第15話 今日も、屋上、来てくれました
5月6日。
ゴールデンウィークも終了し、連休明けの学校だ。
何だかんだいって今年のゴールデンウィークは充実していたと思う。
いや、思う――じゃなくて確実に充実していた。こんなに楽しかった5月の連休は初めてだったと自信を持って言える。
特に5月3日、5月4日の経験値稼ぎは楽しかった。
5月5日?
うん。いいゲーム休日だった。一つの大作RPGのエンディング迎えられて満足だったなぁ。
でも、なんていうか、まぁ、三連休の中で一番退屈だった日かもしれない。
ともあれ、放課後からまたいつもの経験値稼ぎが始まる。
その前に授業か。
一限は数学か。xさんyさんチーッスな時間が始まるな。
「おい、あの子誰だ?」
「他のクラスの人だろ?」
「なんでチラチラ教室を覗いてるんだ?」
――なんだ? 教室内が騒がしい。
ったく、机に突っ伏すことに忙しいっていうのに一体何事だろう?
ゆっくりと起き上がってみる。
「……っ!!」
ササッ!
「あ、居なくなった」
「なんだ? あの女子。急に慌てて走り去っていったぞ」
「すげえ長い前髪だったな。そして本当に誰だったんだ?」
誰かが廊下から教室内を覗いていたらしい。
そして突然居なくなったみたいだ。
女子――
長い前髪――
もしかしたら、もしかしなくても、『あの子』な気がしてならない。
放課後になればはっきりするか。
さて、先生が来るまでもう一度腕の中に突っ伏して寝たふりと洒落こもうかね。
今度は左腕を下にして寝よう。
謎の女子の正体は放課後になる前に判明した。
「……(ちらちら)」
「…………」
何やってるんだ? 星野さん。
彼女は授業の合間の休み時間の度にA組を覗き見る行為を繰り返している。
もしかして、もしかしなくても、僕に用事だろうか?
ていうかそれ以外考えられないよなぁ。
しかし――
「おい、あの女子また来てるぞ?」
「まじで誰なんだ?」
こう注目を集めている中、割り込むように星野さんに会いに行く度胸がない。
圧倒的経験値不足っ!
でもそれだといつまでも星野さんが一人で注目を集めることになってしまう。それは可哀想だ。
――よしっ! 周りの視線なんて知るかっ! 星野さんが涙目になる前に会いに行ってやる。
「……っっ!!」
ササッ
あら?
意を決して会いに行こうとした瞬間、星野さんが驚きながら飛び退いた。
そのまま自分の教室へと駆けこんでいった。
本当に何やっているんだろうなぁ。星野さん。
まさか放課後もこんな調子じゃないだろうな。
放課後もこんな調子だった。
いつもの屋上ベンチ。
一昨日は肩が触れ合うくらい近い距離に座りあっていたのだが、今日はまたベンチの端と端に位置を取っている。
遠い。でもいつもの距離だった。
「えーっと?」
「…………(チラチラ)」
「あのぉ」
「…………(チラチラ)」
やばい。星野さんが沈黙キャラになっちゃった。
ゲーセン経験値稼ぎの時はあんなに元気っ子だったのに、多面性に富んだ子だ。
しかし、このまま沈黙を貫かれてしまうと対応に困ってしまう。
「…………来てくれたぁ」
「へっ?」
沈黙を貫いていた子自身が沈黙をぶち破った。
本当に読めない人だ。
「……今日も、屋上、来てくれました」
「??」
いや、そりゃあ来るよ。一日の楽しみだし。
星野さんは何を言いたいのだろう?
「…………来て……くれました」
同じ言葉を囁くように呟きながら、ずりずりと徐々にこっちに近づいてくる星野さん。
何故か少し泣きそうな顔をしている。やばい、僕なんかしたか?
「もう……来てくれないかと思いました」
「えぇ??」
星野さんが色々おかしい。
いや、おかしいのは前々からそうだったけど今日は毛色の違うおかしさだ。
そして二人の距離がほぼゼロ距離になった時、星野さんが心境を明かしてくれた。
「一昨日、高橋君にたくさんたくさん迷惑をかけてしまいました」
「迷惑?」
一昨日というとアレだよな。リアル迷いの森探索の日のことだ。
迷惑? 本気で何のことだろう。
「変な移動手段を思いついたのは私ですし、そのせいで変なところを一日中歩き回らせてしまいました。しかも私、一人で怖がっちゃって……ずっと無言でしたし……気を遣わせてしまいましたし……帰りの駅では顔に怪我までさせてしまいました」
「いや、別にそれは――」
「だから高橋君……嫌気をさして……その……もう経験値稼ぎに付き合ってくれないのかと……思ってしまいました」
あー、なるほど。
一昨日の件で僕が怒っているんだと思っちゃったんだね。
それで休み時間の度に僕の顔色を覗っていたのか。
でも、それって――
「それって星野さん全然悪くないと思うんだけど」
「えっ?」
「いや、だって、移動手段については僕も普通に面白いと思ったし、ていうかサイコロ振ったのは僕だしね。それに黙りこんでいたのも僕も一緒だし、顔の怪我は自業自得な部分が大きいし。星野さんが悪い部分なんて一つもないよ」
「高橋君……」
少し眼を潤ませながら見つめてくる星野さん。
この距離でその視線は正直クルものがある。
もちろんそれを悟られないように平静を努めるけれど。
「ありがとう……ございます。本当にありがとうございます」
なんだか物凄く感謝されたが、別に僕はそれほど特別なことはやっていない。
ていうか本気で何もやっていないのに感謝されているので、逆にこっちが申し訳ない気持ちになってくる。
スッ――
「!?」
星野さんが不意に僕の顔に手を触れてきた。
ヒンヤリとした彼女の手の感触が直に伝わってくる。
「顔の怪我大丈夫ですか? お医者さんは何て言っていましたか?」
今度は泣きそうな表情で僕の怪我の心配をしてくる星野さん。
「あ――」
言われ、思い出す。
星野さんに病院にいくように言われていたことを。
言えない。病院なんて行くのが面倒くさくて、結局昨日はゲーム漬けな一日だったなんて言えない。
「あー、大丈夫大丈夫。医者も何ともないって言うと思うよ。もう痛みなんて全然ないから平気平気」
「…………」
ギュムッ!
抓られた。
「い、いひゃい」
「どうして病院に言ってないんですか!?」
ちぃ、やはりバレたか。遠まわしに病院に行っていない事実を漏らしたが、見事に悟られてしまった。
「ほ、ほら、ゴールデンウィーク中だったから病院も休みかなーなんて思ったからさ」
「小学生みたいな言い訳しないでください!」
「じゃあ正直に言おう! 面倒くさかったんだ」
「開き直らないでください!」
うへぇ。ダメだ。何を言っても彼女の怒りが収まらない気がしてくる。
ていうかつい先ほどまで少しシンミリとした空気だったのに一転しすぎだろう。
「とにかく、それだけ何ともない怪我だったっていうことだよ。ほらっ、特に怪我の痕も残ってないでしょう?」
「……(ジーー)」
超至近距離で星野さんが見つめてくる。
この距離での見つめ合いは初めてだった。
ジッと睨まれている中、僕が先に耐え切れずに視線を外してしまう。
「どうして目を逸らすんですか!」
「いや、それは、その……」
照れたからに決まっているだろう! なんて声にして言えるはずがなかった。
ガシッ!
「へっ?」
不意に腕が掴まれる。
なんだかここ最近腕やら手やら触れ合う機会が多い気がする。一ヶ月前なら考えられないことだ。そして触れられる度にドキドキしているのは秘密だ。
掴まれた腕をそのまま引っ張られ、ベンチから立ち上がった。
「病院が嫌なら保健室です! せめて保健室の先生に診てもらいましょう!」
「……ぇえー」
「心の底から嫌そうな声を上げないでください! ほらっ、行きますよ!」
言われ、僕はしぶしぶ歩き出す。
顔の怪我なんて本当に何ともないのに、この子の心配性も相当だなぁ。それほどこの怪我に関して責任を感じているってことなのかな?
とにかく今日の経験値稼ぎはお流れになりそうな感じだ。
総EXP130で止まってしまっている感じだなぁ。明日こそは頑張ろう。
こんな感じでGW明け初日の放課後は終了した。
ちなみに保健室の先生にも『別に大したことはない』と言われたが、星野さんはやっぱり納得のいかないような表情をこちらに向け続けていたのであった。
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