第35話 私達、何やってたんでしょうね
【筆:高橋一郎】
俺、
家に帰っていないのだから当然親とはしばらく話していない。ふん、別に家に帰っても会話なんてしないがな。
こうして夜の街を歩くだけで俺の
「ふっ、
明かりの少ない裏通り。だけど月明かりさえあれば
おっ、あそこの自販機のおつり入れを漁っているのは親友のボブじゃねーか。
「よう。ボブ。今日もサンバの衣装が決まっているな」
「オーゥ。ミスターマサラ。コンバンハー」
このサンバ衣装野郎は俺の親友ボブ。
ストリートサンバダンサーであるコイツとはもう二年の付き合いになる。
「また自販機漁りか、ボブ。そんなに金に困ってんのか?」
「マアネー。ストリートだけじゃカネなくてイキテいけないよー」
「大変だな。しゃーねーからジュースでも奢ってやるよ。何がいい?」
「サンキューね。じゃあペプシお願いスルネー」
「はいはい」
ピッ
「ノー! ミスターマサラ! これ醤油ね」
「おっと。似てるから間違えたぜ」
「ショーガナイネー。ミスターマサラは。HAHAHA」
「はっはっはー」
お互い笑いあう俺とボブ。
相変わらず気さくで陽気な奴だぜ。
「……まて、自販機に……醤油……だと……」
「……オーウ! なんで醤油が自販機に売ってるデスカー?」
一頻り笑いあった後に気付く。
普通の自販機に調味料が売っているなんておかしい。
これは……
「くっくっくっ。これはホラーな臭いがしてきたぜ」
「ソウネー。面白くなってきたデース」
以降
【筆:星野月羽】
自販機にお金を入れ、醤油を購入した俺達。
ボブがその醤油を手に取り、そのままボトルを天に掲げた。
「醤油をshow you」
「意味が分からないけど、サイコーだぜボブ。結婚しよう」
「喜んで! ……と言いたいところだけど、残念ネー。ミーにはワイフが居るのさ」
「えっ!?」
そんな……俺の……俺だけのボブが……
ちくしょう……
「ちくしょぉぉぉぉぉ! 誰だその泥棒猫は!」
「ふっ、それはアタイさ」
「なに!? 後ろ!?」
馬鹿な……気配を感じなかった。
この俺に悟らせず後ろに立つなんて……この女できる!?
「ボブが欲しかったら私を倒してかっぱらうんだね」
「ほぅ。えらく自信ありげだな」
「当然さ。アタイとアンタじゃ実力差がありすぎる」
もう自分の勝利を確信してやがる。
……いいだろう。俺の本気を見せてやる。
それでお前を倒してボブを奪ってみせるぜ!
「久々に本気で戦えそうな相手だぜ」
「ふん。ナヨナヨした小僧風情がアタイの相手になるとでも?」
「あまく見んな……よ!」
地面を強く蹴り、フェイントを織り交ぜながら、前線へ踏み込んでいく。
俺の戦闘スタイルの基本は『速さ』と『思考』。
最大の武器であるスピードを活かすために常に一手先を考える。
「でやあああああああ!」
ブォォォォォン!
拳圧が風を切り進む。豪快に風を切る轟音が聴覚を刺激した。
俺の神速の拳は勢い保ったまま、奴の顔面に届――かない。
避けられた!?
「喰らいなっ!」
俺の攻撃を半歩で避けたヤツは懐から武器を取り出し、軸足で半回転しながら腕を伸ばしてくる。
一瞬の光の反射が剣寸をちらつかせる。
相手のブツを見抜いた俺は重心を後ろに移し、少し身を屈めながら敵の攻撃を交わす。
ブンッ!
次撃!?
蹴撃か! だが、甘い。
「はぁぁぁぁっ!」
ガシッ!
蹴りを蹴りで受け止めることに成功はしたが、すぐに後悔した。
衝撃で足が痺れてしまったみたいだ。
くっ、このままでは動けな――
「オーウ! 凄い名勝負ネー! 決めたヨ。この試合で勝った方とミーは一緒に暮らす!」
ボブの低温ボイスが僕の心を揺らす。
同棲……だと!?
……負けられない。
これは絶対に負けられないぜ。
「ボブと暮らすのは……俺だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「いいや、ボブはアタイのもんさ!」
足が動かなくなろうが、腕が血だらけになろうが、俺らの闘争は終わらなかった。
その様子を生暖かい目で見続けていたボブは、気付かぬうちに少し距離を置いていた。
「まさかこんな場所でこんな名勝負を見られるとは思わなかったネー」
ポツリと独り言を漏らすボブ。
しかし、俺と奴の耳には届いていなかった。
「……もう現世に思い残すことはナイヨー。ありがとうミスターマサラ。グッドラック」
ゆっくりと……
誰にも気づかれないままに……
ボブは……
光に包まれるようにその姿を消していた。
~完~
****
【筆:星野月羽】
僕、
と言っても一人で登山するほど寂しい青春を送ってはいない。
そう、僕には登山仲間がいる。
名をボブという。
ボブと一緒ならどんな雪山も怖くないぞ!
「へーい。モモキンタロー。道がアイスバーンになってるねー。気を付けるネー」
「分かったよボブ! やっぱりボブは頼りになるなぁ……って、うわぁ!」
せっかくボブが忠告してくれたのに、次の瞬間には僕は雪道に足を捕られていた。
はは。ボブに格好悪い所を見せちゃったな。
「もーぅ。仕方ないなぁ。モモキンタローは。ホラッ、ミーと手つないで歩くネー」
「えっ!?」
言われるがままに僕の白い手はボブの逞しい腕に包まれていた。
「い、いいよ、ボブ! わ、悪いよ! それに恥ずかしいし……」
「HAHAHA。ノープロブレムさ。誰も見てないから恥ずかしくないネー」
「もう。ボブってば……」
手袋の上からも伝わるボブの体温。
雪原地にいるはずなのに、彼の手はなぜか暖かかった。
「そういえばこの辺りネー」
しばらく手を繋ぎながら無言で歩いていると、突然ボブが何かを思い出したように語りだした。
「モモキンタロー、怪人雪男の伝説シッテルカ?」
「ゆ、ゆき……
雪女じゃなくて雪男だって!?
そ、それって……
「なんてワクワクする展開なんだ!」
ぜひ会ってみたい。
雪女と言われてたらさほど興味はそそられなかったけど、雪男となれば話は別だ。
「雪男のホラー話、聞きたいか?」
「聞きたい! 聞きたい! 絶対知りたい!」
「そこまで言われたら教えないわけにはいかないねー。いいかモモキンタロー、心してキケヨ?」
「うん!」
「昔昔……アレは十五年前の夏だった……」
ボブが雪男伝説を語りだす。
それが恐怖の始まりだった。
以降
【筆:高橋一郎】
ある雪山に一人の男がひっそりと住んでいた。
二メートルを超す大男で常に木こり斧を常備しているその姿は周囲から『魔物』と称されていた。
ただ、彼が武器を常備しているのは山に住む野獣から身を守る為。
それなのに街人は彼自身を野獣の様に扱っていた。
彼にとって魔獣よりも人の方が怖かった。
だから彼は人里離れて暮らしているのだ。
彼はいつも一人。
一人だけど、それが彼にとっての平和だった。
だけどある日。
彼の平和は突然に崩れた。
魔物退治に来た勇者の手によって。
「我は勇敢なる戦士! 雪山に住む雪男め! 我が剣の錆びにしてくれるわ!」
雪男の彼にとっては何の前触れもなく現れた勇者に戸惑いが隠せない。
だが、この自称勇者は容赦なく彼に刃を向けてきた。
「かくごーーーー!」
勇者は剣を縦に構え特攻してくる。
勇者からは圧倒的な『殺意』を感じられた。
危機を察した彼は木こり斧を構える。
……が、人に刃を向けたことのない彼は構えるだけで何もできなかった。
ザシュっ!
自称勇者のその一撃を正面から受けてしまった彼は、溢れる血を手で押さえながら地面に片膝を着く。
「勝った! 勝ったー!」
喜び浸る自称勇者。
勇者は雪男退治の使命を果たした。
ただ巨漢であるというだけで魔物扱いされた彼は勇者によって滅ぼされた。
……なんの悪さもしていないのにただ滅ぼされた。
「という話なんだけどネー」
「なんて悲しい話なんだ。雪男さんは悪くないのに……」
「……ああ。ソウダネ」
なぜかここで少し悲しい表情をする。
その真意を知るのはもう少し後のこと。
「でも今の話は特に『恐怖』要素はなかったんじゃ? 確かに胸が痛い話ではあるけれど」
まぁ、ある意味勇者の存在が恐怖ではあったけど。
「恐怖伝説はここからネー」
「伝説?」
「そうネー。雪男は伝説になったのよー」
ボブから話の続きが語られる。
曰く、雪男の魂は怨霊としてこの地を彷徨っているらしい。
それも無念を抱いた思念体であり、この地を訪れた者を片っ端から呪い殺すという噂だ
いや、ボブの話によれば実際に怨霊の被害に在った者もいると言う。
まぁ、僕は超常現象とか信じていないから話半分に聞いていたけれど。
「怨霊の件については色々な説があるネー。雪男に成りすました愉快犯が隠れ住んでいると言う人もいれば、雪男は実は死んでないって言う人もいるネ」
どうでもいいが、エセ中国人みたいな喋りになってきたなボブ。
「ふーん。ボブは誰が雪男の正体だと思ってるの?」
「…………」
「ボブ?」
どうしたんだ? 急に黙りだして。
見ると彼はその場に立ち止まり、真剣な表情で僕を見つめている。
いや、『睨んでいる』と言った方が近い。
「ぁーぁ。ついにその質問しちゃったカー」
「え?」
「そんなつまらないことを聞かなければ――」
「ボブ?」
「死ななくてよかったのにネー!!」
別人の様に殺意に満ちた表情を向けてくるボブ。
いや、この殺意は本気だ!
「急にどうしたのさ!? ボブ!」
叫びながら逃げる僕。
くそっ! 雪のせいで走りづらい!
雪道に慣れているボブの方が早い。
「ミーが……その雪男本人なのさー!」
「ボブにしては面白くない冗談だよ」
「冗談なんかじゃ……ナイヨー!」
距離を一気に詰めたボブがとびかかる様にナイフを向けてきた。
「わっ!」
僕は身を屈めてボブの攻撃をかわすことに成功した。
しかし、足を滑らせてそのまま転倒してしまう。
「終わりネー!」
ナイフの刃を向けながら体重をかけて覆い被さってくるボブ。
こ、こんな訳分からない死に方なんて……嫌っ!
「――ウラッ!」
ガゴンっ!
突如、ボブの後方から鈍い音がした。
慌てて後ろを振り返るボブ。
「だ、誰ネー!?」
その姿を見た途端、ボブの顔色が真っ青に豹変した。
「お、お前は……雪男!?」
「ええ!?」
ボブはつい先ほど自分が『雪男』だと言い切ったばかりなのに、突然後ろから殴りかかってきた者を今度は『雪男』と言い切った。
なんだ? わけがわからない。雪男が……二人ってこと?
「……悪行……そこまでにする……『勇者』」
なんだって!? ボブは雪男じゃなくて勇者の方だったのか!
「ちぃ! ばらすなよ! 糞が!」
突然ボブの口調が変わる。
カタコトをやめ、言葉も乱暴になった。
これがボブの……いや、勇者の本性か。
「まぁ、いい。今度こそ始末してやるぜ! 喰らえ! 正義の剣――」
「雪男ビームっ!」
「「ええっ!?」」
雪男の両目から一対の光線が放たれる。
直線的に進むビームは立ちはだかる障害を全て破壊し進む。
そのビームの終点にはボブ――いや、外道勇者が在った。
「あ~~れ~~」
ビームが命中した勇者はマンガ悪役みたいにぶっ飛び、ついには視界から見えなくなった。
勇者を吹き飛ばした雪男さんは、そのまま踵を返し、立ち去ろうとする。
「ま、待って!」
僕は慌てて雪男さんを呼び止めた。
その呼びかけに応じてくれた雪男さんは背を向けたまま立ち止まる。
「助けてくれてありがとう! それと――」
言いながら僕は雪男さんの方へ駆け寄る。
その勢い保ちながら、その逞しい背中に僕は飛び込んだ。
「――好きです!」
僕の危機を救ってくれた雪男さんは、僕にとって本物の勇者だった。
この人なら――僕の――私の全てを上げてもいいとこの時思った。
なぜか、雪男さんは後ずさる。
だけど『私』は離さない。
「『女の子』の恋路は――執念深いんだよ!」
この人になら本当の私をさらけ出せる。
女の子が登山趣味なんて変だと思ったから今まで男の子のフリをしていたけど、この人になら素直な自分を見せていきたいと思った。
この人は雪『男』さんで、僕は『女の子』。
これなら全然変なことはないよね♪
~完~
「…………」
「…………」
僕の手には
互いに作品を読み終わり、僕達は虚空を見ながら魂が抜けたようにボーっとしていた。
これは……酷い。
どちらも前半の物語は酷かったけど、後半はもっと酷かった。
「……私達、何やってたんでしょうね」
「……ほんとにね」
僕の記憶が正しければ二人で二つの『ホラー』作品を作っていたはずだった。
だけど出来上がったのは、ただのカオス作品である。
「……さすがにこれでは経験値獲得は無し……ですよね」
「……ある意味背筋がゾッとしたけどね」
ここで二人同時にため息を吐く。
久しぶりに行った僕らの全力経験値稼ぎは……
二人の苦い記憶となって失敗に終わったのであった。
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