Bonus Point +8 ちっちゃい女の子が大好きなお姉さんだよ
【main view 小野口希】
新学期。
征服の上にコートを着込み、手を磨って寒さに耐えてながら登校する。
いやー、冬休み明けだというのに全くそんな気はしないぞ。ほぼ毎日図書準備室に通っていたから当然といえば当然か。
結局月ちゃん達とはほとんど遊べなかったけど、こんなに充実していた長期休みは初めてな気がするな。
おっ、噂をすればパートナー発見。
「長谷――」
「ちょっとぉ。背中丸めないでよみっともない」
「いいだろ別に。俺はこの体制こそが基本姿勢なんだよ」
あのだるそうな後ろ姿は間違いなく長谷川君だった。
しかし、私はつい挨拶しそびれてしまった。
「腰痛めちゃうよ。もぅ」
長谷川君の隣に見たことのない女の子が一緒だったからだ。
月ちゃんよりも小柄な体格。童顔でショートヘアな小さくて可愛い女の子。
あれ? なんだこれ? なんだそれ? なんで? なんなの?
――なんだろう……
――なんで……身体が痺れたようになって動けないのだろう。
「…………」
呼び止める体制のまま硬直した私は、楽しそうに会話をしながら去っていく二人の後姿をボーっと見つめながら見送ったのだった。
「ういーっす、小野口。ついに来週試験だな」
「…………」
「なんか無言で睨まれた!?」
放課後、長谷川君はいつものように集合時間ギリギリにやってきて、慣れた席に着こうとするが、私の睨みが効いたようで摺り足で後退していた。
「ど、どうしたんだ? 小野口。別に遅刻してないだろ」
「…………」
「ちょ、超怖ぇ……」
自分でも気づかなかったけど、今の私は相当怖い顔をしていたみたいだ。
つまり、それくらい希ちゃんの心は不安定という訳で。
「な、何怒っているんだよ?」
「……なんで怒っていると思う?」
「いや、検討もつかないから聞いているんだが……」
「…………」
検討もつかない?
ならどうして……
「キミの女性苦手症はもう治ってたの?」
「んなわけないだろう。たった二週間くらいじゃあまだ無理だ」
「彼女は居ないっていうのはどうなの?」
「どうなの? ってなんだよ。別にどうもなってないけど」
「ダウト!」
「何がっ!?」
長谷川君が嘘を吐いていたから私が怒っているのだ。
だけどこの男は私の怒りの理由がまだ分かっていないらしい。
「あーあ。いいよねぇ。可愛い彼女が居る人は」
「本当に何の話だよ!?」
まだ白を切るらしい。
ふーん。あくまでも嘘を吐き通すんだね。
「女の子が苦手とか言っておきながらあんなに可愛い彼女が居たなんて、希ちゃんビックリだよ」
「いや……だから……」
「そうだよねー、長谷川君優しいし、面白いし、話しやすいし、眼鏡男子だし、そりゃあモテるよね。あのショートヘアの可愛らしい女の子もメロメロになっちゃうよね」
「ショートヘア……? もしかして
「ほほぉ。七海ちゃんっていうんだ。年下? 今度あのかわいらしい彼女を紹介してよ」
「ま、まぁ、年下だが……でも、アイツは――」
「さすがに彼女に対しては名前で呼ぶんだね。そうだよねー。私なんかじゃいつまで経っても『小野口』呼ばわりなわけだよね」
「な、なんか変に卑屈になってないか? ていうか名前で呼んでほしかったのか……?」
「そうだよ! って、それよりも私なんかとこうして会っていていいの? 放課後くらいは彼女とデートでもしてあげなさいよ」
「だーかーらー! 彼女じゃなくてアレはただの妹! いーもーうーとー!」
「…………」
「…………」
不意に沈黙が流れる。
細めていた目が自然と大きく見開いていく。
「い……」
「い?」
「妹なら妹とさっさとテレパシーで教えなさい!」
「無茶苦茶なキレ方された!?」
なんだ妹さんだったのか。なんてベタな勘違いをしてしまったんだ。
そっかー。妹か。妹さん。身内なら例の病気が発生しないのも納得だ。
つまり長谷川君は何も嘘を吐いてなんかいないと。
それどころか希ちゃんの理不尽な怒りを浴びせられた被害者というわけかー。
「ごめんなさい!」
どう考えても私一人が悪かった。
「い、いや、つーか、なぜ怒られたのか終始謎だったのだが……」
「なんでもないの! 私のただの勘違いだから気にしないで。勘違いオブジョイトイなの」
「さらに訳の分からなさが広がったが……とにかく俺は気にしなくていいのか?」
「気にしないでくれると嬉しい!」
「りょ、了解」
「うん……」
「…………」
「…………」
何とも言えぬ空気が二人の間に流れてしまった。
んー、今日はもう解散すべきかなぁ。とてもこれから勉強始められる雰囲気じゃないし。
「あっ、そうだ」
「……ん? どした?」
「名前……」
「名前?」
「名前……で呼んでほしいんだったよな。んと……希」
「~~!!」
確かに勢いで名前で呼ばれたい~みたいなこと口走ったけど、こんなにも唐突に呼ばれるとは思わなかった。
気恥ずかしさと嬉しさが同時に込み上げてくる。
「んと……よ、ようやく名前で呼んでくれたか! よしよし。その調子で精進してくれたまえ。佐助くん」
「ま、まぁ、頑張ってみるさ」
う~。世の男女友達はこんなにも気恥ずかしいイベントを越した後に名前呼びをしているのだろうか?
後味の良さと悪さが入り混じって、更に妙な空気になってしまったぞ。
「んじゃ希。今日の科目は?」
「あ、えーっと、んーと……じゃあ英語と家庭科で」
「お、おう。了解だ」
勉強会の中止を考えていた中、長谷――じゃなくて佐助くんの方から勉強の提案をしてきてくれた。
良かった。これで今日も一緒に勉強ができる。
「えへへ」
「なにを笑っているんだ?」
「んふふ~。秘密だよ」
「怒ったり笑ったり忙しい奴だな」
うるさいやい。その原因であるキミが言うな。
それにしても今回の怒りは……アレだよなぁ。『嫉妬』とか言う感情な気がしてならないんだよなぁ。
もしかして私って独占欲が強いのだろうか? 佐助君が私以外の女の子と仲良くしている光景を見ただけでここまで自分が暴走してしまうなんて思わなかった。
これはもう自分の気持ちに嘘を吐く必要ないよね。
きっと……
私は……
長谷川佐助君に恋しちゃっている。
ごめん。やっぱりちょろインだったみたい。私。
「お兄ちゃん。今日は早起きだったね」
「まぁな。俺はやればできる奴だから」
「知ってるよ。でも明日からやらないんでしょ。面倒くさがりだから」
「よく分かっているじゃないか妹よ」
翌日。長谷川兄妹が仲睦まじく登校する朝の風景がある。
なんとも微笑ましい光景だろう。一人っ子には目に毒な程だ。
「……ところでお兄ちゃん」
「どうした、七海?」
「……さっきからずっと私の頭を撫でているこの人は誰なのかな?」
「……気付いてしまったか妹よ」
困惑する七海ちゃんに対し、呆れ果てた表情でため息を吐く佐助くん。
「気付いちゃったかー。七海ちゃん」
「5分以上も撫でられて気付かない人が居たら病気です! 本当に誰なんですか!」
うーあー。可愛い。この生き物可愛い。月ちゃんとは違った良さがあるよ~!
「ただのちっちゃい女の子が大好きなお姉さんだよ♪」
「……どうしようお兄ちゃん、犯罪のかほりがするよ」
「大丈夫大丈夫。それほど害はない奴だから」
「佐助君! これ欲しいよ!」
ギュムッ!
「大丈夫な要素が一切見当たらないっ!? お兄ちゃん~! 助けてよ~!」
むむむっ、なんだか本気で嫌がられている空気。
でも抱擁はやめられないとまらない。
やめてはいけないという使命感が私を襲っているのだ。
「希。本当に止めてやれ。七海のやつマジに怯えているから」
「むぅ……仕方ないなぁ」
佐助君に説得され、抱擁は止めてあげた。
でも頭を撫でる作業は止められていないので続行する。
「のぞみ……さんって言うんですか? お兄ちゃんのお友達でしょうか?」
「うん! そして七海ちゃんの友達でもあるよ!」
「知らないうちに私友達が増えた!?」
「気軽に『お姉ちゃん』って呼んでね!」
「そして姉も増えた!?」
七海ちゃんの困惑が膨れ上がる。
驚きながら戸惑っている姿がまた可愛い。写真撮りたい。飾りたい。
「えっと……希――お姉ちゃん。お兄ちゃんに御用ですか?」
「七海ちゃんに用があったんだよ」
「私……ですか。なんでしょう?」
「昨日通学路で七海ちゃんを見かけた時から抱き着きたいと思ったんだ」
「……お兄ちゃ~ん」
涙目で佐助君に助けを求めるが、面倒くさがりなこの男は外方を向いて救援に気付かないふりをしていた。
それから学校へ着くまでの約10分間、七海ちゃんの初々しい反応を楽しみながら私達は3人そろって仲良く登校した。
放課後。私は佐助君と共に七海ちゃんを迎えに行き、図書準備室へ招待した。
ちなみに発案者は私。
ちょろイン発覚した直後だけあって二人きりの桃色空気に耐えられる自信がなかったという裏事情もちょっぴり存在する。
「図書……準備室ですよね?」
「そうだよー。あっ、七海ちゃん~、バナナケーキとパインケーキのどっちがいい?」
「……図書……準備室?」
「希~。俺いつものな」
「ほいよ。イチゴショート。プラスあんま~~い紅茶」
「ナイス!」
「…………図書……もういいです」
なぜかここに初めて来る人は同じリアクションを取る。
だからこそ佐藤光は問答無用で私の城を潰そうとしているのだろうけど。
「それでそろそろ教えてくださいよ。お兄ちゃんと希お姉ちゃんはここで何をやっているのですか?」
「くぅぅ~! 自然に『お姉ちゃん』って言ってくれるところが萌えるよ! あっ、七海ちゃん、私には敬語要らないからねー」
「は、はぁ。それで結局何をしているのですか――何をしているの?」
「普通に試験勉強だよ」
「試験勉強!?」
なぜか大げさに驚かれる。
図書準備室で試験勉強をすることのどこに驚く要素があるのだろう?
「それってお兄ちゃんも一緒に!?」
「う、うん。冬休み前からずっと一緒に勉強をやっているんだよ」
「う……嘘……」
震えながら信じられないと言った表情と共に佐助君を見る七海ちゃん。
「あの……あの面倒くさがりなお兄ちゃんが……試験勉強!!??」
そこかい。
佐助君の面倒くさがりは妹に戦慄させるほどだったみたいだ。
試験勉強をするだけでここまで驚かれるってよっぽどだぞ。
「さて、今日も兄者は試験勉強に勤しむかな」
自分の勤勉さを見せつけるようにワザとらしく勉強を始める佐助君。
その姿を見て七海ちゃんの震えは更に加速する。
「こ、こんなの……お兄ちゃんじゃないっ!」
真面目な姿を見せられてそれを否定される佐助君って。
家ではどれだけダラけているんだ。
「これはお兄ちゃんの偽物なの。ドッペルゲンガ―なの。ゴーストライターなの。じゃなきゃ……やだもぉぉぉぉぉぉぉんっ!」
ダダダダダダっ!
七海ちゃんが半泣きで叫びながら図書準備室から飛び出して行った。
「好かれているねぇ。佐助くん」
「……まぁ、嫌われてはいないとは思うけど」
「グウタラなお兄ちゃんが放っておけないんだよ。理想の妹だ」
「俺はあまりやる気を出すべきではないのかもしれないな」
お兄ちゃんは複雑な妹心を掴むのに必死なようである。
良い兄妹だなぁ。本当に羨ましい。
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