第11話 そこはまぁ、二人で担当するということで

 5月3日。12時20分。

 日曜日に星野さんと窓トークをして歩いた駅ビルに到着する。

 集合時間は午後1時。30分前行動は基本。それは僕と星野さんの共通認識だ。

 だから今日は40分前に来てみた。

 そう、これは細やかな勝負事でもあった。


 平日の経験値稼ぎではいつも星野さんが先に屋上で待っている。

 授業が終わった直後に走って屋上へ向かってもなぜか星野さんは先に着いている。

 ただ一度も僕が先に集合場所へ着いていた試しがないのだ。


 だからこそ今日だけは! 今日くらいは先に着いて待つ者の気分を味わいたい!

 それ故の40分前行動なのだ。


「こんにちは。高橋君。早いですね」


 早いのは貴方だ。


「なぜ先に着いてるの?」


「30分前行動は基本ですよ」


「40分前だよ!」


「はい。30分前行動の10分前行動を心がけていますので」


 もう訳が分からない。

 一生この子よりも先に目的地に着くことができない気がした。







 さて、気を取り直して、今回のファッションチェックの時間だ。

 前回は制服の疑似私服というなかなか面白いチョイスをした星野さんだが、今回は一味違っていた。

 結論を言えば今回の服似合っている。


 一言で言うと可愛いのだ。

 しかし偉そうに短所なんて上げてみれば、季節感がバラバラであった。


 上は黒無地のタートルネック。色や厚さを見ると冬を連想させる。

 しかし、下は涼しげな空色のロングスカートを穿いている。薄い生地で夏を連想させる。

 あっ、間を取って春らしい服装ってことなのかな? うん、そうだそうに決まってる。さすが星野さんだ。

 もう一度言うが似合っている。

 ファッションにうるさい人が見たら『地味』と一蹴するかもしれないが、似合って入ればいいのだ。

 たぶん星野さん以上に僕の服装も地味だと思うから。

 無意味だと思うから自分の服装についての描写はカットするけれど。


「今日はどこに行きますか?」


 あれ? 僕の記憶が正しければ今日はキミが主催者じゃなかったっけ?

 普通に僕が決めるの?

 まさかの投げっぱなし?

 これが星野さんクオリティか。彼女の中では今日という日は経験値稼ぎじゃなくて、ただ単に遊びに出かけるだけになっているのかもしれない。

 まぁ、僕にとっては経験値稼ぎでも遊ぶだけでもきっと楽しくなるだろうからいいんだけれど。


「じゃあ今日は前回行けなかったゲームセンターに行ってみようか」


「はい! 楽しみです!」


 すごくいい返事がきた。

 この子が僕と同じように大のゲーム好きであることを確信した瞬間だった。







 ゲームセンター『クリームゴリラ』。

 恐らく街一番に広いゲームセンターだろう。

 置いてあるゲームの種類も豊富だ。

 しかし、客入りは微妙だ。

 その理由は明らかだ。

 絶対に店名のせいである。

 初見ではまずこの店をゲーセンだと思わない。

 良くて飲食店、悪くて怪しいお店と勘違いして誰も立ち寄らないのだ。

 店名のせいで五割ほど損をしていると思う。

 だけどクリーンな感じの店内は僕好みだった。


「わぁぁ~」


 星野さんは初めて来たのだろうか?

 目を輝かせながら楽しそうに彼方此方見回している。


 さて、問題はどのゲームをやるか……だ。

 まず格ゲーは論外だろう。

 僕の偏見かもしれないが女の子に格ゲーはウケが悪い気がする。これは一人で来たときにやるものだ。

 なんて言ってみるけど僕は一人で来た時も格ゲーやらないんだけどね。苦手だし。

 同じ理由で競馬ゲームやメダルゲームも論外といえるだろう。


 ならば何をするべきか。

 そうだなぁ、無難にクレーンゲームでもやって楽しむかな。


「高橋君! 音ゲーやりましょう! 音ゲー!」


 まさかの指名来た。

 自信があるのか、それともこういうゲームに興味があるだけなのか知らないが、星野さんが見たこともないくらいテンション高く僕を急かしている。

 僕としても断る理由はないので頷いて同意した。


 『ロックンミュージック』。

 カラフルな9ボタンをリズムに合わせて叩くリズムゲー。

 ポピュラーな人気のあるゲームだ。

 ただこのゲームを極めた者のプレイは見ていて神々しさを感じるほど物凄い。

 腕が九本あるのではないかと錯覚するくらい腕を早く動かす猛者もいる。

 そのレベルに達したいとは決して思えないのがこのゲームの不思議なところだった。


「高橋君。やります?」


 キラキラした目でそう言ってくる。


「星野さん、先にやりなよ」


 自分がやりたくて仕方ないといった視線を察したので僕はそう答えた。


「はい!」


 いつもの星野さんじゃない。

 財布から百円玉を取り出すスピードが尋常じゃない。

 ぼんやりとした天然っ子の星野さんは昨日死んだのだ。

 テキパキとした運びでいつの間にか曲も選び終わっている。

 間違いない。この子、このゲームをやりこんでいるっ!


「うぅー。久しぶりで緊張します」


 真剣な表情から星野さんの緊張が伝わってくる。

 しかし、いつのも彼女の頼りなさはそこになく、武者震いの類が星野さんを包んでいた。

 そして曲が始まった。







 結論を言えば星野さんは廃人寸前の上手さだった。

 腕が九本――とは言わずとも四本くらいに見えた。


「星野さん、めちゃくちゃ上手いね」


「そういう高橋君こそ上手じゃないですか」


 かくいう僕もこのゲームは好きで結構やりこんでいた。

 上手さで言えば星野さんの方が上だが、癖のあるボタン配置の曲は僕の方が上手くプレイできていた。


「そうだ。高橋君、最後に一緒にもう一回やりませんか?」


「一緒に?」


 このゲームは一人でやるのが基本だ。

 慣れていないプレイヤーは二人で九個のボタンを叩きあっているが、一緒にやるっていうのはそういうことだろうか。


「難易度が最高峰の曲をボタン分け合ってやるんです。そしてクリアしましょう! できたら経験値獲得でどうです?」


 とってつけたような経験値の話題だ。ていうか忘れてなかったんだ、今日が『いつもの経験値稼ぎのスペシャル版』の実行日であることに。


「そういうことなら頑張ろう!」


 経験値稼ぎうんぬんは別にしても、最高峰の難易度の曲をクリアするという響きは大変に素敵だった。

 何よりこのゲームを二人でプレイするという僕にとっては新鮮すぎることに興味があった。


「私が左側四つを担当します。高橋君は右の四つをお願いします」


「おっけ。で、真ん中のボタンはどうする?」


「んー、そこはまぁ、二人で担当するということで」


 ものすごく嫌な予感がするが、とりあえず同意を示してみた。

 さて、本日一発目の経験値稼ぎ――それも僕らの得意分野だ。絶対に達成してみせる!







 思っていたよりも苦戦せずに達成してみせた。

 9ボタンではあんなに難しかった曲が4ボタン+1ではこんなに簡単になるものなのか。

 まぁ、その、達成したのはいいのだけれど、やはりというべきか懸念していたことが起こっていた。


「右手が痛いです」


「僕は左手が痛いです」


 左の4ボタン+1を担当していた星野さんが右手の甲を抑えている。

 逆に右の4ボタン+1を担当していた僕は左手の甲を抑えていた。

 そう――このダメージは共に担っていた『+1』のせいだった。

 意外にも互いに引かない僕と星野さんは真ん中のボタンを叩く度に二人共反応していた。

 そして反応が早かった方がもう一方に手の甲を叩かれダメージを負う。

 曲が終わるまでその不毛な連鎖は止まらなかった。


「と、とにかく経験値は、獲得、です」


 言いながら星野さんはヒリヒリ痛む右手を僕の胸の前に突き出してくる。

 手の甲が痛いのに手のひらまで痛めるのは可哀そうなので今回のハイタッチは弱めにしておこう。


    ペチン。


 何だかこのハイタッチも慣れてきたなぁ。

 半月前までは女の子と手を合わせるだけで赤面モノだったのに、今じゃ自然と手を合わせることができる。

 たぶん相手が星野さん限定の話なんだろうけどね。


「弱弱しいハイタッチです」


 僕の気遣いは星野さんには不評だったようだ。

 どんな状況にしろ、経験値獲得後のハイタッチは全力でやるべきだったようだ。


「それより今回の獲得経験値はどれくらい?」


「んー、そうですねー。あまり手ごたえがなかったので10EXPって所でしょうか」


「まっ、妥当だね」


 でも貴重な10EXPだ。総合経験値はこれで80EXPになったわけだ。

 三ケタの大台が見えてきたな。







「か、かわいいっ!!」


 隣を歩いていた星野さんが不意にそんな奇声をあげていた。

 あまりにも突然だったので僕は驚きで全身を震えてしまった。

 星野さんの視線はクレーンゲーム内に乱雑に置かれているぬいぐるみに注がれていた。

 見るとぬいぐるみが乱雑に置かれている。


「ほ、本日二回目の経験値稼ぎを実行します!」


 若干鼻息荒い星野さんだった。

 そして彼女が言おうとしていうことが読めてしまった。


「横へ移動する1ボタンを星野さんが押して、奥へ移動する2ボタンを僕が動かす。そして見事景品をゲットしたら経験値獲得ってことだね」


「たまに発揮するその鋭すぎる思考はなんなのですか!?」


「一発で決めてやろう。お金入れるよ」


 騒ぎ立てる星野さんをスルーし、財布から速やかに100円玉を取り出して投入口へ入れる。

 安っぽい電子の起動音が鳴り響く。


「あっ、お金ありがとうございます。よしっ! 一回でゲットしてみせます!」


 震える手を1のボタンの上に置き、慎重にボタンを押す。

 そして中央辺りでボタンを離し停止した。


「ピッタリですっ! 次は高橋君! 頼みましたよ」


 どうやらx軸の座標調整はピッタリ上手くいったようだ。

 後はy軸を残すのみ。成功は僕の手腕にかかっている。

 あっ、そういえば星野さんがどのぬいぐるみを狙っているのか聞いていなかった。

 すぐに星野さんに尋ねればいいだけの話なんだけど、ここはあえて聞かずに彼女が欲しいと思っているぬいぐるみを推理してみようじゃないか。

 大丈夫。僕と彼女の意思疎通は上手くいっている。

 今の僕ならば彼女が欲しがっているぬいぐるみを察することくらい簡単なことなのだ。


 それに自慢じゃないがクレーンゲームは得意な方だ。

 ここの店のアームも熟知済みだ。

 上手くいけば本当に一発で取れてしまうかもしれない。







 上手くいってしまった。

 ふっ、僕はクレーンゲームに何千円も投資するような愚か者ではない。たったの100円で欲しい景品を我が物にしてしまえるのだ。

 や、正直言ってこんなに上手くいくとは思わなかった。少なくとも3ゲームは要すると思ったのに本当に1ゲームでゲットしてしまうとは、今日はかなりツイてる。

 下の取り出し口から景品を取り出し、僕は笑顔でそれを星野さんに手渡した。


「…………」


 なぜか星野さんは無表情のままポカーンとしている。

 そうか。彼女もこの奇跡に感動しているのだろう。

 この奇跡には50EXPくらいの価値はあるんじゃないか?


「……えと……高橋君? こ、これは何のぬいぐるみなんでしょう?」


「えっ? さぁ? なんだろうね? あえていうならゆるキャラ?」


 顔はジャガイモ。身体はパンダのような模様をした『何か』が星野さんの手の中にあった。

 不思議なモチーフだ。きっとこれを製作した者の頭の中は相当愉快なことになっているのだろう。


「しかし、これが『かわいい』なんて……いや、うん……人の美的センスを彼是いうのは野暮なものだよね」


 僕には到底このぬいぐるみの良さを理解することはできないけれど、星野さんには此奴に心を揺さぶられるものがあったのだろう。うん。


「私が可愛いって言っていたのは奥にあるユニコーンのポチくんぬいぐるみのことです!」


 うお! ターゲットはそっちだったのか。

 いや、僕も正直迷ったのだ。y軸にはジャガイモとユニコーンの二つが存在し、熟考の末、愉快な思考をもつ星野さんはこっちジャガイモを欲しがっていると勝手に結論を出してしまった。

 どうやら意思疎通に関してはまだまだ出来ていなかったようだ。


「まぁ、それはそれとして、さて今回の獲得経験値は?」


「ゼロに決まっているじゃないですかぁっ!」


 テンションの高さが災いし、心からの絶叫が口から洩れてしまっている星野さん。

 残念ながら本日二回目の経験値稼ぎは失敗に終わったようだ。

 なぜだかあんまり悔しくはなかった。

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