第7話 だから、絶対にまた誘ってくださいね
僕と星野さんは喫茶店に来ていた。
「…………」
「…………」
そして互いに向き合ったまま、茫然としていた。
正確には映画の余韻に浸っていた。
僕達が見た映画『あいしくる☆ぷれぜんと ~凍ったバナナで斬り付けろ~』。
一言で言えば面白かった。
一言で言わなければ面白くなかった。
なんとも微妙な余韻が僕達の中に流れている。
まず物語の主人公の少年、大野氷伍は『氷を担う物』と自称する『アイシクル』という女性に出会うところから始まる。
そしてアイシクルは氷伍に氷を自在に操る能力を与え、なぜか同棲生活を始める。
その時点で厨二臭さとラノベ臭が漂うのだが、この映画の凄い所は物語の終る一五分前まで氷の力を一切使わない所だ。
別に敵が出てこないわけではない。闇の力を使う悪役も出てくるのだが、この主人公、全く戦おうとしないのだ。
代わりにクラスメートの女の子が戦う。その女の子の設定も凄いのだ。
なんと『星を担う物』と契約し、この星を自在に操るというチート設定。
絶対に負ける要素がないキャラが出てきてしまった故に、主人公の氷伍はまるで出番がない。むしろなぜこっちを主人公にしなかったのかと問いたくなる。
ていうか敵のボスもそのクラスメートが倒してしまうのだ。
じゃあ主人公の力の使いどころは? と思うだろう。僕も思った。
最後の一五分に取ってつけたような悪の組織の残党が暴れ出し、それを止める為に主人公が力を振るう。はっきり言ってこのシーン全く必要なかった。
最後に言うが、この映画はタイトル詐欺である。
凍ったバナナが出てこなかったのだ。むしろ凍っていないバナナも出てこなかった。
サブタイトル詐欺という訳の分からないオチが付いたところで映画の説明を終了しよう。
一言で言えば印象深く面白い映画だった。
一言で言わなければ終始理解不能な面白くない映画だった。
「この映画を完走しただけでかなりの経験値を得た気がする」
「奇遇ですね。私も今同じことを考えていたところです」
虚ろな目で眼前のコーヒーを見つめる僕と星野さん。
酷く体力を消耗しているのが僕達の共通点だ。
「あっ」
ふと星野さんが何かを思い出したように言葉を漏らす。
「どうしたの?」
僕は首を傾げながら視線をコーヒーから星野さんの顔へ移す。
「…………」
星野さんが無言で僕の方へ腕を伸ばしてくる。
星野さんの手のひらが眼前に広がっている。
なんだこれ?
「…………」
「…………」
無言。
星野さんの顔がみるみる赤くなってゆく。
「なんでハイタッチしてくれないんですか!」
「ハイタッチの催促だったの!?」
行動が支離滅却過ぎて全く考えに着いていけなかった。
そういえば最初の経験値稼ぎの時、ミッション達成したら二人でハイタッチをしたのを思い出した。
あの時はなぜか低い位置でのハイタッチだった。
今回も位置が低い。前も思ったけど頭より上で手を合わせるからハイタッチというのではないだろうか?
「もしかして今回も経験値を獲得したからハイタッチを?」
「そ、そうです! 察してくださいよぉ~」
顔を真っ赤にして上目使いで睨むように見つけてくる。
なるほど。経験値入手に伴い、ハイタッチをする仕様なのか。すごく気恥ずかしい。
「ちなみにどれくらいの経験値を入手したの?」
「えと……10Exp……です!」
無難な数字かな。屋上での会話が30Expだったから、まぁこのくらいか。
「やったね。これで合計Expが40だ!」
「そ、そうですね……」
星野さんの顔が更に赤くなる。
伸ばした腕がプルプル震えている。
「それにしても星野さん生命線長いね。羨ましいなぁ。僕なんて途中で線が切れちゃってさ――」
「い、いいからっ! 早くハイタッチしてください!!」
ちっ、話をずらしていればハイタッチ回避できると思ったのに、やらなきゃダメか。恥ずかしいけど。
くぅ。僕も本当に恥ずかしい。
ペチッ
合わさる手と手。
またもハイタッチの割に響かない音が鳴った。
ちょっとひんやりとした星野さんの手、彼女の体温が直接伝うようで少しドキドキした。
「「「「…………」」」」
気が付くと店内中の視線が僕達に集中していた。
突き刺さる好奇の視線視線。
そんな視線の攻撃に耐え切れず、すぐにその喫茶店を出て行ったのは言うまでもなかった。
「さて、お楽しみの選択肢のターンだよ」
「またですか!?」
「1:ウィンドウショッピング。2:ゲームセンター。3……えっと……3……ん~……3か……」
「無理して選択肢を増やさないでいいですからっ!」
しまったなぁ。選択肢を三つしか考えていないのが裏目に出た。二択なんてつまらないじゃないか。星野さんが選択肢に悩みまくる顔を見るのが至福なのに。
なんか僕ドSに目覚め始めてないか? 星野さん相手限定で。
「じゃあ、一番のウィンドウショッピングにしましょう」
ここで意外な答えが出た。あんなにゲーセン行きたそうにしていたのにあえてこっちを選ぶとは。
「即答なんて星野さんらしくないよ? どうしたの?」
「どうもしてません! 私を優柔不断の塊みたいに言わないでください!」
なんて言っているけど、緊張でオドオドしていない星野さんがすごく新鮮で仕方ない。
「まぁいいか。よし、行こう。ウィンドウショッピング!」
「はい!」
僕が先導して歩み出し、星野さんも隣に並ぶ。
ふっ、僕は知っている。こういう時相手の歩幅に合わせて歩くのがイケメン行動であると。
「…………」
「…………」
「…………」
「あ、あの、どうして何もしゃべらないんですか?」
「うおっ! 歩幅を合わせることに集中してた!」
「ウィンドウショッピングに集中して下さいよ~!」
どうやら星野さんには僕のイケメン行動は不評だったようだ。
やはりイケメン行動はイケメンにしかできないということか。
「ところでさ、ウィンドウショッピングって具体的にはどうすればいいの?」
「そんなの……その……ウィンドウをショッピングするんですよ!」
窓を買う作業?
「とにかく歩き回ってみればいいのかなぁ?」
「そうですね。なるべく窓に注目しながら歩きましょう」
「よしっ! 二人で窓を見るぞ!」
「はい! 窓を制覇しましょう!」
自分で言って訳が分からなくなってきた。
んー、アドベンチャーゲームでもウィンドウショッピングの描写はカットが多いから具体的な内容が分からない。
とにかく星野さんが言うとおり、窓に注目しながら歩いてみよう。
幸いにもこの駅ビルは窓ガラスがいっぱいだ。話題に詰まることはなさそうだぞ。
「あっ、星野さん、あの窓綺麗だよ。きっと清掃員の人が優秀なんだね」
「本当です。きっと良質なガラス洗浄剤を使っているんでしょうねー」
「うんうん。窓の向こう側が鮮明に見えるよ。まるでそこに窓ガラスがないみたいにピカピカだ」
「んー、でも綺麗なのはあの窓だけですねー。その隣の窓なんて霜が残っています」
「本当だ。よく気付いたねー。小姑の才能があるよ星野さん」
「嬉しくありません! も~、高橋君ってなかなか私を褒めてくれないですよねー」
唇を尖らせながら拗ねる星野さん。
もしかして褒めて欲しいのかな?
「星野さんの心はあの窓ガラスのように綺麗だよ」
「全然嬉しくありません! 無理やり褒めた感が全面に出ているじゃないですか。私の心は隣の窓ガラスのように曇っています」
「むっ、失礼な。僕のガラス洗浄剤のような褒め言葉で曇った心を拭き取れないというのか」
「むしろ拭き取り痕がくっきり残っています。高橋君のせいで」
「――――」
「――――」
これがウィンドウショッピングか。なかなか深いな。
あれ? ウィンドウはともかく『ショッピング』はどこいった?
しかしこれはこれで楽しい。すごく新鮮だ。
この後も僕達は駅ビルを歩きながら軽快な窓トークをいつまでも繰り広げていくのであった。
夕方。
そろそろ解散の頃合いになってきた。
映画二時間ちょい、喫茶店三〇分ちょい、そしてウィンドウショッピング二時間半。
まさかの窓トークが一番長いという事実に驚きながら、僕達は一番最初に待ち合わせた東口の出口に戻ってきていた。
「今日は楽しかったよ。ありがとう星野さん」
「…………」
うお。まさかの無言。
もしかして相手は楽しくなかったとか?
妙な映画を観て、喫茶店で気まずくなって、残り時間は窓トークだもんな。休日の過ごし方としてひどく間違っている。
「け、経験値も獲得できたし、よ、良かったよね」
「…………」
ああもう死にたい。
そして無言の星野さんが怖い。
それと……死にたい。
「え、ええと。それじゃあ、気を付けてね。また明日の放課――」
スッ
――また明日の放課後に。と言い残し、去ろうとかと思ったら、不意に星野さんが僕の左手の甲に触れてきた。
相変わらず俯いたままだけど。
そのまま星野さんはポツリと言葉を吐き出した。
「高橋君。今日は私の為に誘ってくれたんですよね? 一昨日の経験値稼ぎ失敗で私が落ち込んでいると思って」
さすがすぎる。
今日の目的もしっかり把握していたみたいだ。
しかし、見抜かれているというのもそれはそれでまた気恥ずかしい。
左手の甲に触れた彼女の指の感触が相乗して顔の紅潮が止まらなかった。
その触れられた指が僕の手の甲を撫でるように動いている。
「ありがとう……本当にありがとう……ございます」
その感謝を伝えるように星野さんの指が僕の左手を包み込む。
突然の言葉と行動に僕の体は完全に硬直していた。
「実はあの日、高橋君はもう私と一緒に経験値稼ぎをしてくれないのではないかって思っていたんです。私からミッションを掲示したのに、私何もできないで。それどころか高橋君に気を使わせちゃって……そんな私にもう付き合ってくれないんじゃないかって……」
星野さんが言う『あの日』というのは、金曜日の学食での経験値稼ぎのことを言っているのだろう。
そして僕が『気を使った』って言っているけど、あの時に送信したギブアップのメールのことかなぁ?
ていうか星野さんそんなことを気にしていたのか。たった一回の失敗で僕が愛想を尽かしてしまうとか、そんなことありえないのに。
どうやらまだまだ以心伝心とはいかないみたいだね。お互いの思想は何となく分かっても完全に理解しあっているわけではないようだ。
「だから一昨日の夜に高橋君からお誘いのメールを貰った時、すごく嬉しかったんです」
一昨日の夜、か。
僕はメールを送った後しばらく震えが止まらなかったけどね。
でも結果として喜んでもらえたのならよかった。あの時勇気を出して僕も報われた気分だ。
「なので、ありがとうございます」
俯かれていた顔が上がり、僕の顔を真っ直ぐ見つめる。
彼女の瞳には純粋な感謝が浮かんでいた。
こんな風に真っ直ぐ感謝を向けられたことなんてなかった僕は、相変わらず顔を赤くして黙っている。
そんな僕を尻目に掴まれていた左手が解かれ自由になる。
「今日は本っ当に楽しかったですし、嬉しかったです。だから――」
夕日の逆光をバックに、星野さんは振り向きながら手を後ろに回し、見上げるように視線を向けながらこう言った。
「だから、絶対にまた誘ってくださいね。デート」
――それでは。と一言残し、帰っていく星野さん。
対する僕はというと、その場に茫然としながら心の中で絶叫をしていた。
「(うひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ)」
言っちゃった。
決して思わないようにしていたのだけれど、星野さん言っちゃった。
――『デート』と。
一昨日の夜、メールを送った後震えが止まらない原因はそれだった。
女の子をデートに誘うなんて軟派極まりない行動がむず痒くて仕方なかった。
そして今日一日中、デートという言葉をあえて連想しないようにしていたのに最後の最後にやられてしまった。
「…………」
駄目だ。この場に居ては悶えることもできない。
早く帰ろう。そして早く一人になりたい。
ああ、今日も震えた手でコントローラーを握りながらゲームすることになるんだろうなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます