第34話 納涼☆ホラーでホラッ涼しい
ザワザワ……
教室中が騒がしい。
騒がしいのはいつものことだけど、その騒がしさはいつもとベクトルが違っていた。
なんというか……見られている。
教室中の視線が僕に集中しているのがわかる。
僕はいつもより深く突っ伏し、ただ時が過ぎるのを待つ。
だけど、嫌でも会話の内容が耳に入ってくる。
『昨日ビックリしたよねー』
『うんうん。まさかあの高橋君が青士さん相手に喧嘩するなんて』
やめてー。
僕のことをヒソヒソ言うのやめて!
それにアレは喧嘩じゃない対決だ……あれ? 意味同じ?
『アイツがあんな啖呵きれるなんて驚きだよな』
『ああ。見直したぜ。アイツが机を蹴っ飛ばした時、俺ビビったもん』
マジやめてー。
変に褒めるのやめて!
いつものように居ない者扱いされていた方が100倍マシだよ。
『……で、アイツはなんで今日も寝たふりしてんだ?』
『勝者の休息ってやつだ』
おいやめろ。
僕の寝たふりに関してだけは触れるんじゃない。
ぼっちにとって寝たふりは聖域なんだ。机に突っ伏している間は誰もが触れることの許されない聖なる領域なのだよ。
『……格好良いなぁ』
『だよねぇ……可愛いし……なんかギャップ萌え』
今の僕に言われたわけじゃないよね。
うん、違う。今のは僕に向けられた言葉じゃない。
ああもう。早くチャイムなってよ。
キーンコーンカーンコーン
祈りが天に通じた!
嬉しさの余り、ついガバッと上体を起こす。
『おっ、勇者が目覚めたぞ』
『やっぱり可愛いなぁ』
……早く先生来い。
「……ぁー」
太陽が眩しい。
梅雨時期だと言うのに雨が降らないでくれるのは僕的にはありがたい。
暑いのは好きじゃないが、今はこのまま暑さで溶けていたい気分だ。
「なにかあったのですか? 一郎君」
月羽が心配そうに顔を覗きこんでくる。
って、いけないいけない。月羽に心配かけちゃいけない。
「なんでもないよ。ちょっと疲れただけ」
「お疲れですか? 私の膝で良ければ空いてますけど」
「……遠慮しとく」
なんでこの子は執拗に僕を膝枕させたがるのだろう。
昨日の気が付いたら月羽の膝で寝ていたし。起きた時、何がおきたのかと思ったよ。
「別に体調悪いわけじゃないからさ、今日の経験値稼ぎ始めよう」
「そうですか。じゃあ今日は身体を使わず、頭を使う系の経験値稼ぎでいきましょう」
未だかつて『頭を使う系』以外の経験値稼ぎってあっただろうか?
まっ、細かいことは気にしないでおこう。
「題して、納涼☆ホラーでホラッ涼しい」
「…………」
月羽も疲れているのかな。
「こほんっ。最近暑い日が続いているじゃないですか。そんなときこそホラーで涼しくなろうという企画です」
若干顔が赤い。
ホラーでホラッなんとか発言の後悔が表情に覗えた。
「えーっと? 怖い話で涼しくなろうって話は分かったけど、それのどこに経験値稼ぎの要素があるの?」
「よくぞ聞いてくれました」
待ってましたと言わんばかりに声のトーンを上げる月羽。
「ホラー話は二人で作るんです」
「ほほう」
ホラーの創作か。それは確かに頭を使いそうだ。
「最終的に二人とも涼しくなることが出来たら経験値――ん~、30EXP獲得です」
自分達で作ったホラーで背筋が震えなければいけないのか。これは難易度高そうだ。
でも面白そうだな。月羽のこういう発想好きだ。
「具体的にはどうやって作る?」
「ふっふっふー。ちゃんと考えてありますよ。二本、ホラー作品を作るんです」
「ふむ? 僕と月羽で一本ずつ作るってこと?」
「違いますよ~。それじゃ『二人』で作るってわけではないじゃないですか」
月羽は経験値稼ぎに置いて『二人』で達成するということに拘っている。
中間テストの時がいい例だ。あの時も『二人とも』平均の10点以上取ることで経験値獲得という条件だった。
どちらか一方だけが達成するのでは駄目なのだ。
あくまでもこれは僕と月羽、二人の経験値稼ぎなのだから。
「まず、私と一郎君で一つずつ物語を執筆します。だけどそれは半分だけです」
「ふむふむ」
「次に、それぞれが書いた物を交換し、物語を仕上げるんです」
なるほど。序盤僕が書いた物は月羽が仕上げ、月羽が序盤書いた物を僕が仕上げるのか。
確かにこれなら二人で二冊創作することになるな。それに一人で一冊仕上げるよりもずっと楽しそうだ。
「よし、やるからには傑作を仕上げよう」
「はい! せっかくですし、色々とお題を決めましょう」
「お題?」
『ホラー』以外で?
「せっかくだから恋愛要素が欲しいですね」
「ホラーなのに!?」
「それとバトル要素も」
「ホラーなのに!!??」
「一郎君も何かお題を考えてくださいよ」
といってもなぁ……
ホラーで、恋愛要素があって、バトル要素があって……
すでに条件は濃厚な気がするのですが。
「じゃあ……雪山」
「ホラーっぽいです!」
「それと……サンバ!」
「全然ホラーっぽくないです!?」
「ホラーで恋愛でバトルで雪山でサンバか。凄い作品が出来そうだ」
「あの、自分でお題設定しておいてアレですけど、それを全部取り入れるとカオスな作品が出来てしまうと思いますので、お題も分担しましょう」
月羽が急に現実的な意見を申し出てきた。
確かにその五条件全てを取り入れた作品はやばい気がする。ある意味見てみたい気もするけど。
「『ホラー』は前提条件として――そうですね。私は恋愛と雪山を頂きます」
「じゃあ僕はホラーとバトルとサンバだね」
「…………」
「…………」
何だか始める前から不安いっぱいだった。
家に帰ってすぐに僕はホラー作品の執筆に取り掛かった。
といっても執筆は半分だけという条件だ。
更にお題が設けられている。
僕が最初に取り掛かる作品は『ホラー』で『バトル要素』があって『サンバ』を取り入れなければいけない。
ホラーでバトルでサンバ?
「…………」
と、とりあえず、執筆に取り掛かろう。
台本風よりには小説風にした方が臨場感でるよね。
地の文は……んー、やっぱ一人称の方がいいかな。
主人公はやっぱり男かな。
よし、イメージ浮かんできたぞ。傑作を書こう。
【筆:高橋一郎】
俺、
家に帰っていないのだから当然親とはしばらく話していない。ふん、別に家に帰っても会話なんてしないがな。
こうして夜の街を歩くだけで俺の
「ふっ、
明かりの少ない裏通り。だけど月明かりさえあれば
おっ、あそこの自販機のおつり入れを漁っているのは親友のボブじゃねーか。
「よう。ボブ。今日もサンバの衣装が決まっているな」
「オーゥ。ミスターマサラ。コンバンハー」
このサンバ衣装野郎は俺の親友ボブ。
ストリートサンバダンサーであるコイツとはもう二年の付き合いになる。
「また自販機漁りか、ボブ。そんなに金に困ってんのか?」
「マアネー。ストリートだけじゃカネなくてイキテいけないよー」
「大変だな。しゃーねーからジュースでも奢ってやるよ。何がいい?」
「サンキューね。じゃあペプシお願いスルネー」
「はいはい」
ピッ
「ノー! ミスターマサラ! これ醤油ね」
「おっと。似てるから間違えたぜ」
「ショーガナイネー。ミスターマサラは。HAHAHA」
「はっはっはー」
お互い笑いあう俺とボブ。
相変わらず気さくで陽気な奴だぜ。
「……まて、自販機に……醤油……だと……」
「……オーウ! なんで醤油が自販機に売ってるデスカー?」
一頻り笑いあった後に気付く。
普通の自販機に調味料が売っているなんておかしい。
これは……
「くっくっくっ。これはホラーな臭いがしてきたぜ」
「ソウネー。面白くなってきたデース」
****
……なんだこれ?
自分で執筆しておいてなんだこれ?
まず主人公の名前よ。これはないだろ。
しかもえらい中二病な性格だ。
ある意味主人公ぽいけど、
そして申し訳程度のサンバ要素であるボブ。このキャラ絶対に必要ない。ていうか世界感が分からん。日本なのか外国なのかすらも。
それともう一つのお題である『バトル』がない。それにホラー要素も薄い。
まっ、いっか。この作品はここで月羽にバトンタッチしよう。
あの子ならきっとここから恐ろしいホラー件、熱いバトル話に発展させてくれるに違いない。
翌日。、放課後。
僕と月羽はいつものように屋上に集合していた。
ただ、いつもと空気が違っていた。
互いに黙ったまま俯いている。
双方の手には半分だけ執筆済みのノート。
なんていうか……空気が重かった。
「中身を見せる前に言うけど……ごめん、月羽」
先手を打って謝ることにした。
「その……私の方こそごめんなさい」
なぜか月羽の方も謝ってきた。
どうやら彼女の方も執筆が上手くいかなかったみたいだ。
ある意味、中身が気になる。
「とにかくここでノートチェンジです」
「う、うん」
なんか急に恥ずかしくなってきた。
月羽にあの中二病主人公を見せるのか。
今更ながらこのノートを月羽に渡していいものか迷いが生じていた。
だけど迷っている間にノート交換が終わってしまっていた。
いつの間にか僕の手の中にはファンシーなノートが握られていた。
「な、中を見るのは帰ってからにしてくださいね! ね!」
ものすごい念を押された。
第三者に聞かれたら勘違いされそうな一言だった。
「月羽も。そこに書かれているのが僕の全てだと思わないでね」
「……そんな風に言われるとやっぱり今すぐ見たくなりました」
「駄目。とにかく今日は帰るよ」
「はぁい」
6月8日の放課後。
集合後、三分で帰宅。
史上最速の解散だった。
帰宅後、僕は期待を胸に月羽から受け取ったノートを眺めている。
表紙がウサギさんだ。月羽のアイテムにしては女の子っぽい。ていうか子ど――低学年ぽい?
まあいいや。問題は表紙よりも中身だ。
ここに月羽が書いた起承転結の『起』、『承』が描かれているはずなんだ。
たしかこっちのお題は『ホラー』で『恋愛要素』が入っていて『雪山』が舞台のはずだ。
たぶん僕が書いた物よりはお題に恵まれている……と思う。月羽の文才がどの程度かは知らないが、僕よりは期待できるだろう。現国の成績僕よりずっと良かったし。
よし! いざ雪山恋愛ホラーの世界へ、ダイブ!
【筆:星野月羽】
僕、
と言っても一人で登山するほど寂しい青春を送ってはいない。
そう、僕には登山仲間がいる。
名をボブという。
ボブと一緒ならどんな雪山も怖くないぞ!
「へーい。モモキンタロー。道がアイスバーンになってるねー。気を付けるネー」
「分かったよボブ! やっぱりボブは頼りになるなぁ……って、うわぁ!」
せっかくボブが忠告してくれたのに、次の瞬間には僕は雪道に足を捕られていた。
はは。ボブに格好悪い所を見せちゃったな。
「もーぅ。仕方ないなぁ。モモキンタローは。ホラッ、ミーと手つないで歩くネー」
「えっ!?」
言われるがままに僕の白い手はボブの逞しい腕に包まれていた。
「い、いいよ、ボブ! わ、悪いよ! それに恥ずかしいし……」
「HAHAHA。ノープロブレムさ。誰も見てないから恥ずかしくないネー」
「もう。ボブってば……」
手袋の上からも伝わるボブの体温。
雪原地にいるはずなのに、彼の手はなぜか暖かかった。
「そういえばこの辺りネー」
しばらく手を繋ぎながら無言で歩いていると、突然ボブが何かを思い出したように語りだした。
「モモキンタロー、怪人雪男の伝説シッテルカ?」
「ゆ、ゆき……
雪女じゃなくて雪男だって!?
そ、それって……
「なんてワクワクする展開なんだ!」
ぜひ会ってみたい。
雪女と言われてたらさほど興味はそそられなかったけど、雪男となれば話は別だ。
「雪男のホラー話、聞きたいか?」
「聞きたい! 聞きたい! 絶対知りたい!」
「そこまで言われたら教えないわけにはいかないねー。いいかモモキンタロー、心してキケヨ?」
「うん!」
「昔昔……アレは十五年前の夏だった……」
ボブが雪男伝説を語りだす。
それが恐怖の始まりだった。
****
つ、月羽ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
あの子、僕以上にやっちゃってる。
やりすぎて取り返しのつかないことになっちゃてる。
こほん。
ツッコミどころが多すぎるので、一つ一つ解明していこう。
まず最初に主人公の名前だ。
まぁ、架空キャラのネーミングって難しいんだよなぁ。適当だとダメな気がするし、凝ってもダメな気がするし。
たぶんこのネーミングは月羽が考え抜いた結果なのだろう。しかもきっと大真面目に考えたに違いない。あの子はそんな子だ。
次に……まさかの『ボブ』被り!
月羽に手渡した僕の作品にも『ボブ』というサブキャラが居たが、まさかこっちにもエンカウントするとは思わなかった。
僕の中でも月羽の中でも外人サブキャラを出すとしたら名前は『ボブ』で決定していたのだろう。奇跡のシンクロだ。宇宙一どうでもいい奇跡だった。
しかも性格も似てる。ていうか同じじゃない? あっちのボブもこっちのボブもそう違いがないように見える。
まぁ、ボブのことはこれくらいでいいとして。
ちゃんと『雪山』が舞台で『恐怖』を連想させる引きをしていた。
月羽は僕と違ってちゃんと『お題』に沿っている……ただ一つを除いて。
そう――『恋愛要素』だ。
まずこの作品には男しか出てきていない。
主人公の一人称は僕だから男だろうし、ボブが女だったらそれはまた衝撃だし、一番の要である恐怖要素も『雪男』ときたもんだ。なぜにおにゃのこがいない。
でもフラグらしきものは感じられた。
桃金太郎がボブを頼りにしている描写は力入ってたし、主人公の桃金太郎とボブが手を繋ぐシーン、これ明らかに桃色空気漂ってるだろ。
月羽からのメッセージがそこに感じられる。桃金太郎とボブをくっ付けろ……と。
他にもなぜに夏に雪山へ行っているのか、とか、怪人なのに雪男とはこれ如何に、とか、細かいツッコミ点はあるが、ボブが全て持って行った気がする。
さて、僕はこの続きを書かなければいけないのか。
これを『背筋が凍るようなホラー』に仕上げなければいけない。
「……無理ゲー」
でもやるしかない。
月羽だって今頃中二全開の作品を読んで頭を悩ましているに違いないのだから。
とにかく執筆だ。
お題である『恋愛要素』を絡めたホラー作品を作り上げるんだ。
………………
…………
……
完成した頃には夜が明けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます