第33話 この度は本当にありがとうございました
青士さんの余計な介入があったので無駄に時間を食ってしまった。
急いで屋上へ向かう。
結局あの後、青士さんが項垂れて喋らなくなってしまったので放ってきてしまったが、あの人なら大丈夫だろう。何の根拠もないけど。
最後の階段を駆け上り、勢いよく扉を開ける。
生暖かい外気が肌に当たった。
初夏の西日が扉を開けた瞬間に突き刺さる。
人気は相変わらずない。
隅っこに存在するただ一つの長い影を除いて。
「ここで一郎君を待つのも久しぶりな気がします」
長い髪を揺らしながらこちらを振り向き、微かに微笑む女子生徒。
やっぱりいいなぁ。待つ方もいいけど、待っていてもらえてるのってすごく幸せなことだと再実感した。
「久しぶり――でもないか。昨日来ていたし。でもなんか……久しぶり、月羽」
「なに言っているんですか。まぁ、気持ちは分かりますけれど」
そう。ここで会うからこそ月羽って感じだ。
昨日は緊迫感ありすぎて全く心休まる感じがしなかったからな。
「とにかく早く座ってください」
「うん」
月羽に促されていつものベンチに腰を下ろす。
お尻が少し熱い。初夏の日光が僕の座る場所を温めてくれたようだ。すごく余計なお世話だよ太陽さん。
すっ
あれ?
僕が座った瞬間、月羽が少し動いたような?
あれあれ?
距離が少しだけ近くなってる? ん? 全部僕の気のせいか? わからない。
「ひ、久しぶりの経験値稼ぎですね!」
「一昨日やったけどね」
「そ、そうでした!」
例のテスト結果を照らし合わせて平均の10点以上を取れてるか確かめ合ったのが一昨日。
あの40EXP獲得をもう忘れたのか。
まぁ、あの時は色々と大変な時だったからね。落ち着いていたように見えて切羽詰っていたに違いない。
「そだ。月羽聞いた? カンニング疑惑の件、月羽の処分検討取り消しになったって」
「そ、そうなんですか?」
おや、月羽本人にはまだ知らされてなかったのか?
ていうことは青士さんが最も早い情報ソースだったってことか。
じゃあ青士さんが停学三日の処分受けたことは黙っておくか。この子変に気にしそうだからね。
「あ、ありがとうございます! 全部、い、一郎君のおかげです」
「……?」
この子、なんでさっきから言葉がドモっているんだろう?
緊張してるように見える。
でもなんで?
久しぶりだからかな?
ならば緊張をほぐす努力をしてみよう。
「月羽」
「は、はい!」
「唐突だけどプレゼント」
「はい……え?」
戸惑いのままに僕の手からある物が手渡される。
手を開いて月羽はそれをまじまじと見つめる。
「……じゃがいもスター?」
「うん。じゃがいもスター11号」
対田山先生用に買ったじゃがいもスターの録音機(110円)。
20個も大人買いしたのはいいけれど、結局半分しか使っていなかったのだ。
プレゼント、といえば聞こえはいいが、本音言うとただの在庫処分だった。
でも月羽は嬉しそうに顔を緩ませていた。
「うわぁぁぁ。ありがとうです。一郎君!」
ようやく緊張が解けたのか、月羽の表情に笑顔が浮かぶ。
「えへへ。一郎君からのプレゼントは二回目ですね」
「二回目?」
はて? 以前にも何かプレゼント的な物あげたっけ?
思い出せない。
頑張って思い出そうと首を傾けていたら、途端に月羽の表情が一転して頬を膨らませていた。
「ぅうう。もしかして忘れたんですか? 私、すごく大事にしてるのに」
「うん。見事に思い出せない」
潔く事実を述べる。
「潔いにも程があります!」
そう言われても思い出せないものは思い出せない。
月羽との日々は一日一日が濃いからなぁ。ちっちゃなイベントはすぐに記憶上書きされてしまうのだ。
「ほら、いつかのゲームセンターで――」
ゲーセン?
「ロックンミュージックで月羽が廃人ばりな実力を見せたあの日?」
「なんか言い方が気になりますが、その日です」
ゲーセン経験値稼ぎの日か。
なんかえらく昔のことのように思える。一ヶ月も経っていないというのに。
よし、頑張って記憶を掘り起こそう。
「手を繋ぎながらクイズゲームやったっけ」
「へ、変なことは思い出さなくていいです」
「あの時共に対戦した『たかし』さん、『リグ姐さん』、『素人☆』さんはどうしてるかなぁ」
「なんでゲームの対戦者の名前は憶えていて、プレゼントイベントを憶えていないんですか!」
「まあ待って。今本気出すから」
「本気出さないと思い出せないレベルなんですか!?」
なんだかツッコミ具合がいつもの調子に戻ってきたな。
緊張ほぐしは成功したようだ。
さて、問題は本気でプレゼントイベントとやらが思い出せないことだな。
「ヒントはこれです」
言いながらついさっき僕が上げたじゃがいもスター録音機を見せびらかす。
ヒント……
じゃがいもスターがヒントなのか、録音機がヒントなのか、うーむ……
いや、待てよ、じゃがいもスターと言えば――
「そうか。プリクラだ」
「違います」
一蹴された。
あれ? 違った? じゃがいもスターと言ったら、懐かしのプリクラ『じゃがいもスターの来襲』のことだと思ったのに。
「うーん……」
「…………」
月羽が僕の答えを待ってくれている。
「う~ん…………」
「…………………」
答え……
「………………」
「………………」
こた……
「…………くぅ」
「寝ちゃいました!?」
「――ハッ! お、起きてるよ?」
しまった、沈黙が長い故についつい寝てしまった。
最近色々あって精神的に疲れていたのは僕も同じだったようだ。
「ちょ、ちょっと待ってね、今……思い出す」
「はぁ……」
「…………」
「…………」
再度沈黙が続く。
日も傾いてきて少し冷たい風が頬を撫でる。
微妙な冷たさがまた心地よかった。
「…………くぅ……くぅ……」
「……」
「…………くぅ~……くぅ~……」
「……はぁ」
なんだか月羽のため息が聞こえたような気がしたが、襲い来る眠気が容赦なく僕の意識を闇の中へと誘っていった。
「くぅ……くぅ……」
一郎君、完璧に眠っちゃってます。
当然ですけど、寝顔、初めて見ました。
「…………」
ついついその寝顔に見入ってしまう。
相変わらず可愛らしい顔しています。
だけど私は知っている。
私だけが知っている。
一郎君は可愛いだけの人じゃないってことを。
この人は誰よりも一生懸命で。
この人は誰よりも勇気があって。
この人は誰よりも――
「優しい……人……」
そんなこと一郎君と初めて会った時から知っていたこと。
知っていたと思っていたけど、この人は私の思っていた以上に優しい人でした。
このプレゼントだって一郎君の優しさの一部なんです。
「ゲームセンターで一郎君に取ってもらったじゃがいもスターのぬいぐるみの隣に置こうかなぁ」
一郎君からのプレゼントはいつだってじゃがいもスターです。
そのせいで私はすっかりじゃがいもスターにハマってしまったんですよ。
「それにしても……」
隣で眠っている一郎君を見ながら思う。
「この人、器用な体制で寝る人ですね」
背中を丸めながら項垂れるように首を前に倒し眠っている一郎君。
首や背中を痛めそうな体制です。
……いっそ、こっちに倒れてくればいいのに。
「って、私、何考えているんですか!」
しまった。隣で一郎君が寝ているのを一瞬素で忘れてました。
起きて……居ませんよね?
覗きこむように一郎君の顔を見る。
……かわいい。
って、そうじゃなくて!
ほっ。一郎君起こさずに済んだみたいです。
「そういえば」
いつか、一郎君が具合悪くてこのベンチで横になったことがありました。
実はあの時、私は膝枕させて安静にさせようとしたのですが、一郎君には避けられてしまいました。
倒れてきながら私の膝を避けるなんて、変な所で器用な人です。
でも、今なら……
「寝てるなら……避けられませんよね?」
今がチャンスとばかりに私は静かに一郎君の肩に触れる。
このままゆっくりと身体をこちらに倒す。
ゆっくり……ゆっくり……起こさないように……
「やったっ」
成功しました。
一郎君の頭が私の膝元に移行しました!
「えへへへ」
思わず顔がにやける。
なんだか一郎君を従えている気分です。
「…………」
あ、頭とか撫でてみても……
「バチは当たりませんよね?」
そーっと。
触れた瞬間一郎君が起きないようにそーっと頭に触れる。
わわっ、一郎君の髪の毛柔らかいです。どこまで女の子に近い体質の人なんですか。少し羨ましいです。
「…………」
一郎君の頭を撫でながら思い返す。
そういえばこの前、一郎君に頭を撫でてもらいましたっけ。
男の子に頭を撫でられるなんて恥ずかしくて絶対に無理だと思っていたけれど、一郎君だけは別でした。
それどころか物凄く心地よかったです。
たぶん一郎君だからなんだろうなぁ。
「…………」
それにしても良く寝てます。
疲れていたんですね。
ここ数日間色々ありましたから。
私の為に頑張りすぎなくらい頑張ってくれたんですから。
私の……為に……
「~~っ!」
あ、暑いですね。
夏が近いせいですね、きっと。ええ、きっとそうです。
「一郎君。いつか絶対恩返ししますからね」
たぶん、一生かけても返せないくらいの恩を貰っているから。
だから、一生かけてでも一郎君に恩返ししてするんです。
「この度は本当にありがとうございました、一郎君」
今は、ゆっくり休んでください。
明日からまた一緒に経験値稼ぎですからね♪
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます