Bonus Point +10 キスができるくらいまで特訓してあげる♪
時は戻って、前日の昼休み。
七海ちゃんは図書準備室を去る際に言った。
「お兄ちゃん、最近いつも帰りが遅いんです。お姉ちゃんが帰った後も一人で勉強を頑張ってたみたいで」
一人……で?
確かに佐助君は私が帰った後も図書室へ直行しているけど、それは読書の為であって――
いや、実際に読書している姿を確認したわけじゃない。
「私の親友も図書委員なんです。お兄ちゃんは誤魔化していたけど、その子が『七海のお兄ちゃんが閉館過ぎてもずっと勉強しているから困ってた』って言っていました」
閉館ギリギリ……まで……
確か図書室が閉まるのは19時だったはず。
つまり佐助君は私が帰った後、続け様に二時間も勉強していたってこと?
「ど、どうして……?」
今回私が勉強を頑張っているのは佐藤光との勝負の為。
言うならば佐助君は関係ないのに私に巻き込まれただけだった。
つまり佐助君が独自で勉強を頑張る必要なんてないはずなのに……
「お兄ちゃん、言っていました――」
「えっ?」
「『この勝負には穴がある。シュガーっちは致命的なミスをした』って」
「ど、どういう……?」
「私にもよく分からないけど、お姉ちゃんなら分かるんじゃないですか?」
「そ、そう言われても……」
勝負の穴?
一体佐助君は何に気付いたのだろうか?
「それでは私はお先に失礼します。お姉ちゃん、月羽先輩、お昼の途中にお邪魔してすみませんでした」
「う、ううん」
「七海さん。今度一緒にお昼食べましょう♪」
礼儀正しく一礼をする七海ちゃんを笑顔で送り出す私と月ちゃん。
七海ちゃんが去った後もポカーンとしてしまう私。
「可愛らしい人でしたね七海さん」
「うん。私の妹だからね」
「お、小野口さんの妹ではなかったような……?」
「それよりも月ちゃん、七海ちゃんの言っていたこと理解できた?」
「はい」
「……えっ?」
まさかの即答に驚き、一瞬硬直してしまう私。
「私ですらすぐに察することが出来ました。ですので七海さんが言っていたように小野口さんが気付かないわけないです」
「そ、そんなこと言われても……」
「……その長谷川さんという方は良い人なんですね」
「う、うん? そうだよ?」
「小野口さん。私、応援しています」
月ちゃんが勝手に話を進めまくっているおかげで全然付いていけない私。
応援……というと例の勝負のことだろうか?
「私が一郎君に告白できたのは沙織先生と小野口さんのおかげでした。だから今度は私が小野口さんに出来る限りのことをさせて頂きたいです」
「な、何を言っているの? 月ちゃん」
話がコロコロ変わる。
でも、実は言うと、月ちゃんが言いたいことは何となく察しがついていた。
要は私がそれを認める――というか信じられないだけであって。
「私で良かったらいつでも相談に乗りますからね。力になれるかは分かりませんが……770の経験値を全て注いででも力に成ります!」
「あ、ありがとう……?」
それだけ言い残し、月ちゃんもこの場から去って行った。
少し一人になって考えたいという私の気持ちを察してくれたのだろう。いい子だ。
「さて……」
いつのように紅茶を入れ、一息ついてから再度考える。
七海ちゃんが言ったこと。
月ちゃんが言ったこと。
そして、私と佐藤光の勝負の穴というやつを。
冷静になって考える。
「あっ、そっか……」
冷静になった途端、佐藤光との勝負の穴についてすぐに気付くことができた。
それは『学年三位』という彼だからこそ付け入ることができる落とし穴。
それを私の為にしてくれているんだと思った途端、顔の紅潮が止まらなくなって私は再び冷静さを失うのであった。
「ば、馬鹿な……っ!!」
試験から約二週間後。
学年掲示板の前で生徒達が群がり、その群衆の中に私達は居た。
その先頭に立つ佐藤光が順位の書いた張り紙の前で両膝を付いて絶望していた。
そう――
それこそが勝負の落とし穴。
まず結果を見て頂こう。
1位:長谷川佐助 888点
2位:佐藤光 868点
3位:小野口希 867点
4位:ジョン=妖精王=フレサンジュ 840点
5位:SUZUKI 837点
:
:
:
20位: 池=MEN=優琉 819点
結局私は今回も一点差で佐藤光には勝つことはできなかった。
死力を尽くしたつもりなのに負けた。
つまりそれが私と佐藤光との埋められない実力差なのだろう。
でも――
「さて……シュガーっち」
「は、長谷川……佐助っ!」
「おっ、やっと名前を憶えてくれたか。まぁ、それは良いとして。勝負の条件を憶えているよな?」
「条件……だと?」
勝負の条件。
佐藤光はこの時点でミスを犯した。
自分と私が一位二位を取る物だと決めつけていたことだ。
「『一位だった者が二位の者に黙って何でも一つだけ言うことを聞かせる』だったよな」
この条件が致命的なミスを生んだ。
佐藤光は『自分とお前、勝った方が負けた方に言うことを聞かせる』と条件付けるべきだった。
だけど今回の場合、一位は佐助くん。そして二位が佐藤光となってしまった。
すなわち――
「つまり、俺がシュガーっちに何でも言うことを聞かせる権利を手に入れたわけだ」
「くっ……!」
佐藤光も自分のミスを認識し、意外にもそのことに関して言い訳をしたりはしなかった。
「その前に……一つ聞かせろ、長谷川佐助」
「なんだ?」
「貴様……今までの試験では本気を出していなかったな?」
「んー、そうかもな」
佐助君の特徴はなんと言っても面倒くさがり屋にあること。
今までも面倒臭がってろくに試験勉強をして居なかったのだろう。
そう――『ろくに試験勉強をしていない』にも関わらず今までランキング三位に名前を連ねていたのだ。
だからこそ本気になった佐助くんがここまで差を付けて一位になれることは何ら不思議な事ではなかった。
「今まで俺様は試験においては敵無しだった。しかし、ここ最近はマイハニーの健闘のおかげで僅差の戦いを繰り広げることができた。俺達が頂点の争いをしていると思ったさ。だけど皮肉にもまだ上が居たということか」
「悪いな。別に舐めていたわけじゃないんだ。俺が面倒くさがっていただけでシュガーっちを馬鹿にしていたわけじゃない。怒ったか?」
「いいや。嬉しいさ」
不敵にも口元で笑う佐藤光。
その表情からはっきりと『喜び』が浮かんでいた。
「これでやっと俺も『追われる立場』から『追いかける立場』になれる。待っていたんだ。俺様は。この時を」
この言葉を聞いて私は悟った。
今まで佐藤光が必要以上に私に突っかかってきたのは、敵の居ない寂しさからだと。
同等な争い――いや、自分よりも遥かに学力を凌ぐ人と出会って、存分に力を奮いたい。そんな感情が読み取れた。
「まぁ、それはそれとして。いいかな? 例の権利、俺が発動させても」
「かまわん。男に二言はない。何でも言いつけるが良い」
「んじゃ。俺の願いは一つだけ。金輪際、希には近づくな。ただそれだけ」
「――えっ?」
佐助君がどんなお願いを佐藤光にするのか見物だったのだが、私の予想とは少し違っていた。
図々しいけど、てっきり図書準備室の現状維持をお願いしてくれるとばかり思っていた。
「希とは誰だ?」
「こらー! 私! 小野口希っ!」
「おお。マイハニー。そんな名前だったのか」
「ここにドデカく名前乗ってあるでしょうがっ!」
「和名には興味ないと言っただろう」
こ~い~つ~は~!
散々、マイハニーだの、婚約者だの言ってきた割に名前すら覚えていないとは何事だ。
本当にこいつは私の『学力』にしか興味なかったんだなぁ。
「んで。どうなんだ? 俺のお願いきちんと聞いてくれるのか?」
「もちろんだ。これからは俺様の方から小野口希に近づくことはせん。不本意にすれ違っても声を掛けたりはしない」
そう誓ってくれるのは正直ほっとするけど、だけどそれだと公的な会議で決定されている図書準備室の件を覆すことができない。
んー、でも諦めるしかないか。図書準備室の件と佐藤光とのお付き合い解消。選ぶならば私も後者が大事だし。
――なんて思っていたのだけど。
「それじゃあ必然的に図書準備室も現状維持という訳だな」
佐助君が不敵に笑う。
「なっ!? ど、どういうことだ!? それは会議で決定したのであってっ――!」
「たった今誓ったじゃないか。『小野口希には自分から近寄らない』って。つまり、放課後や昼休みに希が準備室に常駐していればお前はそこに近寄ることもできない。物置代わりに使いたくてもお前から部屋に入ることは許されない。そういうことだ」
「ぐっ……! な、ならば他の委員や業者が――っ!」
「他の委員に仕事を押し付けて自分は様子見か? そんな横暴に委員が従うもんか。業者だって委員長の付き添いなしに動くわけがない」
「だが、図書準備室の件は公的に――!」
「なら、また勝負しようじゃないか。別に俺は次の中間試験でまた勝負してもいいんだぞ?今度は俺とお前の一騎打ちだ。正直面倒だが、勝った方が図書準備室を好きにしても良いって条件でどうだ?」
「グッ……! りょ……了解だ! 次こそは貴様に勝つからな長谷川佐助! それまで図書準備室は貴様らに預けといてやる!」
小者みたいな捨て台詞を吐きながら、佐藤光は去っていく。
私に目線すらあわせなかった所を見ると、きちんと今回の敗北条件は守ってくれているみたいだった。
「ってなわけで希。次の中間試験でシュガーっちと勝負することになっちまったよ……その……また協力してくれるか?」
後ろ頭をボリボリ掻きながら遠慮がちにお願いをしてくる。
その姿をちょっぴり可愛いと思ってしまった私は、口元で小さく笑って頷いた。
「仕方ないなぁ。それじゃあまた明日からいつもの場所で勉強だよ♪」
嬉しい。
佐助君が私の為に頑張ってくれたことはもちろんだけど、また明日から佐助君と過ごせることが嬉しかった。
「ところで佐助君。もしかして私が佐藤光に負けるって確信してたのかな~?」
今回の件は佐藤光が私より順位が上だったから上手くいった。
だけどもし私と佐藤光の順位が逆だったら?
「うぐっ! そ、そんなわけないじゃないか。俺は最後までお前を信じていたぞ」
「嘘付けっ! じゃあもし私が二位だった時はどうするつもりだったのさ!」
「……ま、まぁ、そうなった時はその時考えたさ」
「ほらー! 佐助君は私を信じてなかったんだ! 佐藤光が絶対に二位になるって思ってたんだー。わ~ん!」
「急に泣きだしたっ!? ほ、ほら泣くなって。次は希もシュガーっちに勝てるから。うん。きっと。たぶん。おそらく。もしかしたら……」
「だんだん弱気になっていくなーーーー!」
げしぃ! と背中を強く平手で叩く。
同時に佐助君はいつもの発作が発動し、頭から勢いよく床を滑っていた。
「い、いきなり叩くやつがあるか! まだ女子への苦手意識は克服できていないって言うのに」
「じゃあ、また女の子に慣れるための特訓が必要だね」
「そ、それもやるのか……」
心底憂鬱そうな顔をする佐助君。
これはちょっと強引な特訓も必要になってくるかなぁ。
「ほら。立って。まずは握手くらい出来るようにならないと」
言いながら手を差し出す私。
佐助君は恐る恐る自分の手を差し出し、包むような感じで私の手を握り返した。
だけど私は彼の手に握られた瞬間、彼を自分の方に引きつけて、他の誰にも聞こえないように耳打ちをする。
「……最終的にはキスができるくらいまで特訓してあげる♪」
「キ――っ!!?」
「ほら。早速いくよ。今日も良い勉強アンド特訓日和だ!」
今日も、明日も、明後日も、私は佐助君と一緒に面白おかしく過ごしていくのだろう。
それが楽しみで……嬉しくて仕方ない。
まだ図書準備室の危機は免れて居ないけど、私達二人ならきっと何とかできるだろう。
今回は佐助君に助けてもらったけれど、今度は他力本願じゃなくて、自分の力で何とかしたい。
そうすれば今度こそ自分に自信を持つことができると思うから。
そして自信を持つことが出来たら、もっともっと積極的に佐助君へアタックしてみようと思う。
この朴念仁が心を開くには時間が掛かるような気もするけど……
まぁ、なにはともあれ――
私達の戦いはこれからだ!
―――――――――――――――
番外編第一弾
【Bonus Point】は今話で終了でございます。
小野口さんをメインに添えたイチャラブ話いかがでしたでしょうか?
次回はまた別のキャラクターに焦点を当てた話を投稿致します。
番外編含め、EXPは2月中旬には完全完結する予定でございます。
残り少ない話数ではございますが、どうか最後までお付き合い頂けると幸いです。
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