第6話 三十分前行動は基本です

 夜――自室。


 放課後の経験値稼ぎ失敗で、星野さんは明らかに落ち込んでいる表情を見せていた。

 なので今日の敗因を考察する前に星野さんへのフォローをしておこう。


 幸か不幸か今日は金曜日。明日は学校休み。

 学園系の創作物では土曜日も半ドンで学校があったりするが、本作品は変なところでリアルなので土曜日も普通に休みだ。

 なので明日学校でフォローすることができず、現時点で手段が残されているとすればメールのみ。


 しかし、そもそも星野さんが全然落ち込んでなかったら今から送ろうとしているメールも無意味なのではないだろうか?

 落ち込んでもないのに『元気出せ』みたいなメールが届いても果てしなく微妙に思われるだろうしなぁ。

 う~、メールだと相手の感情が見えづらいから厄介だ。


「あっ……」


 ふと僕の脳裏に一つの案が浮かび上がった。

 いや、しかし、これを実行するのはかなりの勇気がいるぞ。

 うん、やめよう。とりあえず今は無難なメールでも送ってフォローを――


「って、それじゃいつものヘタレ一郎じゃないか!」


 なんでも無難に済ませようとするのは短所だ。

 いや、場合によっては長所だけど今は絶対に短所だ。


 そうだ、経験値だ。

 これも経験値稼ぎと思えばいいじゃないか。

 おお、なんか勇気が沸いてきた気がする。

 よし、我に帰ってヘタレ一郎に戻ってしまう前に実行してしまおう。

 そう思い、僕は高速でメールを作成する。


「うおおりゃああっ!」


 気合い一閃。

 僕は無意味に叫びながらメールの送信ボタンを送る。


「………………ふぅ」


 一息。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ひどくミスった気がするぅぅぅぅぅぅぅっ! やっぱりやめておけばよかったぁぁっ!」


 その後、後悔。

 後悔というより羞恥だな。

 酷く僕らしくないことをしてしまったので、顔の紅潮が収まらない。


「ええええぃ! 知るかっ! もう寝る!」


 僕はバッと布団を被り、睡眠に逃げる。

 そしてすぐに起き上がる。


「まだ九時じゃないかっ! ゲームだ! ゲーム!」


 テレビを付け、ゲーム機のハードを起動する。

 コントローラーを握る手が震えているのは気のせいだと信じたい。




  ―――――――――

  From 高橋一郎

   2012/04/25 20:58

  Sub あばばば

  ―――――――――


 明後日一緒に出掛けよう。

 無理なら全然いいです。ほんと気が乗らないのならいいのです。

 大丈夫そうなら13時も駅ビルの東口前に集合ね。


  -----END-----


  ―――――――――――







 日曜日、午後12時半。駅ビル前。

 30分前行動は基本だ。

 待ち合わせ場所は東口だったな、ゆっくり向かおう。


 それにしても一昨日は変なテンションだったとはいえ、異性の同級生を遊びに誘うなどという愚行に走ってしまったのが今でも信じられない。

 星野さんも快くオッケーを出してくれたのでその場は安心したが、いざ当日になると緊張で安心なんかできない。


 実は言うと今日みたいな事はもっと経験値を積んでから実行したかった。

 『二人きりで遊びにいく』なんてレベルの高い人がやる所業だ。雀の涙ほどの経験値しか持っていない僕が実行しても失敗するのが目に見えている気がする。

 それでも今日やっておかなければいけないと思った。


「い、いいいい、いらっしゃいませ。高橋君」


 ――『こんにちは』を『いらっしゃいませ』と言い間違えるこの子が心配だったから。


「その、待ち合わせ時間の三十分前なんだけど」


「さ、三十分前行動は基本です!」


 思考が一緒にも程があるだろう。


 それにしても――私服だ。

 星野さんの私服姿だ。

 白いブラウスの上に青色の上着を羽織っている。胸元には可愛らしい小さな赤いリボン。下は同色に近いスカート。

 非常に女の子らしい格好だ。


 その……

 率直な感想なんだけど……


 ――この人、制服とソックリな私服を選んできやがった!


 さて、ここからは考察だ。

 きっと星野さんはこの日何を着てくるか散々迷ったのだろう。

 可愛らしい格好で行くべきなのは分かっている。

 しかし、ここで『自分なんかがオシャレな格好をしていくなんて調子に乗っているのではないか?』という思考が脳内に巡ったはずだ。

 ならば無難な格好で行こうと思い立つ。

 しかし彼是迷う内にどんなのが無難な格好なのかわからなくなってくる。

 そこで『むしろ制服でいこうか?』という考えが過る。

 制服ならばいつも二人で合っている時の格好だし、それでいければ楽だなぁと思ってしまう。

 だけど、休日に制服を着るなんてそれはそれで勇気のいる行動だ。

 それならば制服っぽい私服で行くのがベストではないか! という結論に至った。

 きっとそういうことなんだろう。

 細かなところは違うかもしれないが、僕も今朝似たような状況になっていたのだから間違いないと思う。

 まぁ、普通に似合っているし、これはこれで新鮮さが感じられる。


 ちなみに僕の格好はオシャレとは程遠い、しかしダサくはないはず――そんな無難な服装を選びに選んできた。


「と、ところで! 今日はどちらに遊びに行くんですか?」


 星野さんが首を傾げながら聞いてくる。

 ふむっ、なんか様子が普通だな。良かった。全然落ち込んでないみたいだ。


「ここは選択肢制で行こうと思うんだ」


「いきなり訳が分からないのですが」


「選択肢を出すのが僕、そして選択肢を選ぶのが星野さんだ」


「さっぱり訳が分からないのですが!?」


 星野さんと遊びに行くに至って、一番悩んだのはやはり遊び場所だ。

 正直にいって僕はどこでもよかった。むしろ僕が決めるんじゃなくて、相手に決めて欲しいくらいだった。

 しかしその相手というのは星野さんだ。

 絶対に『すでに行く場所は決めてあるんです! さあ行きましょう!』みたいな展開にならないことは目に見えていた。

 逆に僕が『星野さんが行きたいところでいいよ』なんて言っても相手が困るのも見えている。

 だから僕は予め行く先の候補を決めていた。

 だけど僕が一人で全部決めるのは嫌だった。だから選択権を星野さんに委ねる。


「1:映画館。2:ウインドウショッピング。3:ゲームセンター。さあどれだ!?」


「ぅえええ!? え、えと、えとえと……っ!」


 突然の出された選択肢に星野さんは分かりやすくアタフタする。

 ちなみに僕が出した三つの選択肢は無難なはずだ。昨日アドベンチャーゲームを一日中プレイして主人公とヒロインが過ごした場所を選んできたのだから間違いないはず。


「ゆっくり決めていいよ……五秒前……四……三……」


「ゆっくり決めさせる気まるでないじゃないですか! そ、それじゃあ、3のウインドウショッピング!」


「…………」


 番号と選択が合っていなかった。


「あああ、じゃなくて、3のウインドウゲームセンター!」


 プレイせずに見るだけのゲーセンということなんだろうか?

 なにそれ、つまらなそう。

 しかし、星野さんがそうしたいのならば……うん。


「違います間違いです! ウインドウショッピングです! 女の子っぽくウインドウショッピングです!」


「……女の子っぽくね」


「なんですか、その目は!?」


 たぶんだけど星野さんは無理をしている。

 というか見栄を張っている。

 本当はゲームセンターに行きたいのだろうけど、意地を張って無難そうなウインドウショッピングに決めようとしている。

 言葉は変えても数字の選択は常に「3」だもんな。何とも分かりやすい。

 僕的にはウインドウショッピングでもゲームセンターでもどっちでもいい。

 だからここは――


「よしっ! 間を取って映画館にしよう」


「全く触れられていなかった選択肢が選ばれました!? ま、まぁ、いいですけど」


 結局の所、星野さんはどの選択肢でも了承のようだ。


「ところで何の映画を観るんですか?」


「ん? さぁ?」


「無計画!?」


「え!? もしかして映画鑑賞って事前に観る物決めておくべきなの!?」


 知らなかった。世のリア充達は毎回そんな面倒くさい事前準備を行っていたのか。

 そういった努力の末に充実を手に入れていたのか。経験値たけぇ。イケメン、美女ってだけじゃなれないものなんだな、リア充。


「普通はそうですよぉ。じゃあ今どんな映画をやっているかも分からないんですか?」


「うん。映画なんて着いてから観る物を決めるのだと思っていたよ」


「それって結構特殊な思考ですよね。ふふっ、なんだか高橋君らしい」


 星野さんは優しいなぁ。僕のミスを笑って流してくれている。

 それにしても『高橋君らしい』か。

 そうだよね。どこかしら不完全な方が如何にも僕らしい――僕達らしい。

 それに……


「事前情報無しで映画を選ぶ方がさ、何だかワクワクしない?」


 予め決めたものを見るよりも、決められていないものを選ぶ方が面白い気がするんだ。


「はい!」


 星野さんも満面な笑みで同意してくれた。







 僕らはチケット売り場の前で呆然としていた。

 僕らが見ようと決めた映画のタイトルが――


 『あいしくる☆ぷれぜんと ~凍ったバナナで斬り付けろ~』。


 タイトルを見ただけでB級臭がする。

 これは原作も何もない映画オリジナルの作品のようである。

 オリジナルモノというのは当たり外れが大きいからできれば避けたい所ではあるが、この時間で見られる物がこれしかない。


「よ、よしっ! 見よう……か?」


「み、見ましょう! もしかしたらすごく面白いのかも」


 そうだね。タイトルだけで内容を判断してはいけない。

 これは博打だ。

 面白ければ問題はないが、つまらなければ退屈な二時間を過ごすことになる。

 僕達はそれを覚悟でこの映画を鑑賞することにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る