Bonus Point +6 突然だけどクリスマスプレゼントだよ

 長谷川君が教科書とにらめっこをしながら後ろ頭をボリボリと掻く。


「なー、小野口。暗記系の上手い覚え方って何かない? 俺理系っぽくて文系はどうも……」


「そうだなぁ。理系得意な人は歴史情景を映像のように思い浮かべながら勉強すると記憶しやすいって聞いたことあるよ」


「そっか。サンキュー」


「…………」


「…………」


「…………」


「……真面目かっ!」


「真面目だけど!?」


「せっかくだしもっとハジけようよー、つまんないよー」


「どうしてお前は勉強会で面白さを求めるんだよ」


 呆れたようにため息を吐く長谷川君。

 面倒くさがりの設定はどこへやら。一度集中し出すと一転して大真面目っぷりを発揮する。

 無言タイムは希ちゃんの望むところではないのだ。


「長谷川君。膝枕してあげるよ」


「唐突になんだよ!?」


「おぉ。そのツッコミ。それを私は待っていた」


「せめて勉強に関係ある話題でツッコませろよ!」


 長谷川君のツッコミのキレの良さを堪能しながら、私はスカートのしわを直し、膝元をパンパンと払う。


「よし! どうぞ」


「いや、しないから!」


「遠慮することないのになー。控えめ男子め」


 せっかく準備万端なのに実行に移せないとはヘタレめ。

 この辺りにも女性不慣れの影響が出ているとみた。


「女慣れしている奴でもそれは躊躇するレベルだと思うぞ」


 ……そうなのか。

 男の子の気持ちって理解するのは難しいなー。

女の子から膝枕してあげるって言われたら、私なら喜んで飛びつくのに。


「とにかくそろそろ休憩しよ。疲れたよー」


 言いながらそのまま横になり、ゴロンと転がりこむ。


「お、おーい……」


「んー? 何さ。人が気持ち良く寝ようとしている所に」


「……いや、寝るのも休憩するのも別に構わないのだけど、自然と俺の膝を枕にするのはどうなんだ?」


「長谷川君が私の膝に来ないなら私から行くしかないじゃない」


「……理屈が意味不明だ」


 文句を垂れながらも無為に私の頭をどけようとしない。

 一応受け入れてくれているのかな?


「あれ? そういえば長谷川君。例の拒否反応が出なかったね」


「んー……まー……拒否反応も出ないくらい不意打ちだったからな」


「ほうほう」


 それは良いことを聞いた。

 つまりは不意打ちだと長谷川君は私を避けたりしないという訳か。

 ふっふっふ。不意打ちは私の得意分野なんだよね。


「悪戯っ子の顔をするな」


 私の考えが先読みされてしまった。

 顔に出やすいのは私の短所だなぁ。


「あっ、長谷川君、そこのクッキー取って」


「はいはい」


「……あーん」


「……自分で食え」


 ポンっと私の手にクッキーが手渡される。

 サービス悪いなぁ。

 んー、それにしてもなんかココ居心地いいな。


「このままお勉強する」


「……お前は何を言っているんだ?」


「長谷川君教科書取って」


「あ、ああ……」


 戸惑いながらも返事と共に私の席に置かれていた教科書を取ってくれる。

 そのまま長谷川君の膝辺りに教科書を立てて、日本史の勉強を始めてみた。


「……その体制、絶対勉強できないだろ」


「ちょっと黙って。今集中してるんだから」


「勉強出来てやがる!?」


 やっぱり勉強は極限までリラックスした体制で行うに限る。

 何十分も張りつめているとそれだけで持続力持たないからね。


「集中している所悪いがやっぱりどいてくれ。緊張と膝の痺れで俺が勉強できない」


「…………」


「……本当に集中しているのか、遇えて無視されているのか、わからん」


「…………」


 それから解散するまでの約二時間。

 私はこの体制のまま日本史と現国の勉強をやり遂げたのだった。







 あれから何日か過ぎた。

 私と長谷川君は毎日同じ場所で次の試験に向けてずっと勉強し続けている。

 その辺の受験生より勉強している気がするなぁ。

 まぁ、長谷川君のおかげで勉強が苦痛じゃないからいいのだけど。


「今日も残っていくの?」


「ああ。まだ読書の途中だからな」


 いつまで経っても一緒に帰ってくれない。


「そんなこと言いながら、本当に私と帰るのが嫌なだけだったりして」


「…………」


「無言の肯定やめてよ! せめてなんか言ってよ!」


「……さて、と。本が俺を呼んでいる」


「まてー! 図書室に逃げるなー!」


 とまぁ、勉強会が終わると彼はこんな風に早々と行ってしまうのだ。

 長谷川君の女性苦手病はそこそこ克服できていると思うんだけどなぁ。

最近は変に距離を開けようとしなくなったし、私の悪戯にも耐性が出てきたように見えた。

 だけどなぜだかまだ距離がある気がする。


「……まぁ、休日返上してまで私に付き合ってもらっているんだもんね」


 普通に考えればこんな無茶苦茶な申し出、断るに決まっている。

 だけど彼は嫌そうな顔などせず――まぁ、たまに私の悪戯には露骨に嫌な顔してくるけど、それでも毎日付き合ってもらっているのだ。


「恩返し……ちゃんとしないとなぁ」


 でも何をしてあげればいいのか分からない。

 唐突なプレゼントなんかしてもクリスマスが終わってしまった今となっては変な話だし、うーん……


「そうだ! こんなときこそ頼れる月ちゃんの出番ではないか!」


 ケータイのメール画面を開き、本文を打ち込む。

 ……よしっ! こんなものか。



  ――――――――――

   From 小野口希

   2012/12/30 18:01

  Sub ☆(ゝω・) 相☆談

  ――――――――――


  突然ごめんね 相談があるの!

  今お世話になっている人にお礼が

  したいのだけど 何をしてあげたら

  いいのかわからなくて……

  だから彼氏持ちの月ちゃんの意見を

  参考に聞かせてくれたらなって

  思います


  -----END-----


  ―――――――――――



 送信っと。

 ……あっ、これじゃあ『お世話になっている人』っていうのが男の子だってことに感づかれちゃうかも。

 んー、まっ、いいか。送信ちゃったものはしょうがない。


    ピピピッ


 おっ、早速月ちゃんからの返信来た。

 やっぱり持つべきものは可愛い女の子の友達ですな。



  ――――――――――

   From 星野月羽

   2012/12/30 18:03

  Sub Re: ☆(ゝω・) 相☆談

  ――――――――――


 全ての生徒はシュガー様の為に


  -----END-----


  ―――――――――――



「まだ洗脳が解けていなかったっ!?」


 もしかしてせっかくのクリスマスや年末が佐藤君の洗脳のせいでデートすら出来ていないんじゃ……?

 やばい。私のせいだ。いや大元は佐藤君のせいなんだけど、半分くらい私も悪い。早々に何とかしないと。


「おのれ佐藤光。愛し合う恋人同士を引き離すとは許すまじっ!」


 でもとりあえず佐藤君が全面的に悪いってことにして、私も図書準備室から退室することにしたのだった。







「うりゃー! 月ちゃーん!」


    ビシっ!


 12月31日。大晦日。

 さすがに年末年始は図書室も締まっており、いつもの勉強会も中止しざるを得なかった。

 代わりに私は月ちゃんを呼び出して、出会い頭にチョップをお見舞いしてやった。


「あぅ……と、突然なんですか? 小野口さん」


「洗脳解けろ! 洗脳解けろっ! 洗脳解けろー!」


    ビシビシビシビシビシッ!


「あぅあぅあぅあぅあぅ…………はっ!?」


「洗脳解けた?」


「あ、あれ? わ、私は今まで一体何を……」


「洗脳が解けたキャラ独特のベタなセリフきた! お帰り月ちゃん!」


「た、ただいま……です?」


 洗脳から解けたばかりの月ちゃんは、夢から無理矢理覚まされたような半寝の表情を浮かべていた。


「よーし! じゃあ次行くよ!」


「行くって……どこへ?」


「もちろん洗脳されたみんなを今の方法で覚まさせるんだよ!」


 眠そうな月ちゃんを引きずるように私達はまず青士家へ向かった。

 次に高橋家へ向かう。高橋君の家は月ちゃんが知っていたので助かったけど、誰も池君の家は知らなかったみたいなので、申し訳ないけど彼だけは新学期に蘇生させてあげるしかないだろう。


 こんな感じで私の年末は洗脳された皆を呼び覚ます作業で終えることとなった。

 要は力押しだった。

 ……もう二度とないだろうなぁ。こんな意味不明な年末の過ごし方は。全部佐藤光のせいだ。

 はぁ……と大きなため息が出る。

 もしかして私ってとんでもない相手を敵に回しているのではないかと改めて思うようになった。







「メリークリスマス! 長谷川君!」


「……あけましておめでとう小野口」


 季節感に若干のズレがある挨拶だけど、今日は1月2日だから時間軸的には長谷川君が正しい。

 ちょっと時期遅れな挨拶をした理由はちゃんとあるんだからね。


「突然だけどクリスマスプレゼントだよ」


「……なぜなんだ?」


「私の気持ちだよ」


 戸惑いまくっている長谷川君を置いておき、私の気持ちが詰まった箱を唐突に取り出した。

 洗脳が解けた月ちゃんと話しあった結果、気持ちを伝えるにはやっぱりプレゼントが一番だと聞いた。

過去に月ちゃんも同じように高橋君からブローチを貰ったり、バングルをプレゼントしたことがあるらしい。

 そこで私は普段は隠していた女子力を発揮してみて、手作りのケーキなんぞを作ってみたりした。


「気持ち?」


「うん。勉強に付き合ってくれてありがとう♪ っていう気持ち」


「……わかった。わさび入りなんだな」


「人を悪戯の申し子みたいに言うな! 今日は本当に感謝の気持ちを表してみたの!」


「そ、そうか。それは……ありがとう」


「うん♪ さっそく食べる?」


「そう……だな。頂こう」


 まだなんか疑っているなぁコイツ。

 狼少年か私は。確かに毎日のように悪戯しまくっていたけれども。

 この機会にちょっとは信頼を取り戻しておかないとなぁ。

 備え付けのシンクの下の棚からプラスチック包丁を取り出し、ケーキを切り分ける。


「本当になんでもあるんだな。この部屋は」


「図書準備室なんだから包丁くらいあるよ」


「……その理屈はおかしい」


 本当は刃の付いた包丁を置きたかったのだけど、さすがにそれは自重しておいた。

 代わりに雑貨屋さんで見かけた可愛らしいプラスチック包丁を置いている。

 って、それってやっぱりここを自分勝手に利用しているってことだろうなぁ。もっと色々と自重すべきなのかもしれない。


「ほい。切り分け終わり」


「ああ……って、小野口は食べないのか?」


「長谷川君の為に作ったんだから私が食べるわけにはいかないよ」


「そ、そうか……」


 あからさまに警戒心を強める長谷川君。

 この男、本当に私がわさびでも挿入しているのだと思ってるな。失礼過ぎる奴め。


「頂きます」


 それでもちゃんと食す所が彼の優しさというか勇気というか。

 作ったものを食べてもらえるのはこちらも嬉しかった。


「おお! 普通に美味かったっ!」


 褒めてくれるのは嬉しいけど、『美味かった』ってなんだ。

マズイと思い込んでいたものが案外普通だった感じの表現はどうなんだ。


「でもどうして突然プレゼント?」


「だから言ったじゃん。日々の感謝の気持ちだよ」


「いや、俺そんな大それたことしてないけど」


「してるじゃん! 年末年始の休みを返上してまで勉強に付き合ってくれてるし、前の会議の時だって私を庇って発言してくれていたの知っているんだから」


「んー、それ結局シュガーっちに相手にされなかったけどな。それに勉強は俺の為にもなってるんだし、急にそんな畏まらなくていいんだぞ?」


 イケメンな回答だなぁ。面倒くさがり設定はどこに行った?

 でも長谷川君は自称面倒くさがり屋だけどきちんと気遣いのできるいい人だ。

 身長は高くはないけど、顔は良い方だと思う。


「長谷川君は彼女とか居ないの?」


「……愚問にもほどがあるだろう。なぜ今更俺の傷を抉る?」


「いやいや、嫌味で聞いたわけじゃないよ。長谷川君優しいんだし、『例の弱点』を含んでも付き合いたいっていう女の子居るんじゃないかなって思ってさ」


「残念ながらそんな奇特な女子は今まで現れたことないな。別に自分が優しいとか思っていないし、『例の弱点』のマイナス印象はお前の思っている以上に厄介だと思うぞ」


「そんなものかねー」


 どうして私の周りには自分に自信がない輩が多いのだろう。

 長谷川君も高橋君も月ちゃんも青士さんも沙織先生も、彼らはもっと自分の凄さを自覚すべきだと思う。池君のように。

 って、それは私も同じことが言えるか。むしろ私が一番自分に自信が無い思考の持ち主かもしれない。


「ねえ。どうしたら自分に自信を持つことができると思う」


「……お前、コロコロ話題変えるな」


「ねえねえ。どうしたらいいと思うの?」


「顔を近づけるな。俺の病気が発動する……そうだなぁ、とりあえずこんなに美味いケーキを作れるんだからとりあえずそれを誇ってみたらいいんじゃないか?」


「ケーキ作りなんて誰でもできることだよー」


「いや、誰でもできることじゃないと思うのだが……少なくとも俺には絶対無理だし、女子高生の中でこんなの作れる奴、そうはいないと思うぞ」


「そ、そうかな? えへへ」


 こう真正面から褒められるとやっぱり嬉しい。

 少し顔が紅潮してしまった。


「そんなに頭が良くて、人付き合いも良くて、友達も多くて、美味いケーキも作れて……こんなに多彩なのにどうしてお前は自分に自信を持てないんだ?」


 心底不思議そうに訪ねる長谷川君。

 なんか似たようなこと、誰かにも言われたことあったなー。


「私……行動力が全然ないんだよ」


「ダウト」


「嘘じゃないやい!」


「じゃあジョークか?」


「ジョークでもユーモアでもないの! 私ね、前に友達が困っている時、力になってあげようと思ったことがあったの」


「へぇ」


 月ちゃんがカンニング疑惑を掛けられた時。

 喫茶魔王で怖いお客様が来た時。

 深井玲於奈さんとの対決の時。


「でも結局私は何もできなかった。それも一回だけじゃない。いつもいつも私は――私だけが役立たずになってしまう」


 月ちゃんのカンニング疑惑を解いたのは高橋君だった。

 喫茶魔王で仲間の過去を笑った二人を怒ってくれたのは青士さんだった。

 青士さんの退学を最後に救ってくれたのは池君だった。

 最後まで挫けず自分の出来ることを精一杯やり遂げたのは月ちゃんだった。


 でも私はいつも足踏みをするように、いざと言う時何も出来ていなかった。

 それは私が皆よりも行動力が――いや、勇気がなかったからだ。


「そうか。凄いな小野口は」


「えっ?」


「仲間のピンチをいつも助けようと動いていたんだろ? 凄いことだそれは」


「でも何も出来ていな――」


「それはお前だけがそう思っているんじゃないか?」


「私……だけが……?」


「今度その『仲間』に聞いてみりゃいいじゃん。『自分は足手まといだったのか?』って。たぶん全員が否定してくれると思うぞ」


「そ、そんなこと……」


「んじゃ賭けてやるよ。一人でも否定する奴が居なかったら本当にワサビ入りケーキを完食してやるから。その代わり、俺が賭け勝ったら小野口は自分に自信を持つんだぞ」


「長谷川君……」


「とりあえずこの美味いケーキは普通に完食させてもらうけどな」

 うぅ。やばい。なんか希ちゃん今すごく泣きそうだ。

 でも涙を見せるのも悔しいし、退席して一人でめそめそ泣くのもみっともない。

 くそぉ。急に優しい言葉を掛けるのは反則だろう~! 照れやら嬉しさやらでまともに顔を見れないじゃないか~!


「御馳走様っと。ん? どうした? 小野口」


 ケーキを食べ終えた長谷川君が私のおかしな様子に気づき、心配して顔を覗きこんでくる。

 どうしてこういう時だけ例の発作が出ないんだ! 今は顔を見られたくない。


「な、なんでもないの!」


    バシバシバシッ!


「うごふっ!」


    ズシャァァァァァァァァァァァァァァァッ!


 この場は長谷川君の背中をバシバシ叩き、無理矢理例の発作を起こさせて照れ隠しをすることに成功した。

 火照りが収まるまで顔を見られないようにしないと。

 豪快にヘッドスライディングを決めて丸椅子に激突している長谷川君には悪いけど。

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