第12話  な、何を今更照れているんですか

 クイズマジマジ学園

 一言で言うと、オンラインクイズ対戦。

 といっても最近のゲームはほぼ全てオンライン仕様だから別に驚くことはないけれど、このゲームは特に全国のプレイヤーと繋がっている感じが強い。

 ゲームをプレイするだけで経験値が加算され、他プレイヤーに勝利するとボーナスポイントが付く仕様だ。

 その経験値を溜めると昇格するシステムであり、極めれば大賢者と呼ばれる存在になれる。


「それで星野さんはどれくらい階級上がってるの?」


「なんで既プレイ扱いなんですか! 上級魔術士ですけども」


 やっぱり既プレイなんじゃないかい。

 ロックンミュージックのプレイヤーは同じゲームカードでプレイできるからな。

 しかし、上級魔術士とは意外だなぁ。ロックンは廃人レベルだったのにこっちは普通の階級だ。


「結構たくさんやってはいるんですけど、やっぱり私の頭じゃこれくらいが限界なんですよね」


 そう――これは頭の良さだけで昇格できるような単純なゲームではない。

 雑学、学問だけではなく、生活の知恵やアニメ・ゲームの知識まで幅広くジャンルが広い。

 得手不得手を設け、公平性を設けた仕様なのだろうが、廃人レベルになると全てのジャンルに強い人間というのも出てくる。

 ゲームの稼働時期が長くなるにつれ、そういった人物が増えてくるので、なかなか勝ち進むことができなくなってくるのだ。


「ちなみに高橋君の階級は?」


「星野さんと同じだよ。上級魔道士の……二級だったかな」


 一括りに上級魔術士といえど下は十級、上は一級まで区分分けされている。

 僕の二級は結構高い方なのだ。


「では、次の経験値稼ぎの内容が決まりましたね♪」


 ノリノリで可愛らしい笑顔を向けてくる星野さん。

 本日三回目の経験値稼ぎだ。


「『二人』でこのゲームをプレイして、互いの知恵を共有し、勝ち残ったら経験値獲得――で、どうです?」


 このゲームの基本は一人でやるものだが、たまに数人で知恵を出し合ってプレイしている姿を見かける。

 ぼっちな僕には未知のプレイスタイルだったけれど。


「いいね、それ。楽しそうだ」


「決まりですね」


 言いながら星野さんはゲーム機にプレイカードを挿入し、椅子に着席する。

 若干長めな椅子の半分のスペースを開けて座っている。

 隣に座れという無言の催促なんだろうけど、僕は躊躇していた。


「……? どうしたんですか? 早く座ってくださいよ」


「う、うん」


 若干の照れを残しながら僕は星野さんと同じ椅子に座る。

 やばい。

 この近さは初の領域だ。

 いつもの放課後の経験値稼ぎでも一つのベンチに二人で座っていたけれど、それとはまるで話が違う。

 そもそも屋上では長いベンチの端と端に座っているようなヘタレ二人なのに、いきなりこの距離は酷だ。

 普通に肩が触れ合う距離である故に顔の紅潮が収まらない。


 くそぉ。星野さんはこの距離感に気付いていないのか、はたまた気にしていないだけなのか、まるで表情を変えていない。

 それが妙に悔しいので、僕もなるべく平静を装うことにした。

 しかしまぁ、この様子を第三者がみたらどんな風に映るのかな。

 あまり考えないことにしよう。







 時間にして15分弱。

 その短い時間の中で僕達は300円も使っていた。

 ワンプレイ100円。つまりすでに3プレイもしたのだ。

 このゲームは予選を二回行ない、その中で勝ち抜いた四人が決勝で対戦する仕様なのだが、僕達は3プレイとも初戦敗退していた。

 一人でプレイしていた時は稀に決勝まで進めるのだが、なぜか二人でやりだした途端、要領が悪くなっていた。


 いや、その理由は明らかだ。

 最初のプレイの時に、同時に答えが分かった僕らは同じ場所を押そうとし、互いの指が交差してしまった。

 ただ指が触れ合っただけなのに、妙に気恥ずかしくなり、それ以来答えが分かってもお互い遠慮し、正解のボタンに指を伸ばさなくなっていたのが原因だった。

 その出来事が原因で星野さんも今の僕らの距離の近さに気付いたみたいで、ずっと赤面しながら俯いてしまっている。つまり問題すら見なくなってしまったのだ。

 しかし、離れようとも椅子は小さく、結局は肩がぶつかる距離を保つことになる。

 そんな負の連鎖が僕達をダメダメな状態に導いていた。


「な、何を今更照れているんですか、高橋くんは」


「それはお互い様だと思うなぁ」


 言い争いのように見えるこれも単に互いの照れ隠しだ。


「い、いつもハイタッチしている仲なのですから、今更全然照れることなんて、その……」


「そ、そうだよね! わ、分かっているんだけれど」


 分かっているのだけれど、頭が真っ白になってしまう。

 これが異性の魔法というものだろうか。


「…………」


「…………」


 四プレイ目、もう完全に黙り込んでしまう二人。

 もちろん結果は初戦敗退だった。


「あ、諦める?」


 何回やっても同じ結果になる気がしたので辞退を提案してみた。

 しかし、星野さんはゆっくりと首を横に振る。


「…………」


 無言のまま、星野さんは再度百円玉をゲーム機に投入する。

 そして僕が思いもよらぬ提案をしてきた。


「高橋君。左手を出してください」


「え? うん」


 いきなり変な提案をされて言われた通りに左手を差し出した。


    ギュッ


「へっ?」


 そして左手を力いっぱい握られた。

 なんの儀式だ? これ?


「た、たまに触れ合うから変に緊張するんです。だから常に手を握り合っていれば、その、慣れるはずなんですっ!」


 言っていることは滅茶苦茶な理論だが、力説のせいか、妙に説得力があった。


「そ、そうだね! 常に手を握り合っていれば大丈夫だよね!」


 否定すると気まずくなりそうだったので、僕も力いっぱい同意する。

 先ほどよりも心音が高鳴っているのは内緒だが。


「ほ、本戦が始まるまで少し時間があります。その時間を使って落ち着きましょう」


「う、うん」


 他プレイヤーとのマッチングの影響で対戦が始まるまで若干の時間を要する。

 普通ならその時間を使ってクイズの予習をしたり、貯めたポイントでアバタ―の衣装を買ったりするのだが、僕と星野さんは手を握り合ったまま、だたじっと時が過ぎるのを待っていた。

 勿論、他の人に手を握り合っているのを見られるのは嫌だったので、人目の着かない場所に握った手を隠していた。

 ていうかこれ余計にドキドキするだけじゃないかなぁ?

 そんな懸念もあったのだが、対戦が始まるまで何もしなかったのが良かったのか、時が経つにつれ徐々に緊張が薄れていく気がした。

 その証拠に握り合った手から星野さんの震えが感じられなくなっていた。

 今思ったのだけれど、この『手を握り合う』っていう行為だけで相当な経験値稼ぎになっているのではないだろうか?

 そんなことを考えている内にトーナメント予選の初戦が始まった。







 ここからはダイジェスト方式になる。


 『雑学・四択クイズ』


【第一問:マンホールの蓋が丸いのはなぜでしょう?】


1:丸いと蓋が落ちないから。

2:マンホールの製作者が無類の丸好きだったから。

3:丸く見えるのは幻覚であり、実は四角いから。

4:マンホールなんてなかった。


 こんな馬鹿にしているような問題でも、先ほどの僕と星野さんは答えられなかった。

 しかし、ある程度落ち着きを取り戻した僕らは冷静に「1」を押した。


【第二問:『割勘』の語源は次のどれでしょう?】


1:割全勘定

2:わりぃ、勘ちゃん。金かして

3:わりぃ、勘ちゃん。全額かして

4:わりぃ、勘ちゃん。連帯保証人になって。


 そっと「4」を押そうとした僕の右手を遮って星野さんが「1」を押す。

 ちょっとしたおふざけのつもりだったのに、物凄い形相で睨まれてしまった。


 ………………

 …………

 ……







 やればできるものだな。

 初戦、二回戦は普通に突破し、ついに決勝までやってきた。

 15人以上いたプレイヤーも僕らを含めて4人だけになっている。


 決勝だけは今までと少し仕様が変わっている。

 クイズのジャンルを選ぶことができるのだ。

 4人がそれぞれ好きなジャンルを選び、そのジャンルを2問繰り出される。

 計8問の問題を終え、一番の好成績者が優勝できるのだ。


「星野さん。僕らはどのジャンルを選ぼうか?」


「んー、そうですねぇ。どれもいいですよねー」


「そうだね。どれもいいよねー」


 などと言いながら僕と星野さんの視線は同じところに集中していた。


「じゃあ、まぁ、適当に選ぶよ」


「そうですね。適当に選んでください」


 うん。適当に。

 適当に『アニメ・ゲーム』のジャンルを選んでみた。

 隣の星野さんが安心したような表情を浮かべていたのを僕は見逃さなかった。

 ちなみに決勝で戦う他プレイヤーのネームが画面に映されている。


 ICHIRO

 たかし

 リグ姐さん

 素人☆


 ――この四人だ。

 ちなみに一番上のIRHIROは僕だ。本名なのになぜかハンドルネームっぽいので使いやすいのだ。

 上二人が男キャラ。下二人が女キャラだ。まぁ、アバタ―キャラでプレイヤーの性別なんて特定できないけどね。

 おっ、画面が移り変わった。

 全員が出題ジャンルを決め終わったようだ。


 『ノンジャンル 〇×クイズ』


 これは『たかし』さんが選んだジャンルだ。

 ちなみにノンジャンルというのは言葉通り、全てのジャンルにちなんだ問題が出題されるというランダム性の高いものだ。

 そして〇×クイズなので二択問題だ。

 早速出題される。


 【第一問:小説『Experience Point』第一話にて、最初にキャラクターが喋ったセリフは「はい、じゃあ二人組作って~」である】


 何だかすごく身近な出題キタ。

 タッチパネルの液晶に大きく〇と×の文字が浮かんでいる。


「星野さん、分かる?」


「んー……〇……ですかね? 自信はないですけど」


 僕も確信的な正解を持ち合わせていないので、星野さんの意見に同意して「〇」のボタンにタッチした。

 他プレイヤー達の回答も終わったようだ。


 ICHIRO……〇

 たかし……〇

 リグ姐さん……×

 素人☆……×


 見事に二分化されたようだ。

 やや沈黙を置いた後、問題の正解が出される。


    ブブー!


 思いっきり不正解な音が鳴り響く。

 どうやら正解は「×」のようだ。分かるか! こんな問題。


「気を取り直して次いこう!」


「はい!」


 身内ネタの出題を不正解したが、ポジティブな主人公二人であった。


【第二問:ジャンケンでパーに勝つのはチョキである】


 画面に〇×パネルが表示される前に〇ボタンに指を置く僕と星野さん。

 こんな馬鹿にしたような問題が出るのがこのゲームの特徴。この場合、正解までの秒数が短い方が高得点を得られる仕様になっている。

 ――のだが。


 ICHIRO……〇

 たかし……×

 リグ姐さん……〇

 素人☆……〇


 たかしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!

 一体この人に何があったのだろうか?

 もちろん答えは〇。暫定一位が素人☆さんだ。この人は正解するのはもちろん解答までが早い。

 こんな感じでクイズ問題を進めていき、僕と星野さんは互いに知恵を出し合いながら7割ほど正解を叩き出すことができた。







 全問題が終わり四位から順位が発表される。


 四位:たかし

 三位:リグ姐さん

 二位:ICHIRO

 一位:素人☆


 そしてゲームのエンディングが流れる。

 しかし僕らはエンディングには目をくれず、互いに顔を合わせて喜びを分かち合っていた。


「これは充分に経験値を獲得できる戦いだったんじゃない?」


「はい! 数値的には20EXP獲得です!」


 言いながら星野さんは右手を胸の高さに上げる。

 いつものハイタッチの催促だ。

 しかし、いつもと違うのは星野さんの右手は僕の左手を握りっぱなしだったことであり、一緒に僕の手も持ち上げられてしまった。

 やがて星野さんも手を握りっぱなしであった事実に気付いたようで、慌てて手を離し、耳を真っ赤にして俯いていた。

 僕も妙な気恥ずかしさで同じように俯いてしまう。

 チラッと星野さんの方へ視線を移すと、俯いたまま再度右手を上げていることに気が付いた。

 その右手はプルプル震えていた。

 気恥ずかしさがあっても経験値獲得後のハイタッチは絶対のようだ。

 ならば僕もそれに答えたいと思った。


    ペチッ


 いつもの半分くらいの強さで叩いた為、情けない音が鳴った。

 この気恥ずかしさの中だからそれくらい許してほしい。


「全力のハイタッチじゃないです」


 俯いたまま唇を尖らす星野さん。

 この気恥ずかしさの中でもこの子は許してくれなかったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る