第36話 一郎君の気持ち物凄く分かります

 僕と月羽がホラー作品を執筆している間に、学校でも一つの大きなイベントが開催されていた。

この時期に毎年恒例になっている球技大会だ。

 僕はバスケットボール、月羽はソフトバレーに出場する。

 この球技大会というイベントを利用して経験値稼ぎをしようとも考えたが、僕らは現在ホラー執筆という大ミッションに取り掛かっている最中であるので、今回は辞めておいた。


 しかし、僕はこの『球技大会』というイベントがどうしても好きになれなかった。

 自分が運動音痴であるのはもちろん理由の一つだけど、このイベントになるとクラスが一丸となって勝ちに拘りだすからだ。

 無論、そのこと自体はすごくいいことなんだろうけど、それはあくまでもクラスに馴染んでいればの話。

 僕らぼっちにはまるで関係ないのだ。

 むしろ足手まといになった時のデメリットが怖い。

 勝ちに拘るが故に負けた時の原因となった人物への風当たりがいつもより強いのだ。

 ……言うまでもなく去年の敗因は僕なんだけどさ。経験者は語るってやつだ。


 あーあ。もうすぐ試合が始まるけど、こう『やってやるぞ~』っていう気合いが沸かない。むしろ変な緊張と恐怖しかない。試合前に負けたことの事を考えてガチで怯えているのって僕だけなんだろうなぁ。


「い、一郎君」


 突如、背後から聞き覚えのある声がした。

 その声の主が月羽であることは瞬時に分かったが、それでも僕はかなりビックリした。

 月羽が二人きりの放課後以外の時に僕のことを『一郎』と呼んだからだ。

 なんというか……ビックリしたのと同時に先を越された感がある。


「どうしたの? つ、月羽」


 だから僕も彼女を名前で呼び返す。

 クラスメートに僕らの会話を聞かれてないかヒヤヒヤする。


「あれ? 高橋君、一人なの?」


 ――クラスメートには聞かれなかったが、月羽のクラスメートがすぐ隣に居た。


「なんで居るの? 小野口さん」


「前にもそれ言ったよね!? どうして私が登場する度に邪魔者みたいに扱うかなぁ」


 不満そうに唇を尖らす小野口さん、

 この人に会うのは田山先生との対決以来だ。一週間も経過していないがなんか久しぶりに見た気がする。


「一郎君はバスケットに出場するんでしたっけ?」


「そうだよ。しかも第一試合でもうすぐ出場しなければならないんだ。憂鬱だよ」


「あ~。分かります。一郎君の気持ち物凄く分かります」


 月羽がコンマ数秒で同意してくれた。

 やっぱり気持ちを分かってくれる人が居てくれるのって良いよなぁ。それだけで少し心が軽くなる気分だ。


「どうして憂鬱なの? 試合なんて楽しみじゃない♪」


 小野口さんは僕らと正反対の位置にいるようだ。

 それが駄目とは言わない、むしろ羨ましい。


「もしかして小野口さんは運動も得意?」


「んー、どちらかというと得意だよ」


 ってことは大得意なのか。


「小野口さんの場合、例え『苦手』でも常人の三倍以上の成果を出しそうだよね」


「私をなんだと思ってるの!?」


「実際、小野口さんは体育でもエース級の動きを見せていましたよ」


「月ちゃんまで変なこと言わないの!」


 つ、月ちゃん?

 これまた珍妙な呼ばれ方しているなぁ。


「なんだかずいぶん仲良くなっているみたいだね」


「ま~ぁね♪」


「ひゃわわわっ!」


 言いながら月羽を頬ずりする小野口さん。

 なんだろうこの百合百合しい空気。

 見てはいけないものを見ている気がする。


「高橋くんにも頬ずりしてあげよっか」


 笑顔でとんでもないこと言ってくるな、この人。


「だ、駄目ですっ!」


 僕が断るよりも先に月羽が止めてくれた。

 だけど小野口さんはそんな月羽を見つめながらニヤニヤ笑っていた。


「そっかー。そうだよね。うんうん。月ちゃんの高橋君に触れてほしくないんだよね」


 ん? どういうことだ?

 確かに僕と月羽は親友だけど、それが他の人が触れていけない理由になっているとは思えないけど……

 僕が首を傾げていると、月羽がなぜか顔を真っ赤にしながら小野口さんに迫っていた。


「な、何を言っているんですか!」


 うん。本当に何を言っているのだろう?

 小野口さんの真意が読めない。


「大丈夫大丈夫。私は高橋君と月ちゃんが上手くいくように応援しているんだから! 邪魔はしないよ」


 どうやら小野口さんは僕と月羽の友情を応援してくれているらしい。

 つくづくいい人だなぁ。変な縁だけど小野口さんが味方だと本当に心強い。ていうかこの人が敵になったと考えたら背筋が凍る。


『第一試合の2年A組、2年D組のバスケットボール出場選手は速やかにコートへ入ってください』


 おっと。もう時間か。マジでやだなぁ。試合やりたくない。


「そんじゃ行ってくるよ」


「頑張ってください! 一郎くん」


「私達は試合まで時間あるから高橋君の試合見させてもらうよ、頑張ってね」


 二人の女子生徒に応援されながら見送られる僕。

 あれ? この状況って他人から見ると羨ましい光景ではなかろうか。

 これは素直に嬉しい。

 試合も頑張ってみようかなという気になってくる。


「それじゃ、僕の『本気』を披露してくるよ」


 ちょっと格好良いセリフを言い残し、僕はバスケットコートへと進んで行った。




    ****




 試合が始まりました。

 私と小野口さんはA組の……というより一郎君個人の応援に熱を注いでいました。


「あっ、A組の人がシュート決めたよ!」


「はい。先取点ですね♪」


 自分のクラスではないのに、まるで自分の事のように喜ぶ私と小野口さん。

 他クラスに友達――じゃなくて親友が居ると、こういう喜びもあるのですね。新鮮です。


「でも、高橋君、全然ボール持たないね」


「――いえ、よく見てください」


 一郎君は常にボールから距離を取って行動をしている。

 それもいつも相手ディフェンダーの後ろにピッタリと張り付いているのです。


「アレでは味方も一郎君にパスを出せません。一郎君は絶妙な位置取りでパスを受け取らない場所をキープし続けているんです!」


「なんで!?」


「ボールを持つのが嫌に決まっているじゃないですか」


 小野口さんはどうしてこんな当たり前なことに気付かないのでしょうか?


「いやいやいや。じゃあいつ高橋君は『本気』を見せてくれるの?」


「今本気見せているじゃないですか。全力でボールを触らない動きをコート場で見せています。それも、なるべく気配を消して、目立たずに」


「なんて情けない本気!?」


「さすが一郎君です。私と一緒に練習した『気配を消すオーラ』をあんな自在に操れるようになっているなんて」


「いつも月ちゃんと高橋君は何やってんの!?」


 と聞かれましても、経験値稼ぎの件については二人だけの秘密にしたいですし、んー、返答に困ります。


「こらー! 高橋くーん! ちゃんとやれー!」


 私が返答するよりも先に、小野口さんは高橋君へ激を飛ばしていた。

 ちょっとほっとする私。

 でもいつか小野口さんにも経験値稼ぎのことを語れる日がくるといいなぁ。


「あっ、月ちゃん。高橋君がボール持っ――って、パス出すの早っ!」


「一郎君が二秒以上ボールを持つわけないじゃないですか。分かっていませんねー」


「むしろ高橋君の気持ちを分かりすぎてる月ちゃんが異常だよ!」


 その後も試合はA組がリードのまま、終盤までゲームが進む。

 そして一郎君にも最後の見せ場がやってきた。

 一郎君がゴール前の絶妙な位置でパスを受けていた。


「しまったっ!」


 一郎君が叫ぶ。


「なんでチャンスなのに本人が『しまったっ』なんていうの!?」


「当たり前です! ゴール前でパスなんてもらってしまったらシュートを打つしかないじゃないですか!」


「なんでそれが駄目なのか分からないんだけど!?」


 ゴール前でパスを貰い、相手ディフェンダーも対応に遅れている。

 ならばシュートを打つしかない。

 入っても外れても目立つことこの上ない。

 もし私がそんな状況下におかれたかと思うとゾッとします。


 一郎君が両手を突き出すようにボールを放る。


「女子投げ!?」


 両手で放られたボールは直線的に進む。

 そしてボールの終着点には――


 コートラインの外側に居た味方プレイヤーに届いた。


「まさかのパス!?」


 ボールを受け取ったA組の男子生徒はその位置からシュートを放る。

 ボールは綺麗な放物線を描く。

 そして吸い込まれるようにリングを通過した。

 A組にまた3点加算される。


「凄いです。自分がシュートを打つのではなく、他人に打ってことを選ぶなんて。とても一郎君ぽいです。しかもスリーポイントシュートが決まったことで一路君の行動が良しとされています!」


「その歪な方向への凄さが私にはさっぱり理解できないよ!」


 そのシュートが決まった直後、試合終了の笛が鳴り、A組の勝利が決定しました。

 一郎君は複雑な表情をしたまま、こちらにやってきます。


「勝ってしまった……」


「なんで残念そうなの!?」


 小野口さんが即座にツッコむ。


「「勝ってしまったらもう一度試合しなくちゃいけないじゃないか(ですか)」」


 私と一郎君の回答がシンクロし、なぜか小野口さんは飽きれながらため息を一つ漏らしていた。







 二回戦まではまだまだ時間があるので、今度は僕が月羽達の試合を観戦することにした。

 月羽と小野口さんは同じチームでソフトバレーに出場するらしい。

 ソフトバレーというのは簡単に言うと単規模バレーボールだ。

 四人対四人の狭いコートで行うバレーである。


 バレーボールはチーム力を試される球技だ。月羽大丈夫かなぁ?

 例のカンニング疑惑の時の確執が残っているとしたら、彼女にとってツライ試合になるんじゃないかと心配になる。


「よーし! いくよ! B組~~~ファイっ!」


「「「「…………」」」」


「続いてよ!?」


 なんだか月羽以上に心配な人が居た。

 小野口さんの空回りっぷりもまた凄いなぁ。誰も着いていけてない。


「じゃあ高橋君! いくよ! B組~~~ファイッ!」


「お、おう?」


 なんか呼びかけがきたから一応答えてみた。


「よくできました~!」


 小野口さんがこちらに向かって満足そうにブンブン手を振っている。

 なんだろうこれ。なんで僕がB組の為に気合いを入れなければいけないんだろう。試合に出ないのに。ていうか他クラスなのに。あの人、相変わらず異世界的な思考をしている。

 ともあれ、変な空気のまま試合が始まった。


 B組女子とE組女子の対決だ。

 双方、ポジションに着く。

 前線右方に小野口さん、月羽は右後方の隅っこに居る。

 さすが月羽だ。絶妙なポジショニングだな。遇えてラインのやや外側に立つことによってコート場から存在感を消している。

 しかもあの子ずっと俯いている。すでに戦意ないらしい。

 E組のサーブから始まる。


「ふっ、受けてみるがいい。我の鋼鉄メタルサーブ!」


 な、なんて?

 今あのE組の子、なんて言ったの?

 まさかアレがリアル中二病? 真更光宙まさらぴかちゅう並に末期じゃないか? アレ。

 しかし、その名の通り、鋼鉄のように重そうなサーブが放たれた。

 そのボールはB組の守るコートに……落ちず、ネットに阻まれていた。

 サーブが届かなかったようだ。


「な、なんだとぉぉぉぉぉぉ!? メ、メタルサーブが阻まれた……だと? グハッ!」


 負けセリフを吐き捨てると、なぜかそのまま後ろに倒れ込み気を失った――ように見える。


「なんか倒れたんですけど!? その人、大丈夫!?」


 E組の子のフリーダムな行動に小野口さんが慌てまくっている。

 だけど僕や月羽含め、その場にいたほぼ全員が呆れ視線をE組に送っていた。


「ふん。『疾風』がやられたか。だが奴はE組四天王の中でも最弱……」


「次は私、『漆黒』のサーブを受けてもらおう! 受けてみよ! 漆黒光龍槍っ!」


 もはやサーブの名ではない。

 漆黒光龍槍と称された必殺ボール。

 アンダーから強く叩かれたボールは大きく弧を描き、コートに落ちる。


 ――E組側のコートへと。


 結局サーブは届いていなかった。


「グハァッ! わ、私の最大奥義が……破れれる……とは……」


    バタン。


「また倒れた!?」


 なんなんだE組。面白すぎるぞあのクラス。


「漆黒までも敗れるとな……いいだろう。この私、『冷厳』が自ら手をくだしてやろう」


 ついに四天王三人目がサーブ位置に立つ。

 その両脇に二人転がっているのが果てしなくシュールだった。


「凍てつくがいい。秘奥義! 冷氷球フリーズバレット!」


 凍てつく要素が一切ないそのサーブは高い位置から放たれ、下降しながら真っ直ぐ進む。


    パサッ


 だけどやっぱりネットに阻まれる。

 おしい。下降さえしなければ普通に入っていたのに。なぜ落ちるサーブを放ったし。


「…………」


    パタン。


 そして無言のまま倒れる。

 なんだろう? サーブが入らなかったら死んだふりしなきゃいけないルールでもあるのだろうか?


「四天王最後の砦であるこのあたし『銀翼』を引きずり出すとはやるわねB組!」


「いや、私達別に何もしてな――」


「四天王最強と謡われるあたしと対決する前に、回復してやろう」


「回復っ!?」


「さぁ、給水するが良い」


「いや、別に喉乾いていないんだけど……」


「さぁ、給水するが良い」


「だから……」


「さぁ、給水するが良い」


「「…………」」


 B組の人は無言で気付いたらしい。

 即ちこの人面倒くさい人だ――と。

 とりあえず自分達が給水するまで試合が進まないと判断したB組一同は一度コートから出て各々ペットボトルを取り出した。


「今だぁぁぁぁぁぁぁ! 秘奥義! 誰も居なくなった所でサーブを放つの術!」


 四天王最後の一人『銀翼』は、この時を狙っていたとばかりにサーブを放つ。


「「汚っ!!」」


 場内から批難が飛ぶ。

 だが、汚いけどいい作戦だった。


 ――サーブが届きさえすれば。


「くっ、奴らの方が一枚上手だったと……いう……わけか……」


    バタン。


 例のごとく倒れた。


「「「「「…………」」」」」


 B組一同はペットボトル片手にただただ茫然としていた。

 そして審判が静かに勝敗を告げる。


「えっと……E組は戦意喪失とみなし、この勝負B組の勝利と致します」


「「「「…………」」」」


 たぶんだけど……

 この場に居る全員がバレーボールで『戦意喪失』を初めて目撃したと思う。

 仲良く寝転ぶE組の四天王がピクピク蠢いているのが少し面白かった。

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