第9話 そうです! オーラです!
幸か不幸か、次の日は休みだった。
祝日に風邪を引いているというのは僕的にはあまり頂けない。
なんというか勿体無い気がするのだ。せっかくの休日なのに風邪でダウンなんて僕はごめんだ。
どうせ風邪を引くのなら学校がある日が良い。
ピピピピッ
体温計が電子音を鳴らす。
平熱であってくれと願いながら、脇から体温計を抜く。
37.9℃
いよっし! 平熱だ!
じゃあ、さっそくゲームを起動するとしよう。
~~♪ ~~~♪
今度は僕のケータイが電子音を鳴らす。
星野さんかな? 星野さんだろうなぁ。星野さんがいい。
ていうか、同じ家に居ながら父さんと母さんがメールをしてくるはずないし、このメールは星野さんからに違いない。
―――――――――
From 星野月羽
2012/04/29 12:51
Sub Re:って何なのでしょう? 毎回これを消す作業が面倒です
―――――――――
体調はどうですか?
まだつらいですよね。起こしてしまったらごめんなさい。
でも起きていることは分かっています。もしゲームを起動しようとしているのなら早く寝なさい!
-----END-----
―――――――――――
最近星野さんのテレパス具合がやばい。
というかマジエスパーなのではないかと最近思う。
僕も星野さんの考えていることは何となくわかるけど、彼女はそれ以上なのではないか?
まぁ、星野さんがそう言うのであれば今日は寝ておくか。明日の経験値稼ぎに支障が出るのも嫌だし。
しかし、このまま彼女の思い通りになるのは悔しいので、僕は一つメールを返す。
―――――――――
From 高橋一郎
2012/04/29 13:02
Sub ケータイ七不思議の一つだよね。僕も面倒です。
―――――――――
大丈夫! さっき熱を計ったら平熱だったよ。
元気すぎて今さっき10km走ってきたばかりだよ
さて、これから日課のボランティア活動にでも出かけようかな。
-----END-----
―――――――――――
三つ、四つ嘘を並べてメール送信。次の瞬間には布団を被る。
十分後くらいに再度メールが届いたが、それを確認したのは四時間後に起床をした後だった。
4月30日。
4月最後の日。
月の締めとしていい結果に終わりたい。心からそう願う。
さて、今日の経験値稼ぎは何だろうか? 一昨日はダウンして流れたし、休日も挟んだりしているからえらく久しぶりな気がする。
そのブランクが意欲を向上させる。今なら何でもできる気がする。
「今日の経験値稼ぎはIFシリーズです」
おっ、意味わからないシリーズか。良いね。ブランク明けにはもってこいだ!
「私は――私達は日常生活において多々の危機を経験しながら今まで過ごしてきました」
最近分かったのだが、星野さんが『私達』と言い直すのは嫌味でも何でもなく、複数系に言い直すことで『一人じゃない』ということを強調しているのだと思う。
こういう気づかいが僕はちょっぴり嬉しかったりする。
「例えば、体育の時間。『二人組を作って~』と先生に言われると戦慄しますよね?」
「おいやめろ」
「でもそれを耐えながら――どうすればその悪魔の言葉が克服できるのか――ご都合主義でもいいんです、理想の自分を思い描いて、それを目標にするんです」
かなり説明不足な星野さんの説明だが、恐らくこういうことだろう。
まずお題が出される。例題に乗っ取るとそれは『体育の時間の悪魔の言葉』だろう。
いつもならその悪魔の言葉にうろたえるばかりの僕らだけど、何かできることはあるのではないか?
それを探っていこうと――あまつさえ、それを実行できるように頑張ろうと、たぶんそういう意図だろう。
これは上手くいけば数々の弱点が克服できるかもしれない。
「じゃあ、まずはそれを探っていこう。最初のお題は『体育の時間に二人組を作ってくださいと言われた時、僕たちが取るべき行動は何か?』ということで」
ていうか、これは考えるまでもなく、答えは出るんじゃないかな?
「まぁ一番の理想は仲の良い友達を作って、自分からペアになろうって言うこと――ですよね」
「…………」
「…………」
EXPが1000くらいないとできない気がした。
「それは今の僕達にはかなり難しいから……そうだね。仲の良くない友達でもいいから、ペアになろうって声を掛けること、なんて結論はどうかな?」
「そっちの方が難しくありません?」
言われてみればそうだ。
気の置けない相手に声を掛けるより、自分と全く関わりのない相手に話しかける方が難しいに決まっているじゃないか。
まぁ、その『気の置けない相手』っていうのが居ないんだけどね。星野さんが一番それに近い位置にいるかもしれないけど、クラスが違う上に異性だからな。体育は別々だ。
ふむ、となると更なる妥協が必要なのか。
「じゃあ、声を掛けないで『誰か自分と組んでくれ~』というオーラを漂わせる、なんてどうかな?」
「そ、それです! 今の私達に必要なのはそのオーラを自在に出せるようになることです!」
星野さんが目を輝かせながら僕の提案に乗っかってきた。
なんだか僕も楽しくなってきた。
「でも全体人数が奇数だといくらそのオーラを発したところで無意味だよ?」
「それなら……そうですねぇ。体育を見学する人が居れば偶数になります!」
「そうかっ! 体育の時間が始まる前に『誰か次の体育見学しろ~!おら~!』って念じればいいんだ!」
「はい! どうやら結論が出たみたいですね」
IFシリーズその1。
お題『体育の時間に二人組を作ってくださいと言われた時、自分達が取るべき行動は何か?』。
結論『体育が始まる前の段階で見学者が出るように祈り、偶数人の状況を作る。そして誰か自分と組んでくれ~というオーラを全面に出す。オーラは自在に出せるように練習しておく』
これが僕達の出した結論。これが僕達の理想。
なんだかこれなら行ける気がした。
「よし。次のお題に行こう」
「はい。そうですね~。お題『休み時間の過ごし方』なんてどうです?」
「これは深いお題だね」
授業の合間にある10分の休み時間。
僕はプチ地獄と名付けている。
普通の人ならば喜ぶべきオアシス、休み時間。
ぼっちならば戸惑うべき虚空、休み時間。
そう――この10分間、何をすればいいのかわからない。それがぼっち。
お話をして過ごす人もいるだろう――話す友達なんて僕にはいないけど。
予習をして過ごす人もいるだろう――そんな面倒くさいこと僕にはする気ないけど。
本を読んで過ごす人もいるだろう――漫画やラノベを教室で広げる勇気なんて僕にはないけど。
腕を交差してそこに頭を乗っけて寝たフリして過ごす人もいるだろう――なんだ僕か。
「えと、ですね。自分の周りに自然と人が集まって、昨日のテレビの話をしたり、趣味や部活の話をしたり――」
「…………」
「…………」
自分で言っていて虚しくなったのだろう。星野さんは途中で言葉が出なくなっていた。
星野さん。それはEXPが10000くらいないとできない所業だよ。
さて、妥協タイムだ。
「『自分の周りに自然と人が集まる』っていうのは絶望的に無理だとして、『昨日のテレビの話をしたり、趣味や部活の話をする』――っていうのはいいと思うんだ」
「そ、そんなすごいことが高橋君にはできるんですか!?」
なぜそこで興奮する。
ていうかなぜちょっと怒っているんだ。。
「当然できるよ」
「うわぁぁぁぁぁぁん!」
何故泣く。
「――起きていない状態でね」
「へ?」
僕の言っている意味が分からないのだろう。キョトンとしながら僕の顔を見上げる星野さん。
よし、ここは僕が得意顔で説明してあげよう。
「星野さんは机に突っ伏して寝ているフリをしている時、どんなことを思ってる?」
星野さんも僕と同じように休み時間の間机に突っ伏して寝ているとは限らないが、其の体で聞いてみる。
「特に何も。最近見た夢の内容をなぞったり、あっ、近頃は放課後にやる経験値稼ぎの内容を考えていますよ」
なるほど。星野さんは机に突っ伏しながら自分の世界に没頭するタイプか。
しかし、僕はその上を行っているのだよ。
「その名も『盗聴モード』」
「……高橋君」
あれ? なんか呆れられてる。
まぁ、いいや。説明説明。
「机に突っ伏しながら近くのクラスメートの会話を盗み聞くんだ」
「……はぁ」
「そしてその会話の最中に僕がツッコむんだ。そこはこうだろー! みたいな感じに」
「へぇ!」
おっ、星野さんの表情が呆れから感心に変わった。
「心の中でツッコむ」
「…………高橋君」
あっ、感心から呆れに戻った。
いや、実際にツッコめるわけないじゃない。せいぜい心の中でツッコむのが精一杯だよ。
「でもそれが結構楽しいんだよ。十分間なんて本当にすぐ終わるんだから」
「う~ん」
すごく微妙そうな顔をされている。
これは実際にやってみないとその楽しさは伝わりづらいからなぁ。
「むしろ『机に突っ伏して』という前提がいけないと思うんですよ」
「なるほど。盲点だね」
休み時間=机に突っ伏さないという選択肢が僕にはなかった。
「そうです! オーラです!」
「オーラ?」
先ほどのお題でも出た言葉だけど。
「まず、机に突っ伏して寝たふりをしない――なるべくしないということを心がけます」
「うんうん」
それがぼっちには難しいのだけれど、そこは屈強なる精神力を手に入れれば――まぁ、可能か。
「そして『自分と話しかけてもいいんですよ~』というオーラを全面に出すんです!」
「おお!」
「そのオーラを察した人がきっと話しかけてくれます!」
「なるほど! それだ!」
「結論が出ましたね」
お題『休み時間の過ごし方』。
結論『まず机に突っ伏して寝たふりをしない。そして自分と話しかけろ~というオーラを広げる。オーラは自在に出せるように練習しておく』。
「いい感じに結論がでるね」
「はい。でも最後のお題は難しいですよー?」
珍しく挑発的に口元を緩める星野さん。
その威圧に押され、僕は星野さんの次の言葉を固唾を飲みながら待つ。
「お題『席替え』」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
頭を抱えながら絶望を味わう僕。あっ、ちょっと半泣きになってる。
星野さんも顔を青ざめながら絶望色に染めている。
席替え。
それは地獄の儀式。
目の悪い人は前の席がいいなーとか思ったり、窓際の席がいいなーなんて思ったりするだろう。
なんにしても気分一新できる席替えは良イベントだ。
――僕らぼっち以外には。
ぼっちは前の席だろうが後ろの席だろうが窓際の席だろうが全然嬉しくない。
リフレッシュもできない。
いや、むしろ心に傷を負うだけのイベントなのだ。
席替え方法といえばクジ引きが一般的だろう。
ドキドキしながら皆クジを引く。
そして僕はビクビクしながらクジを引く。
察しの良い方は分かるだろう。
僕がクジを引いた後、確実にクラスメイトの『一人』はこう声を上げる。
「ぅげっ!」
その声は誰のものか?
先にいうが僕ではない。基本僕はどの席になっても構わない。例え一番前の席になっても、教卓の真ん前になっても構わない。
ならば誰が絶望の呟きを吐くのか――?
――僕の隣の席になった人である。
ひどい人は僕の席が確定した瞬間、大声で絶望の唸りを上げる。
そして友人が『かわいそ~』とか言ってソイツを励ましたりする。
すぐ近くに僕が居ようがその同情劇は繰り広げられる。
嗚呼、思い返したくもない。
なんで席替えなんて酷なイベントがあるんだ。
「『やったぁ。高橋君の隣だ。ラッキー。あ~あ、あたし卒業までずーっとこの席で居たいな♪』」
「…………」
「い、言ってみただけだよ。睨まないでよ」
「真面目にやってください。腹立たしいです」
めちゃくちゃ怒ってるよ、この子。
初めて星野さんに対して恐怖を覚えた。
「しかし、これはオーラうんぬんでどうにかなるレベルじゃないと思うんだ」
「確かに……席替え、最強すぎます」
変にオーラを出して目立ってしまうとそれが逆に反動ダメージとなって自らに返ってきてしまう。
むしろ如何に目立たずに席替えを終えるか、それがこのお題に対する論点だろう。
気配でも消せれば……隣の席になったやつが僕の存在に気付かなければ良いのだけれど、さすがにそれは……
いや――!
「星野さん。これもオーラで解決できるよ!」
「そう、ですか?」
星野さんにはイメージが沸かないらしく、頭にハテナマークを浮かべながら首を傾げている。
「その名も『気配を消すオーラ』!」
「ああ! 私、得意です!」
「奇遇だね。僕もだよ!」
そう。気配を消したいのであればそうすればいいだけの話。
場に居るのにまるでそこに居ないように振る舞うこと。それを極めれば気配を消すオーラを放つこともきっとできる。
そのオーラさえ習得できれば、もう席替えだって怖くない。隣の奴に『あれ? 隣誰だっけ?』と思わせればミッション達成だ。
「さすがですね高橋君。正直、今日の経験値稼ぎはここで詰むと思っていました」
「とにかく、結論が出て良かったよ」
お題『席替え』。
結論『気配を消すオーラを広げる。そして隣の奴に最後まで気付かれないように過ごす。オーラは自在に出せるように練習しておく』。
「お題はこれで終わりかな?」
「はい! 経験値獲得です!」
「やった! どれくらいの経験値?」
「んー。三つお題をこなしましたので30EXPですかね」
「おおっ、合計獲得70EXPだね」
「はい! やりましたっ!」
言いながら手を前に突き出してくる星野さん。
もう戸惑ったりしないぞ。これはハイタッチの催促だ。
三回目だし、少し気合いを入れてやってみようかな。
パチィン!
おっ、初めてハイタッチぽい音が鳴った。
って、良い音過ぎた!?
「ご、ごめん。ちょっと強く叩きすぎたかな?」
「いいえ。むしろまだまだ弱いですよー」
強く叩いて欲しいのか?
これ以上だと手が痺れるレベルだと思うけど……
たまに星野さんが分からない。
「これで体育と休み時間と席替えは怖くありませんね」
「うん。いい備えが出来たよ。充実した経験値稼ぎだったなぁ」
とにかく今僕らがやるべきこと。
即ち『誰か自分と組んでくれ~というオーラ』と『自分と話しかけろ~というオーラ』と『気配を消すオーラ』を身に着けることか。
すごい、オーラが万能すぎる。色々なオーラを身に付ければ何でもできるんじゃないか?
よしっ! 早速今日からオーラを出す練習をしよう!
――さて、帰ったらオーラを出す方法を早速ググらないとな。
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