第51話 呪われてないもん!
「――みたいな出来事が土曜日にあったんですよ」
7月9日、月曜日。放課後。
今日は僕と月羽の二人だけで久しぶりに屋上へ足を運んでいた。
というのも、昼休み月羽にメールで呼び出されたからなんだけど。
「えっと……月羽がイケメンを買いながら、ハンバーガーショップで友情とホモが紙一重なんだね」
「妙なポイントを無理やり繋げ合わせないでください!」
やはり二人きりの時だと月羽のツッコミがよく冴えわたる。
あのメンバーの中では遠慮していたんだろうなぁ。
「とにかくプレゼントです! 私、一郎君にたくさん貰ってばかりだったので、どうしてもお返ししたかったんです」
その気持ちはすごく嬉しいが、僕があげたプレゼントってアレらでしょ?
ゲーセンで取ったじゃがいもスターのぬいぐるみ。確かアレってワンプレイで取れたんだよな。つまり100円だ。
次に在庫処分の為にあげたじゃがいもスター11号。アレに至っても消耗品だった故に110円で買えた代物だ。
最後に薔薇の造花。アレに至っては池君の持っていたアイテムなので0円だった。
つまり、僕が月羽に貢いだ金額はわずか210円だったりするのだ。
「でも、ただプレゼントするだけでは芸がないじゃないですか」
「は、はぁ……」
月羽がまた何か思いついたらしい。
西谷先生並のドヤ顔がそこに浮かんでいた。
「実は一郎君をこの場に呼んだのは理由があるのです」
「……つまり?」
「もちろん! 経験値稼ぎです!」
なるほど、月羽さん暴走気味でいらっしゃる。
言っていることの意味が全然わからないぞ。
「私と一郎君は親友じゃないですか」
「そうだね」
「ならば! 以心伝心で私が買ってきたプレゼントが何なのか、きっとわかるはずです!」
小野口さんなら分かるだろうね。あの人エスパータイプだし。
しかし、普通の人間である僕にはさすがにそれは無理な気がする。
双子じゃないんだから。そんなエスパー染みた以心伝心は難しいような……
「私は『とある物』がモデルとなっているストラップを買ってきました。それが何なのかを一郎君に当ててもらいます」
月羽が僕の為に買ってきたストラップのモデル当てゲーム――もとい経験値稼ぎという訳か。
超難関だけど、なんだかおもしろそうに思えた。
「ノーヒントで答えられたら50EXPゲットですよ♪」
「それは大きいね」
「ですよね、ですよね! さぁ、一郎君。私の心を読み取ってストラップのモデルを当ててみてください」
無茶言うな。
「さすがにノーヒントは難しいなぁ……」
「大丈夫です! 私達親友なのですから!」
親友パワーってすげぇ。世の親友同士はそんなことまで分かっているというのか。
まぁ、いいや。ウダウダ言っても始まらない。
ここは一発でビシッと当てて50EXPをアッサリゲットしてやろうではないか。
そうだな。月羽っぽさから連想して答えを導き出してみよう。
「わかった! サンタクロースのストラップだね」
「なんでですか! どうして7月なのにサンタさんのストラップをプレゼントしないといけないんですか!」
「あれ!? 違った!?」
「心底不思議そうに返さないでください! 一郎君の中で私ってどういうイメージなんですか!」
夏なのにサンタ。このギャップ感がすごく月羽っぽいと思ったけど不正解だったようだ。
「仕方ないですねー。ヒント差し上げても良いですけど、獲得経験値を10ポイント下げますよ」
「んー。10EXPは惜しいけど、やっぱりノーヒントは厳しいから、ヒント頼もうかな」
このまま当てずっぽうで言っても絶対に当たらない気がするので、迷うことなくヒントを要求した。
月羽はしばし考え、10EXPに相当するヒントを吐き出した。
「そうですねー。今までの経験値稼ぎで実物に触ったことがあります」
「……ふむ」
この『ふむ』は『月羽がまともなヒントを出せたことによる驚き』が含まれていたりするのだが、さすがに本人目の前でそれを言うのは躊躇われた。
それはいいとして、今までの経験値稼ぎで触ったことあるもの……か。
良いヒントだなぁ。候補は一気に狭まれたとはいえ、まだ正解を導き出すのは難しい。今まで色々な物を触ってきたもんなぁ。
じゃがいもスター人形、録音機、それに現在進行中の期末試験の勉強も経験値稼ぎだ。つまり、教科、ノート、シャーペンらの文房具も含まれる。
更に細かく見るならば、休日経験値稼ぎで僕達は数多くの物に触ってきた。ロックンミュージックの9ボタン、映画のパンフレット、プリント倶楽部等々、キリがない。
しかも月羽が選ぶプレゼントだ。奇抜すぎる物である可能性が高い。
そのことを考慮して、僕は答えと思われる単語を口にした。
「ずばりツナマヨだね」
「違います! いつ経験値稼ぎで触ったんですか! 大体そんな物をプレゼントのストラップに選んだりしません!」
「いやぁ、月羽ならありえるかと……」
「だから私を何だと思ってるんですか!」
そうか、言われてみれば、経験値稼ぎでツナマヨ自体を触って居なかった。僕としたことが凡ミスだ。
「月羽、ヒント2」
「ヒント乞うの早すぎです!」
「と言ってもなぁ……」
正直、現時点での正解の導きは厳しいような気がする。
当てずっぽうで言っても何だか格好悪いしな。
「もー。また10EXP減らしますけど良いですか?」
「えっ!? それは良くないよ!」
「どっちなんですか!」
ヒントを乞うたびに経験値が減るシステムか。月羽が一瞬悪魔に見えた。
うーん。経験値が減るとなると多少格好悪くても当てずっぽうで言っていった方がいいな。
「じゃがいもスター」
「違います」
「映画のパンフレット」
「どんなストラップですか!」
「凍ったバナナ」
「だからそんなものいつ触ったんですか!」
「……駄目だ。降参。月羽、ヒント2」
「諦めるの早すぎです!」
僕のボキャブラリーの無さをこれほど呪ったことはない。
全然正解を導き出せる気がしなかった。
10EXP失うのは惜しいが、ここはヒント獲得を優先すべきだろう。
「仕方ないですね~。ん~……じゃあ、次のヒントは、これを持っているととっても便利です」
「分かった。サイコロだ」
「私のヒント聞いてました!?」
「サイコロという便利グッズがあるおかげで、僕らは2回も移動を助けられたじゃないか」
「2回とも苦い記憶しかないんですけど!?」
言われてみればそうだ。
一回目は「4」を出してリアル迷いの森を探索する嵌めになったし、二回目は「1」を出して、中学時代の知り合いを出会っちゃったっけ。
「呪いのサイコロ?」
「呪われてないもん! サイコロ振ったのは二回とも一郎君だもん! サイコロ悪くないです!」
「正解がサイコロじゃないとすると……うーん……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「月羽、ヒント3」
「長考の末、導き出した結果は諦めですか!?」
「違うよ。ヒントを三つ貰って確実に20EXPを得ようとする策略だよ」
「言葉を格好良く言い直しても騙されません!」
むぅ、月羽学習したなぁ。
以前までの彼女だったらあっさりと僕の言葉に騙されていたのに。
これが経験値で得た成長というものか。
「ん~……次のヒント……次のヒント……」
今度は月羽が長考する。
「ぷっ、月羽だって長考してるじゃないか」
「一郎君が諦めるのを早すぎるせいです!」
月羽のヒントは予め考えられていたものではないようだ。
それにも拘わらずここまで的確なヒントを出し続けているのか。やるなぁ。
「これ言うと一発で分かりそうですが、次のヒントは『女子力』です」
女子力。
これはかなり限られた。
女子力をテーマにした経験値稼ぎをしたのは、あの一回だけだ!
「まさか……ホワホワパンチのストラップ!?」
「一郎くん! ワザとでしょ! ワザと正解を外していますよね!?」
「いやぁ、だって、折りたたみ傘のストラップなんてあるはずないし、思いつくのはそれくらいだったから……」
「って、サラッと正解言わないでください!」
……ん?
「折りたたみ傘のストラップ!?」
「そうです! 悪いですか!?」
なんか半ギレ気味にツッコミ返してくる月羽。
同時にカバンからラッピングされたプレゼントを取り出し、僕に手渡してくる。
月羽も自分の携帯を取り出して、そこに付けられたストラップを僕に見せつけてきた。
「うぉ! 本当に傘のストラップだ! こんなのがあるの!?」
「はい。ほらっ、この小さなボタンを押すと傘を閉じ開き出来るんですよ」
「女子力抜群のストラップだ!」
直径3cm弱の小さな小さな折りたたみ傘のストラップ。
僕が苦労して身に着けた女子力スキル『折りたたみ傘の閉じ開き』がこんなボタン一個で可能とするなんて……
「一郎君にあげる折りたたみ傘ストラップは私と色違いなんですよ♪」
「おぉ!」
確かに、包装紙の中にはこげ茶色の傘ストラップが入っていた。
「ありがとう月羽! 嬉しいよ」
「そ、そうですか? えへへ……」
女の子からプレゼントなんか貰ったこともない故に本気で嬉しい。
玲於奈さんと付き合っていた頃もプレゼント交換なんて可愛げあるイベント無かったしなぁ。
「一郎君とお揃いストラップです」
さっきまで半ギレだったのに、もう満面の笑みを浮かべている。
このコロコロ変わる表情変化も月羽の美点であると僕は思っている。
「そ、そうだね」
その屈折の無い笑顔に何故か僕の方が照れてしまった。
やばいな、これがプレゼント追加効果か。ストラップを貰ってから気持ちがフワフワして落ち着かない。
「しかし、どうして折りたたみ傘?」
そのチョイスに少しだけ疑問を感じた僕は質問をかけてみた。
その問いに対し、月羽は迷うことなくこう答えた。
「これを付けていたら、経験値稼ぎをした日のことをいつでも思い出せるかなと考えまして」
「……お、おぅ」
そう返されるとは思わなかった。
今の月羽的には何気なくいった一言だと思うけど、僕的にはクリティカルヒットを喰らった気分だ。
月羽は僕と過ごした日の事を思い出の形として残してくれたんだ。
僕との経験値稼ぎの日々を大切にしてくれる。
その気持ちがとてつもなく嬉しかった。
「でも、ヒント三つも使う前に正解して欲しかったですよぉ~」
月羽が唇を尖らせながら、拗ねたように言ってくる。
いや、まさか折りたたみ傘のストラップだなんて思わないだろう。プレゼント自体はすごく嬉しいけど、傍目に見たら謎センスだと思う。
ヒント3を貰うまでガチで分からなかったのだから仕方ないのだ。
「まっ、正解したのは変わりないんだからいいじゃない」
言いながら、今回は僕から月羽の前に腕を伸ばす。
低い位置でのハイタッチ。
経験値獲得後のいつもの儀式だった。
「もっともっと親友力を高めていかないとダメですね♪」
バチィィィィィィィィィィィンンッ!
なぜか嬉しそうにそう言ってくると、月羽は勢いよく僕の手のひらに自分の手を合わせてきた。
久しぶりに屋上で良い音を響かせることができた。
そういえば前回この場でハイタッチを交わしたのは、女子力を身に着けた時だっけ。
なんか因果的な運命を感じるなぁ。
「ところで、この後どうします? 多目的室に戻りますか?」
そっか。プレゼントを渡され、無事経験値を獲得した今、いつまでのこの場に留まる意味はない。
だけど――
「まっ、今日くらいは勉強会休みでいいんじゃないかな?」
西谷先生辺りが愚痴っていそうだけど。
「そうですね。じゃあ、もうちょっとだけここに留まりましょうか」
なんとなくここに居続けたいという気持ちが伝染したようで、月羽は再びベンチに座り直し、少し距離を詰めてきた。
「…………」
「…………」
話すことが尽きてしまったのか、二人して黙りこくってしまったが、この沈黙が苦痛とは思えない。
むしろ、非常に心地良い沈黙だった。
「…………」
「…………」
触れ合う肩と肩が少し照れ臭いが、その照れ臭さをも霧散させるくらいの心地良さがこの瞬間にはあった。
月羽もこの同じ気持ちで居てくれればいいなと密かに思いながら、久しぶりの屋上での経験値稼ぎは終幕した。
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