって……私だけドキドキさせられて……悔しいですもん!」


「だから何の話!?」


 いかん。今日の月羽さんは表情豊かすぎる。

 慌てたり、赤くなったり、怒ったり。

 知ってはいたけどこの子は表情豊かな子なのだ。それを周囲に知ってもらえれば月羽は元ぼっちなんてやってなかったんだと思うんだけどなぁ。


「とにかく今日の経験値稼ぎはお互いをドキドキさせればいいんだね?」


「だから私はすでに――いえ、もういいです! 私の方が一郎君をドキドキさせてあげるんですからぁ!」


 なんか不思議な流れになってしまった。

 いつもと毛色の違い過ぎる経験値稼ぎ。一体どうすれば月羽はドキドキしてくれるのかわからない。

 ていうか僕は普段から結構月羽の行動にドキッとさせられている故に、今回の経験値稼ぎは僕だけが苦戦しそうだった。







「えい!」


 月羽が一気に距離を詰め、僕の右手を握ってきた。


「えへへー。どうですか? 女の子に手を握られるなんてドキドキするでしょう?」


 まぁ、ちょっと前に僕なら緊張で声も出なかったと思う。

 だけど――


「月羽、昨日僕ら五時間も手を繋ぎっぱなしだったの忘れてない?」


「……ですよね」


 月羽の柔らかくて冷ための手はもはや握り慣れたというか、いや多少はまだ緊張するけれど、この子と手を繋いで歩くのは今や自然なことのように思えた。


「うーん」


 首を傾げながら両手で僕の右手を包んでくる。


「…………」


 天然なんだろうけど、不覚にも可愛いと思ってしまった。

 って、月羽ばかりに行動させるのでは経験値稼ぎの意味がない。僕も何か行動を起こさなければ。

 しかし、今更手を握ったり、頭を投げたりした程度では月羽は動揺しないだろう。

 そうだ。言葉でドキッとさせてみよう。


「月羽、可愛い服きているよね!」


「あの……学校指定の制服なんですが……」


 うお。そうだった。

 女の子は衣服を褒められれば嬉しいってネットでみたことあったので実戦してみたのだが裏目に出てしまった!


「うーん。一緒に居て安らぐ所とかや真っすぐで綺麗な性格を褒めた所で今更って感じがするしなぁ」


「~~~~っ!!」


「さて、どうしたものか」


 この経験値稼ぎ、結構難しいぞ。

 女の子ってどうすれば喜ぶだとか今まであまり考えたこともなかった。


「……天然ですか。この人は」


「えっ?」


「わ、私だって負けないんだもん!」


 なぜか月羽が顔を赤くしながら闘争心を燃やし始めている。

 何が月羽のやる気を押したのか知らないが、とにかく彼女は何かを仕出かそうとしていた。


「い、一郎君って背が高いですよね!」


「163cmですがなにか?」


「わ、私より10cmも高いです!」


 なんだろう月羽的には精一杯褒めてくれているんだろうけど、僕は悲しさしか込み上げない。

 あーあ。身長170cmある人が羨ましいなぁ。身長分けろなんて無理なことは言わないけど、背の高い人滅んでくれないかなぁ。


「ぅぅ、一郎君が中々喜んでくれないです」


「だって、月羽。自分が僕に『月羽ってちっちゃくて可愛いから守りたくなるんだ』なんて言われても嬉しくないでしょ?」


「~~~~~~~っ!!!」


 外面的な所を褒めるより内面を褒めたほうが良い気がする月羽の場合。


「……て、天然たらし」


「ん? 何か言った?」


「なんでもないです!」


 なぜか月羽のヒートアップがますます加速している気がする。

 なんだろう? 僕変なこと言ったかなぁ?


「う~、一郎君をドキドキさせる方法、一郎君をドキドキさせる方法……」


 首を傾げながら、彼女の手の中にある僕の右手に別の感触が加わっている。

 月羽が指で僕の手の平や手の甲をニギニギ握っているのだ。

 たぶん無意識にやっているんだろうけど、このくすぐったい感触とちょっと子供っぽい行動に少し赤面しているのは知られたくない。

 この子、故意の行動よりも天然による行動の方が可愛らしい気がする。


「う~~~、全く思い浮かばないです」


 コテンッとこちらに身体を傾け、体重を預けてくる月羽。

 そのまま腕を通り抜け、僕の膝元に頭を乗せられた。

 長い髪の隙間から除く大きく綺麗な瞳が僕の目を真っ直ぐ捕える。


「今回の経験値稼ぎは失敗ですかねー。残念です」


「…………」


 月羽はこう言うが、この体制こそがかなりのドキドキを演出していたりするのですが……

 慣れすぎじゃないかね? 月羽さん。まぁ、僕も月羽の膝で寝ていたことがあったから人のことは言えないけど。


「でも! いつかリベンジしますからねー!」


 膝枕の体制のまま、腕を天に伸ばし、軽く握った拳を僕の頬で軽く当てる。


「まっ、いつでもかかってきたまえ」


「ぅー。余裕そうですこの人。絶対絶対リベンジするんですからー」


 どちらかといえば月羽の方が余裕そうなんですが。

 月羽をドキドキさせる方法か。次のリベンジまで考えておかなきゃな。


「今日は風が気持ちいいです」


 そのまま静かに瞳を閉じる月羽。

 確かにやや冷たい風が気持ちいい。

 でももうすぐ夏だ。こんなに気候に恵まれた日はそうそうないんだろうなー。


「寝るなよー?」


「ん……5分だけ……」


 うわ、すでに微睡みに負けかけてる。


「ん……やっぱり500秒だけ……」


 200秒増やしやがった。


「まっ、いっか」


 なんだか今日はいつも以上にまったりとした経験値稼ぎだった。

 何か忘れている気がしたけど、とりあえず今は月羽の頭の重さが心地良いので何も考えないことにした。




―――――――――


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