Bonus Point +5 ちょっと集中して希ちゃんの手を握ってみ

    【main view 小野口希】



 冬休みになり、私と長谷川君は図書準備室で待ち合わせをしていた。

 と言っても一日中じっくり勉強するわけではなく、待ち合わせ時間を決めて数時間だけ勉強をする予定だ。

 まー、もし勉強が捗れば夕方まで居ることになるかもしれないなぁ。


 ――なんて思っていたのだけど。


「到着っと。一番手だな」


「圧倒的に二番手だよ! ていうか遅刻だよ!」


「いやいや、まだ13時15分だろ?」


「そうだよ! 待ち合わせ時間から15分過ぎているんだよ!」


 この男、いきなり遅刻してきやがったのだ。

 しかもまるで反省の様子なし。

 必ず待ち合わせ時間前に来てくれる月ちゃんや高橋君を見習ってほしいものである。


「今日は冬休み初日だからな。こんなもんだろ。明日の俺はもっと遅れるはずだ」


「自信持って遅刻宣言するなー! 女の子との待ち合わせは普通男が先に来るものなんだよ」


「常識の枠に捕らわれないことも大事だと思うんだ」


「思わないよ! この場合!」


 無駄に屁理屈ばかり上手いんだから。

 もー、調子狂いっぱなしだよ。


「まーまー。怒っていても何も始まらないし、早速勉強を始めるとするかね」


 怒らせているのはどこのどいつだ。

 ……まー、いいか。冬休み初日だから許してあげよう。

 今度遅刻したら頭でも撫でて苦しい目にあってもらおう。


「じゃあ今日は英語と日本史をやるよ」


「和洋を織り交ぜてきたか。いいぞ」


 お互い腰を下ろし、教科書やノートを広げる。


「……よくない」


「え?」


「だからどうして離れて座るの!?」


 今日も長谷川君は椅子4つ分離れて座っている。

 昨日よりは椅子一つ分近くなったけどまだまだ遠い。


「ちょっとくらい離れた方が参考書も広げやすいし、その方がいいかなーっと」


「嘘付け! もー! 長谷川君は自分の体質を改善する気あるの?」


「……いや、正直無いけど」


「てぇい!」


    ビシッ!


「うひょぃ!?」


 私が長谷川君のド頭を助走付き脳天チョップ炸裂させると、妙に可愛らしい声を張り上げながら驚いていた。

 この程度の接触でも反応するのか。その繊細さがなんだか可愛く見えてきた。

 よし、この勢いに任せて隣に座ってやれ!


「…………」


「んー? どうしたのかなー? 長谷川君、急に黙っちゃったぞー?」


「い、いやいやいやいやいや。いくらなんでもこれは……その……近すぎじゃないかと……」


「別に普通の距離だよ。体質を改善する気になったら自由に私の頭を撫でていいからね」


「……いや、体質改善出来たとしてもそれは不可能な気がする」


 うーむ。しかしこの女性不慣れ病はどう治していくものか。

 突然手を握ってやったりしてやろうとも思ったけど、さすがにそれは今の彼にとってはハードモードすぎるだろう。


 ならば彼に気付かれないように触れてみるのはどうだろうか?

 ……うん。それがいい。試験勉強の合間にこーっそりと腕や肩に触れてみよう。

 それで彼が大げさな反応したら私の負け。反応が無かったら私の勝ち。

 これは面白くなってきたぞ。







 うーむ。この人、案外筋肉あるなぁ。

 背も高いし、髪の毛もフワフワだし、手もゴツゴツしていて男の人っぽい。

 こうして触れてみると意外な発見があるもんだなー。

 まー何よりも意外だったのが――


「…………」


 この人、集中すると例の発作が全然起こらないということだ。

 つまり、私がどれだけペタペタ触り続けていてもまるで反応が無いないのだ。

 希ちゃん、現在進行形で男の子の筋肉を堪能しまくっているのだけど、ここまで無反応だと全然面白くなかった。


「てやっ!」


    ビシッ


「……うおっ!?」


 さすがに頭部への攻撃には反応してくれた。

 同時に椅子から転げ落ちそうになっているけど、ギリギリの所で止まったようだ。


「な、なんだよ! 小野口!? 急に……」


「いや、さっきから貴方の右腕は私に好き放題触られていたわけだけど、無反応過ぎてつまんなかったからさ」


「つまんなかったから何!?」


「構ってほしかったわけよ」


「…………」


「…………」


 不思議そうな顔で見つめられてしまった。


「……どうして勉強していない?」


「いや、やってるよ? 右手で勉強しながら左手で遊んでいただけだよ」


「左手でも勉強しろ! シュガーっちと勝負受けて居るのは小野口だろうが!」


「そういう長谷川君は集中力凄いんだね。面倒くさがりのヤレヤレ系のくせに勤勉とは……ギャップ萌えかーこらー」


「別に俺ヤレヤレ系じゃないし。やれやれ」


 ……んー。ツッコミ待ちなのか分かりづらい。

 長谷川君の場合、故意のボケはほぼないからなー。天然ボケを振り下げてツッコむのは可哀想か。


「って、どうしてさりげなく椅子一つ分遠くへ移動するのさ!」


「……知らない間に自分の身体を触られまくるのを避ける為さ」


 んー、中々心の距離が縮まらないなー。

 私から近寄ってもこんな風に逃げ出すしなぁ。

 これは早期体質完全が必要だ。


「長谷川佐助くん」


「な、なんだ?」


「ん。握手」


「…………」


「握手」


「…………」


「あーくーしゅー!」


「……いや、突然何?」


「ほれほれー。女の子が手を握らせてくれるって言っているんだぞー。もっと喜べ―。はい。お手」


「……いやいや、だからなぜ?」


「もー、察し悪いなー。長谷川君の体質改善に協力してあげているんだよ」


「……それはありがたいけど……唐突だなー」


「唐突でもないよ。長谷川君、集中すれば女の子が触っても大丈夫ってことはついさっき実証されたわけだし。ちょっと集中して希ちゃんの手を握ってみ?」


「ま、マジか……」


 長谷川君は椅子一個分の距離をおそるおそる詰め、差し出した私の手を文化遺産でも眺めるような瞳がマジマジと見つめてくる。


「…………」


「…………」


 長谷川君の手がソーッと私の手に近づく。

 ゆっくりと……スロー再生よりもゆっくりと。


「…………」


「…………」


 私達の手の距離は確実に近づいてくる。

 十数センチ……数センチ……数ミリ……3ミリ……2ミリ……1ミリ……


「…………」


「…………」


 1ミリ……1ミリ……1ミリ……

 …………………………1ミリ。


「器用に1ミリで止めるなぁぁ!」


「うおっ! ビックリした!」


 耐え切れず私が大声でツッコミを繰り出すと、その反動で一瞬ながら私と長谷川君の手が触れた。

 私からアクションを起こさないとお手すらできないのか、この男は。


「よしっ、触れた。体質改善計画完了だ」


「勝手に終わらせるなぁ! 今のほぼノーカンだよ。ほら、今度は長谷川君から触れてみて」


「……小野口先生、厳しいっすね」


「出来るまでやるからね!」


「……それよりもお前は勉強をすべきでしょうが」


 はぁ……とため息一つ。

 結局この日はろくに勉強も捗らず、長谷川君の体質改善計画は私の小指にチョコンと触るくらいまでは進むことができた。


 そして夕方。

 ついつい長谷川君の体質改善の方に気を取られ過ぎていて、日本史の勉強が全然捗らなかった。

 これは私のせいでもあるんだけど。冬休み初日だからといってちょっと遊び過ぎちゃったな。


「んー! 今日はここまでだねー。長谷川君、お疲れ様」


「…………」


 おぉ。集中してる。本当に凄い集中力だなぁ。学年三位なのも納得の勤勉っぷりだ。

 でも無視されると希ちゃんは不機嫌になっちゃうのだ。


    ツンツン。


 ほっぺを二突き。


    ズシャアアアアァァァァァッ!


 椅子に座ったまま開脚後転を見事に決める長谷川君。


「お疲れ様。そろそろ帰ろ♪」


「……お、おぅ。もうそんな時間か」


 よろよろと椅子を直しながら床に落ちた参考書を拾っている。

 そのまま立ち上がって一緒にカバンを持つと、大きく伸びをしながら言葉を掛けてくる。


「んー。俺はもう少し学校に残るわ」


「えっ? そう? 何か用事? 付き合おうか?」


「いんや、いい。図書室で読みかけの本を見ていくだけだし」


「……もしかして私と一緒に帰るのが嫌とか?」


「それもあるけど、普通に本の続きも気になるしな」


「『それもあるけど』って言ったっ! 長谷川君、私と一緒に帰りたくないんだ!」


「今日何度も酷い目に遇わされたからな。んじゃ、そういうわけだから小野口、また明日な」


「もーーーーー!!」


 それだけ言い残すと長谷川君はさっさと出て行ってしまう。

 もしかしてあの人は私のことが嫌いなのだろうか?

 むー、だとしたら無理矢理にも仲良くならないとなぁ。

明日はどんな手段でからかってあげようかな。


「むふふふふっ」


 思わず笑みが毀れてしまう。

 憂鬱だった試験勉強だったけど、先のことを考えると何故だか楽しくなってきた。

 また明日……か。

 早く明日が来ないかなぁ。







「一番乗りっと」


「それじゃ私はゼロ番乗りだ♪」


 翌日。昨日と同じ時間に待ち合わせをし、今日も長谷川君との勉強会が始まる。


「マジか。早いな。今日はちゃんと二分前に来たのに」


「ふっふっふー。この部屋の主として先にくるのは義務みたいなものだからね。っていうか二分前でもギリギリだよ!」


「遅刻しないだけありがたく思うんだな」


「なんで上から目線なのさ!」


 今日も会話が弾む。

 あー、この会話の愉快感。なんか既視感を憶えるなー。んー、なんだっけ? まっ、いいや。


「それで今日は何を勉強するんだ?」


「えーっと……まず昨日できなかった日本史と……現国辺りをやってみようか」


「今日は和一色なのな。オッケー」


 力が抜けるような返事をした後、長谷川君は早々と席に着き、ノートを広げる。


「……今日は椅子三つ分かぁ」


 一日椅子一個分ペースで私達の距離は縮まっている。

 うーん。私的には隣同士の席で勉強するのが理想なんだけど、ここは待ってみて向こうから近づいてくるのを待つべきだな。うん。


「さて……」


「……ぉい?」


「ん? どした?」


「いや、今日も近いなと思って……」


「をぉ?」


 気が付くと私は自然と長谷川君の隣に座っていた。

 んー。希ちゃん、つくづく待てない子。


「ふっふっふー。隙を見せたらバンバン触れていくからね」


「……だから勉強に集中しろってお前は」


 呆れたため息を吐かれてしまうけど、彼の心境とは裏腹に私は内心のワクワクが止まらない。

 いやー、今日はどんなふうにからかってみせようか。

 言うならばアレだ。新しい玩具を買ってもらったようなドキドキワクワク感。

 どういじってやろうか……一日が楽しみだなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る