第81話 ちょっとだけ待っていただけませんか?
【main view 星野月羽】
『朝ごはんの前に……さ。ちょっとお話いいかな。二人きりで』。
夏休み終盤の海旅行。
旅館を去る日の朝、私は小野口さんに呼ばれ、浜辺を散歩しながら二人きりで話をした。
「話ってなんですか? 小野口さん」
小野口さんは明らかに朝から元気がありませんでした。
ですので、今までずっと無言だった小野口さんに対し私から声をかけてみた。
「いやー、昨日の夜さ、皆でガールズトークしたかったのに月ちゃん先に寝ちゃうんだもん。だから今しようと思ってさ」
「は、はぁ……」
そういえばお風呂があまりにも気持ち良かったので、出た後すぐに眠っちゃったのでした。
「そりゃあもう昨日は大盛り上がり! みんなの好きな人が明らかになった日なんだから」
「そ、そうなのですか……」
大盛り上がりしたからその反動で元気がないのでしょうか?
でもあの小野口さんに限ってそんなことで元気を無くすとは思えません。
「私もね、気付いちゃったのかもしれないの」
「気付いた……ですか?」
――何を? と私が訪ねるよりも先に小野口さんが続きを申した。
「うん。私の……好きな人」
「小野口さんの……」
好きな……人。
小野口さんはたぶん誰とでも仲良くなれる人。
だけど、どこか一線を引いているようにも見える人でした。
「私の好きな人は……好きかもしれない人は――」
嫌だ。
聞きたくない。
聞きたくないです。
私の中で、何故かそう訴える声があがる。
――小野口さんは誰とでも仲良くなれる人――
――だけど、どこか一線を引いている人――
――ある一人に対してを除いては……
私も気付いていたのかもしれない。
小野口さんの好きな人が誰なのか。
気付いているのに気付かない方が楽だから。
考えないようにした方が楽だから考えないことにしていたのかもしれない。
「だ、駄目です!!」
小野口さんが言い終える前に遮った。
無意識に私は大声で言葉を遮っていた。
だけど声を張り上げずには居られなかった。
「い、一郎君は駄目です! 駄目です!」
たぶん鬼気迫る表情で小野口さんに迫っていたと思います。
それくらい私は必死でした。
「まだ私はその好きな人が『高橋君』だって言ってないんだけどな」
「い、言わなくても分かります! だって……だって……」
「……そっか。月ちゃんには分かってたんだ」
「で、でも駄目なんです! 一郎君は私の……私の……」
私の……と言った時点で言葉に詰まる。
そうだ。私と一郎君は『親友』でしかない。
一郎君は私の大事な人。だけど、それは所詮友達レベルの最高点。
しかし今黙ってしまうと一生後悔するような気がした。
「い、一郎君は私のものです! お、小野口さんでも渡せません!」
今思い返すと『もの』扱いはないと思いました。
それくらい私は混乱していたのだと思います。
「それは違うよ。まだ高橋君は月ちゃんのものじゃないでしょ?」
「そ、それはそうですが……そうなんですが……で、でも!」
「そんなに高橋君を獲られるのが嫌なんだ」
「い、嫌です!」
明らかに私の言っていたことは支離滅却でした。
焦燥が私を狂わせていました。
一郎君が他の誰かのものになってしまうと考えると、冷や汗に近いものが私の顔に浮かびます。
しかも半泣きになっていました。
「じゃあ、さ。早い所、高橋君を自分も物にしちゃえ♪」
「えっ?」
その言葉を聞いた途端、私の涙はピタッと止まりました。
「好きなんでしょ? 高橋君のこと」
「えっと……」
「今更照れることもないでしょ?」
「は、はい! 一郎君のこと好きです! 親友って意味以上に好きです!」
信じられないくらい素直な気持ちが言葉になって出てきました。
今まで堪えていた分が一気に出てきた感じです。
「じゃあ、早いとこ、その気持ちを伝えちゃいなよ。両思いになれば高橋君は月ちゃんのものだよ。そうなれば誰も高橋君を獲ったりしなくなるんだよ」
「気持ちを……伝える……」
「自分のものにしたいのなら、自分で手に入れなきゃ♪」
「…………」
小野口さんの言葉に私の心が揺さぶられる。
私は一郎君が好き。
たぶん……あの頃から好きになっていた。
――『じゃあ、私と一緒に……経験値稼ぎをしてください!』
――『うん。いいよ……やろう……やってみようか! 経験値稼ぎ!』
私の滅茶苦茶な提案をアッサリと了解してくれたあの日から……
――いえ、違いますね。
たぶん、私はその日よりも前から一郎君のことが好きになっていた。
教室で独りぼっちの様子を見かけたあの日から私の恋は始まっていた。
「ちょっとだけ……気持ちを伝えるのは……ちょっとだけ待っていただけませんか?」
小野口さんの気持ちを考えると、私の回答は自分勝手極まりないと思った。
たぶん小野口さんは私を後押ししてくれようとしたのだから。
そんな彼女の期待に私は完全に答えられなかった。
だけど私には気持ちを伝えるに至って躊躇することがあった。
――もし、気持ちを伝えたとして、断られてしまったら……
――もう、一郎君と経験値稼ぎが出来なくなってしまう……
そう考えると躊躇せずには居られなかった。
たぶん私は現状で満足していたのだと思う。
自分と似た感じの人と毎日放課後に会って……
そこで経験値稼ぎを行なって……
休日にはたまに一緒に出掛けたりなんかもして……
そんな日々が私はたまらなく楽しかった。
ずっとずっとそんな日々を続けていたかった。
それを私が気持ちを伝えることで失ってしまうのだけは嫌だった。
だから私は気持ちを伝えることを躊躇していた。
「星野さん、星野さん」
「うひゃああい!」
考え事をしている最中、不意に沙織さんから声を掛けられていたようだ。
思わず仰け反りながら驚いてしまいました。
「だ、大丈夫? 星野さん。ビックリさせちゃった?」
「い、いえ……心臓がラジオ体操第二を始めていますが、心配はありません」
「なんだか元気がないみたいだけど、どうしたの?」
沙織さんにも簡単に気づかれてしまいました。それくらい私は深刻な顔をしてたようです。
でも……先生なら……
ちょっと……相談してみてもいいかもしれません。
「えっと……その……ちょっとお話聞いて貰ってもいいですか?」
「いいわよ。何でも言ってみて」
「はい。実は私……悩みがありまして……」
「待ってました!」
なぜ嬉しそうにするのでしょう?
なんだかこの人に相談するのが不安になってきました。
でも、同級生の皆さんに相談するのも恥ずかしいですし、先生以外に相談できる人も居ません。
ちょっとだけ躊躇しましたが、私は今の悩みを打ち明けることにしました。
「その……これは仮の話なんですけど……はっ! 仮の話なんていうと私自身の話なのはバレバレですっ!」
「星野さん落ち着いて。仮の話、仮の話、ねっ?」
『分かってるから』と諭すように、いきなりテンパった私を落ち着かせてくれる沙織さん。
大人だなぁ。相談しやすいです。
「実はある人にはその……好きな人が居まして……」
「星野さんは高橋君のことが好きなのね」
「ぶっちゃけられました!? 仮の話って言ってくれたのに!」
「はっ、ごめんごめん、つい……」
大人だけど素直すぎる面は子供みたいです。
本当にこの人に相談して大丈夫でしょうか?
「それでその……友達にも応援されて、気持ちを伝えたいとは思うのですが、断られた時のリスクを考えると告白しなくてもいいかななんて思ったり……現状でも十分楽しいかもなんて思ったり……で、でもでも、それだと応援してくれたお友達に申し訳ないかなとも思いますし、私、もうどうしたらいいのか……」
言っていて支離滅却なのは自分でも分かりました。
それでも先生は一生懸命私の言葉を読み取ってくれました。
「星野さんの言いたいことはしっかりと伝わったわ。難しい問題よね」
先生は腕組みをして唸る様に考えてくれます。
嬉しい。こんな私の悩みに対して真剣に悩んでくれるなんて。
一郎君はいいなぁ。こんなに良い先生が担任で。
「無責任で言っているわけじゃないけど、最終的にどうするか決めるかは星野さんよ」
「そう……ですよね」
そう、分かっていました。これは人に相談しても仕方のないことだって……
人に判断を委ねることは間違っている。どうするかは私が決めなければいけないんだ。
「だけどね、星野さんはさっき告白することのリスクを話していたけど、告白しないことにもリスクがあるって考えたことはない?」
「えっ?」
告白しないリスク?
考えたこともありませんでした。
「告白しないで現状維持、それも素晴らしい判断だと思うわ。現状の心地良さを手放さないという選択も間違っていない。私はそう思う。でもそれは良いことばかりが待っているわけじゃないと思うの」
普通、こういう相談をすると告白するように促されがちです。
しかし、先生は告白しないという選択肢も否定しないでくれました。
そして、私が思いもつかなかった考え方を伝えてくれました。
「高橋く――じゃなくて、相手の人が誰かに獲られてしまうっていう可能性。告白しないということは常にそのリスクが付きまとってくるの」
「あっ――」
私は無意識の内にその可能性を頭の中から除外していました。
そして先生に指摘され、ハッと目が覚めた気分でした。
私は自分の事しか考えていなかった。
一郎君がいつまでも私の傍にいてくれるのだと勝手に解釈していました。
でも、そんなわけはありませんよね。
いくら『親友』という繋がりがあると言っても、時が立てば関係は風化してしまう可能性がある。それだけは……絶対に嫌です。
それに一郎君は何気にモテる。腹立たしいことにあの人は微妙にモテる。
青士さんは一郎君のことを結構頼りにしているみたいですし、お昼休み一緒にお弁当を食べていることを私は知っています。羨まし――じゃなくて! あの青士さんが唯一心を許しているのが一郎君と言っても過言ではありません。油断できません。
沙織さんに至ってもそうです。年もそれほど離れていませんし、以前は異常なほど一郎君に入れ込んでいました。前に何度も何度も一郎君が呼び出されて経験値稼ぎが出来なくなった時は正直腹が立ちました。今思えばアレは嫉妬だったのでしょう。
そして一番のライバルは小野口さん。一郎君を想っているはずなのに私を応援してくれた人。本当は小野口さんも一郎君に想いを伝えたいはずです。だけど私ときたらウダウダ悩んで告白を保留しようだなんて考えたりもして……
応援してくれた小野口さんの為にも……助言してくれた沙織さんの為にも……青士さんというダークホースに奪われない為にも……そして私自身の為にも……
私は――
「ありがとうございました、先生。おかげで決心がつきました。沙織さんのおかげです」
「そう? 良かったわ」
「はい。先生に相談して本当に良かったです」
私は一郎君に想いを伝えることを決めた。
しかし、問題はいつ告白するかです。
告白を引き延ばしにすることだけはしたくないです。できれば早めに……それに告白場所もあそこが良い。私と一郎君の接点が最も多い場所。一番過ごした時間が多いあの屋上。
だとすると告白は新学期です。それに屋上で告白するならば放課後、経験値稼ぎの前に……いえ、後の方がいいですね。
そうだ! 次回の経験値取得したタイミングで告白しましょう。EXP獲得の喜びを共有しているあの時間が絶好の告白タイミングの気がします。
私は告白することで頭が一杯でした。
告白した際のリスクを忘れたわけではない。だけど告白しない際のリスクの方が私は怖い。
できるだけ早く私は一郎君を自分だけの物にしたかった。
例えフラれてしまっても、告白しないまま後悔するよりは良いと思った。
――いえ、例えフラれても私は諦めたりしません! そうなってもまたいつものように経験値稼ぎに誘って、さりげなくアピールをして、いつか絶対に一郎君と……
ふふふ、こんな風に前向きに考えられるようになったのも490の経験値の賜物でしょうか。
「ねぇ、星野さん。これだけは覚えていて」
「はい。なんでしょうか?」
沙織さんが最後に補足を加えてくれる。
この言葉が私は一番嬉しかった。
「告白するにしても、しないにしても、私はいつでも星野さんの味方だから。担任じゃないのが残念だけどまたいつでも相談に乗るからね♪」
「は、はい! ありがとうございます」
本当に良い先生です。いくら感謝してもたりません。
さぁ、新学期は早速告白イベントです。
私は帰りの車の中、隣に座る一郎君にドキドキしながら、ずっと作戦を練っていたのでした。
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宣伝失礼します。
2023/12/15新作の短編を投稿致しました。
カクヨムコン短編賞恋愛部門に応募する予定です。
もしお時間ある方は一読頂けると光栄にございます。
【あなたがギャルを好きと言ったから】
https://kakuyomu.jp/my/works/16817330668458063898/episodes/16817330668458113039
それと2週間前に投稿したラブコメ短編も載せておきます。
こちらも良かったら読んでください。
【両思いになれない両片思い】
https://kakuyomu.jp/my/works/16817330667813437650/episodes/16817330667814028300
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