第14話 今日の行き先はこのサイコロが決めてくれます
「今日の行き先はこのサイコロが決めてくれます」
星野さんが絶好調だった。
出落ちとはこういうことを言うのだろうか?
5月4日。
GW経験値稼ぎ二日目。
いつもの駅ビルに集合し、いつものように先に待ってくれていた星野さんが開口一番にそう言った。
目の前には電車の料金看板。
遠出。
サイコロ。
謎は全て解けた。
「サイコロを振って、出た目の数だけ電車で駅を移動しようってことだね」
「いつも思うのですが、高橋君はその鋭さを活かして探偵になればいいと思います」
正解だったみたいだ。
なんというゲーム性高い場所決めだ。下手すれば大外れに当たりかねないぞ。面白そうだけど。
しかしよく思いついたな。こんな移動方法。
そして思いつかなかったんだな。移動場所。
「というわけで高橋君。サイコロを振ってください」
言われ、赤色のサイコロが一つ手渡される。
「って、僕が振るの?」
「私が振ってどうするんですか」
いや、僕が振ってどうするんですか。
相変わらず、この子の思考はたまに意味不明だ。
とにかく、本日の経験値稼ぎの狩場は僕の運によって委ねられたわけだ。
「えいや」
サイは投げられた。
壁に当たって跳ね返る。
周りから見たら確実に変な二人組なんだろうな、これ。
何を切符売り場の前でサイコロを振っているんだあの二人、アホなのか? なんて思われているんだろうなぁ。
やがてサイコロは停止する。
『4』の目を上に向けていた。
「さすが高橋君ですね。近すぎず遠すぎずです。フィクションならこういう時大体『1』か『6』の二択なのにそれすら避けるなんて」
星野さんに褒められた。
でもやっぱり褒められているようには思えなかった。
電車に乗って出た目の通り4駅分移動する。
たかが4駅分と思われるかもしれないが、時間にして20分弱掛かった。
都会だと4駅などすぐだが、田舎だと無駄に時間掛かる。故に都会とも田舎とも言い難いこの街は中途半端に時間も距離も長かった。
1駅目。
僕達の住んでいる街とそう違いない風景が並んでいた。
2駅目。
静かな駅の風景が見えた。結構僕好みの街かもしれない。
3駅目。
木々に囲まれた自然豊かな駅である。一月前だったら花粉が大変そうだった。
そして我らが目的地である4駅目。
「虫の鳴き声が風情あるね」
「木々の緑が美しいですね」
「……空気の綺麗さが目に見えるようだよ」
「……きっと星空とか綺麗なんでしょうね」
「…………」
「…………」
駅の改札を抜けると、視界いっぱいに自然が映し出された。
人の気配がない。駅員が2人居たがそれ以外の人物が全く見当たらない。
ジャングルのような森に、取って付けたような人工道が存在するのみだ。
古人はどうしてこの場所に駅を作ったのだろうか?
「さて、星野さん。第2回サイコロタイムの時間だ――」
ガシッ!
言葉を遮って星野さんが僕の腕を力強く握りしめる。
嫌な予感しかしない。
「さ、さぁ、行きますよ! 今日はここで経験値稼ぎです」
少し声を震わせながら真っ直ぐ歩み出す。
引き返す気もサイコロを振り直す気も無いようだ。
安価は絶対と言わんばかりに頑固になっている。
僕は小さくため息を吐きながら彼女に手を引かれるがままに歩み出す。
「リアル魔物でも出てきそうな森だね」
『勇気』とか『度胸』とかのステータスが上がりそうなダンジョンだなぁ。
「お、脅かさないでくださいっ!」
そう叱る星野さんの声に若干の震えが混じっていたが、一応気付かないフリしておくことにした。
一昔前のRPG必ずと言っていい程『迷いの森』と呼ばれるダンジョンが存在していた。
数々のプレイヤーのやる気が削がれるダンジョンの風物詩だ。
マップも無意味だし、出てくる魔物は妙に強いし、迷いの森という名にトラウマを持っている人も多いのではないだろうか?
しかしそれは剣と魔法のファンタジー世界限定の話。
――と5分前までは僕もそう思っていた。
「さて、本日5回目の分かれ道だね」
今度はT字路か。さっきみたいに十字路じゃないだけマシか。
「ぅぅぅううう……」
星野さんが隣で愉快な鳴き声を上げている。
リアル迷いの森だ。
未開拓地を歩いている錯覚に陥る。
モンスターが出てこないだけマシと思うべきなのかな。
「どっちに曲がる?」
「ううううううううう……」
隣の子は人の言葉を忘れてしまったみたいである。
さて、僕はともかく星野さんがもう限界な気がするなぁ。
僕の腕を握りしめる星野さんの手は終始震えているし、鳥や虫が草木を揺らすだけでその震えは加速してゆく。
人がたくさん居る中でのぼっちは慣れているけれど、人が全く居ない中でのぼっちは不慣れのようだ。
まぁ、そんなのに慣れている人なんて希少だとは思うけども。
……と、話が脱線してしまったな。とりあえず左に曲がっておこう。
星野さんも生まれたての子犬のように震えながら無言で着いてくる。
これ以上彼女を怖がらせる前に引き返すのが一番だと思うけど……
――この子、頑固だからなぁ。
何かキッカケがないと簡単には引き返してはくれな――おっ?
「あっ――」
不意に視界が開けた。
整備された土の匂い。やや錆びれた遊具。少し奥の方に芝も見える。
「公園?」
だよね? 人っ子一人いないけど。
決して広くはない公園。だけどどこか懐かしさを憶えるようなノスタルジックを感じる場所だった。
――良いことを思いついた。
「星野さん。ようやく目的地に着いたみたいだね」
「ぅぅうううう……へっ?」
ようやく状況に気付いた様子の星野さんが再起動した。
「あ……え……あ、あれ? こ、ここは?」
辺りをキョロキョロ見渡しながら現状行把握に努める星野さん。
「とにかく座ろう。歩きっぱなしで僕疲れたよ」
たった一個だけではあるが錆びれたベンチが在る。
僕はそこに腰を掛けた。
少し遅れて星野さんも隣に座った。
なんかこれいつもの屋上経験値稼ぎを彷彿とさせる光景だな。
ただ一つ、いつもと違うことと言えば――
「…………」
「~~っっ」
――近い。
いつもはベンチの隅っこと隅っこに座るヘタレ二人組とは思えない近さだ。
それもそのはずだ。星野さん、ずっと僕の腕を掴みっぱなしだから距離が遠くなるはずがない。
チラリと顔を覗き見ると星野さんは未だ恐怖で真っ青だった。
逆に僕の顔色は緊張で真っ赤なんだろうな。
「…………」
「…………」
いつもの経験値稼ぎとは違う点がもう一つあった。
放課後経験値稼ぎは屋上ベンチ集合で星野さんが今日のミッションを発表するところから始まる。
しかし、今日はそれがない。
現在の彼女の余裕の無さが覗えるようだった。
「…………ぁ」
不意に星野さんがこっちを向き、沈黙に気付いたように声を出そうとする。
が、僕がこれを阻止した。
「無理して喋らないでいいよ。落ち着くまで黙っていた方がいい、と思う」
断言できないのが僕の弱さなんだろうな。まぁ自分の言葉に自信を持てるようなら数年間ぼっちなんてやってないか。
「…………ぇ?」
「実は僕の七つ趣味の一つに『ベンチに座りながらボーっとする』という項目があるんだ。だから沈黙でも僕は楽しいよ?」
気を使って出した言葉のつもりだったけど、不自然極まりないセリフだったな今の。
ていうか『気を使っている』というのがバレバレな言葉だ。経験値の高いイケメンだったら其処らへんも悟られない言葉を出せるんだろうな。
趣味七つも無いしね。
「…………ふふっ」
星野さんが安心したように少し表情を緩ませる。
これが僕にしてあげられることの精一杯だ。
なんて言えば聞こえはいいけど、『何をしてあげればいいのかわからない』というのが正解だ。
下手に何かをしてあげようとすれと逆効果になるような気がしてならなかった。
だから精一杯『何もしなかった』。
「…………」
「…………」
カエルの鳴き声が聞こえる。
そっか。もう彼らも活動時期なんだなー。
「…………」
「…………」
風が少し強くなってきたかな?
今何時だろう? 腕時計をしている左腕には現在住人がいるから時刻が確認できない。
まぁ、いいか何時でも。
「…………」
「…………」
雲が多くなってきた。
少し嫌な予感がする。
でも、まだ動くわけにはいかないかな。隣の子の震えがまだ止まっていない。
「…………」
「…………ぁ」
頬に水が当たると同時に、星野さんが一時間半ぶりに言葉を漏らす。
空が暗くなってきたと思ったら雨雲が天に広がっていた。
んー、微妙に震えが残っているみたいだけど、さすがに引き返さないとやばそうだ。
「イケメンだったらオンブでもするんだけども」
僕にそんな腕力なんてあるはずもなく。
ついでにイケメンなんかでもなく。
「い、いいいいいいですよっ! あ、歩けるもん!」
「さすが星野さんだね。じゃ、歩こうか。あっ、ゆっくりでいいからね」
「は、はいっ。で、でも、雨――」
「ほい」
星野さんが言葉を言い終える前に、僕はカバンから折りたたみ傘を取り出した。
「す、すごいです。高橋君、用意がいいです」
「ふっ、これが男子力というものですよ」
なんて格好つけてみたが、たまたまカバンに入っていたのを思い出しただけなんだけどね。
いつ入れたんだ? これ。広げた瞬間に埃も飛び散った所をみると一年以上前に突っ込んだやつだな、たぶん。
そして小さいな、この傘。誰か早急に巨大だけど持ち運びやすい折りたたみ傘を開発してほしい。
「ほら、濡れるよ、入って」
うわっ! なんかすごいセリフを言ったような気がする。
経験値稼ぎを始める前の僕だったら『一つの傘に一緒に入ろう』なんて口が裂けても言えなかっただろう。
これが総EXP130の実力というやつか。経験値稼ぎぱねぇ。
星野さんが遠慮気味に傘の中に入ってくる。
そして再び僕の左腕を掴んだ。
その顔色はまだ少し恐怖で青ざめていた。
リアル迷いの森を僕は舐めていたのかもしれない。
『来た道を逆に行けばいいだけ、楽勝楽勝♪』なんて愉快に思っていた自分を殴りたい気分だ。
迷いの森は迷うから迷いの森というのだ。
いや、実際迷っているのかすらも分からない。もしかしたら順調に駅の方向へ進んでいるのかもしれない。
日が暮れてくるにつれて、方向感覚が失われてきている。
雨のせいで景色が変わり、帰り道が分からないのだ。
だけど僕は平然とした表情で迷いなく歩みを進める。
少しでも不穏な表情や行動を起こしたら星野さんが不安がっちゃうから。
実はいうと僕も不安で仕方ないのだが、ここは強がる所だ。きっと。
「…………」
「…………」
しかしまぁ、たぶんそんな僕の不安や強がりなど伝わってしまっている気がするなぁ。
星野さん、たまに滅茶苦茶鋭いし。
どちらにしてもとにかく進むしかないよね。
「…………」
「…………」
カエルの鳴き声が聞こえる。
来た時よりも鳴き声の数が増えている気がしてならない。
「…………」
「…………」
雨雲がドンドン増えていく。
時刻的には星空が見える頃のはずなのに、明かり一つ見えない。
この天気がウザイよなぁ。余計に不安を募らせる。
「…………」
「…………」
RPGだったらそろそろボスが見えてくると思う。
それくらい歩いた。
そろそろ終着点に着かないとおかしいくらい歩いた。
視界はまだ一面のジャングルだった。
「…………」
「…………」
そういえば迷いの森って終着点はあってもボスがいないパターンが多い気がするな。
途中に回復ポイントがあったら逆にボスがいるパターンが多い。それが迷いの森システム。
「…………」
「…………」
「………お?」
「………あっ」
今まで無言だった二人が同時に呟きを漏らす。
見覚えのある建物が見えたのだ。
いわゆる終着点。よかった。ちゃんと駅の方向に向かって歩いていたんだ!
でも……
「ぎゃははははははははっ!」
「まじかよ! ウケるんだけど!」
「マジマジ! それであのビッチ、なんて言ったと思う?」
――終着点にはまさかのボスキャラが存在していた。
いやー、いるけどさぁ。無駄に駅で屯している怖い人達。
でも今日くらいは居ないでほしかった。雨天決行かよ、あんたらは。
こういう人たちには目を合わせなければ良い。
目を合わせないだけで危険度は下がる。
だから僕達は目を合わせずに切符を買って――
「なあ! おい! なぁ!!」
「おまえらだよ。呼・ん・で・ん・の!」
――誰だよ。目を合わせなければ大丈夫なんて言ったのは。
ああ、そうだよ。僕ですよ。
怖い人達――強面A、Bと呼称しよう。
強面A――茶髪で巨漢。本当に大きい。180センチ以上あるんじゃないか? これは。五月なのにタンクトップというとても男らしい格好をしている。
強面B――赤髪で長髪。この人も薄着だ。あとヘソ丸出し。
ゲームでは雑魚キャラぽい風貌の二人組だが、リアルでは最悪クラスのボスキャラだ。勝てる気がしない。
「兄ちゃんら。デートか。いいよなおい」
「てなわけで財布出しくんない? 諭吉あるっしょ? ユキチ」
どんなわけっすか。
デートでもないし、ユキチもない。
悲しすぎる事実だった。
「いや、その、お金はないです」
不良に絡まれた時の対処法としてそう習った。
絡まれた時は『持っていませんって言え』。親も先生もそう教えてくれた。
「いやいやいやいや」
「もってねーわけねーじゃん。お前出かけるとき財布もたねーの? んなわけねーよな」
ですよねー。
持っていませんって言ったところで引き下がるDQNなんていないですよねー。
さて、どうするか。
僕の頭の中で今三つの選択肢が表示されている。
1:戦う。
2:逃げる
3:踊る
1……か。これが出来たら理想だろうな。
しかし、勝てるわけがない。運動音痴の帰宅部エースだぞ僕は。漫画で呼んだ護身術がリアルで通じるわけないしなぁ。
2……これが一番懸命なのだろうけど、残念ながらこの選択肢も却下である。
というか、出来ないのである。
この場に居るのが僕一人ならともかく、今は星野さんと一緒なのだ。震えて真っ青な顔をしている女の子。
いや、星野さんを足手まといというわけじゃないよ? たぶん僕一人でも逃げ切れない。
それに逃げ道は背後にある迷いの森しかない。悪天候な上に地理もわからない迷いの森を走り抜ける自殺行為だ。
故に、この選択肢を選ぶこともできないのだ。
3……なんかこの選択肢が一番無難な気がしてきた。
いや、冗談はともかく、本気でどうしよう。
考えた所で良い解決法なんて見つかるとは思えないけど考えろ。
そうだ。アイテムはないか?
今僕の手持ちアイテムに使えそうなものがあるのではないだろうか?
「……!!」
そうだ! 僕のポケットにはアレがある!
ポケットの中に真っ赤なサイコロが入っていた!
「…………」
だから何だ?
「…………」
ポケットの中のアイテムが役立つのはドラマや漫画だけの話みたいだった。
「…………ぅぅ」
星野さんが今にも泣きだしそうな顔をしている。
そりゃあそうだよな。僕も泣きたい。心の中では冷静ぶっていても怖くてしかたないんだ。
最低限やらなきゃいけないことは、この顔色真っ青な子を守り抜くことだよな。
じゃあ、どうするか?
逃げられない、踊れない、戦っても勝てない……ならばどうする?
何が最善だ?
強面さん達の目的はお金だ。
言いかえれば財布だ。
じゃあ、目的を達成されれば帰ってくれるんじゃないか?
つまり、ここで財布を差し出してあげれば万事解決なのでは――あっ。
「…………」
「…………」
もっと良い解決法はすぐ傍にあった。
それが最も正攻法だったのに、選択肢の中にもなかったなんて、僕も相当テンパっていたんだな。
さて、解決法が見つかった所で僕のやるべきことは――と。
今こそ総EXP130の腕の見せ所かもしれない。
「えっと……え? 良く聞こえなかったので、もう一度言ってもらえますか?」
「「はっ?」」
僕の言葉にキョトンとする強面A、B。
ここは出来るだけ怯えきった表情をするべし。傍から見てこっちが被害者であることを全面にアピールしなければいけない。
強がりは苦手だ。
だけど、弱がりは得意分野だ。
「財布だせっつってんの? は? なに? 耳悪いん?」
「素直に出す気ないだけじゃね? いいから上着漁っちゃおうぜ」
強面さん達が強制的に財布を探ろうとする。
あと一歩かな。
「ま、待ってくださいよ。ど、どうして見ず知らずの人に僕のお金を渡さなければいけないんですか」
ここで必要なのが僕と強面さん達が初対面であることをアピールすること。
「まぁ、ボランティアだと思ってさぁ~」
「そうそう。見ず知らずの僕らに愛の手を~。愛のユキチを~」
よし、向こうも初対面だって認めた。
じゃあ、締めだ。
「そんなわけなので、助けてもらえませんか? 駅員さん」
「「……え゛!?」」
ガシッ!
硬直する強面A、Bの動きが止まる。
同時に背後から両腕を押さえつけられ、AさんBさんは動けなくなる。
「現行犯確保っと」
「あーあ、残業か。まっ、仕方ないですね」
この駅はほぼ無人だ。
現にここを降りてから全く人を見かけなかった。
体格の良い駅員さんを覗いては。
不良に絡まれた時の最も正しい対処法。
それは逃げること。
それが出来ないときは『助けを求めること』だ。
「できれば被害者のお二人にもお話を伺いたいのですけど」
「いや、それはちょっと……ほら」
ちらっと隣で泣きそうになっている星野さんに視線を移す。
駅員さん達もそれを察したみたいで顔を見合わせる。
「わかりました。気を付けてお帰りください。あとはこちらでやっておきますので」
「ありがとうございます。それでは僕達はこれで」
ペコリと駅員さん達に向けて頭を下げる。
ふぅ。こんなにも思い通りにことが運べるとは思えなかった。
「こんにゃろ! てめ! 最初から分かってやかったなっ!?」
駅員さんに羽交い締めにされながら強面が叫ぶ。
僕らの勝因は――ていうかこの人達の敗因は『駅前』で堂々とカツアゲしたことだ。
こんなほぼ無人駅でも駅員さんはいる。それを知ってか知らずか、アウェーど真ん中で活動した彼らがアホだったのである。
「んにゃろっ!」
ヒュンっ!
へっ――?
何かが投擲されたのが分かった。
それがプラスチック製のライターであったことは僕の顔面にヒットした後に気付いた。
「痛っぅぅっ!」
顔に奔る激痛で思わず蹲ってしまう僕。
目とか急所に当たらなかっただけ良かったけど、痛いものは痛かった。
「高橋君っ!」
星野さんが悲痛な声を張り上げながらしゃがみ込んで蹲る僕に視線を合わせる。
僕の目の前には心配そうな星野さんの表情がドアップに映し出される。
「こいつっ!」
「キミっ! 大丈夫か!?」
駅員さん達も心配そうな声を上げている。
しまった。僕としたことが色々な人に心配をかけてしまっている。これはいけない。
「だ、大丈夫だよ。大丈夫です。ノーダメージです」
「全然そうは見えないです!!」
星野さんが間髪入れずツッコミを返す。
うーん。やっぱり僕は強がりが苦手みたいだ。
「ほ、本当に大丈夫ですから。あっ、で、電車来ましたね。それでは僕達はこれで失礼します」
痛みで少し声が震えながら早々に電車に乗り込んで駅から立ち去る。
星野さんも慌てて電車に乗り込んだ。
「ふぅ~、やっと落ち着いたねー。なんというか濃い一日だった」
ボックス座席に座り込んで心から一息吐いた。
星野さんは対面に座ると、じーっと僕の顔を覗きこんでいた。
「た、高橋君……その……怪我……」
「うん。大丈夫大丈夫」
「大丈夫じゃないです! 今から病院――って、こんな時間に開いている訳ないですよね。あ、明日は絶対に病院に行ってくださいね!」
「病院って。たかがライターが顔面ヒットしただけだし、そんな大げさ――」
「ぅぅぅぅうううううううううう!!」
獣語に戻る星野さん。
先ほどと違って今度は怒り交じりの獣星野さんだった。
「わ、わかったよ。病院行くよ。明日。うん」
たぶん行かないと思うけど、こう言っておかないと星野さんの気が収まらない気がする。
怖がりで――心配性で――そして優しい。
星野月羽という人間の色々な一面が見えた一日となった。
あっ、今日獲得経験値ゼロじゃない?
まぁいいか。
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