第17話 今日こそはガッツリ経験値稼ぎをしますからね

 昨日の失敗の原因を考えてみよう。

 まず、高橋君がクラスでいじめに遇っているのは間違いない。この前提は覆す必要はないと思う。

 でも高橋君はそれを認めようとしなかった。

 それはなぜだろう?

 更に考えてみることにした。


 いじめられているのにいじめられていないと言う。

 先生の相談にも応じようとしない。

 慢心しているわけではないが、私に相談すれば少しは解決に迎えると思う。

 何より先生が味方であるという事実が彼には心強いはずだ。


 ではなぜ彼はあんなに自分に否定的なのか。

 彼の立場になってみて考えてみることにした。


 ………………

 …………

 ……


 プライドではないだろうか?

 年上といえど、生徒と先生といえど、男が女に自分がいじめられていると告げるというのは、彼のプライドに傷がつくのではないだろうか?

 男心というのは正直言ってわからないが、男の子というのは女の子の前で強がってしまうものだと聞いたことがある。

 ならば彼のプライドをなるべく傷つけずに相談に応じる必要がある。


 でも私が女である前提は覆らない。

 更に私は少し童顔なので大人とすら見られていないのかもしれない。


 ならばどうしたらいい?

 どうするのがベストなんだろう……




    ***




 雨だ。

 ついに降ってしまった。

 放課後までには止んで欲しかったが雨雲さんは退場してくれなかった。

 さて、今日はどこに集合すればいいのだろう。

 当然ながらこの大降りの中、屋上ベンチで待ち合わせるわけにはいけない。

 ならば無難に食堂辺りに集合すればよいのでは? と一瞬思ったが、いつぞやの『校内で会話をしましょう』ミッション失敗があるので、何となく食堂には集合しにくい。

 とりあえず屋上に向かってみるか? あの子時々おかしな行動するからこの雨の中、傘をさして屋上で待っているかもしれない。







 星野さんは普通に屋上手前の踊り場で待っていた。


「星野さんにしては無難な場所で待っていたね」


「いきなりなんですか! 『この雨の中、屋上で傘をさしながら待っているとでも思った』、みたいな顔して登場するのやめてください」


 安定のエスパー少女だった。


「でも本当にこれから雨が降ったらどうしましょう? 集まる場所も再検討した方がいいとは思うのですが……」


 来月には梅雨に突入することだし、そういうことは早めに決めておいた方がいいのだけど。


「う~ん」


「う~」


 たぶん、僕と星野さんの考えていることは同じだと思う。

 先ほど星野さんが言った通り、雨が降ることを考慮して集合場所を変えることを考えた方が良いと思う。

 思うのだけど……

 なんか愛着沸いちゃっているんだよなぁ。あの隅っこのベンチ。


「ていうかさ、雨の日はここに集まればいいんじゃない?」


「ここ……ですか?」


 小さく見渡す星野さん。屋上手前の狭い踊り場ではあるが、僕達以外まるで人影がない。

 まぁ、雨の日に屋上へ通ずるこの場所へ集まる人なんて僕達以外いないということだろう。

 基本、経験値稼ぎは人が居ない所でやりたいことではあるので、そういう意味では好都合な場所だった。


「あー、でもちょっと狭いかな?」


 踊り場というが、建物の作りのせいか、かなり狭い。

 幅でいうならばいつものベンチよりも狭い。

 ていうか今も僕と星野さんの距離は近かった。


「ま、まぁ、良いのではないですか? はい。たぶん。きっと。ここで待ち合わせで良いと思います」


「そ、そうだね」


 お互いに顔を見合わせては俯く作業が捗る二人。

 最近、距離が近すぎる気がしてならない。

 嫌、というわけでは勿論ない。むしろ光栄だ。

でも異性との関わりがまるでなかった万年ぼっちの僕達にはやはり照れ臭いものが込み上げる。


「こ、こほんっ。で、では気を取り直していつものやりましょうか」


「そうだね。昨日はお流れになっちゃっからえらく久しぶりな気がするよ」


 『いつもの』で分かりあっちゃう辺りが何だか愉快だった。


「今日こそはガッツリ経験値稼ぎをしますからね♪」


 昨日も聞いたようなセリフだ。

 星野さんも久しぶりでテンションが高まっているのかもしれない。


    ピンポンパンポーン


 と、このタイミングで校内放送の鐘音が割り込んだ。

 あっ、なんかデジャブ。


『二年A組の高橋一郎くん。二年A組の高橋一郎くん。至急職員室の西谷先生の所までお越しください』


「おや……」


「あぅぅ」


 昨日と全く同じ割り込み方で呼び出しが掛かる。

 神タイミングにも程があるだろう。


「また担任に呼ばれちゃった」


 昨日今日で嫌な予感がするな。正直行きたくない。

 でも行かないわけにはいかないんだろうなぁ。


「ぅぅぅぅぅううううううううううううううううっ!」


 星野さんがすでに獣化していた。

 目が本気で獣っぽくて怖い。


「ご、ごめん。星野さん。今日も呼ばれたみたいだからちょっと抜け――」


「…………」


 目が獣のまま無言になる星野さん。

 頬が膨らんでいる。

 なんだか後ろ髪が引かれているような感覚だった。


「こ、こんど五円チョコ奢るから許して。それじゃ!」


「私との経験値稼ぎは五円と同等ですか!? って、もういないです!?」


 本気でごめん星野さん。

 恨むなら空気の読めない担任を恨んでください。

 でも結局は恨まれるのは僕なんだろうなぁ。







「お久しぶりです。先生」


「昨日会ったばかりでしょ! ていうか今日の5限でも私の授業だったじゃないの!」


 星野さん並に良いツッコミを返す西谷先生。

 今日もまた相談室に通されている。

 そして安定のほうじ茶が僕の目の前に出されていた。

 淹れたてなのになぜかぬるかった。


「それで、今日は何の用でしょうか?」


「え、ああ。そうだったわね。ちょっと待ってね。今準備するから?」


 準備?

 準備が必要なことが今から行われるのだろうか?

 少し怖くなり、思わず身構えてしまう。

 やがて、先生の『準備』が終了する。

 『準備』を終えた先生が僕の対面に腰を掛ける。


「……スパー」


「…………」


 先生が足を組みながら肩肘ついてタバコを吸いだす。

 ……火は付いていなかったが。

 なぜか野球帽を被っている。

 ……鍔の所に値札シールが付いている。百円かよ。百均で買ったな? それ。


「YOYO。高橋君よぉ。学校は楽しいかYO?」


 先生が壊れていた。

 至急救急車が必要なくらい壊れていた。


「…………えっと?」


「学校が楽しいか聞いているんだYO! 私――オレっちに正直に言ってほしいんだYO」


 これが校内人気ナンバーワン教師か。

 まぁ、お笑い部門では確かに人気ナンバーワンになれる器であることを今確信した。


「少なくとも今はとても愉快な気分です」


「可哀想な人を見るような目で言わないで!」


 先生が動揺していた。

 なにがしたいんだ? この人は。


「そ、そうじゃなくて……ごほんっ、オレっちならば色々相談しやすいんじゃないかNA? オレっちキミが心配なんだYO。素直な気持ちをぶつけチャイナ」


「僕は先生の方が心配です。待っていてください。今救急車呼びますから」


「お願い! 呼ばないで!」


 必死な形相で止められた。

 これがウチの担任なのか。この人のエセDJみたいな姿を見たことがある人は果たしてどれだけいるのだろう。


「どうしてキミは話題を逸らそうとするの! 先生はキミを心配して――」


「僕は今の先生が心配です。いいんですか? この教室窓の外から丸見えですよ」


「ぅえええええええ!?」


 心の淵から吐き出すような声を上げながら窓の方へバッと振り向く西谷先生。

 あっ、今がチャンス。

 先生さようなら。


    シャッ


「カーテンを閉めたからもう大丈夫――って居ないYO!?」


 正直もう付き合ってられなかった。

 ていうか先生の奇妙なテンションに着いていける自信がなかった。


 ……はぁ。それにしてもまた経験値稼ぎできなかったな。

 そうだ。今日こそ星野さんにちゃんと謝らなきゃ。

 僕は早速メールを送る。

 オチャメールにならないように細心の注意を施しながら。




  ――――――――――

  From 高橋一郎

   2012/05/08 17:02

  Sub チェケラッチョー

  ――――――――――


  最近の百均には野球帽なんて売っているんだね。

  おもちゃ臭いタバコのそこに売っているのかなぁ。


  -----END-----


  ―――――――――――




 送信してから思ったけど、また謝るの忘れてた。

 まっ、いっか。寛大な星野さんなら許してくれるだろう。



    ~~♪ ~~~♪



 即座に僕のケータイから通知音が鳴り出した。

 最近の星野さんは本当に返信早いなぁ。

 ちょっと前までの10分置きにメール送りあっていた時期が懐かしく感じる。




  ――――――――――

  From 星野月羽

   2012/05/08 17:05

  Sub ………………

  ――――――――――


  ……………………

  ……………………

  ……………………


  -----END-----


  ―――――――――――



 怖っ!

 『……』だけのメールなんて初めてもらったよ。

 沈黙獣化していることがよーくわかるメールだった。

 とても五円チョコくらいでは許してもらえない気がしてきた。


 でも僕悪くないよなぁ?

 たぶんだけど悪いのは西谷先生だと思う。


 そんな理屈っぽいことが通じる子ならどんなに良かったことか。







 ど、どうしてなの!?

 昨日に続き、今日も相談に失敗してしまった。


 高橋君のプライドを傷つけない為に策を練った。

 男が女に相談するとプライドが傷つくと思った私は必死に『男』になりきろうとした。


 慣れない男口調で接した。

 野球帽を被って男性っぽさをアピールしてみた。

 タバコ型の飴を咥えて大人っぽさも出してみた。


 この完璧な三拍子を持っても、高橋君は私に心を開いてくれなかった。

 私のプランではこうなるはずだった。


『YOYO。高橋君よぉ。学校は楽しいかYO?』


『楽しくないYO』


『それはどうしてだYO?』


『……先生に言っても仕方ありませんYO』


『そんなこというなYO。オレッチ、キミの味方だZE』


『せ、SENSEI』


『オレッチを信じて。ユーの正直な気持ちを教えてほしいYO』


『SENSEI……っ!』


 またも二行目からシナリオが狂った。

 これでは私がただのエセラッパーな印象を植え付けただけだ。


 何がいけなかったのだろうか。

 もう一度、今度は一晩じっくりと考えてみることにしよう。


 なんだか私、昨日から高橋君のことばかり考えている気がするなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る