Bonus Point +7 それじゃあ長谷川君。また明日
1月3日。
場所はいつもの図書準備室……ではなく、私だけ隣の図書室に居た。
現在隣の図書準備室では長谷川君だけが勉強をしていた。
昨日のことがあって会うのが気恥ずかしいから、というわけではない。本当だよ。本当本当。
今日は私が冬季開放図書室の当番日なのだ。当番なら仕方ないね。うん仕方ない。
「しっかし……」
明日から元通りの希ちゃんになれるだろうか。
もしかして私はあの面倒くさがり男を意識しまくっているのはないのか。
高橋君を想っていた時だってこんなに逃げ回るような展開なかったのに。
ちょっと慰めてもらって、褒められただけでコレとか。私ってちょろいのではないか?
異性慣れしていないのは私の方ではないかと思えてくる。
でも素直にちょろイン化すると思ったら大間違いなんだからな。
明日からいつも通り私が主導権を握るんだから!
とりあえず今日は平静を取り戻す為に仕事に集中するとしよう。
……と言っても別にこれと言ってやることないんだけどね。
正月明けというだけあって図書室を利用している人も少ない。正直私要らないんじゃないかと思えるくらい暇である。
暇すぎるし、文庫の廃棄処理でもゆっくりとやっておこうかな。
「…………」
やっぱりちょっとだけ顔を出してみようか。
扉一つ隔てた先に彼が居るんだし、暇なんだからコッソリ様子を覗うくらい別にいいよね。
「……レッツスニーキング」
ボソリとミッション開始の合図を呟き、なるべく足音を立てないように図書準備室の戸に手を掛ける。
そのまま音を立てずに戸を少しだけ空ける。
その隙間から中をこっそり覗き見た。
「……あれ?」
しかし、長谷川君の姿は見当たらなかった。
もしかして反対側の扉から帰っちゃったかな。むぅ、だとしたら許せん。私に挨拶もしないなんて。
ぷんすか怒っていると、部屋の片隅に人の気配がすることに気付く。
「……あっ」
居た。
ソファに寝転んで仰向けに寝ている長谷川君。
なぜ図書準備室にソファがあるのかは……今更聞かないで欲しい。
でも珍しいな。長谷川君が居眠りなんて。休憩中は机に突っ伏すことすらしない人なのに。
さては私が居ないと思って悪戯されないと油断しているな~。ふっふっふっ、甘いぞ長谷川君。
どんな悪戯をしてやろうかと思考を巡らせてみるが、中々良い案が思い浮かばない。
むしろ思い出すのは昨日の出来事で……
「~~~~っ!」
駄目だ。
やっぱり今日は調子が出ない。
ここはゆっくり寝かせておいてあげて、私は委員の仕事に戻ろうかな。
「……ん~……」
長谷川君が寝返りをうち、寝顔がこちらを向いた。
「可愛い……」
長谷川君は高橋君と同じように、どちらかと言えば可愛い系に属する。
ただでさえ可愛いのにこの寝顔だ。思わず感嘆を漏らしちゃうのは仕方ないだろう。
「まー、委員の仕事は別に今急いでやる必要ないし……?」
そう自分に言い訳し、長谷川君の側に寄る。
そのまま膝を曲げ、目線を彼の寝顔の位置まで下げた。
眼鏡を付けたまま寝ているので、そっと取ってあげる。
「おおぉぉぉ」
眼鏡付けてない顔初めてみた。長谷川君のレア顔だ。
「う~む。可愛い」
再度同じ言葉を呟く。
だって本当に可愛いんだもの。
つんつん
頬を二突き。
長谷川君は全く反応なし。
むふふ~。寝ている隙に希ちゃんが触れまくっている事実を後で教えたらどんな反応をするのかな。
「ん……」
おっ、なんか起きそうな兆し。
ちょっと残念。悪戯タイムはここで終わりか。
「……あれ?」
ゆっくりと起き上がり、しばらくぼーっと虚空を見つめている。
「おはよう♪ 長谷川君」
笑顔で目覚めの挨拶をしてみた。
「……お?」
「お?」
「ぅおおを!? お、おおお、おおおっ!? …………おはよう」
不思議な反応をされた。
「……寝てたか」
後ろ頭をボリボリと掻きながらソファから立ち上がる。
若干フラフラしながら勉強席に戻った。
あっ、さりげなく私から距離を取ったな。
「小野口、いつの間に来てたんだ?」
「長谷川君が眼鏡掛けながらグーグー寝ている所からだよ」
「まー、それは何となく想像付くが……って、あっ、眼鏡……」
「ふっふっふー、コイツを返して欲しいかね?」
「返してほしいのだが」
「むふふふふー」
悪戯っぽい笑みを浮かべる。
いい感じにいつもの希ちゃんのペースになってきた。
「それがないと俺、何も見えないぞ」
再度立ち上がり、ゆっくりと私の持つ眼鏡に向かって歩み出す。
うわー、フラフラした足取りだ。アレ、裸眼だと私よりも視力悪そうだなぁ。
「うわっ!」
ついに足を絡ませ、こっちに盛大に倒れ込む長谷川君。
ん? こっちに……?
「「わぁぁぁぁぁっ!」」
押し倒される形となったが、後ろにソファがあったおかげで痛い思いはせずに済んだ。
でも――
「「………………」」
長谷川君に上に乗られたまま見つめ合う私達。
顔が紅潮していくのが自分でも分かる。
長谷川君も私と同じくらい真っ赤になっていた。
「「………………」」
十数秒……いやもしかしたら数秒かもしれない。
でも私はかなり長い時間見つめ合っているように感じた。
「……す……」
す?
「すまん!!!!」
慌ててバッと飛び跳ねるように離れる長谷川君。
こんなに動揺している姿は初めてみたかもしれない。
「い、いやぁ、別にいいんだよ。うん。いいんだよ、本当」
言葉が上手くでなかった。
動揺しているのは私も同じのようだった。
くそ~。いつものペースでいけると思った途端これだよ。
これは私も本格的に参っているなぁ。
「そ、それじゃあ私は委員の仕事が残っているからこの辺で」
「あ、ああ。そうか。頑張ってな」
そそくさと逃げに回る情けない私。
明日こそは……明日こそは本当に希ちゃんペースにするんだからね!
「あっ、そういえば眼鏡……」
「ん? ああ。返してもらったぞ」
「い、いつの間に……」
動揺している割にはその辺は抜かりない。
むむぅ。もしかして動揺しているのは私だけだったりする?
そうだったらちょっと腹立たしいぞ。
「それじゃあ長谷川君。また明日」
「ああ。また明日」
だけど、『また明日』と言い合える関係であることに少しほっとする私だった。
「冬休みも後三日か」
「休み明けの一週間後にすぐ試験があるんだよね。この学校って相当ハードスケジュールだよね」
結局冬休みは年末年始を除いて毎日長谷川君と一緒にここで過ごしたことになる。
毎日長い時間一緒だったから何だか学校が始まってしまうのが名残惜しい。
「もちろん学校が始まっても放課後や昼休み、付き合ってくれるよね?」
「えっ……?」
「なんだ嫌なのかー! こらー!!」
「べ、別に嫌というわけじゃないぞ。うん」
半ば強引に始業後の約束も取りつける。
とりあえず後一週間は一緒に入れるってことだ。うん。良きかな良きかな。
って、私、長谷川君と居られることに安心してる?
この気持ちの高鳴りは……アレだよなぁ。アレしちゃってるのかな私。
まー、それは長い目で考えるとして、今は残り少ない冬休みライフを楽しまなくちゃな。
「邪魔をするぞ。『間もなくシュガーの姓を持つ女神』よ」
「うげっ!!」
突如、聞きたくない声と共に見たくもなかった巨体が現れる。
ここしばらく姿を見て居ないから危うくこの男の存在を忘れるところだった。
「シュガーっちじゃん。あけましておめでとう」
「ふん。ランキング外の男には新年の挨拶をするギリはない」
普通に失礼なだけだぞそれ。まぁ、長谷川君は全く気にしていない様子だけど。
それと長谷川君はランキング三位――いや、もうツッコむのも意味がない気がしてきた。
「それよりマイハニーよ。相変わらず準備室を私物化しているな」
「な、何さ! 勝負が決まるまでは好きにしていいってそっちが言ったんでしょうが!」
「ああ。それについては別にどうでもいい。それよりも勝負が掛かっているというのに男連れとはな。俺はそっちが気になって仕方がない」
「それも私達の勝手だもん。佐藤君にとやかく言われる筋合いはないよ。それよりも何しにきたー? 帰れー」
「いきなり追い返すのは酷いだろう。俺様とキミの仲だというのに」
どんな仲だ。友達未満他人以下のくせに。
本当に早く帰って欲しいなぁ。
「俺は委員の仕事で来ているだけだ。ついでにマイハニーの様子を見ておきたいと思ってな」
「あーそー。見ての通り希ちゃんは元気だよ。はいさよならー」
「つれないな。しかしそれも今度の期末試験までだ。俺様の勝利は揺るぎ無いものになるとたった今確信したからな」
「むー。どういう意味さ」
ただの自信ならともかく『確信』と来たもんだ。
舐められているなぁ。前回は一点差だったくせに。
「俺様は毎日欠かさず試験勉強を行なっている」
「わ、私達だってやっているもん!」
年末年始以外は。
「ふん。同じ勉強でも濃度が違うだろう? 俺様の試験勉強とキミ達のお遊び交じりの勉強を一緒にしてもらっては困るな」
「お、お遊び~!?」
さすがにそれは聞き捨てならない。
私達の冬休みを馬鹿にされたように言い捨てるこの男に初めて怒りが沸いた。
「『勉強は皆でやると捗る』。大衆はそんなことを抜かすが実際どうだ? 2~3人集まるだけでまともに試験勉強などできなくなるのがオチではないか。正にキミ達がそうではないのか?」
「うぐっ! そんなことないもん!」
「『うぐっ!』と言葉を詰まらせた時点で現状が見えたな」
「そんなことない! 試験勉強だって順調だもん。絶対佐藤君に勝つんだから」
「ふん……そこのお前。長谷部だったか?」
「長谷川、な」
「うむ。長瀬。貴様もうここに来なくていいぞ」
「「えっ?」」
突然の佐藤君の命令に私と長谷川君の目が点になった。
「貴様は自分がマイハニーの邪魔になっていることを気付いているか?」
「…………」
「ちょっと! 佐藤君!?」
「俺様はマイハニーと血肉争うギリギリの勝負をしたいのだ。その為には貴様の存在をここから消す必要がある」
「…………」
「やめなさい! 佐藤君! 長谷川君は全然邪魔なんかじゃないよ!」
まさか長谷川君に飛び火が移るとは思わず、私は必死に佐藤光を止めにかかる。
だけど佐藤君の暴言は止まらなかった。
「そもそもお前、前回の期末試験の合計は何点だった?」
「840点」
「……ふっ! 俺様とマイハニーよりも20点以上離れているではないか。試験でいう20点差はフルマラソンと校内マラソンくらい距離差があるのだよ。そんな者と共に勉強したとしても成果は見込めるはずはない。はっきり言おう。キミはマイハニーの足を引っ張っているのだよ」
「そんなことないって言っているでしょう! 佐藤君いい加減にして!」
このままでは長谷川君が遠慮してここから出て言ってしまうかもしれない。
それだけは駄目。
絶対駄目。
駄目というより……嫌!
長谷川君が私の傍から居なくなるのだけは嫌だった。
「それはそれとして、シュガーっち。ここ教えてもらえるか?」
「ん? ああ。数学か。ここはこの公式を使ってだな……って、俺様の話を聞いていたか!?」
「いやー、俺暗記苦手だから」
「つい数秒前に言ったことすら暗記できんのか!」
「シュガーっちがフルマラソンに参加するって話だろ? それくらいはちゃんと覚えてるって」
「全く覚えていないではないか! ていうか貴様! 俺様の話を聞き流していたな!? フルマラソンの下りだけなんとなく覚えていたのだろう!」
「さすが学年一位だな。俺の思考を完璧に読み取ってやがる」
「俺様をおちょくっているのか!」
うわぁ。長谷川君のマイペースっぷりが凄い。
あの佐藤君すら押しているぞ。
「シュガーっち。無駄話多いなー。勉強の邪魔になるから出てってくんない?」
「おまっ! お……おおお……お前っ!」
「じゃあな。シュガーっち。また新学期に」
「こ、こら、押すな長谷乃! くっ、マイハニーよ! 勝負の時を楽しみにしているぞ!」
長谷川君に背中を押されながら何とか捨て台詞だけを残して図書室へ捨てられる佐藤君。
結構強引な所もあるんだなぁ、長谷川君。私と居る時もその強引さを少しは見せてもらいたいものだ。
「ありがとう長谷川君。アレを追い返してくれて」
「んー、まー、困っていたみたいだしな」
頬をポリポリ掻きながら照れ混じりで言葉を変えす長谷川君。
「結構頼りになるじゃない。このこの~」
「やめぃ。鼻を突くな。病気が再発するから」
んー。相変わらず初心な反応だなぁ。
ちょっと触るだけで顔を真っ赤にする辺りが可愛くて仕方ない。
「……なー、小野口。俺、本当に邪魔になっているようだったら……むぎゅっ!」
でもこういうところは可愛くない。
だから鼻を思いっきり摘まんでやった。
「本当に記憶力悪いなー。この勉強会は私から長谷川君に頼んだんでしょ」
「しょ……そうでひた……」
「だから堂々とここに居るの! 明日も明後日も新学期も! いいね! 絶対来るんだよ!」
「ひゃ……ひゃい……」
見てろよー、佐藤光。
絶対に二人の力で勝って見せるんだから!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます